東方新抗禍 ~A new Fantasy destroys devious vice~ 作:ねっぷう
第1話 「鈴奈庵のヤンキーガール」
幻想郷。人間と妖怪が絶妙なバランスで共存し合う、古き良き自然に囲まれた美しい土地。ある場所では妖精が楽しげな声をあげながらはしゃぎまわり、ある場所では吸血鬼が優雅に紅茶を飲み、またある場所では天狗が新聞のネタを求めて飛び回っている。妖怪にとっては、まさに楽園と呼ぶにふさわしい、素晴らしい世界だったのだ。
だが…
ある時、幻想郷の北西の方角、山の向こうより現れし「
マガノ国の軍隊の前には、幻想郷に棲む如何な妖怪も人ならざる者たちも、全く太刀打ちできなかったのだ。だがある時、無差別に滅ぼされる理不尽さに、ついに妖怪たちは異例の団結を果たしたのだ。一丸となり反撃する幻想郷の民に、さしもの禍王もたまらずに軍を引き上げ、マガノ国へ戻っていった。
我々は戦いに勝利したのだ、この美しい大地を守り抜いたのだ、と騒ぎたて、しばらくはお祭り状態が続いたという。
しかし、喜ぶ間もなく、幻想郷に新たな危機が訪れた。急激に大地が痩せ細り、未曽有の大飢餓が襲ったのだ。自然は破壊され、妖精などと言った自然に依存する種族は次々と滅び、それに伴って幻想郷を見限った妖怪たちも、徐々にその姿を消していった。
邪魔な妖怪の居なくなった幻想郷に、待ってましたといわんばかりにマガノ国の魔の手が忍び寄った。それから、そう長くない時の間に幻想郷は禍王に支配され、残された人間たちが住む人間の里もやがて禍王の手に落ちた。最早、楽園と呼ばれていたころの面影は全くない。荒廃しきった、魔の世界と成り果ててしまったのだ。
それから、さらに200年の年月が経過した。
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といっても、もう見るに堪えない程荒れに荒れまくってまさに廃墟の町と化しているのは里の中心の土地だけであり、里の外側に行くほど廃墟から貧民街になってきていくらかマシになってくる。新子の父親が代々経営している、貸本屋
こう走っているのは何故かというと、ただ単に早く帰りたいがためである。いわゆる、不良娘としてそこそこ名の知れている新子は、毎日のように里のゴロツキとの喧嘩に明け暮れている。小さいころから背も高くて気も強く、男勝りで喧嘩っ早い新子は自然とそういった、不良娘となっていったのだろう。学校を出てからは家の鈴奈庵の仕事の手伝いをしながら、暇が有れば里をほっつき歩く毎日だ。さっきも自分と同い年ほどの少年グループを軽く叩きのめしてきたところで、少し汗をかいたから早く家に帰って風呂にでも入りたい、という訳だ。
と、そこで果樹園の横を通りかかった。ここは小さい時からよく来てリンゴを盗んでたっけ。丁度良い具合に腹も空いていたのでこれを食べながら帰ろう。
それにしても、いつ見ても美味そうなリンゴだ。まぁ実際に美味しいんだけど。この果樹園をやってるじいさんとばあさんは大変なお人好しで、昔リンゴを盗もうとしてるのがバレてしまった時もとくに怒られる事なく、快くリンゴを一つ分けてくれたっけ。この里じゃ出荷するところが少ないから毎年リンゴが余ってしまうようで、そういったのを里の貧しい人にタダで配っていたんだっけか。
柵を超えて果樹園の中に侵入し、背の低い木になっている実を掴もうと手を伸ばした瞬間、あるものに目がいった。それは木にひもで結び付けられた看板だった。そしてその看板にはよく見ると、「禍」という字の焼き印が押されている。里中で知らない者はいない、その名を聞けば誰もが震えあがる、北にあるでっかい山の向こうのマガノ国に棲む禍王の刻印だ。その「禍」のマークが印されたものは全てマガノ国および禍王の所有物であり、一般の人間には近寄る事すら許されない。
しかし、何という事だ。この果樹園まで禍王の手に落ちていたなんて。あの老夫婦は死んでしまったのだろうか、それとも殺されてしまったのだろうか?だが、ここのリンゴが全て禍王の所有物になったということは、逆に盗むのに抵抗が無くなったとも思う。私だって禍王は大嫌いだ、だから嫌いな奴の物を盗んだって罪悪感も何もありゃしないだろう。遠慮なくいくらでも盗める。
気を取り直して、木になっている真っ赤なリンゴを掴む。蜜が皮の外にまで染みていてちょっとべたべたする。そしていよいよもぎ取ろうと力を込めた瞬間、背後から怒号が飛んできた。一瞬、あの老夫婦か?と思ったが、やけに声に張りがある。まさか…。
「貴様、それを禍王様の果物と知っての事か!?」
後ろにいたのは、灰色の軍服に身を包んだやたら血色の悪い男たちだった。マガノ憲兵団だ。その名の通りマガノ国から派遣された憲兵団で、通常3人から10人ほどの小隊で行動している。少なくとも里には常に必ず5つほどの隊が滞在しており、里の見回りや住人に対しての暴行行為、そして飲食店や雑貨屋にマガノ国を非難するようなものがないかチェックをしに押し入ってくることもある。新子の実家の鈴奈庵にも、何年か前までは年に一度、置いている本のチェックをしに来ていた。そのたびに、憲兵の意にそぐわなかった本が回収されてしまっていたが、最近はこんなボロい貸本屋に大層な本があるわけがない、と判断したのかめっきり来なくなっている。まぁ、来ないほうがこっちとしてはいちいちむかっ腹を立てることもなくて良いのだが。
「ちっ、憲兵かよ…」
舌打ちをしてぼそりと呟く。
「お前、今そのリンゴを盗もうとしたな?この印の押された看板が目に入らなかったはずがない…」
「随分余裕だな、これからお前を大通りまで引きずって大衆の前で処刑されるのが…わかっているのか?」
よく何かをやらかした人が、大勢の前で憲兵に痛めつけられてから挙句に見せしめとして殺されるのを何度も見てきた。里に侵入してきた有象無象の妖怪も憲兵団の前には成す術もなく残虐に滅されるもの何回か目撃した。里の人々はそれを見るたびにマガノ国に対する恐怖をより一層強められ、生活を脅かされる。だが、新子はそれに対していつも怒りを覚えていた。
「憲兵サン、アタシはおめぇらみたいのは大好きだぜ?」
「なめてんのか、殺してしまうぞ!」
新子をとっ捕まえようと両腕を広げながら走って来る憲兵。憲兵団は隊ごとに皆そっくりな顔にそこそこな体格をもっており、組み伏せられれば一般の人間であれば逃げ出すことは不可能だろう。そう、一般の人間であれば。
柵の上に足をかけ、そのまま高く飛びあがる新子。予想外の動きを見せた小娘に対して驚きの表情を浮かべながら上を見上げる憲兵の顔面に、思い切り拳を叩きつけてやる。ドイツもコイツもそうだ、アタシを女だからってナメてかかってきて結局殴られる。次に向かってくる憲兵の顎を踵で蹴り上げ、胸ぐらを掴んで後ろの憲兵共に向かって振り回しながら投げつける。
「この…!」
憲兵の一人の声と共に、背後から新子の頭に火花が散ったような衝撃が走った。額に温かい液体がツー、と流れて来るのが分かる。憲兵団の各々に所持している武器の一つ、電気棒だ。名前の通り簡単な道具で、グリップ部分にあるボタンを押すと電流が流れる警棒。主に対象の意識を奪うための無難な手段として使用される。
いつも通り、これで生意気にも歯向かってくる愚かな里の人間を動けなくさせた気になったのだろう、薄ら笑いを浮かべる憲兵。
「おー、効くねぇ…」
しかし、さらに不気味に微笑みながら、何ともないように言葉を発する新子。ありえない、打った強さが足りなかったか?ならばもう一度殴ってやる。それでも気を失わなかったら、何度でも、死ぬまで殴ってやる。憲兵は手に持った電気棒を強く握りなおし、怒りに目を見開いて声をあげながら新子に殴りかかった。
「おめぇら、他の隊に聞かなかったんかよ?このアタシ、本居新子にゃ手を出すなってよ…!」
ブゥン、と小気味の良い音を立てて空振りされた電気棒。憲兵はすぐにまた棒を振り上げようとするが、既に目前まで迫っていた新子の肘が鼻を押しつぶしながら顔にめり込んだ。鼻血を吹きながら後ろへ倒れ込もうとする憲兵に、ダメ押しと言わんばかりにもう一発殴りつける。
「な…貴様、何者だ…!?」
「知らねぇのか、じゃあお前らに教えてやるからよ、他の隊の奴にアタシの事を伝えてくれや」
3人いた憲兵のうち、最後の一人の頬を殴り、よろめいたところに股間を思い切り蹴り上げてやった。体が一瞬宙に浮かぶほどの威力の蹴りは憲兵をまるで転んだ幼子のように地面に這いつくばらせ、悶絶させた。憲兵はたまに女性だけで構成された隊も見かけるが、基本的には男性で構成されている。トドメにはこういう攻撃が一番効果的なのかもしれない。
「玉一回蹴られたくらいで泣いてんじゃねぇよ。さてと…」
目の前に倒れていた憲兵の頭を蹴ってどかし、もう一度柵を乗り越えて木になっているリンゴに手をかける。4つほど貰っておこう。リンゴを4つもぎ取り、腕で抱え込んでからまた柵を越えて戻って来る。
「じゃあな!禍王のヤロウによろしく言っといてね」
新子は相変わらず倒れたままの憲兵をまたいで、その場を後にした。
と、この通り、あれぐらいの人数の憲兵団ならば新子の敵では無い。流石に10人くらいの多めの隊で向かってこられると一筋縄じゃいかなくなるが。それに、里中の人間が恐れる憲兵どもを叩きのめすのは非常に気持ちがよく、愉悦にひたることができる。アタシにボコボコにされた隊は二度と姿を現さないしな。
やっと自宅が見えてきた。亀裂の入っている壁に、大きく「鈴奈庵」と書かれた看板。父親から聞くに、300年も前からずっと続いている貸本屋だ。何度も舗装を施し、時には再建しながらも何とか細々とこの場に留まり続けている。このご時世でも意外と客はちゃんといて、よく貧しくて子供を学校に通わせられない親が訪れて、何冊か本を借りていく。本当に貧しくて代金も払えない客には、ツケという形で代金を免除したりもする。ちゃんと金を取ればうちだってもっと楽になるだろ、と何度店主である父に言っても、父はいずれ返してもらう、と言うばかりで結局ツケをきちんを回収したことは数えるほどしかない。
「よっ、イバラちゃん、死んでねぇか?」
鈴奈庵の裏に回り込み、自宅の玄関へ向かう。玄関の側に敷かれた茣蓙の上に座り込んでいる、ボロ布を纏い、布をターバンのように頭に被せた女性にそう話しかける。彼女はイバラ。新子からはイバラちゃんと呼ばれている。ざっくりと言ってしまえば彼女は物乞いの女で、新子が産まれる少し前からここに住んでいるらしい。基本的に口数が少なく、こちらから話しかけたりしない限り喋ることはない。昔に、両親が死にかけたこの人を見つけて家で匿おうとしたが、彼女は断固として家に上がることは無かった。結局イバラは新子の両親と話し合った末に、この玄関の横に居座るようになったのだ。別に、新子もその両親も特に迷惑になど思っていない。言っちゃ悪いかもしれないが、流石は物乞いと言うべきか、勝手に自分で食べ物を見つけてきてそれで生き長らえているようだ。だが運悪く何日も何も食べれなかった時は、見かねた新子たちが何か食べ物を渡してやる。そういった関係を築いているのだ。
色が落ちて薄くなったようなぼさぼさの髪が揺れ、イバラはゆっくりと顔を上げて新子を見上げた。
「これやるよ」
新子はイバラに向かって軽くリンゴを投げて渡した。さっき4つ採ったのは、自分と両親の分、そしてこのイバラの分だったのだ。イバラは慌てたように両手を出してリンゴをキャッチして、ぺこりと頭を下げた。
それを見てからにっこりと少し笑ってから、新子は玄関の戸を開けて家に入っていった。これから、驚愕の事実を教えられるとは夢にも思わずに…。
どうも。
前作での反省点を活かしながら続けて行こうと思っております。
物語の大まかな構成は考えてありますが、細かい箇所や各話ごとの話の割り振りなどはまだ固め切れてないので、更新ペースが不定期になったり粗末な文章が目立つかと思われますが、温かい目で見てくださればと思っています。努力はするつもりですが…。