PMC探偵・ケビン菊地  灰狼と女神達   作:MP5

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 この日もゴーストは誰かを狙う


黙示録2  魔の手

 街の一角にある、他よりも少しだけ背の高い廃墟ビルの屋上に若い男が一人。

 光沢を持たない禍々しい黒色の長い銃を構えながら片膝立ちでスコープを覗いていた

 

 銃本体のフレームから前方に伸びる長い銃身(バレル)には、それよりも幾分太い円筒状の減音器(サプレッサー)が装着され、フレーム後方には体にがっちりと銃をホールドさせるためのストックが備えられており、フレーム上部には倍率の変更が可能なスコープが装備されている。

 

 男は、ビルの壁面や床材で使用されているコンクリートとほぼ同色の布で自分の全身はおろか、構えたスナイパーライフルの半分ぐらいまで覆い被さっており、ほぼ完璧とも言える程、視覚的に背景と同化している。 

 

 太陽の光を反射させて黒く鈍い光を放つロングバレルは、ほとんどブレることなく一点を狙い続けている。

 

 

 朽ちかけの廃墟と化した冷たい雰囲気が漂うビルの屋上で狙撃体制をとっている若い男は右手で銃のグリップを軽く握り、左手をストックに軽く添えて頬ほほに当てると、そのまま顔を近づけて狙撃用のスコープを覗き、内部に浮かぶ十字の照準線の中心を700m以上先にいる口ひげを生やしたスーツ姿の男にゆっくりと重ねた。

 

 

 男が手にした銃は正真正銘、一撃必殺の凶器である。

 

 

 

 トリガーに掛けた指を動かすほんの少しの動作で約一秒後にはスコープの中心に収めた人物の命を容易く奪うことが出来る。

 命という何にも代え難い財産を一瞬で、そしていて一方的に絶やす恐ろしさ、彼はそれを嫌というほど知っていた。

 しかし、だからといってこのトリガーを引くことに何の躊躇もない。

 標的の事は何も知らないし、知ろうとも思わない。

 

 あと僅かの人生という点では同情はするが、それ以外の感情は全くない。

 

 命を殺めるということに罪悪感や後ろめたさなどを感じることはなかった。

 

 彼の中にあるの物は機械のような冷酷さだけである。

 

 故にいつでも迷うことなくトリガーを引くことが出来るのだ。

 

 再確認すると男は体制を崩さぬまま一度大きく深呼吸を入れる。

 

 再度スコープへと顔を近づけると、ストックに頬を当て、レンズ越しに映る目標へと照準を合わせ、自分の位置から目標までのおおよその距離を目測し、ビルの上から地上の目標を狙っているという高低差や風向きも考慮し弾道を計算してスコープを調整する。

 

「距離730m、高低差25m、左からの風プラス2度、気温、確認。」

 

 狙撃銃スナイパーライフルのアッパーフレーム上に固定された、すらっと細長いスコープ中央の上部と右部備えられている調整ダイヤルを回すカチカチカチという軽い音でさえも、静けさに覆われた廃ビルの屋上では耳障りなほどうるさく感じてしまう。まとわりつく喧騒を払うかのように、男は小さく息を吐いた。

 

 「調整完了」

 

 目標が現れる数時間も前からこの場所に身を潜めていた男は、風速や距離、気温や湿度といった狙撃の瞬間まで正確な調整が行えない点以外は事前に全て準備を済ませていた。そしてスコープの調整を終え、最後の狙撃準備を完了させた男

 

 男はボソっと呟き、今までグリップを握った状態で伸ばしきっていた右手人差し指でゆっくりとトリガーに触れる。

 

 

 ここからは狙撃手としての技量が物をいう孤独な戦い。

 

 スコープを調整したからといってそれだけで放った銃弾が標的を簡単に射るわけではない。

 

 標的は動体である以上不規則な動きを繰り返す。

 

 その動きと銃弾が描く軌跡を読み、絶えず変化する風にも注意し、自らの身体状態も考慮しなくてはならない。  

 

 男はただ目標を確実に仕留めることしか考えていなかった。

 人差し指から伝わる金属特有の無機質な冷たさでさえ全く気にならない。

 

 レンズ越しに見える歩き始める。

 

 スコープを覗きながらいつ来るかも知れぬタイミングをただ静かに待ち続ける男…

 

 男がこの一瞬の好機を逃すことは無かった。

 標的の頭部に寸分違わず合わせられていたスコープのレティクル。

 狙撃銃のトリガーに掛けていた人差し指にグッと力を入れる。そして音速を超える弾が銃口から吐き出される。

 

 男は予め必要とされる情報を一通り資料でまとめて用意していた。

 

 それには標的の名前や年齢、これまでの経歴、外見的特徴などに加え家族構成や友人関係まで記されていた。 

 

 低い銃声と排出された空薬莢がビルのコンクリート床に跳ねる甲高い金属音のみが響く。

 

「これでよし。」

 狙っていた敵が誘き出て来ない限りはゲームは始まらない。

 

 

 

 

 

 時よりあちら側から自動小銃による反撃の音が聞こえるが、おおよそ検討をつけた方角に適当に撃ち込んでいるだけで狙撃手の場所を特定出来ていないのか、一発たりとも危機を抱く場所には着弾していない。

 

 もとより彼らが装備している自動小銃ではこの距離での精密な射撃は厳しく、例え居場所がばれたとしても驚異にはなり得なかった。

 

 

 

 男は深呼吸をし一息つく。

 

 時間にしてみれば大して長いわけでもない時間であった。

 

 研ぎ澄ましていた感覚を緩めた男はゆっくりと立ち上がると手際よく撤収作業を終え、狙撃場に選んだ廃ビルから出ると、セーフハウスに向けて歩き出す

 

 

 彼は感じる。

 

「ここからが先が本当のゲームだ。俺を楽しませてくれよ」




 

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