黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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受験勉強忙しいです、


89話 執念の時間

モニターを眺めながら高笑いする仮面の男。

 

「よくやってくれたよヴァンパイア。これで私の計画は完成する。後は彼を捕獲するだけ…?」

 

由夏はショックを受ける。

 

「お兄ちゃん…、どうして!」

 

彼女からみても、ヴァンパイアという男は異常だった。

 

血走った目、狂気じみたその発言。何より動きが正常な人間じゃない。

 

ヴァンパイアの動きはどこかおかしかった。

 

それにスタンガンの電流を浴びても気絶しないなど、常軌を逸している。

 

「なんであのヴァンパイアって人はあんな動きが出来るの?」

 

彼女は訊く。

 

「…彼には、私が秘密裏に製造させた特殊な薬品を投与した。

興奮状態にさせる事で、身体にかかっているリミッターを解徐。

それにより身体能力を一時的だが大幅に上げ、常人には不可能な動きを可能にする。

さらに、身体に感じる痛みが大幅に減るんだ。だからスタンガンを浴びても気絶しないし、

おそらくナイフで刺されても戦い続けられるだろう。

 

勿論代償もある。薬が切れた瞬間、今まで感じなかった痛みが全て身体を襲う。

だからそうおいそれとは使えない。ヴァンパイアもしばらくすればそうなる運命だ。

だが、あんな男は倒れたところでどうでもいい。後は黒崎翔太を捕らえるだけだ。

しかし思った以上の効き目だ。こいつをドーピング剤として販売すれば、

相当な利益を生み出せる。捨て駒には丁度いい。開発を進めないと…」

 

「…」

 

由夏は何も言えなかった。この男は、人を道具としてみている。自分の利益の為の。

必要とあらば誰だって切り捨てるだろう。男の感情のこもっていない冷たい声。

この男は、まともな人間じゃない。もしかしたら、お兄ちゃんや私も、

用済みになったら殺されるかもしれない。由夏はそう思い底知れぬ恐怖を感じた。

 

***

 

地面に膝をつき倒れる黒崎。

それを見つめヴァンパイアは高笑いする。

 

「フハハハハハ!これで俺の仕事は終わりだ。後は殺さないようにじっくりいたぶってやるか。

それくらいボスだって許してくれるだろう。」

 

そういうと、ヴァンパイアはおもむろに黒崎の顔面を蹴り上げた。

 

「ぐはっ!」

 

黒崎は抵抗も出来ずに倒れる。

 

「顔面はその大層な鎧も効かねえからなあ。それ作った奴に言ってやれ、顔もちゃんと守れって。」

 

「く…そ…!」

 

黒崎にはもはや立ち上がる気力すら残っていない。意識を保つのが精一杯だ。

 

「お前に抵抗する力はもう残ってねーよ。後は、俺にいたぶられるだけだ。

 

南の島で受けたあの屈辱、そっくりそのまま返してやるよ。」

 

ヴァンパイアはなおも攻撃を続ける。もうこれは戦闘では無い、一方的な「蹂躙」である。

 

***

 

「…もうやめて!お兄ちゃん、もう動けないのに…」

 

由夏はモニターを観ながら叫ぶ。彼女はよりによってモニターの近くに縛られていた。

 

つまり、自分の兄が、自分を助ける為に痛めつけられている光景を間近で見せられるのだ。

 

その精神的苦痛は計り知れない。14歳の少女にとっては尚更だ。

 

そして彼女も、黒崎と同じように、過去にトラウマを抱えている。

 

あの時、事故現場で目にした両親の無残な姿。それは彼女の脳裏に焼き付いていた。

 

今でもその光景を忘れる事は出来ないでいる。

 

そしてまた、自分のたった1人の家族が、苦しめられている。自分を守る為に。

 

平和な生活が、両親の死によって全て壊れた。その時、彼女がどれ程のショックを受けたか。

 

1ヶ月は、ショックでまともに会話も出来なかった。

 

そんな自分を、必死で守ろうとした兄。

 

時を重ねるにつれ、その兄は別人のように変わったしまった。それが私のせいだと分かっていた。

 

だから彼女は明るく振る舞い続けた。せめてもの罪滅ぼしに。もう一度兄が笑顔を取り戻すように。

 

そして、その兄がようやく前向きに生き始めた。

 

なのに、ようやく取り戻した平穏な生活が、またこうして壊れつつある。

 

彼女はそれが耐えられなかった。

 

「…どうして、こんな事するの!私達になんの恨みがあるの!」

 

彼女は叫んだ。

 

「…君たち2人には恨みなんてないよ。恨むなら君の父親を恨みな。

 

君達が今、こんな状況にあるのは君の父親のせいなのだから。」

 

「…そんな訳ないでしょ!全部あなたのせいじゃない!」

 

「違うね、間違っているよ。君の父親が会社の不正を告発すれば良かったんだよその手で。

 

わざわざ君の兄さんになんか託さずとも。それにだ、

 

君の父親が不正を見つけたりしなければ、そもそもこんな事にはならなかったんだ。」

 

 

「そ、それは…」

 

彼女は口ごもる。

 

「フハハハハハ!否定出来ないねえ、そう、全ては君の父親のせいなんだよ。」

 

***

 

黒崎はされるがままにヴァンパイアの攻撃を受け続けていた。

 

抵抗する気力も失せ、意識が飛びかける。それでも、彼は意識を失うことは無かった。

 

妹を助けるまでは絶対に倒れないという強い意志が、まだ残っていたのだ。

 

だから、彼は最大限ダメージを受けないよう、攻撃を受け流すなどしていた。

 

「チッ、こいつしぶといなあ。しょうがねえ。これ以上悠長にもやってられねえ。

うっかり殺しても契約違反だし、そろそろ片つけるか。」

 

そういうと、ヴァンパイアは銃を取り出した。

まさか、殺す気か?いや、この男の様子からして、それは無いだろう。

ならば、あれは麻酔銃だ。黒崎を眠らせて、この事件を仕組んだ黒幕の元へ連行する気だ。

 

だが、黒崎にそれを止める程の力はもう残っていない。

 

(…俺は、このままやられてしまうのか、妹を、助けられないまま…)

 

黒崎は悔しがる。もう一度、立ち上がってみせようとする。でも、

 

身体が動かない。もう動かせる気力がないのだ。

 

ゆっくりと、ヴァンパイアが彼に向け銃口を構える。

 

ゆっくりと、ゆっくりと。完全に油断している、もう黒崎が立ち上がる事はないと踏んでいる。

 

「さあ、これで終わりだ。ガキ。」

 

ヴァンパイアの声が、どこか遠くから聞こえた声のような気がしてくる。

薄れゆく意識の中、その銃口だけが、くっきりと視界に映る。

…まるで最期のようだ。最も、これは麻酔銃なのだから死にはしない。

けれど、どの道黒崎には死が待っている可能性が高い。

…ここまでか。彼は両親を失い、たった1人の妹も守れないまま、人生を終えるのか。

もうそれしかないだろう。

ヴァンパイアが引き金に指をかける。その動作も、本当に遅く、時が止まったかのように感じる。

黒崎の死が、刻々と近づく。抗う術はなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にそうなのか?俺の人生はこんな所で終わってしまうのか?

 

いや、まだだ、そんな訳はない。まだやり残した事は山程ある。

 

殺せんせーも未だ殺せていない。

 

だったら、こんな所でくたばる訳には行かない。

 

黒崎は、最後の力を振り絞り、立ち上がろうとする。

 

 

…ドクン

 

心臓が脈打つ。血流が、盛んになる。

 

体温が上がるのを感じる。そう、これは、南の島の時と同じ、覚醒状態になったのだ。

 

相手の動きが遅く見えたのもきっとそれだ。

 

黒崎の身体が、徐々に立ち上がって行く。最後の力を振り絞り、目の前にいる敵を倒すために。

 

不思議と理性は保たれていた。

 

ヴァンパイアは驚いたような顔をしているが、そんなものは気にも留めない。

 

俺は横に転がっていたナイフを拾い、ヴァンパイアめがけて振るう。

 

ヴァンパイアは避けようとするが、身体が反応しきれていない。

 

黒崎のナイフの切っ先が、ヴァンパイアの腹部を切り裂く。

 

「ぎゃあああ!」

 

ヴァンパイアが痛みのあまり叫ぶ。だが致命傷ではないだろう、傷は浅い。

 

黒崎はナイフを回収する。

 

「ぎゃあ!ぐはっ!うああああああ!」

 

…でも何故だ?ヴァンパイアは異常なほど苦しんでいる。

 

先ほどスタンガンがあまり効かなかったのが嘘のように。

 

まあいい。そんな事はどうでも良い。俺は最後のトドメに、スタンガンの電流を、

 

ヴァンパイアの首筋に流し込む。そう、渚が鷹岡相手にやったように。

 

「…感謝するぜ。ヴァンパイア。お前はロクでもない人間だったが、

 

それでもお前のお陰で、殺される恐怖、実戦の危険さ、限界を超えて戦う力、

 

色んなモンを学んだ。」

 

俺は最後にそう言い残し、その場を去って行く。

 

ヴァンパイアがその場にどさりと崩れ落ちる音が、後ろから聞こえてきた。

 

***

 

 

「…やれやれ、失敗作か、研究と改良がもっと必要だな。」

 

仮面の男はそう呟いた。

 

「…今の、どういう事?」

 

由夏には状況が読めなかった。さっきスタンガンの電流をものともしなかった男が、

 

ナイフ一撃であれほど苦しむのだから。

 

それに対し、仮面の男は眉ひとつ動かさず、一切動揺せずにこう言った。

 

「さっき言っただろう?あの薬は何も痛みを無効化する訳じゃない。

 

肉体を強化する事で軽減はされるけど、結局は痛みを一時的に感じにくくさせるだけ。

 

だから薬の効果が切れた瞬間、今まで無効化されていた痛みが全部襲いかかってきたのだ。

 

ヴァンパイアも馬鹿な男だ。遊んでないで、さっさと眠らせて捕獲すれば、こんな事には

 

ならなかったのに。」

 

あたかも他人事のように仮面の男は語る。

 

自分の部下が倒されたとは到底思えない調子で。

 

「…何それ、そんな薬、麻薬より危険じゃない!」

 

由夏は叫んだ。当然だ。肉体を強化する。精神を興奮させる。

 

痛みを感じなくなる、麻薬と麻酔、ドーピングを一気に摂取したようなものだ。

 

実際それを混ぜたような成分構成らしい。

 

「…そうだよ、だからこの薬は滅多に使えないんだ。それにこんなに効果時間が短いんじゃ、

 

実戦じゃロクに使えやしない。さっきみたいになるのが落ちだ。

 

なんなら格闘技には使えるかもしれないけどね。

 

そもそも犠牲が大きすぎる。ヴァンパイア、君は良い実験台だったよ。だが、もう用済みだ。

 

今度こそ、お前は誰にも助けられず見放されるのさ。」

 

「あ、悪魔…」

 

思わず由夏は漏らす。

 

部下が倒されてもあんな酷い目にあっても、、顔色一つ変えず笑ってみせる。

 

あの男が心のある人間とは思えない。

 

「…悪魔?ああそうだよ、私は目的の為ならなんでもやる。

 

たとえ仲間を犠牲にしてでも。それにね、…

 

 

 

黒崎はヴァンパイアを倒した後、放送局の構内を進んでいた。

 

なにぶん複雑な動きで、到達には時間がかかる。それに、ヴァンパイアと戦う前も戦った後も、

 

10人を超える見張りを倒してきた。ほとんどの人間を、

 

物陰からヴァンパイアから奪った麻酔銃で倒したが、

 

中には先に見つかり戦闘となってしまった事もある。

 

そうなってしまったら厄介だ。一人一人は強くないが、

 

数が多い分、確実に体力、時間を奪われて行く。

 

肩で息をしながら、一歩一歩歩いて行く黒崎。その背中は、ひどく疲れたものに見えた。

 

***

 

「お兄ちゃん…」

 

仮面の男は語る。モニターを指差しながら。

 

「彼を捕らえるのも時間の問題だ。何せ見たまえ、ホラ、彼はもう戦える状態じゃない。

 

全く、彼も往生際が悪いねえ、大人しく捕まれば命は助けてやるのに。」

 

時刻は、もうすぐ零時になろうとしていた。

 


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