ケビンはこの日、R5のカスタムをしていた。本社から届いたホロサイトとフロントグリップ、フラッシュハイダーを取り付け、1マガジン分試し撃ちしてみる。ブレが前よりもなくなったのか、ほぼ中央に収まっている。
「良好だ。そういえば他に荷物があったな」
別のアタッシュケースを開けてみると、MP5に似ているが細部が大きく違うサブマシンガン、UMP‐9が入っていた。一緒にカスタム用のフラッシュライトも入っている。
「R5と場面場面で使い分けるか」
UMP‐9にフラッシュライトを取り付け、ストックを折りたたみアタッシュケースにしまった。
「そろそろ飯にするか。出前でも頼もう」
電話でかつ丼を頼み、いつものように自分の机にある椅子にもたれかかった。
「そういえば引退表明があったな。来年は普通の高校生になると言っていたが・・・」
机の上にあるスポーツ新聞の芸能面を読む。ダークブラウンの髪色にセミショート、目付きが少し鋭い以外は整った顔立ちの少女の写真と、大きく[アイドル界の流星、二宮ミコト、電撃引退!]と載っており、文面も彼女の引退に反対するようなことが書かれてあった。記事を書いたのは小畠宏美。前回の事件の容疑者リストに載っていた女だ。
「これまた・・・あの子の苦労と悲しい思いを知らないで書きやがって」
品川で活躍していた頃、ミコトの所属していた芸能事務所の社長に気に入られ、度々護衛を引き受けていたことを思い出す。
「彼女はテレビに出ている時のクールなイメージと違って非常に心優しくて臆病で繊細だった。口数は確かに少なかったが」
その時、電話が鳴り響いた。ケビンは受話器を取る。
「もしもし、トライデント・アウトカムズですが?」
電話の主は南と名乗っていた。近くの高校、音ノ木坂学院で理事長をしているらしい。彼女によれば学院内で増えつつある制服盗難事件を調査してほしいとのことだった。
「詳細を聞きたいのですが?」
「学院の理事長室でお話します。お時間、よろしいですか?」
腕時計を見て
「これからだと2時くらいになりますが、それでもよろしいでしょうか?」
R5の入ったアタッシュケースを手に音ノ木坂学院に足を運んだ。ケビンは学内に入って呟く。
「女子高かここ?男子がいない」
女の花園に筋肉隆々老け顔の27歳男性がいるという、ものすごい気まずさを肌で感じながら、迎えの教員に連れられ理事長室に入った。
「先ほど電話を受けたトライデント・アウトカムズの者ですが」
「お待ちしておりました。どうぞ、お座りください」
ケビンは少し動揺した。理事長に、前回助けた南ことりに似た雰囲気があったからだ。
「娘が大変お世話になりました。あの子がアルバイトしていたことは知っていましたが、まさか事件に巻き込まれそうになっていたなんて・・・」
「あぁ・・・お母様でしたか。その後はどうですか?」
「元気に学校に通っております。事件の直後こそは顔色悪そうでしたが」
「す、すいません。俺が犯人に過激なことしなければ」
「いいんです。そうでもしなければ、何されていたか、わかったもんじゃありません」
「・・・すいません」
返す言葉がないケビン。
「学内でも事件のことが話題になっています。娘を救ってくださったあなたに、窃盗事件の調査を依頼したのです」
「なるほど。詳細を聞きたいので、制服を盗まれた生徒のリストを頂けませんか?」
放課後。リスト眺めながら廊下を歩く。盗難の被害者は6人おり、1・3年生に絞られていた。そのうち4人には会って話を聞いており、今のところ体育の授業が終わって着替えようとする際に盗難されているらしい。ケビンは5人目に話を聞く前、疑問点を整理することにした。
(警察沙汰にしたくないみたいだが、犯人によってはスキャンダルどころじゃないな。それはそれとして、経歴こそバラバラだが、どの子に会っても同じような体格かつ身長だった。細かい数字こそ違うが、一人除いて同じなことに理由があるのか?まぁそこはまだ判断できないが、学校で噂になっていたな・・・確か幽霊が白昼に現れるって噂だ。体育の授業中に死んだ女子生徒の霊が木々の間を走り抜ける、だったか。偶然にしては出来過ぎな気がするな)
5人目の被害者の待っている1年生の教室に入る。そこで待っていたのは体操服姿の二宮ミコトだった。彼女の目に涙が浮かんでいた。
「ミコトちゃん・・・」
「先生・・・盗難事件を調査してるのって、先生だったのですね」
「あぁ。被害者リストに君の名前が載っていて驚いてたところだ。事件のこと、聞かせてくれるかな?」
「はい。先日、3時間目の体育が終わって着替えようとしたときです、ロッカーを開けると、あるはずの制服一式が消えてなくなっていました。同級生にも探してもらいましたが、結局ありませんでした。中学の終盤を思い出しちゃって・・・つらくて、怖くて・・・」
3時間目が始まるのはだいたい11時10分辺り、終わりは12時ぐらいになる。更衣室からグラウンドまでの距離はだいたい数分程度、着替えの時間を含めてもそのくらいになる。
「君は前から大変だったからな。もう大丈夫だ、俺が来たからには解決してやる」
ハンカチを取り出し涙を拭う。
「ところで授業中に怪しい人影を見なかったか?例えば、泥棒とか、制服姿の幽霊だとか」
「え・・・今なんと?」
「制服姿の幽霊って言ったが?」
「制服着た女の子が、飼育小屋方面に消えて行ったのを見ました。顔は見ていませんが、ものすごい速さで駆けて行ったのを見ました」
(幽霊を見た、か。初めての証言だな。他の子は見ていないのに、彼女だけ見たってことか?)
「ミコトちゃん、今から一緒に来てくれないか?どこで見たか知りたいんだ」
二人でグラウンドに出ると、ミコトが丁寧に説明する。準備体操中、20メートルくらい離れた場所で見たらしく、一緒に体操していた子も見たと言う。痕跡を探すため離れにある飼育小屋へと向かった。
「おいおい、ここアルパカいるのかよ」
「だらしない顔でモフモフしてる人がいる・・・よっぽど好きなのですね」
アルパカと戯れることりの姿を見て唖然とする二人。視線に気づいたのか、こちらを向いてきた。
「あれ?探偵さんに、二宮・・・」
「ミコトです、μ’sの南先輩。すっごいみっともない顔ですが?」
「だって~可愛いんだも~ん」
「・・・探偵さん?ケビン先生知ってるのですか?」
「この前、変態さんから助けてもらったの」
ミコトがことりをにらみ付ける。
「え?何?」
「変なこと、してないよね?」
「してないよ!?」
「ミコトちゃん落ち着け、今回、彼女も盗まれてるんだ」
「そうなのですか?」
「あぁ」
どうにか気まずい空気を打開し、本題をことりに説明した。
「授業終わって着替えようとしたら、ロッカーから消えてて困りました。でも、スカートと上着以外がこの飼育小屋の近くにあったんです」
「え、ここら辺にあったのかい?(妙だな。μ’sのメンバーである彼女の制服の一部だけが落ちていたなんて・・・犯人は何故捨てたんだ?)」
難しい顔をするケビン。資料を改めて見てみる。
「先生。どうなさいましたか?」
「おかしいんだ。この学院の看板である、ことりちゃんの制服だけが捨ててあったことがね。通常ならマニアの間で高値で売れるものを、しかも飼育小屋付近で捨てるなんて考えられない」
「・・・先生、何が言いたいんですか?」
白い目でケビンを見るミコト。
「確実に言えることは、ここが犯人の逃走ルートであることだ。それと、犯人の逃走方法も、推測だがわかった。ミコトちゃんの身長はだいたい163センチ程だ。比べて、ことりちゃんは159センチ。つまり4センチほど違う」
「??」
「二人とも、背中合わせに立ってくれ」
二人は背中を合わせると、ケビンはその姿を見て確信を得る。身長以外に、肩幅と腕の長さがミコトの方が大きいことがわかる。
「ウエストは聞かないけど、だいたいミコトちゃんの方が大きいな」
「ケビン先生、セクハラですよ!」
「ごめんごめん、肝心の方法だったね。実に大胆な方法だ、犯人は盗んだ制服を着てここまで逃げ、飼育小屋の裏で制服を脱ぎ、ここら辺に隠したんだ。そういえばことりちゃん、制服に違和感なかったかな?」
「言われても・・・あ!そういえば脇が破れてて」
「犯人は脱いだ際に制服が破れて商品にならないから断念したんだ。つまり、服の上に服を着て盗んでいたってことだ」
日が落ち二人を送った後、ケビンは一人、懐中電灯片手に飼育小屋周辺を捜索した。自分の推理が正しければ近くに隠してあるはずだからだ。
「とは言ったものの、今日盗まれたって情報が入ったわけじゃないからな。あるか否かわからない・・・これは・・・!?」
自分のものとは違うスーツケースに手を伸ばそうとすると、ふと背後から気配を感じ、Px4を抜き振り向いた。
「死にたくないなら出てこい。今なら許してやる」
茂みの中から、ことりと同じくらいの背丈の女性が現れた。手にはカメラが握られている。
「け、拳銃!?これはスクープだわ」
「待て。下手に動くと撃つぞ。サプレッサー付いてるから音があまりしない、つまりここで仏になるってことだ」
「うぐっ・・・写真は撮らないわ。でもどうしてここにいるのか教えてちょうだい」
「・・・依頼だよ、盗まれた制服を探してるんだ」
「そゆことね。記事にしないであげるわ、スキャンダルで母校を廃校にしたくないもの」
「は?」
「紹介が遅れたわね、小畠宏美っていうの。フリーの記者やってるわ」
「小畠・・・先日の連続殺人事件の容疑者リストに載ったがシロで、後日には二宮ミコトの記事を書いた女はお前か」
「どうして警察にマークされてたこと知ってんのよ?」
「仕事の都合で知りえたことだ、漏らさんから安心してくれ」
危害を加えないと判断しPx4をしまう。
「ところで、宏美はどうしてここに?」
「二宮ミコトの周辺洗っていたら、あなたの存在にたどり着いたの。以前、何度か依頼受けたことあるでしょ?」
「俺の正体を知ってる口調だな」
「特別警備会社トライデント・アウトカムズのケビン菊地さん。射撃・格闘戦、どれを取っても優秀なアメリカ人と日本人のハーフ。違うかしら?」
ここまで言い当てられ言葉が出なかった。
「そんなことはいいわ。ミコトちゃんのこと知ってそうだから今日から密着取材ってことでいいかしら?」
「おい待て宏美。別に俺は・・・待てよ」
ケビンは宏美の肩を抱くと、彼女の瞳を覗く。
「ちょっ・・・近い!(うわぁ結構ハンサムじゃん)」
「お前に頼みたいことがある。ここに学校教員の顔写真がある、それを使って調べてほしいことがある」
耳打ちに詳細を述べるケビン。次第に顔を真っ赤にする宏美。
「えぇ!?恥ずかしいし危険じゃん!?」
「いいのか、いたいけな乙女達の制服が変態オヤジの手に渡っても?」
「ぐぅ・・・わかったわよ、そのかわり解決してよ」
「任せとけ」
ケビンは次の日、教職員の見回りの時間を調べることにした。その結果、盗難事件発生日の3時間目くらいに見回りをしていたのは二人、一人は汗臭くてガタイのいい162センチの化学の男性教員、もう一人は若くて細身ではあるが先ほどの男性教員と同じくらいの背丈の数学の女性教員だった。理事長に調査結果を報告する。
「探偵さん。犯人がわかったのですね?」
「えぇ、犯人がわかりました。動機もわかりましたよ」
「動機も?」
「えぇ。犯人は盗んだ制服を転売するのが目的です、だから良い状態で盗むことが大事になる。しかし、こそこそしていては怪しまれてしまう。だから堂々と盗むことにしたんです」
「どうやって・・・まさか!?」
「制服を服の上に着て盗んだんです。ただ、犯人はミスを犯してしまった、それは盗んだ制服を脱ぐ際に破れてしまったことです。お嬢さんの破れた制服が飼育小屋付近にあったことを聞きました、つまりそこらに隠していたってことです」
「確かにあそこなら夜中は静かで人気がありませんね。それに教員なら怪しまれずに入ることができます、ありがとうございました、ここに呼びつけて事情を聴きます」
「あなたに委ねましょう」
この日、理事長は数学の女性教員を呼び出して状況証拠を突きつけた。しかし、案の定なかなか認めようとしない。側で見ていたケビンは、飼育小屋の裏に隠してあったスーツケースと指紋鑑定の結果を見せると、呆気なく罪を認めた。
「金も欲しかったのもあるのですが、くやしいんですよ、女子高生って生き物はいつの時代でも華やかで。だから教員になって苦しめてやろうと思ったんです。そこで思いついたのだ探偵の言ったトリックです、あのゴリラ先生に罪を着せればラッキーだと思ったのですがね」
ケビンは静かにPx4を抜き、脳天に突きつけた。
「じゃあここで罪を清算するか?」
教員は恐怖に怯え命乞いするが聞く耳を持たずに発砲した。しかし、独特の発砲音がしない。弾は抜いてあったのだ。
「どれだけ怖い思いをしたかわかったか、アバズレ」
あまりに緊張していたのか気絶してしまった。ケビンのスマホが鳴り、電話に出た。
「もしもしどうだった?何、新宿の東南アジア系マフィア日本支部近くにあのアマの姿を見たって証拠を見つけた?そうか・・・ごくろうさま、あとで報酬弾む」
電話を切った。
「制服の在り処をつきとめました。取り戻しに行きますが、その分の報酬はいりませんよ」
「え?それって・・・」
「ここからはカタギの領域じゃないってことですよ」
解決した日の翌日。新宿で過激派で知られる東南アジア系マフィアの事務所が襲撃され、壊滅したという報道が朝一番で流れた。メンバー全員が射殺され、アダルトショップに流す予定だった品物の数点が持っていかれたらしい。
『悠然と現場から去っていく男性が多く目撃されましたが、警察の発表によりますと、彼は特別警備会社の人間であり、国から発砲許可を得て行ったそうです。なお、それにつきまして・・・』
飽きた様子でテレビを切るケビン。左頬に絆創膏が貼られてある。
「あーあ、割りに合わないな。20万じゃ足りないっての・・・しかも」
事務机を掃除する宏美の姿があった。
「取材終わったのに、どうしてここにいるんだよ、休めないって」
「いいじゃない、お節介な事務員が入ったんだから」
「雇った覚えなんてないぞ!全く・・・」
後々ケビンのデータも載せる予定です