押しかけ女房の如く現れた小畠宏美を仕方なく採用したケビン。彼女の口から発せられた言葉を聴き、驚きを隠せないでいた。なんと、例のスポーツ記事以来、新聞社のレッドリストに載ったのだ。おかげで記者として仕事がしにくくなり転職を余儀なくされたという。
「お前・・・いったい何をしでかした?」
「ただ笹山プロに関してストーカー紛いの取材しただけよ。いいじゃない、減るもんじゃないし」
笹山プロはミコトが所属していた芸能プロダクション事務所の名前だ。
「宏美さんよ、できるならそれはやめな。PMCは命を削る仕事が多い、変な動きをしたら一瞬でお陀仏だぜ」
「気をつけるわよ」
「反省色はなさそうだがまぁいい、今回は事務員採用だからライフルやショットガンは持たせられない。ただしハンドガンの携帯許可は下りてるから、これを渡しておく」
ベレッタPx4を渡す。あえて自分と同じモデルを選んだのには理由がある。マガジンを共有できるようにするためだ。
「口開いた状態ね。壊れてんの?」
「ホールドオープンと言って、弾が抜かれてる状態で渡したんだ。暴発が一番危険だからな。それと注意事項言っておく。基本的に見せびらかすのダメ、射撃なんてもってのほか」
「わかってるわよ、今でも銃なんて一般的じゃないし」
「アメリカじゃないんだ、一般的だと困る」
宏美の履歴書を英訳したものをロサンゼルス本社に郵送するため、英語で住所を書いたものを白い封筒に入れ料金分の切手を貼る。
「CEOは俺にここの全権任せているが、一応送っておかないと給料入らないからな」
完成した封筒を宏美に渡す。
「持っていけ、郵便局に」
「自分で出しに行きなさいよ!」
「この日を持って事務員の仕事してくれ」
渋々封筒片手に郵便局に向かった。
「これでうるさいのがいなくなった」
鬼の居ぬ間になんとやら、ケビンはいつものようにだらしなく椅子に腰掛け親子丼の出前を待っていた。
「口うるさいのがいなけりゃ、ここは静かな事務所なんだがな」
タイミングよく出前の親子丼が届いた。金を払い、美味しそうに頬張りながら一瞬で平らげた。
「あー食った食った。訓練でもするかな」
地下に行こうとした矢先、一本の電話が鳴り響いた。
「はい、トライデント・アウトカムズ・・・娘が誘拐された?警察には届けられないから、電話したと?・・・わかりました、詳細を聞きたいので住所をお願いします・・・準備出来次第そちらに向かいます」
受話器を置き、メモとアタッシュケースをセダンに積んだ。
「西木野病院か。その院長の依頼となると、相当でかいヤマだな」
帰ってきた宏美に先ほどの依頼の話をする。案の定同行を願い出、ケビンは断ろうとしたが押しに押され同行を許可した。
指定された場所、西木野病院にたどり着いた。総合病院らしく大きな建物で、ケビンは舌を巻いた。受付に院長室に案内されると、メガネをかけた40代くらいの男性が待っていた。
「お待ちしておりました。院長の西木野です」
「トライデント・アウトカムズの菊地です」
「同じく小畠です」
自己紹介を終えたところで依頼内容の詳細を聞くことにした。なんでも、昨日の午後10時くらいに留守番電話に低い声で『娘は預かった。返してほしければ木更津の埠頭にある○×倉庫に、3日後の午前1時までに5000万円持ってこい、さもなくば命はない。なお、警察には言うな』と言ってきたらしい。
「そのことを南さんに相談したところ、あなたを紹介されたのです」
「・・・ずいぶんと気に入られたな」
「その後ですね、PCメールに娘の監禁された写真が送られてきまして・・・これです」
PC画面に赤髪の気の強そうな少女が、猿轡され手足を縛られている画像が映し出されている。
「お嬢さんにGPSか何かは?」
「途中でどこかに落としたみたいで・・・」
「そうですか。そういえば、彼女は家にいなかったのですか?」
「えぇ、夕方の4時くらいに友人の星空凛って子の家に泊まりに行くと言ったきり・・・念のため確認しましたが、来ていないそうなんです」
「なるほど・・・固定電話にかかってきたのですか?」
院長は縦に首を振る。
「でしたら、それを聞きたいのですが」
西木野家に足を運び通話内容を確認する。声はボイスチェンジャーで変えてあることがわかると、次に星空家に向かうことにした。出迎えてくれた母親らしき女性に昨日泊まりに来た子の話を聞いたものの、やはり来ていないらしい。
「ケビン。どうすりゃいいのよ、来てないって話だし・・・」
「西木野家からここまでのルートで、通りそうな場所を洗って、聞き込みするしかないな」
すると、どこかで見たことある中年が姿を現した。根岸警部だ。
「やぁケビン。どうしたんだそんなところで?」
「仕事で来てるんです、根岸さんは?」
「実はな、赤毛の少女が車に押し込められたって通報があって、それの聞き込みの帰りだ」
「なんですって!?俺達も彼女の情報を探っていたんです」
誘拐の現場を目撃した人間によると、黒いワゴンが少女の横で止まり、スライドドアが開いたかと思ったら一瞬で引きずりこまれたとのこと。ワゴンだという以外に車種こそわからないが、ナンバーを覚えていたため照合したところ、盗難車だとわかった。
「ケビンはその西木野病院の院長の娘、真姫ちゃんを探しているのだな。誘拐の電話か・・・確かに警察に言いにくいな」
「そうですね、根岸さんもわかったことがあったら教えてくれ。俺も捜査内容を話すからさ」
「そうしてくれ・・・なんで小畠がいるんだ?」
「あ・・・うちで採用したんです、事務員として」
「事務仕事しない事務員か。扱いに困りそうだな」
「ちょっと、笑わないでよ!」
事務所に戻らずその足で木更津に向かった。○×倉庫付近に着くころには日も暮れ始め、視界が悪くなってきたことがわかる。
「ここで待機してくれ。様子を探ってくる」
「わかったわ」
ケビンは車を降り、トランクからアタッシュケースとマガジンを取り出し、R5を組み立てる。
「さて、観察してみよう」
R5を背中に掛け、双眼鏡で様子を見る。ケビンは最初、相手はチンピラだと思っていたが、敵の持っているものを見てすぐにマガジンを装填した。
「相手はM870にL85A1、さらに手榴弾を持ってると・・・誰だよ、こいつらは」
正面の警備が万全だったため、手薄で金網が壊れている東側から入ることにした。雑草が生い茂っており、砂利を踏む音がかき消されていることがわかる。倉庫裏の方で警備に当たっている敵の会話を死角から聞く。日本語のようだ。
「単なる身代金目的の誘拐だって言うのに、どうして銃持って警備しなきゃいけないんだ?」
「お前聞いてないのか、院長先生が警察呼んで銃撃戦になった時のためにこうして装備してんだ」
(こいつら邪魔だな)
Px4に持ち替えサプレッサーを付ける。背後から頭を撃ち抜き、もう一人も一瞬で倒す。
「見張りはまだいるはずだ。残しておくと危険な気がする」
外に見張り全員を確実に仕留め、あとは中に入るだけとなった。幸い開けっ広げになっていたため、開ける音の心配こそなかったが、二階にM40A5スナイパーライフルを持った見張りがおり、遮蔽物の少ない倉庫内ではすぐに見つかってしまった。ケビンに向かって飛んでくる凶弾を素早く動くことでかわすが、やはり遮蔽物が少ないためか、反撃に出ることができないでいた。
「あぁくそ、広い場所でスナイパーかよ。こっちは一人なのに・・・?」
ケビンは気づいた。リロード中でも隠れたりしていないのだ。
「さてはスナイパーは動かないものとでも?だったら」
てこずっている隙に攻撃し無力化。別のスナイパーも同じように弾切れを誘うように動き、一瞬で仕留めた。
「素人には負けん。さて、探すとするか」
倉庫に唯一あるドアノブ手を伸ばし、勢いよく開け、敵に向かって556NATO弾を浴びせ、素早く鎮圧した。ターゲットの少女、真姫の拘束を解き、安否を気遣う。
「無事か?」
「だ、大丈夫に決まってるじゃない!」
「俺を睨んでいるようだが、信用できないか?」
「銃なんて持ってるんだから当たり前でしょ!」
「それもそうか、お父さんに頼まれて来たって言ったら信じるか?」
ケビンはスマホを取り出し、院長に電話を掛ける。
「もしもし西木野院長ですか?娘さんは無事に保護しました、縛られた箇所に痕が残ってるくらいで健康ですよ。今から替わりますね」
スマホを真姫に握らせ父親の声を聞かせることで安心させた。疑われては動きづらいからである。
「・・・一応、感謝するわね」
「十分すぎる。さぁ行こう、迎えを待たせてある」
真姫を後部座席に乗せ、宏美に運転を任せると、ケビンは助手席でしばしの休憩をとっていた。東京湾を跨ぐ高速道路に乗ったため、あと少し経てば家に着く。
「静かだな」
R5のマガジンを交換し、いつ襲撃されてもいいように警戒する。
「静かでいいじゃない、真姫ちゃんだってそうでしょ?」
「もう全員倒したんじゃないの?」
「おかしいんだ。警備が9人だけなんていくらなんでも少なすぎる」
ケビンの勘通りだった、後方から複数台の車が追ってきたのだ。銃声も響き、ボディーに穴が開いた。
「もっと飛ばせ!真姫ちゃんは頭を下げろ!」
「「言わなくってもわかってるわよ!」」
助手席から乗り出し、なるべく車のタイヤを狙いながら牽制する。拝借したグレネードも投げ、数を減らしていく。それでもなお追ってくる。
「なんで奴らはそんなに必死なのよ、意味わかんない!」
「知るか!」
それでも迫りくる敵を確実に仕留めるケビン。その途中、車内にある無線に通信が入った。
「ケビン、大層なパーティだな」
「その声は!?」
「パーキングエリアにいるぜ」
前方に見えるパーキングエリアの屋上に、ブレイザーR93スナイパーライフルを構える男がいた。彼は趙来、トライデント・アウトカムズの狙撃手。
「さて、やるか」
装填された338ラプアマグナムで次々とドライバーを撃ち抜いていく。トンネルに入る頃には四台しか残っていなかった。趙がいなければもっと多くの台数を相手していただろう。
「これでラスト!」
最後の一台のタイヤを撃ち抜き、追っ手を殲滅してみせた。翌日のニュースによると、高速道路は昼まで火の海と化していたという。
夜が明ける前に西木野邸に到着し、真姫を車から降ろした。
「人生最悪の夜よ・・・もう二度と体験したくない」
「同感だ」
「同感よ」
ちなみに蜂の巣状態となった車は、すぐさま掛かりつけの修理工場へと運び、半月くらい修理に時間を有したらしい。
「修理代だけでパァになりそうだ。全く・・・」
スナイパー登場です