黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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やはり投稿が遅れました。というか本来はそれどころでは無いはず。


83話 迷いの時間

***

 

時は1月4日。あの夜から数日後。俺は茅野の見舞いに行く事にした。

 

なるべく早く行きたかったが、検査とか色々あり、年を越えてしまった。

 

実はさらに2日後、渚達は見舞いに行く予定なのだが、その日は都合が付かなかった為、

 

俺1人で先に様子を見ておこうと思った。

 

そして朝早く起き、見舞いの品を買い、電車に乗って数十分。

 

「…場所は、ここか。」

 

俺が見上げた建物はとある大病院だった。

 

防衛省によって指定されたこの病院には、最新鋭の設備があり、

 

入院している事が国家機密の患者などもいるという。

 

俺は受付で事情を話す。勿論見舞いに行く事は病院側に伝えてある。

 

国家機密の情報を話すのも気が引けるが、そこは仕方がない。

 

すると受付の人は病室に通してくれた。

 

しっかりと面会時間も決められているらしい。

 

まあ20分という事なので時間が足りなくなる事は無いだろう。

 

病室のドアをそっと開け俺は入室する。

 

「茅野、見舞いに来たよ。調子は…どうだ?」

 

俺は気遣うような口調で言う。この時、俺は茅野の事をとても心配していた。

 

「…う、うん、大丈夫だよ。」

 

「退院は4日後か。冬休み丸々潰れてしまったか…。大変だったな。」

 

「先生がいうには、全治2週間で済んだのは奇跡に近いって。」

 

…そうだったのか。茅野は平然と言うが、

 

それはあの時茅野の生命は予断を許さない状態にあった事を意味する。

 

思わず冷や汗が出る。あの時俺が対応を間違えていたら、こんな風にお見舞い出来てはいなかった。

 

俺は、今茅野が無事でいられるこの現状に、本当に感謝した。

 

「…茅野が無事だったのなら、それが何よりだ。本当に良かった。」

 

俺は絞り出すような声で言った。俺はこの冬休み、ずっと気掛かりだった。

 

もし茅野の身に何かあったらと。他にも悩むべき事はあったが、それ以上の物は無かった。

 

そう言った話は聞かなかったが、それでもずっと気が気でなかった。

 

俺がもっと感情豊かな人間なら、感極まって涙するとか、

 

茅野を抱き締めるとかしたのだろうけれど、そんな事は俺には出来ない。

 

我ながら不器用な人間だと思う。

 

「…でも、皆の冬休みも潰れちゃった…」

 

茅野は申し訳無さそうに言う。

 

確かに、それは否定出来ない。皆殺せんせーの過去の事で、悩み抜いていた。

 

冬休み、暗殺を仕掛けた生徒は1人たりとも居なかった。

 

「…ごめんなさい。私のせいで。

 

お姉ちゃんの死の真実を知って、黒崎君が私を孤独から救ってくれて、

 

その後、ようやく私は心の整理がついたけど、代わりに皆の冬休みは潰れちゃった。」

 

茅野はそう言った。本当に申し訳無さそうな顔で。それが、彼女の罪悪感を表していた。

 

「…そんな事はない、いつか皆が知る必要があったんだ。殺せんせーの過去を。

 

もし目を背けていたまま暗殺していれば、必ず殺した時悔いが残る。

 

だから、この方が良いんだ、たった2週間の冬休みで済むのなら。

 

多分、皆冬休みが終わる頃には答えを出すよ。」

 

俺は茅野をそう言って慰めた、この事で茅野が罪悪感を感じる必要は無いから。

 

「そう、ありがとう。黒崎君は?」

 

「俺は、勿論決めたさ。暗殺を続けようって。そうだ、これお見舞いの品だ。」

 

俺は見舞いの品を取り出す。果物をいくつか入れておいた。

 

それからもう一つ。俺は箱からあるものを取り出した。

 

限定物のプリンだ。以前茅野が欲しがっていた物。

 

すると、茅野は驚いた顔をしていた。

 

「ほら、前から欲しがっていたからさ。嫌…だったか?」

 

俺は遠慮がちに訊く。

 

「そんな事無いよ!とっても嬉しい。」

 

茅野は目を輝かせてそう言った。

 

嬉しそうに笑顔を見せる茅野。それを見て、俺は思わずこう呟いた。

 

「…良かった。」

 

「え?」

 

「茅野、ここずっと笑って無かったからさ。久し振りに見たよ。茅野の笑顔。」

 

最近ずっと、茅野が笑顔でいるのを見ていなかった。

 

こんな風に素直に喜んでくれたなら何よりだ。それも演技じゃない、本物の笑顔で。

 

「それと、やっぱり、茅野って呼ぶより、本名で呼んだ方がいいか?」

 

「…茅野でいいよ、皆に呼ばれて、この名前気に入ったから。」

 

「そうか。なら良かった。それと、茅野に謝る事が…

 

あの夜の事、本当にすまない。色々としてしまったしな…」

 

俺は謝った。あの夜の事を。考えてみれば、茅野には申し訳ない事をした。

 

あの時のキスが、茅野にとっては初めてだったのかもしれない。(ビッチのは除く)

 

いくら助ける為とはいえ、それを奪ってしまったのが俺では色々とまずい。

 

「気にしないで、助けてもらったんだから。むしろ感謝してるよ。

 

あの時黒崎君が助けてくれなかったら、どうなってたか…」

 

「そうか、なら良いんだ。今までみたいに接する事が出来なくなると思ってさ。」

 

「まさか!ずっと普通に、その…友達、だよ…」

 

そう言うと、茅野は布団にくるまってしまった。

 

何故かは分からないが、まあ疲れているのだろう。なら…

 

「じゃあ俺はもう帰るよ。もう疲れてるようだし。茅野、身体に気を付けてな。」

 

俺はそう言って別れを告げて、病院を出た。

 

それにしても、茅野の最後の言葉が、どうも歯切れが悪かったような…

 

そんな気がしたが、大した事ではなさそうだし、気にしないでおこう。

 

 

一方、黒崎が去った後、茅野は激しく動揺していた。

 

足をジタバタさせて慌てる茅野。

 

(…あんな、人格ごと支配されるような…、あんなの知ったら、もう演技なんて出来ない!

 

それにあの夜、一緒に寝たなんて…、今思い出したら、恥ずかしくて…、

 

顔から火が出そう…。)

 

茅野の心は完全に黒崎に奪われてしまっていた、あの夜のキス、それに、

 

その決定的な一因は、あの夜、黒崎が茅野に言った言葉の数々。

 

「俺にとっては、茅野の命は、地球より重い!」

 

「もう、演技なんてする必要はないんだ…」

 

彼の言葉を、あの夜の彼の感触を、思い出す度、顔が赤くなっていく。

 

(ビッチ先生が前言ってた。黒崎君には、女の子を惹きつける才能があるって。

 

その意味が今分かった。私の心は、いとも容易く彼に射抜かれた…。

 

私の演技は、こんなにも簡単に、彼によって解かれてしまった…。)

 

これで黒崎には全く自覚が無いのだから、恐ろしい物である。

 

彼は、茅野を身を挺して救い出した。触手から、心も身体も。

 

茅野にあった孤独感と恐怖を、不器用ながらも無くしてくれた。

 

その結果、家族も復讐も失った茅野の心に、代わりに芽生えてしまったのは黒崎への好意。

 

(前から意識していたけど…、演技を続けていたから、その気持ちも殺す事が出来た。

 

でも、今はそんな事…、私は黒崎君に完敗した。殺し屋としても、1人の女としても…

 

今度は友達役か、演じ切らなきゃ…。)

 

***

 

俺はこの冬休み、ずっと悩んでいた。暗殺教室と、どう向き合うべきか。そして答えは出た。

 

何があろうと、暗殺を続け、殺せんせーを殺すと。

 

そして時は流れ、始業式の日。

 

殺せんせーの暗殺期限まで、後64日。

 

裏山を登り登校する生徒たちに明るく声をかける殺せんせー。

 

「おはようございます!3学期も良く学び、良く殺しましょう!」

 

しかし、それに対して皆の表情は、暗く沈んでいた。

 

「うん、おはよう殺せんせー。」

 

返事も、何人かが力なくそう言っただけ。

 

それを見た烏間先生が呟いた。

 

「…俺も、お前の素性は断片的にしか知らなかった。だが、お前は分かっていたはずだ。

 

それを全て話せば、こうなってしまう事を。

 

お前は、生徒達にここまで重い物を背負わせてなお、教師の仕事を完遂出来るのか?」

 

そう殺せんせーに問う烏間先生。

 

それに対して、殺せんせーは堂々と答えた。

 

「見ていて下さい、この後の私達と生徒の行動を。

 

場に応じて柔軟にやり遂げる覚悟が無くては、最初から教師などやっていません。」

 

その目に宿るのは、固い覚悟だった。

 

一方静まり返る教室。皆は俯いたまま。

 

そんな中、ビッチ先生が話しかけた。

 

「1番愚かなのは、感情に任せて無計画に殺す事。これはもう動物以下。

 

次に愚かなのは、自分の気持ちを押し殺して相手を殺す事。

 

私のような殺し方をしてはダメ。散々考えて悩みなさいガキ共。

 

納得のいく答えを出せるように。」

 

その言葉を見て、表情を変える渚。何か思うところがあるようだ。

 

そして放課後。

 

渚は皆に集まって欲しいと頼んだ。

 

そして皆は裏山に集合する。

 

「んだよ渚。テメーが招集かけるとは珍しいじゃねーか。なんか用か?」

 

寺坂が言う。

 

「うん、提案があるんだ?」

 

渚が持ち出した提案、それは俺に、信じられない程の衝撃を与えた。

 

 

「提案?」

 

 

 

「…うん。

 

殺せんせーを、助ける方法を、探したいんだ。」

 


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