ジャブローのモグラども   作:シムCM

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18 事後承諾

「これはどういう事だ!!」

 

ジャブローに無数にある部屋の一つに怒号が響く。

デスクの前にコーウェン准将。その前には、書類を持ったオレ。他にはいない。わざわざ人払いをしてもらっているからだ。

 

「見ての通りです。V作戦で想定される費用になります」

「……」

 

黒人系のコーウェン准将なので、顔色はわからないが、それでも汗だくだ。

そりゃそうだ。この予算の総額は、常識的に考えてもとんでもない額だ。非現実的な意味でである。

いくら連邦の命運を握る主力MSといっても、現在保有する兵器や艦艇がある。それの維持費を考えて、さらそこにMS費用を投入すれば、新規事業投入資金といったレベルじゃ済まないだろう。そうでなくとも、この戦争が始まる前から地球連邦政府の財政は悪化していたのだ。

 

「そして、こちらが代案になります」

「なに?」

「すでに進めている廉価版MS開発。そちらを量産機の主軸にします」

「馬鹿な! そんなものをどうやって上に報告する!?」

 

まあ、さすがに今まで開発していたものを捨て去って、実は隠していた新兵器ですとは出せない。「こんなこともあろうかと」が許されたのは秘密基地にいる天才科学者だけだ。

組織である以上、上層部のGOサインもなく計画を進めたら、それは立派な独断専行。成果が上がろうとも、それは立派な命令違反だ。

 

「ですので、V作戦はあくまでRX-78の開発のまま進みます」

 

そもそも、V作戦は当初から高性能MSガンダムの開発計画だった。それは間違いない。だが、現在そのV作戦には予期せぬ開発案件が組み込まれている。

・ガンタンク

・ガンキャノン

・コアファイター(コアブロックシステム)

・ホワイトベース(これはほとんどノータッチ)

・廉価版MSジム

すでに、上層部の意向でV作戦は当初にはない複数の要素が組み込まれている。そこを取り込むことでV作戦の項目を追加変更させるのだ。

開発計画の目的は変わらない。ただガンダムの開発とガンダムの量産を別物にする。連邦初の高性能MSガンダムを開発させることを主目的という事にして、量産機は別にする。

量産機へはガンダムの運用データをフィードバックすることで性能を効率化させるという名目を加えてV作戦に後つけで加える。

すでに、用意していたガンダムの量産用の機材を、ジムの量産用へ変更させるようにも指示を出している。なので、外見はガンダムに酷似した外見になるだろう。ガンキャノンではなく。プロットにあるガンダムだ。

 

「……君はこの事態を想定していたな」

 

オレの表情からそう読み取ったのか、コーウェン准将は押し殺した声で聞く。

 

「ハッ。閣下にお知らせる数か月前に、この事態を憂慮しておりました」

「なぜ、その時に報告しなかった!」

 

ダン!!

 

組んでいた腕を解いて机を叩く。机の上の書類ががたりと揺れる。

もちろん理由はある。言い訳だって用意している。準備が万端だからこそここにいるのだ。

 

「報告すれば、閣下は計画を凍結させるでしょう」

「……」

「そして、代行案の為に上層部に掛け合ったはずです。自分の進退を賭けて」

「……」

「そうなれば、閣下は終わりです。代行案が失敗すればそれまで。成功しようとも、この問題を指摘されて失脚されます。たとえその事態を閣下が覚悟していたとしても、避けられるなら避けるべきです。何のために、息をするのも大変な地球に降りてきたのですか」

 

今後、連邦軍の主力兵器がモビルスーツになる事は確定している以上、誰もがこの巨大利権に食い込もうと狙っている。アースノイドではないコーウェン准将がそれの統括をし、閑職にいた無名の一佐官のオレが、MS開発を管理していたのは、失敗したときの責任を取りたくない。ただの人身御供。それだけの理由だ。

MS開発が軌道に乗れば、連邦上層部はMS開発の主導権を取り上げるだろう。それは確定事項だ。一将校、一佐官に任せられる内容ではない。

問題はその後だ。ウッディー中尉のように、成果を取り上げるという事は、その成果に見合った代価が支払われる。

利権、コネ、役職。当然、それは成功したという功績があってこそだ。周りに迷惑をかけまくったけど、褒美もよこせは許されないのはいつの時代でも一緒だ。

そんな乗るか反るかの博打のような計画に、コーウェン准将は名乗りを上げた。

その理由は一つしかない。ジャブローでの月勢力の影響力拡大だ。

アースノイドとスペースノイドの間には確執がある。ましてや、今回の戦争はその二つの民族の争いと言って過言ではない。

その軋轢は、月勢力にも大きく関係する。ジャブローからすれば月もコロニーも同じスペースノイドだ。しかも、月都市グラナダは敵国のジオン側に回り、もうひとつのフォン=ブラウンはよりにもよって中立を宣言してしまった。

連邦が勝利すれば、月勢力は連邦の味方ではなかったという事実だけが残る。

それを避けるために、ジャブローというアースノイドの巣窟に、月勢力の影響力を確立させる必要がある。そう考えれば、V作戦の総括なのに、その業務をオレに一任し、ジャブローで延々とコネつくりに奔走する意味も分かる。

V作戦が成功すれば、MS開発の利権を手に入れるためにジャブローは配慮する必要がある。月勢力の功績として、連邦軍の中に月勢力派閥を作ることができる。連邦軍主力兵器MS開発という利権を持った派閥だ。

失敗しても、コーウェン准将の首一つで済む。月勢力からすれば将校一人の犠牲で済む。そして、うまくいこうといかなかろうと、准将によって作られた月とのコネは残る。

まさに、ハイリスクハイリターン。

何を隠そう、コーウェン准将がそれを知っていて、覚悟してジャブローに来ているからどうしようもない。

己の身がどうなろうと、ジャブローに月とのパイプを残す。それが、連邦の味方ではないという現状の月が取れる唯一の方法だ。

正しく浪花節である。

……まあ、それに追従するオレの首に関しては考慮の外のようだけどな。

この頑固ゴリラめ。

 

「すでに、経理部に話は通してあります。ジャミトフ大佐に頭を下げるくらいで、この件は進むでしょう」

「……」

 

両手の拳をデスクの上で握りながら、片眉を上げてこちらをにらむ准将。その姿はほんとにゴリラだ。その拳でドラミングとかするなよ。絶対爆笑しちゃうから。

まあ、複雑な心境はよくわかる。明らかに自分では対応できない致命的問題を、部下が報告なしで動いて、勝手に対応したのだ。面目丸つぶれというか、浪花節丸つぶれだ。

 

怒りの表情から言葉ひとつない准将に、代行案を含んだ形のV作戦の企画書をさし出す。

それをすぐには受け取ろうとせず、准将はこちらをしばらくにらみ続ける。

 

「……すべて、対応できておるのだな」

「ええ、あとは准将が頭を下げるだけです」

 

V作戦は、高性能MSガンダムを作る計画だ。だから、ガンタンクやガンキャノンを製造し、その集大成としてガンダムを作る。

そこに何ら変更はない。

そのデータを収集するために教育型コンピューターを搭載させ、高性能機ガンダムというフィルターを通して集約した情報を、量産機というモビルスーツにフィードバックする。

 

その為に、ガンキャノンというジムを作るためのベースを作った。ビームライフル部門を生贄に、科学者と連邦軍の力関係を確立させた。廉価版MSのジムの開発のために各部門から人員を用意させた。

すべては。ガンダム開発という目的をそのままに、量産機開発という“おまけ”でV作戦を完成させるためだ。

 

コーウェン准将が無言で計画書を受け取る。特に言葉もなく読み始めるので、そのまま踵を返してオフィスの扉へ向かう。

扉を開けようとしたところで、後ろから低い声が聞こえた。

 

「迷惑をかけるな」

 

振り返って敬礼しながら答える。

 

「お気になさらずに。それが私の仕事です」

 

そして、笑って見せた。

 


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