今日は特別な日だ。何故なら、トライデント・アウトカムズのCEO、ロバート・ハミルトンが来日し、抜き打ち検査する日だからだ。
「みんな、そろそろだ」
「え?」
途端、勢い良くドアが開く。現れたのは、歯並びと白さが眩しく、笑顔が如何にもアメリカンなスーツ姿の壮年黒人男性。元ネイビーシールズで現役時代にはスケアクロウと呼ばれ、恐れられていたが、現在は本来の陽気な性格に戻ってロサンゼルスで暮らしている。
「ハローケビン!今日も景気いいねぇ!」
「ご来日ありがとうございます、CEO」
「もぅ固いなぁ。僕は今日書類確認だけじゃなくて、仕事ぶりも見に来たんだから、気楽になろうよ」
言い出したら無理にでも押し出す彼に負け、とりあえずカッコつけずいつものように過ごすことにした。
「いいねぇこの空気、実に和やかだ」
「し、CEO。今から街の見回りをしますから、行ってみませんか?」
「品川時代と変わんないね。良いよ、行こうか」
オマルと宏美に留守番を任せ、ケビンはロバートと一緒に秋葉原の街を見回ることにした。掃除してる店の店員から声をかけられたり、様々な相談を聞いたりと、警察顔負けの信頼性を垣間見ることができる。
「モテモテだねケビン。叔父さんうれしくなったよ」
「仕事の都合でゴタゴタの解決なんてしょっちゅうだったから、自然に信頼関係築けるんだ。そうだ、この店行ってみないか?」
指差したのは、引っ越し早々事件に巻き込まれたメイド喫茶だった。
「あれ、まさかそんな趣味が?」
「違うって。ここのオーナーから仕事の話があるから、それで」
店に入ると、いつもの挨拶が入り、そのあと二人を席に通そうとするが、用件を伝えると裏方に案内してくれた。
「探偵さん。呼び出してすいません」
「いいんだ、それよりも、用件とは?」
「実はですね。宏美さんを貸してほしいのですが」
「彼女を?どうして」
「容姿もいいし、メイド喫茶運営のアドバイスもしてくれます。何より、あの人がいれば、迷惑客が来ないんです」
「俺達の仲間だからか?」
「そうかもしれませんね。ですが、それ以上に美人じゃないですか!」
「・・・は?」
「探偵さんも角に置けませんね。宏美さんを事務員に置くなんて」
「あれは勝手に押しかけて来たから、仕方なくであってでな・・・まぁいっか、しばらく手伝うよう、言っておく」
「ありがとうございます!」
疲れた様子のケビンを見て、帰りがてら励ますロバート。
「あ、その、大変だね」
「普段からこうじゃないさ。今回は珍しいパターンで」
「そうか・・・事務所に帰ったら、ちょっとしたプレゼントがあるんだ」
ケビンは地下射撃場で渡されたケースを開いた。中にはステンレスカラーのS&W製マグナムリボルバー、M629の6.5インチモデルが入っていた。アメリカにいた時に気に入ったモデルだったため、早速試し撃ちした。
「オマル君にはこれね」
彼には近接戦用の仕込み警棒を渡した。日本にいる以上、刃物を使うのは、山奥や海上とごく限られた場合にのみ使用を許可されるため、普段は非殺傷武器の携帯を義務付けている。
「これはまたいいですね、拷問用に使えそうです」
「ははは・・・違うんだけどね・・・っと、宏美ちゃんにはこれだよ」
「え、これって・・・軍用の腕時計?」
「時間は世界最高峰の正確さだよ、しかも壊れにくい」
「デザインもいいですね。ありがとうございますCEO!」
持ち場に戻ると、早速依頼人が来た。ブロンドの美しい髪を後ろにくくった、日本人離れした容姿の若い女性だ。
「ここがトライデント・アウトカムズですか?」
「そうだけど、依頼かい?」
「お願いです。私と友人を助けてもらえませんか?」
「説明、してくれるかな?」
依頼人の名前は絢瀬絵里。彼女によれば友人の東條希と一緒に湘南まで遊びに行った際、ビーチでナンパされ執拗に迫られたため逃げ帰ったことがあった。その日を境に、夜中誰かにつけられるような気配を感じたり、通っている大学に自分達を脅迫する文章が届いたり、挙句には裸に近い恰好の写真が自分のアパートに届いたりと、ストーカー行為を受けているとのことだった。
「まさか希も同じ被害受けてるなんて、思いもしなかったんです。そこで話し合った結果、希がここを紹介してくれました」
「そっか。彼女の勧めで・・・ところで希ちゃんは?」
「バイト終わったあとから来ると言ってましたが・・・」
刹那、外から女性の悲鳴が聞こえ、ものすごい勢いで希が事務所に転がり込んできた。
「たたた探偵さん、ウチら助けてや!」
事情を聴く前に、いかにも頭悪そうなチンピラ6人が事務所に入って来る。
「よ~やく追いついた~、お兄さんたちちょっとどい」
ケビン、オマル、ロバートの3人は無粋な彼らに対し懐にあった銃を抜き、一斉に構えた。まさか銃を持ってると思っておらず、チンピラ達の表情に余裕が消えた。
「ここに殴り込みなんて良い度胸だ、死にたくないなら彼女達に一切関わるな。さもなくば」
M629の撃鉄を起こし、引き金に指をかける。
「わわわわかりました!!死にたくないです!」
「帰る前にひとつ、誰に雇われた?」
「五十嵐って金持ちのボンボンに頼まれて二人の素性を調べてて、あわよくば連れて行こうかなぁって」
「・・・そうか、だったら」
M629の引き金を引く。弾はリーダー格の男のこめかみをかすめ、壁に埋まった。
「帰ってそいつに言っとけ、トライデント・アウトカムズがいつでも相手になってやるってな」
チンピラ達は一斉に事務所を出て行った。銃を収め、2人に歩み寄った。
「大丈夫だった?」
「えぇ、まぁ・・・まさか銃持ってるなんて」
「日本離れたら、民間軍事会社って呼ばれるからねウチの会社。この国でも許可があって携帯してる。でもこれだけは信じてほしい、俺達は絶対に罪のない人達に銃は向けない」
先ほどまでのドスの聞いた声とは違う、非常に優しい声で接する。
「信じます、私達を守ってください」
任務にかかる前に、チンピラ達の言っていた名前、五十嵐について調べることにした。様々なキーワードを入力した結果、湘南に複数レストランを持っている資産家、五十嵐伝助の名前が現れた。
「個人で見ると紳士的でダンディと評判はいいわね。この人に狙われたってことなの?」
「わからない。宏美、明日、メイド喫茶の件よりも、彼について湘南まで行って調べてくれ」
「わかったわ」
「オマルは二人のアパートに行って隠しカメラが無いか調べてくれ」
「はい」
「CEOは・・・どうします?」
「ん~僕も一緒に彼について調べようかな。宏美ちゃんの身に何かあったらまずいからね」
「わかりました。俺は彼女達を直で護衛します」
二人を事務所二階にある客人用宿泊所に泊めることにした。
「探偵さん。希から聞いたのですが、μ’sの他の子たちも助けたことあるんですね」
「あぁ。真姫ちゃん誘拐された時なんか、高速道路でカーチェイスしたことあるよ。彼女は無事だったけど、車がハチの巣になってさ、修理に出したよ」
想像以上に派手なことをしていることに驚きが隠せない。
「よく生きてましたね・・・」
「中東やアフリカじゃ、もっとヤバい。ロケットランチャーが飛んでくる」
思わず絶句してしまった。
「すまない、刺激が強すぎたようだ」
「お、お気になさらず・・・(希、この探偵さん怖すぎるわ!)」
(ウチが悪いん!?)
アイコンタクトで気持ちのやりとりをする。
「?なんかわからないけど、困っているなら教えてくれ。できることなら何でもする」
「あ、ありがとうございます」
絵里は部屋を出るケビンの後ろ姿を見つめた。彼の脇辺りに先ほどの銃が入っている、そう思うと体が震えてしまう。それを肌で感じたのか、希は背後から彼女の耳に息を吹きかけた。
「きゃあ!の、希!?」
「そんな怯えた顔してたら、今度はもっと激しいのいくで?」
「け、結構よ・・・」
悲鳴を聞いたケビンが戻って来た。手にはM629が握られている。
「無事か!?」
「ごめんなさい、ウチが脅かしただけです、こうやって」
「レクチャーはいいから、あまり騒がせないでくれ。襲撃されたと思ったぞ」
翌日の昼。宏美が事務所に帰って来た。地下射撃場で調査を報告する。
「調べて来たわよ。五十嵐伝助には二人息子がいて、兄は真面目な優等生、弟はアウトロー一直線ね。近所の評判も、イメージ通りよ」
「なるほど。しかし、どっちが仕向けたかは、わかってないか」
「だからCEOが観光ついでに調査続行してるわ。言っても聞いてくれないし」
「まぁあの人そうだからな。まぁいっか、オマルはどうだった?」
「それぞれ天井や化粧台に隠しカメラ1台に盗聴器3台。よくもまぁ仕掛けられましたね、そんなに」
手に持っているカメラと延長コードに扮した盗聴器をテーブルの上に並べる。
「多いな。だが、女の一人暮らしで隙なんてあるか?彼女たちは用心深く施錠したり、オートセキュリティーのある場所を選んでいる。にも関わらずこれだけの数が出てきていた、しかも今までバレずに」
「普通じゃ考えられないわね、すり替えたり水道工事などで入ったりしない限り入れないと思うわ」
「湘南に遊びに行ったのも最近みたいだし・・・」
ケビンは頭を悩ませていた。合計8台もの犯罪道具をバレずにどうやって仕掛けたのだろうか。
「とりあえず、ロバートCEOの結果を待つのは効率的に悪いです。宏美さん、それぞれSNSをやってないか調べましたか?」
「バッチリよ。弟の方はバリバリツイスターに投稿してるみたいだし」
宏美はPCで五十嵐弟のページを開く。トップ記事にガラの悪そうな仲間達と花火を楽しみながらバーベキューしている様子が写っている画像が載っていた。ケビンは二人を呼び出し、一緒に見てもらう。
「誰か見たことある?画質悪いから何とも言えないけど」
「見た感じ誰も見たことないですね」
「追って来た連中とも違うみたいやし」
「うーん・・・」
誰も見たことがない。捜査に行き詰ったケビン達に、一本の電話がかかってきた。
「ハローケビン、面白い情報を仕入れたよ」
「CEO。何を見つけましたか?」
「実はチンピラの一人を拘束して聞き出したんだけど、頼まれた人間の顔を見たことないって言ってたんだ」
「え?顔を見ていない?」
「なんでも、顔にはサングラスとマスク、ハンティングキャップを被っていたんだってさ」
「そうですか、彼女達と会ったのは初めてかも聞きましたか?」
「もちろん。初対面だってさ」
電話から何かを怯える声が聞こえる。簡単な尋問をしたのだろうか。
「そうそう、彼ら五十嵐弟とは敵対する勢力らしいよ」
「なんですって!?」
「僕がこれ以上調査したらなんかヤバそうだから、一回帰るね。じゃ」
ロバートの代わりにケビンが湘南に足を運んだ。五十嵐弟に直接会いに行くためだ。現在土産を持って、約束の場所であるパブにいる。
「アンタが菊地って男か?」
「そうだ」
丸刈りで剃り込みのある、ガッチリ体系の男が声をかけてきた。
「紹介が遅れたな、俺は五十嵐貴博。五十嵐家の次男だけど、出家しようと考えてんだ」
「ずいぶんと律儀だな。気に入ったよ、俺はケビン菊地。アメリカ人と日本人のハーフだ」
見た目に合わず自己紹介する彼に好印象を抱いた。評判とは少し違うようだ。
「兄貴が家を継ぐから、俺は親父やお袋から軽視されてよぉこんなになっちまった。だけど足の悪いお袋が交通事故で亡くなって、親父も病気で床に伏せてる。仕返しで簡単な介助してんだが、日に日にやつれて来てな、親父、近いうちに死ぬかもしれない」
五十嵐伝助の写真を見せてもらった。会社のホームページに載っている写真よりも見違えるほどやせ細っている。
「おいおい酒飲みすぎだ、最初からウォッカのテキーラ割りなんて飲むなって」
「構って欲しかったんだ、でもいつの間にか地元の悪仲間と喧嘩する毎日になっちまった・・・抜けたい・・・」
ケビンは思った。彼は確かに人々から恐れられる存在かもしれないが、心までは毒されていないと。土産のひとつを提示した。前日襲撃した男の写真だ。五十嵐弟改め貴博は酔いが醒めた。
「こいつ!?」
「ウチの事務所に殴り込んできたバカだ。女の子追いかけまわした挙句、どこかへ連れて行こうとしていた」
「この前いなかったわけだ、女追ってたのか!?」
「しかも複数人で。どこだと思う、追ってた場所」
「どこだ?」
「秋葉原だ。心当たりは無いか?」
「無い。俺はともかく、兄貴ならわからん」
「どういうことだ?」
「μ’sの絢瀬絵里と東條希推しだったから、何度か応援しに行ってた。しかも一人暮らしでそっちにいる」
「そうか、お兄さんのアルバイト先とかはわかるか?」
「確か、牛車引っ越し社で引っ越しのバイトしてて、その時に二人の部屋に入ったことあるとか」
「なんだって!?そいつの住所はわかるか?」
「知らない。俺と不仲だったから、教えてもらってない」
「そうか・・・。それとさ、実はもう一つお土産があるんだが」
「?」
「出家して、金はあるかもしれないけど、親と同じ仕事は嫌だろう?だからさ」
「なんだ?」
「よかったら、ウチで働かないか?君のような屈強な男は大歓迎だ」
ケビンは酔いつぶれた貴博を車に乗せ、事務所に帰ってきた。今までのことを全員に話す。
「まさか引っ越しの時に仕掛けていたとは、随分危険な男ですね、彼の兄は」
「最低ね、女の子の裸覗くなんて下衆野郎じゃない!?」
「ふむ。でもケビンなら、彼を釣り出す方法を考えてるんじゃないか?」
「もちろん。そのためにも、協力してもらわないといけないな」
2日後、作戦を決行する。絵里に貴博の兄、五十嵐徳助を埠頭倉庫にまで呼び出してもらい、ケビンとオマルは倉庫の陰で待機。約束の時間に爽やかな出で立ちの男が現れたのを確認する。
「うまくいきますかね?」
「あぁ、たぶん」
絵里が必死になって徳助を見る。一見、真面目そうで誰からも好印象を抱きそうだった。今回のストーカー事件の犯人が今目の前にいる、そう思うと気持ちが昂ってビンタしたくなるが、なんとか堪えている。
「僕に電話してくれるなんて、なんと光栄でしょうか」
「そうね。でも、あなたにこれを見て欲しいの」
ポケットから盗聴器と隠しカメラを取り出し、彼に見せた。
「これ仕掛けたのあなたでしょ?」
「はぁ?」
「あなたのバイト先の先輩から聞いたわ。リサイクルショップでこのような機械を買ってるのを見たことあるって」
「言いがかりです、僕じゃないよ」
「証拠ならあるわ。そこの店員があなたをはっきり覚えていたわ」
「!?」
「まだあるわ、希を追いかけまわした男達、あなたが高額な現金を払う約束で雇ったことも調べがついてるの」
襲撃してきた男の写真を見せる。余裕だった男の顔がみるみる険しくなっていくのがわかる。
「ち、違う、僕じゃ」
「ふざけるな!」
ケビンとオマルとは違う場所に隠れていた襲撃者が現れ、徳助に突っかかっていく。彼を呼んでいないため、ケビン達も驚いた。
「シラ切るなさっさと金渡せよ!」
「何故お前がここに!?」
「金払ってねぇからだ、しかも死にかけたんだぞ!」
「黙れ!」
徳助は忍ばせていたナイフで胸を一突きし、命を奪った。ナイフを抜き取ると、今度は腰を抜かした絵里に向ける。
「こんなことしたくなかったが仕方ない、君を僕だけのものに」
「そこまでだ五十嵐徳助。ナイフを捨て両手を見せろ!」
これ以上は危険と判断したケビンがM629を構えながら現れる。徳助はナイフを落とし、両手を上げた。オマルは早急に生死を確認するも、首を横に振った。
「まさか殺しもするとはな・・・アンタを調べたのは俺だ。お前は恐ろしい男だ、まさか母親の杖に折れるよう細工して事故に見せかけて殺し、今度は父親を毒で殺そうとしたとはな」
「俺はそんなことしてない、何かの間違いだ!」
「残念だがアンタの実家にある部屋に、遅効性の毒物が見つかった。しかもPCの履歴に購入歴もあった。もう言い逃れはできん、覚悟しろ」
事件解決から数日後、ロバートはとっくに帰国しており、静かな時間が流れていた。
「二人ともありがとう、おかげでCEOから最高評価を得ることができた。給料アップと社用車が手に入ったこと、感謝する」
「いやぁよかったですね。絵里さん、今は平和に暮らしてるとか」
「希ちゃんもメイド喫茶でよく見るわ。前よりいい顔になっていたわね」
「そうか。それはよかった」
「ところでケビン、彼どうなったのですか?」
「五十嵐貴博なら、上海支部での勤務になって、ロサンゼルスの本社で訓練してから配属される。CEOが面接して決めたらしい」
「そうでしたか」
「ねぇせっかくだし、みんなで飲みに行きましょうよ、いい店あるのよ」
「いいなそれも。仕事終わったら、みんなで行こう」
ロバート初登場です