俯瞰してみる。
言葉にすると簡単だが、凡人がそんな無謀な事すれば、妄想の世界にこんにちはである。天才であっても、不確定要素満載の雲の階段を上っているレベルだろう。
オレだって原作知識というチートがなければ不可能だ。
だが、それを含めた形で考慮すると、いくつか現段階で問題が出てくる。
その為に必要な、行動は……
ビジフォンをとって、秘書官に連絡する。
「マリドリット伍長。アポイントメントを頼む」
「ジャミトフ大佐。ご無沙汰ぶりです」
「うん。君か。活躍は聞いているよ」
数時間後、経理部に顔を出して、ジャミトフ大佐と面会する。
「なんとか、やりくりしていますよ」
「らしいな。おかげで二次予算が確定した」
ジャミトフ大佐の言葉に、驚きの声を上げる。
「V作戦の経過報告はまだなんですがね」
「報告会なぞ予算採決の項目を埋めるだけのものだ」
と言って少しとがった鼻を鳴らす。
「コーウェン准将に感謝したまえ。彼は顔に似合わずなかなかのやり手だ」
おお、さすがゴリラ。おっぱいプルプルに鼻の下を伸ばしているだけじゃないのか。とりあえず、ジャミトフ大佐からも合格点をもらえたことで、こっちも本題に入ることにする。
「これを……」
持っていたファイルを提出する。
中を開けると、ジャミトフはふと意外そうな顔をする。そして、そのファイルを読み続けるうちに、その口元が不機嫌そうに結ばれる。
「……」
「V作戦の夢の構想ですよ。まあ、かなわない夢ですけどね」
何の事はない。このファイルは、現在のV作戦の想定予算を記載した経理報告書だ。
問題があるとすれば、量産するのがガンダムである点だ。
つまり、コスト度外視モビルスーツ製造計画だ。
なんというか、F1車を量産させる素敵仕様で、1台当たりの値段がブッ飛び状況に落ちたものである。
「現在V作戦は、この流れで動いています。二次予算まで降りてしまってね」
「……」
「なので、コイツを潰します」
ジャミトフ大佐が顔を上げる。
「コストを下げた量産機を作る計画に軌道修正させます。その為に、時間をいただきたい」
ジャミトフ大佐は、オレから視線を外すと目頭を押さえてしばし沈黙する。
「……恐ろしくなったな」
「は?」
「君だよ。何も変わっておらんが、読めなくなった」
どういうことだ? ああ、そういう事か。致命的な問題を提示して、落ち着いて笑っており、しかもそれを、古巣とはいえ他部門他派閥のジャミトフ大佐に提示している現段階で、オレの意図が読めないって事か?
いや、そこまで深い考えはない。確かに、この問題はV作成の致命的弱点だ。これを突かれたら技術馬鹿オンリーの技術者ならともかく、連邦トップがGOサインを出すわけがない。そして、こんな問題、技術知識と経理知識があれば簡単に予測できる。
他の派閥がこれを提示しないのは、美味しい所でこの問題を爆発させてMS開発の主導権を握りたいからだ。
そして、爆発させる起爆点が経理部だ。旧兵器部門がこの問題を提示したら壮絶な自爆ブーメランで「じゃあ、なんでもっと早く指摘しなかったんだ」とつるしあげを食らう。
その点、経理部門には、指摘する名分はあるし、指摘した所で経理が新兵器開発するわけがない。つまり、兵器部門の主導権争いに参加しないからだ。
だから、オレは事前に経理部門の現場最高責任者ジャミトフ大佐に持ち込んだ。
どこかの派閥がオレの知らないところで、この問題を提示しても、ジャミトフ大佐がストップしてくれれば、起爆剤は不発に終わる。
経理部門側でも、主導権を握っているレビル派閥に恩が売れる。現段階で、レビル派閥が大転倒して、ふたたび主導権交代なんて事があれば、連邦軍には致命傷である事を、ジャミトフ大佐はしっかり認識しているからだ。
「対処法はあるのだな」
「もちろんです。少し内側でゴタゴタしますが。1,2ヶ月もすれば収まるでしょう」
「少佐」
「はい?」
「そういう時は、期限を自分で決めない方がいい。確証があっても、それにメリットはない」
唇を持ち上げてニヤリと笑うジャミトフ大佐。
「はい。ありがとうございます」
笑って答えるが、どう見ても悪者の密談である。