黙示録1 闇
午前04時50分35秒
札幌のとある雑居ビルにダッフルバックを持って入る一人の男の姿があった。警戒のために、市販の防犯ベルを改造したセンサーを仕掛け、上がっていく。
屋上の脇の階段でダッフルバックからM40A3を解体した物を組み直す、機関部、
サプレッサーを銃口に嵌め直し、時間を確認し直す。
密着型のサングラスを掛ける前に目の下にグリスを塗り、マガジンを差し込むと、右手でボルト・ハンドルを前後に操作し薬莢に文字を刻み込んだ弾を銃身に押し込んだ。腹這いになると出っ張りから5cmぐらい銃口を出す。
スコープに眼を当て右手でピントを合わせて意識を右目のスコープから見えている景色と右手の
背中のバックパックからチューブを取り出し口の近くまで持っていき、数十分ごとに水分補給を行い、トイレは紙おむつにする。
そうして集中力を男は保つ。
数時間後………
午後20時31分06秒
雑居ビルの屋上、コンクリートの床に腹ばいになっていた男はスコープにターゲットを写したままニヤリと不自然に笑う。
(さて、集中しよう)
iphoneを耳にあてたまま突っ立っているターゲットが、狙撃銃モデルM40A3のスコープに映っていた。画像は揺れていない。
俺は落ち着いている。いい傾向だ。
夜でも通りは暗くはない。街灯とネオンのおかげだ。これなら、念のために高い金を払って買った
全てが緑色になった画像が気色悪い暗視装置は必要ない。
それにしても、今回用意したこのスコープは優秀だな。明るいからストレスを感じない。
ターゲットは、いまだ突っ立った状態。
『フリーズするなよ、莫迦。違うだろ、逃げるんだよ』
ニヤリと気味の悪い笑いをしながら、スコープを覗く。
タイム・オブ・フライト、弾丸の飛翔時間はここからだと0.93秒も掛かる。
『引き金を引いた瞬間、予測不能の動きをされたら命中しない。それが楽しいから、俺はスコープを覗き続けているんだよ。そこから動くんだよ、ターゲット。そうでもしないと俺が楽しめないじゃないか。まさか、いつまでも突っ立ったままでいる訳にはいかないだろう、ええ?』
ターゲットが歩き始める。唇の左端が上へゆがんだ。コートははためかせ、ターゲットは駐車場に向かう。
(思った通りだ、その高い車はほっとけないよな)
トリガーガードにかけていた右手の人差し指を、輪の中に滑り込ませる。引き金に指をかすかに添えた。引き金は冷たかったが、すぐに体温でなじんだ。息を口から吐き、鼻から空気を吸い込む。無意識に指が動くのに任せるのだ。駐車場の前までゆっくりと歩くターゲットは、両手がふさがっていることに気づく。
右手にあったiphoneをジャケットのポケットに突っ込み代わりに駐車場の券を取り出そうとする。
ジャケットには無かった様でパンツのポケットを探る。右手は右ポケットに、左手は左ポケットに。右ポケットから券を取り出すと、ホッとした表情をする。
乗り込むまでの一連の動きは読めているのだ
(0.93秒、頭の動きが停止する状態を見つければいいだけだ。さあ、止まれ──)
ターゲットが左手でドアノブをつかむ。
人差し指は反応した。
銃床を通じて鈍い衝撃が右肩に伝わる。
弾が銃身のライフリングに沿って回転し、飛び出す様がイメージできた。スコープを覗き込んでいた右目を閉じる。
スコープの向こうにいたターゲットは、ただの物体に変わっていた。
『これで、8人目』
スコープから視線をはずす。コッキング・レバーを引きボルトを開放した。
薬莢が飛び出し、硝煙の臭いが鼻を刺激した。
ダッフルバックに簡単に、解体したM40A3を仕舞い込み、バックパックもダッフルバックに突っ込むと作業服を脱ぎ捨て、いかにも仕事帰りのサラリーマンの様な安いスーツを着て、顔のグリスを落としながらトラップを回収しながら、階段を降りていく。監視カメラに写らないように地下鉄に向かう。作業服と紙おむつを駅のゴミ箱に突っ込むと闇の中へと消えていった。