「ねえねえお姉ちゃん、最近好きな人出来た?」
あぐりとあかりは電話している。
そんな中、雪村あかりは姉にとんでもない事を言ったのだった。
「な、何言ってるの?私婚約中よ!」
あぐりは動揺する。
「いや、声が明るかったからさ。それに良いじゃん、こんな遅くまでこき使う婚約者なんて別れれば?」
「…」
「私あの人嫌い。初対面の外面は良いけど、支配下に入ると横暴になるタイプだよ。
あの手の人仕事でよく見て来たもん。」
「そんな事言わないの!」
とあぐりはあかりを諌めた物の、その言葉をはっきりと否定しは出来なかった。
「それよりあかり、今夜ちょっとだけ抜けられそうだから、久々に話さない?」
「いーね!お姉ちゃんの好きな人の話も気になるし!」
「うう…」
「無理しないでね、お姉ちゃん。」
「うん。あかりもね。」
そう言って2人は電話を切った。一方その頃。
月面に設置された実験室。内部には地球に近い環境があり、一匹のマウスが全自動で飼われていた。
死神の反物質生成細胞を移植し、ある問題の検証の為に。
牛サイズの反物質生成体が20頭もいれば、地球の全エネルギーが賄えるという夢の研究だ。
ただ、柳沢のチームの唯一の懸念は、生物の老化による不具合だった。
細胞分裂が限界を超えた時、反物質はどうなるか?
それを検証する為に、人体より老化の早いマウスを使って実験は行われた。
まず問題無いと思われたが、念には念を入れ万が一の事があっても問題無い月面で。
何も起こらないと思われながら、結果は最悪だった。
反物質生成サイクルは、マウスを飛び出し外へ向く、それが月の物質を連鎖的に反物質に変えていき、
月の直径の7割を、消し飛ばした。
研究員が報告する。
「この事例から考えて、人間が不具合を起こす時間を計算すると、一年後の今、
来年3月13日、同じ事が奴に起きます!ど、どうしましょう、柳沢主任…」
柳沢は叫んだ。
「…決まっている!奴は処分だ。分裂限界の前に殺せば!サイクルを安全に停止させられる。
米国本部に連絡だ、早ければ今日明日には処分を…」
研究所内も混乱していて、柳沢が大声で叫んだのも仕方ない事。
そしてそれを偶然にも聞いてしまい、実験体ではなく、信頼関係を築いて来た人間として、
死神に伝えてしまったあぐりも責められない。
あぐりは死神の部屋に走る。
「助かる方法を探しましょう。私に出来る事ならなんでもしますから…」
必死に訴えるあぐり。だが、死神の耳に、彼女の言葉は届かなかった。
…自分の死が見えた瞬間、死神は間違った悟りを開いた。
そうだ、人間とは死ぬ為に生まれた物。
ましてや夥しい数の人を殺して来た自分が、呪われた死を迎えるのは当然の事。
だが、この力、使わずに死ぬのは勿体無いと。
「さよならですあぐり。私はここを脱走する。計算上、その為に十分なパワーを得た。
この独房は十分破れる。」
「ダメ、悪い事する気でしょう、死神さん!私は、楽しいあなたと一緒にいたい!」
その光景を見て、目を見開く柳沢。
「止める気ですか?君が、その腕で、その力で、その頭脳で?
私以上の才能が無ければ、止める事も救う事も出来ませんよ。」
そう言ってアクリル板を割る死神。
その全身から、触手が徐々に浮き出ていく。感情に左右される触手の状態は、異形に歪んでいく。
「…上等だ!モルモット!」
「人質にする利用価値すら君にはない。無駄死にする前に去るといい。」
そう冷酷に言い放つ死神に、あぐりは涙をこぼした。
***
そして、死神は何かを吐き出そうとしている。
死神が口から吐き出したもの、それは自爆装置だった。
「ダメです!ガスも電流も効きません!」
研究員が叫ぶ。
「バカが!開発した体触手弾を早く撃て!」
すると死神は触手を振り回し、至る所に粘液を付ける。
粘液で射出口を塞いだのだ。
死神は言う。
「ありがとう柳沢。君の人体実験の拷問に耐え、私はこの身体を手に入れた。」
…予想以上に高い死神の力を目の当たりにし、柳沢は悟った。
この実験が、自分ではなく、奴にコントロールされていたのだと。
苛立ちながら研究室に急いで戻る柳沢。そこに立っていたのはあぐりだった。
「誇太郎さん、お願い、彼を助けて…」
そしてあぐりの言葉が、彼を逆上させる引き金となってしまった。
柳沢はあぐりを蹴り飛ばす。
「このアバズレが!男になら誰でも尻尾振るのか!拾ってやった恩も忘れて。お前も!奴も!」
執拗にあぐりを蹴る柳沢。
実験の失敗、あぐりの変心、実験体の反逆。
ズタズタになったプライドが柳沢を突き動かした。
「武装警備員を集結させろ!このラボを通らなければ脱出は出来ない!この場で迎え撃つ!」
壁を突き破って現れた死神。
それを見て、柳沢がスイッチを押すと、死神の前にフェンスが現れた。
「対触手物質で作られたこのフェンス、お前には破れまい!
ここで死ね、モルモット!撃て!」
3人の武装警備員が発砲する。しかし、死神はいとも簡単に避ける。
死神の目は澄んでいた。殺し屋時代の全盛期の感覚だ。
触手などに頼らずとも…
死神は指先から砂粒を発射し、それが警備員の胸に突き刺さると、胸から血が噴き出す。
「大動脈を破壊するだけなら、砂粒だけで十分だ。この1年間、いつでも殺せた、君達程度ならね。」
(図に乗るなモルモット、こいつらは捨て駒だ。この兵器が避けられるか!」
柳沢がスイッチを押すと、高速で触手が死神に襲いかかる。
反物質生成の副産物である強力な触手。これを単体で利用する研究も進んでいた。
人間に移植すれば、常人を超えた身体能力が手に入り、
センサーを付けた容器に詰めれば、生命体を感知し亜音速で襲いかかる!)
何本かの触手が死神の胴体を貫く。
「ぐほっ。」
吐血する死神。
だが、
「この程度じゃ死にませんねえ。」
死神はあたりにあった机を投げ、フェンスを破壊する。
そしてその破片が柳沢の片目に突き刺さる。
一年後にはどのみち死ぬ。ここで死のうが地球ごと死のうが同じ事だ。
自分の死さえも見えた時、万能の殺し屋は全てが見えた気になった。
誰が強いか、誰が弱いか、どれが危険でどちらが生き残るか。
研究所内で破壊の限りを尽くす死神には、全部見えていた。
(駄目、行っちゃ…、止めなきゃ…。そっちに行ってしまったら、貴方はもう戻れない!)
死神の身体に抱き付くあぐり。彼女は、敵でも障害でも無かった。
触手地雷が生命体を感知し作動する。
それはあぐりの身体を貫く。
死神を見ていた彼女の存在が、死神には見えていなかった。