部屋に戻ると椅子に座って、帽子を机の上に放ると、背もたれに体重を預けて、ギシッと椅子をきしませながら天井を見上げた。
すべては、連邦軍が勝利する為。
キシリア・ザビによるギレン・ザビの暗殺。
その為のエサだ。
その為に、ソーラシステムの開発にテコ入れした。あの段階で、宇宙での反攻作戦『星一号作戦』の第一目標はまだ決まっていなかった。
宇宙要塞ソロモンか、月面都市グラナダのどちらかだ。
当然、ギレンを暗殺するキシリアを殺させるわけにはいかない。だから、キシリアのいるグラナダを避けるために、ソーラシステムを完成させる必要があった。
ソーラシステムは大規模破壊兵器だ。それを敵地とはいえ月面都市に使えばそこに住む民間人にも被害が出る。民主主義の軍隊である連邦軍に、その後の地球圏の治安を守る連邦軍が容易にその選択を選ぶ事はできない。だが、宇宙要塞ソロモンは軍事基地だ。民間人への被害は考慮しなくていい。
ルウム敗戦以降、連邦軍が初めて行う宇宙での大規模戦闘だ。絶対に勝たねばならない。連邦司令部は少しでも勝利する確率の高い方を選び、その確率を上げる為なら、使えるものなら何でも使うだろう。
結果、実用化したソーラシステムという秘密兵器を使うために、攻撃目標がソロモンに決まる。
そして、ソロモン戦によりザビ家次男のドズル・ザビが死ぬ。
死ななければならない。それによりジオン公王デギン・ザビが独断で和平交渉に向かう。それを阻止するために、ギレン・ザビがソーラレイで公王を殺す。
こうして、キシリア・ザビは『父親殺しの断罪』という大義名分を得る。
そして、この二人の仲を裂く。その後押しが『ニュータイプ専用MS開発』。
ガンダムNT-1はなぜジオンに察知された?
簡単なことさ。オレが情報を渡したからだ。
最新MS技術の稼働データ。それも「ニュータイプ専用MS」というお題目。稼働データからどんな環境で実験したかを知れば、後はそこから逆算できる。オデッサ以降、地上での勢力圏が連邦に大きく傾いたとしても、あくまで傾いただけ。地上の半分を支配したジオンの影響力は0ではない。オレが不用意に渡したデータからその場所を特定するくらいできるだろう。
だからこそ。NT-1なのだ。だからこそ「ニュータイプ専用MS」なのだ。
何せ、オレは「ガンダムアレックスがなくても一年戦争に勝てることを知っている」。
ニュータイプ理論。ジオンにとって超一級の秘密事項であるこの情報は、絶対に無視できないキーワードだ。
月面都市フォンブラウンのアナハイムによって、連邦軍が提供した情報がジオンに流れる事は決まっていた。その為の後押し(納期繰上げ)をしたくらいだ。
そして、この情報が流れる先が、同じ月面都市グラナダになる可能性が高い。そして、グラナダにあるのが、キシリアが統括する『突撃機動軍』。
そして、キシリア・ザビが主導するニュータイプ研究機関『フラナガン』。
オレの持つ『ニュータイプ専用MS』の情報は間違いなくそこへ行く。
そして、ここでオレが捕縛される。連邦上層部だってバカじゃない。アナハイムがジオンに情報を流していたとしても、そこを徹底究明して今まで投資した情報と資金を無駄にするようなことはしない。
疑惑の目を向け、釘を刺し、監視の目を強める。
アナハイムだって、そんな状況でジオンに情報を流したりはしない。当然、この宇宙圏に於いて中立勢力を経由したジオンの諜報パイプが遮断される。
キシリアの元に入った情報は連邦の「ニュータイプ専用MS開発」という情報。しかし、その詳細は手に入らなくなる。
ジオンのニュータイプがすべて『ニュータイプ専用機』に乗っているという事実から、彼らは連邦の『ニュータイプ専用MS』を無視できない。
ましてや、連邦のニュータイプ『アムロ・レイ』が活躍すればするほど、連邦ニュータイプ専用MSの重要度が増す。
是が非でもその情報を手に入れるために強硬手段に訴える。
土壇場で情報が手に入らなくなったキシリアにとっては。たかが、新型MS一機に対して核兵器を使うというのは、決して大げさな選択ではないのだ。
一年戦争開戦前に、もし連邦MSを開発している情報を察知したら。ジオンは間違いなく核を使ってでもそれを破壊していただろう。
そして、確信している。
連邦の『ニュータイプ用MS開発』において、ギレン・ザビは何のアクションもおこしはしない。
ギレン・ザビの目的が連邦宇宙艦隊の壊滅だとするなら、連邦のニュータイプ研究はなんの障害にもなりはしない。
しかし、その事実を知らないキシリアは、”ニュータイプに最も理解ある司令官”はそれを無視できない。
「総帥がニュータイプの存在を認めてくれればよかったのだよ」
そう愚痴るように、二人の間に溝ができる。
その上で、”連邦のニュータイプ”アムロ・レイがジオンのニュータイプを撃破していく。
アムロ・レイを追う赤い彗星はキシリア麾下の直轄部隊。その部下は当然キシリア配下だ。ギレン・ザビが手を打たない事で、キシリア・ザビの手駒に被害が出る。
「少しでもニュータイプの素質のあるものをぶつけるしかない」
そうとも。キシリアは最後までそこに固執するし、その事実をギレンは最後まで認めない。
ニュータイプとモビルスーツ。両者の認識に、決して埋まらない齟齬が生まれる。ギレンが「こだわり過ぎる」と揶揄するほどに、二人の認識はすれ違い、そこに父親殺しの大義名分が突き刺さる。
キシリア・ザビ。
オレの目的は、お前がギレンを殺すことではない。
お前が、ギレンに代わってア・バオア・クーで指揮する事だ。
「Sフィールドにモビルスーツ隊を集中させい」
ギレンを殺した後にお前が言ったセリフ。
あの時、頭に浮かんだこの言葉。なんでもないこのセリフこそ、すべての根幹。
ギレンの宇宙艦隊壊滅の構想を、キシリアは知らない。でなければ、キシリアはギレンの作戦を堅持し続けたはずだ。彼女は政治家であるが無能な指揮官ではない。
ギレンがキシリアにそれを告げなかった理由。それはMS開発をキシリア派閥が主導で行っている点だ。
『ペズン計画』『統合整備計画』を行ったのがマ・クベ大佐。彼はキシリアの腹心だ。MS統括としてのキシリアの影響力は大きい。
だからこそギレンは「モビルスーツの存在を囮とした連邦宇宙艦隊壊滅構想」を話すことはできない。連邦を圧倒するジオンの守護神モビルスーツに、強い影響力を持つ彼女の政治的立場を根底から揺るがすからだ。
勝利した後を考えれば、唯一残った政敵キシリアの基盤中枢を揺るがすこの作戦を、ギレンは話すことはできない。
彼女は優秀な政治家だ。だが、卓越した指揮官ではない。
連邦司令部が考えるように、ジオン上層部が考えるように、モビルスーツによる決着させようとする。
”独裁者”であるギレン・ザビの真意を知る必要ない存在でしかない。
それこそが、オレの危惧するギレンの構想の致命的欠点。
すべてはその為。
兄妹の認識の差。兄妹でありながら政敵である構図。両者の持つ支配基盤。ギレン・ザビの暗殺は結果であって過程ではない。
その過程へと導くために、すべてを捨てた。
身を削ってでもソロモン攻略を強行させ、
大義名分を与えるために、味方に渡すべき情報まで秘匿した。
二人の仲を裂く為に、情報漏洩までした。
「ははは。割が合わないにもほどがある」
自虐するように口に出す。そんな事の為に味方を殺し、上司の信頼をなくし、地位も失う。
だが…
ふと入口が騒がしくなったかと思うと扉が開いた。そこには3人の憲兵と、その後ろに困った顔のマリドリット伍長がいる。
「コウイチ・カルナギ中佐。貴官には機密漏えいの容疑がかかっています。ご同行していただきたい」
「了解した」
椅子から立ち上がり、机の上の帽子に目をやった。
軽く肩をすくめると、帽子をそのままに、出口に向かった。
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軍法会議は速やかに行われた。ジャミトフ大佐は顔も出さなかったし、告発者のコーウェン少将も淡々と事実を述べていく。
判決は極めて速やかに出された。
「コウイチ・カルナギ中佐。懲役三年」
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宇宙世紀0079.12
『星一号作戦』開始。
宇宙要塞ソロモン陥落。
ザビ家次男ドズル・ザビ中将死亡。
同月
ジオン公国ソーラレイによりレビル将軍死亡
同月
ア・バオア・クー陥落。
ジオン公国総帥ギレン・ザビ死亡
ザビ家長女キシリア・ザビ死亡
宇宙世紀0080.01
ジオン共和国と終戦条約を締結
宇宙世紀0080.08
終戦特赦により、コウイチ・カルナギ中佐釈放
こうして、一人の転生者による一年戦争は終わった
しかし、戦争が終ろうとも宇宙世紀は続く。
彼はまだ、己をも巻込む『刻の涙』を知らない…
ジャブローのモグラども ~ 一年戦争編 完 ~
一年戦争編をこれにて完結させていただきます。
長らく応援いただきありがとうございます。
まだ、この後も少し続く予定ですが、ここまでこれたことに読者様一同に、まず、感謝させていただきます。。