カツカツカツ
「中佐」
ジャブローのある通路を歩いていると声をかけられる。
振り返ると、黒髪の男が小走りにこちらに向かってくる。その顔に、心の中でちくりと罪悪感がうずいた。
「久しぶりです。ウッディー大尉」
ウッディー・マルティン大尉。
自業自得ともいえるが、この人物に面識があった。そもそも、V作戦の量産MS開発の管理をさせた上で、さらにその権限を取り上げたという経緯がある。
一応、昇進した上に花形部門への栄転になっているので、奪うだけではないのだが、それ以上に、彼には引け目があった。
彼が、戦死したマチルダ・アジャン中尉の婚約者であるという事だ。
「中佐。先日は急な連絡で申し訳ありませんでした」
「いいえ。今は戦時中です。あなたの方こそ気を落とさずに」
奇しくも新郎新婦ともに面識があり、両者ともある程度好意的な関係を結んでいたオレは、両者の結婚式に招待されていた。オデッサの後始末がありジャブローで出席できる連邦士官の数が少ないというものあったと思う。
そして、先日その中止の連絡を受け取っていたのだ。
わざわざ呼び止めての事は、彼の配慮なのだろう。
話を逸らすように雑談交じりで通路を歩く。
「ところで、ご存知ですか?」
「ん?」
「ホワイトベースがジャブローに戻ってくるという話です」
「…ああ、そんな話もありましたか」
「中佐はお会いになるので?」
「ホワイトベース隊と?いいえ」
もちろん。RX-78のアムロ・レイのデータはもらう。しかし、オレがホワイトベースのブライト艦長やアムロ・レイ本人に会う予定も必要性もなかった。
無理をすれば会えると思うし、ガンダムオタクとしては一度会ってみたい気もするが、今そうするつもりはない。
彼らは駒だ。駒にしなければならないのだ。
余計な情を持てば後悔する。諦めたくなる。それは今隣を歩いている人間にも言えた。
オレの心の中など知るはずもなく、ウッディー大尉は楽しそうに言葉を続ける。
「ベルファストから簡単な報告が来ているので、その修理のための準備で大忙しですよ」
「修理?君が?」
「ええ、マチルダの思いのこもった船です。なんとしても直してやりますよ。」
そう言って、婚約者の名前を出しながら、少し無理したように笑うウッディー大尉に、再び心の中で罪悪感がちくりとうずく。
もし、オレの病気がなくMSパイロットになったとしたならば、オレは敵を倒して、あるいは味方に死なれて、今と同じ罪悪感を感じたのだろうか。
諦めろ。コウイチ・カルナギ中佐。お前は彼らを駒にしなければならないのだ。彼らの死は無駄死にではない。それが無駄に見えたとしても「原作通りに」に死んだ事には意味がある。そう思わなければならないのだ。
でなくば勝利はない。勝利させる方法がない。
確実な勝利に導く事ができない以上、どんな事をしてでも不安要素は取り払わねばならない。その為の唯一の指針。その為の唯一のよりどころ。
その為なら、自分すら駒にする必要がある。
だから…
「あまり無茶はしないように」
そう言って、彼の婚約者に伝えた事と、同じ事を言った。
もう後には引けないのだ。