この日、UTX学園の理事長が事務所を訪れたかと思えば、トランクを開け、100万円もの現金を見せた。どうやら先日助けた少女がそこの生徒だったらしく、その謝礼らしい。
「正直、特別警備会社のことを軽蔑していましたが、生徒の命を救ってくださいました。礼には礼を尽くす所存です」
「下心ぐらい、あるんじゃないか?」
ケビンは正直、芸能関係の人間が苦手だ。アメリカにいたころ、テレビ局からの依頼でアフリカで撮影のため、護衛として同行したことあるが、そこのルールを破り散々騒いだあげく、視聴率が取れなかった責任をなすりつけられそうになった経験があったからだ。
「いいえ。私どもにも世間体というものがありますゆえ、再発防止に取り組みますよ。では、これで失礼します」
帰ったのを確認すると、ケビンは出前の電話する。
「菊地です。ええ、今日は海鮮丼お願いします、はい」
今日もだらしなく寝そべる。
「ったく、苦手だ。腹に逸物抱えてやがった」
途端、電話が鳴り響く。
「はい。根岸さん、また事件じゃないだろうな・・・飲みだって?わかったよ、夜、近くのラーメン屋な」
珍しく根岸が飲みに誘ってくれた。せっかくなので夜行くことにした。
「どうしたんだ根岸さん、急に飲みに誘って?」
「お前が救った女の子いただろ?彼女、会ってお礼が言いたいそうなんだ」
「それの相談ですか。UTXの生徒となると、たいそう金持ちで庶民感覚ないイメージしかないんだが」
「大丈夫だ。A-RISEのメンバーで、一番の常識人らしいから」
「なんだその、アライズってグループは?」
「まさか・・・知らないのか、スクールアイドルを・・・」
「全く知らん。μ’sもその類なのか?」
ケビンの言動にショックを受ける根岸。
「俺、何か言ったか?」
「お前世間知らずと言われてもおかしくないぞ?」
同時刻。ミコトは従姉の統堂英玲奈に電話する。
「英玲奈さん元気?」
「まぁ・・・でもあれほどの恐怖は、生まれて初めて。でも、ミコトはもっと怖い思いしたんでしょ?」
「そうね。マネージャーに貞操奪われそうになったり、担任に居場所を奪われかけたり・・・そんなときでも、ケビン先生に助けてもらったから、今まで生きてると思ってるの」
「あの人か。ろくにお礼が言えなかったな・・・」
電話越しから残念そうに聞こえる。本当に真面目な人だと、ミコトは思った。
「なぁ、今度一緒にケビンって人の事務所に行かないか?」
「えっいいけど、先生いろいろ忙しいし、いつ事務所にいるかわからないわ」
「なに、いい考えがある」
翌日。ケビンはミコトに呼ばれ、和菓子屋穂むらに足を運ぶ。
「待たせたな。ところで彼女は?」
「統堂英玲奈。私の従姉でA-RISEのメンバー、以前ケビン先生が助けた人です」
「思い出した、もう外歩いても大丈夫なのか?」
縦に首を振る英玲奈。恥ずかしいのか、ミコトの後ろに隠れている。しかし、ケビンには何故、彼女がミコトと一緒に来たのか理由がわかっていた。
「お礼言いに来たんだろ。大丈夫だ、気持ちはもう伝わってる。だから胸張って、現れてくれ」
説得に応じ、ようやく前に現す。
「あ、ありがとうございました・・・」
「いいよいいよ。せっかくだし、饅頭買って帰るか?」
店舗に入ると、優しそうな女性が3人を出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、どれにしますか?」
「そのほむまんなるものを20個くれませんか」
「はい、2千円になります」
ケビンは財布から紙幣を取り出し、女性に渡すが、何かぎこちない。よく見ると20ドル札が握られている。
「失礼、これで」
20ドルから千円札二枚に替え、会計を済ませ、箱詰めされたほむまんを受け取る。その様子を見ていたミコトがクスりと笑う。
「先生って、意外に天然なところがあるのですね」
「未だにドル札入ってるからな、俺の財布」
普段笑わないミコトが笑っている。英玲奈は彼が彼女に与えた影響がただものではないと感じた。
(こんな男性、絶滅したかと思ったのに)
事務所に戻り、3人分の紅茶を淹れる。今日は宏美は休暇であり、戻ってくる心配がなかった。
「アールグレイだけど、口に合うかな?」
「おいしいです」
ミコトが自分の淹れたものが好きなことは知っていたが、英玲奈も好きとは限らない。幸い気に入ってくれたようだ。おいしそうにほむまんを頬張っている。
「いい光景だな。中東じゃなかなか見られない」
「「中東?」」
「おやつ食ってるときに話す内容じゃないけど、俺が行った先は紛争やらなんやらが多くてね、どうしても和やかな空気にはならないよ」
「・・・実体験ですからね」
「その話はやめにしよう。それにしても、従姉妹同士とは思わなかったな」
「誰にも伝えていませんからね。雰囲気は近いって言われるけど」
確かに口数が少なめで、おとなしいイメージであるからには非常に似ている。
「典型的に似てないところもありますよ。例えば・・・」
残念そうな顔をした英玲奈はミコトの大きめの胸を突く。
「私薄いのに、この子は・・・」
「あのう、男性の目の前では控えて・・・」
さすがのケビンもドン引きしてしまう。
「英玲奈ちゃん言いたくないんだけど、男の前で胸を突いたり弄るのはやめたほうがいい。最悪、君が襲われるよ」
「あ・・・」
恥ずかしさのあまり、萎縮してしまったのだった。
二人が帰宅した後、事務仕事をあらかた片付け、Px4の手入れを始めた。
「久しぶりに平和な一日だった。こんな日が続くといいんだが、探偵の性か、どうしても事件は起きるんだよな」
少し残念そうに筋トレを始める。一日でも欠かしたことはない。
「ふぅ・・・体動かすとスッキリするな」
爽快な気分を妨げる電話が鳴った。
「はい、トライデント・アウトカムズ。英玲奈ちゃんか、無事に帰ったか?・・・え、父親が重傷?警察には電話した?・・・わかった、待ってろ」
UMP-9をレンタカーのトランクに積み、統堂邸まで急行した。すでに警察が駆けつけており、英玲奈が事情聴取を受けていた。
「ケビンちょうどよかった、実は妙なんだよ今回の事件も」
根岸も駆り出されているようだ。彼によると被害者はこの居間でうつぶせで倒れていたらしい。
「どうしたんですか?」
「後頭部に何かで殴られた後があったんだ」
「凶器が見つからないのですか?」
「全然見つからない。まるで斑模様みたいな痣でな」
「へぇ・・・っで、そういえば被害者の腰撃った銃は見つかった?」
ケビンは足元に散らばっている、プラスチックの割れたものを見つける。それはかなり小さなものだった。
「それもわからない・・・ケビン、どうしたんだ?」
「根岸さん、一応聞き込みしてくれ。二回銃声がしたか否か」
「え?」
「俺の勘が正しければ、気絶させた方法で犯人を特定できるかもしれない」
(おそらく、犯人は殺す気なんて最初からなかったが重傷負わせたいほど憎んでいた人間だ)
そう思い、ケビンは英玲奈のもとへ向かった。
ショックを受けているのか、落ち込みようがひどい。かと言って事務所に泊めるわけにもいかず、とりあえず彼女を搬送先の病院まで送ることにした。
「気分は・・・良くないな」
「・・・」
「ねぇ英玲奈ちゃん。お父さんの猟仲間で、黒いうわさのある人知らない?」
彼女は首を横に振るだけ。ケビンは一緒に病室に入り、彼女と父親だけにしてから病院を去った。帰る途中、根岸から電話がかかってきた。防犯カメラの映像にケビンと同業者であるマーキュリーセキュリティーの御手洗腹蔵が犯行時刻に統堂邸を出入りしていたこと、時間差こそあったが銃声を二回聞いたことが聞き込みでわかったらしい。
「やはりな。あそこは警察や軍からの横流し品を買い取って、品質を良いことを装う糞共の集まりだ。暴徒鎮圧弾で気絶させ、その後腰に散弾を浴びせたんだ。今ならそいつを検挙して、ライセンス剥奪のチャンスだな」
「なるほど。あとは任せてくれないか?」
後日、逮捕状および家宅捜索令状を提示した捜査一課が御手洗を逮捕。同時にマーキュリーセキュリティーは信用を失い業務自粛を余儀なくされた。
このマーキュリーセキュリティー、今後もライバルとして出す予定です