もう本格的に受験生として勉強しなきゃいけないので更新は遅めになります。
時間は少しだけ遡り、茅野はシャワーを浴びていた。
触手の影響でまだ満足に身体が動かない。足取りもふらついているし、
何より酷い頭痛がする。それでも、触手を生やしていた頃の痛みに比べれば軽い物だ。
今はもう無い触手。それを失った事を後悔はしていない。
真実を知った今、殺せんせーを殺さなくて本当に良かったと思う。
けれど、罪悪感は増す一方だった。殺せんせーがお姉ちゃんを殺したと勝手に思い込み、
触手まで生やして、復讐を試みた。
それに、正体を明かした時の、黒崎君の、皆のショックを受けた顔。
それらが思い浮かぶ時、茅野の心は罪悪感に苛まれる。
そして、黒崎が茅野を救う為に受けた傷と生々しい火傷の跡。
私を救う為に、あんなに負傷した事を考えると、
茅野は、「私は助かって良かったのだろうか」とも思ってしまう。
それに、何より寂しかった。
復讐を遂げたら死ぬつもりだった。皆の前では否定したが、それは強がりでしかなかった。
復讐を遂げる相手もいなければ、最愛の姉ももうこの世にいない。
茅野は孤独だった。
「私は…、どうすれば良いの?」
鏡に問いかけても、答えは返ってこなかった。
***
黒崎が1人物思いに耽っていると、風呂の方から物音が聞こえた。
どうやら茅野が風呂から出たようだ。ちなみに俺は、
いつからか誰かが入浴していると絶対そこには近づかないようにしている。
ある時、脱衣所の洗面台で顔を洗っていたら、偶然にも妹が風呂から出てきて、
その時は思い切り殴られた上俺が30分間謝ってようやく機嫌を直した。
さらに3日ほど根に持たれたからだ。
俺は茅野が服を着て出て来たのを確認してから、茅野に妹の部屋を使うように言って、
場所を教えてから風呂に入る。
…シャワーを浴び、身体を洗うと、傷口が痛む。どうやら、思っていた以上に怪我をしていたようだ。
特に顔の怪我は酷い。テーピングした右の頬は触れるだけで痛く、
剥がしてみると、まるで炎に焼かれたかのような跡がそこに残っていた。
他にも触手を喰らった腹部や触手を掴んだ腕などが火傷していた。
さらに、身体全体が疼く。限界まで身体を動かしたので筋肉痛まで起きている。
こんな状態でよくここまで茅野を運んで来られた物だ、と我ながら思う。
「ここまで自分が傷付いて、得られた物は何だ?」
心の中から嘲る声が聞こえる。
俺はその声に応える。
「俺の手で、茅野を救えた。それで十分だ。」
その為なら、こんな傷など幾らでも耐えられる。
どんな苦労も負傷も、茅野の命には変えられないから。
痛む傷口に気を付けながら、俺はシャワーを浴びた。
…
俺が風呂から出ると、茅野はリビングにいた。
てっきり部屋に入って寝ていると思ったのだが。
そんな茅野の様子を見ると、深刻な表情をしていた。
何かに思いつめているようだ。仕方ない。
茅野は、復讐する相手も、家族も、何もかも失って孤独なのだ。
そんな茅野を見て、俺は何か声をかけるべきか悩んだが、ただ一言、
「早く寝た方が良い。風邪を引くからな。」
と言っただけだった。
今の茅野の気持ちは、心情は本人にしか分からない。
それに俺が何か口を出すべきじゃない。そう思っていた。
そして俺は部屋に戻って寝る。
疲れが溜まっていたからか、すぐに眠りについたが、それでも茅野が気がかりだった。
…
するとふと目が覚めた。時計を見るがまだ夜中だ。どうやら寝てから2時間ほどしか経っていないらしい。
トイレに行きたくなったのでそこへ向かう。
用を足して部屋に戻ろうとすると、リビングにはまだ茅野がいて、机に伏して眠っていた。
まだ居たのかと驚きつつ、俺は茅野を起こし、
「もう寝ないと身体を壊すぞ。特に触手を抜いたばかりでまだ身体が不安定だしな。」
と言う。
すると茅野は一言、こう呟いた。
「…1人に、しないで。」
「え?」
俺が聞き返すと、茅野は続ける。
「今、すごく寂しいの。なんか、自分が孤独の中で生きているような、そんな気がする。
だから、お願い、今夜は…、一緒に居て…」
俺を潤んだ目でまっすぐ見つめ、そう言った茅野。
俺は思案する。
一緒に居て、つまりそれは一緒の部屋で寝ると言う事だ。
家族以外の異性と寝た事など一度も無い。
妹とですらここ数年は一緒に寝ていない。
それなのに、いきなり一緒に寝させてと言われたら流石に躊躇ってしまう。
かと言って。断る訳にもいかない。
潤んだ目でこちらを見つめる茅野。こんな彼女の頼みを断るのは気がひける。
ましてや茅野は今、本当に孤独なのだ。
そんな彼女を夜、1人で過ごさせるのも酷だ。
俺は葛藤の末、
「分かった。」
といい、自分の部屋に向かう。
すると茅野は、俺の手を握って付いてきた。
茅野の手が震えている。
俺はそんな茅野の手をそっと握り返した。
そして部屋に着く。
ここに来て俺は躊躇してしまう。流石に、同じベッドで一緒に寝るというのはかなり気が引ける。
それにしても茅野は平気なのか…?
同じ年の男子と一緒に寝るなど。
普通だったら恥ずかしいはずだが…、今は寂しさや孤独感が勝ったのか。
俺は茅野に先にベッドに入るように言う。
何なら俺は毛布さえあれば床で寝たって平気だ。だけれど、
茅野は何も言わず俺を引っ張る。俺は遠慮がちにベッドへ入った。
「…怖いのか?」
俺は茅野に訊く。
茅野は無言で頷いた。
「俺も、両親を事故で失って、周りが誰も俺の味方をしてくれなかった時、
凄い孤独感と恐怖を味わった。その時、俺には頼れる人が居なかったんだ。
けど、茅野の周りには、E組の皆がいる。
何かあっても、1人で抱え込まないでさ、誰かに相談すれば良いんじゃないか?」
「…ありがとう。」
茅野の目から涙が零れ落ちる。
きっと今まで、彼女はずっと1人で生きてきた。姉を失ってから。
たった1人で復讐の為に激痛まで耐え、精神的な苦痛は俺の比ではなかっただろう。
だからこそ、誰かが茅野を支える必要がある。
それが俺で良いのかは分からないけれど。
「…ずっと、怖かった。1人で、痛みに耐えて、皆の前で嘘をつき続けて。
だから、もう1人にさせないで…」
茅野はそう言って俺の身体を抱き締める。その感触に一瞬驚くが、
俺は落ち着いて、ゆっくりと茅野の頭を撫でた、
「…ああ、俺が、茅野の隣にいる。だから大丈夫だ。」
少なくとも、今夜だけは。
「それと、ごめんね。あんな傷、つけちゃって。」
茅野が俺に謝る。きっとあの顔の火傷だろう。
「気にするな。茅野の命を救った代償と思えば軽い物だ。」
「皆の事も、ずっと騙してた。」
「大丈夫だ、誰もこの件でお前を責めたりしない。」
「私、このクラスに居続けても、良いと思う?」
茅野は俺を見つめてそう訊く。答えは勿論、
「当然、良いに決まっている、間違いなくお前はクラスの一員だ。」
「ありがとう…。」
それ以降俺も茅野も黙っていた、慣れない感触のせいかなかなか眠れずにいたが、
気付けば茅野は眠っていた。
「お姉ちゃん…」
茅野が呟く。きっとそれだけ雪村先生は彼女にとって大切な家族だったのだろう。
そうしている内に、疲れ果てた俺の意識も薄くなり、やがて眠りについた。
…
目が覚めると、もう朝だった。気付けば茅野は居ない。
起きてリビングに向かうと、書き置きがあった、
「病院へ行ってくる。昨夜は本当にありがとう。」
と。どうやらずっと寝ている俺を気遣って先に家を出たらしい。
俺はその書き置きを捨てて、もう一度寝る。
茅野と戦い、さらに家まで運び、俺の身体はもう限界だった。
次に起きたのは、翌日の朝。
「お兄ちゃんいつまで寝てるの?」
と妹に呆れ顔で言われる。俺の苦労も知らないで。と心の中で呟いたが、
何も悟られぬよう、俺は淡々と起きた。
先日受けた模試の結果が返ってきました。偏差値まさかの74。
凄い衝撃でした。