黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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2週間後には文化祭。来週から準備や合唱練習が始まるので投稿ペースは下がります。


78話 過去の時間 2時間目

あぐりの「本職」である教師の仕事を見つめる死神。

 

どうやらテストの問題を作っているらしい。

 

「この部屋パソコン持ち込み禁止で、手で作んなきゃいけないんです。」

 

朝6時から夜7時まで教師の仕事、夜8時から2時まで研究所で監視。

 

彼女は思いの外エネルギッシュで、掛け持ちの激務を難なくこなす。

 

と言うか某電○の社員の比ではない労働時間だ。彼女は弱音一つ吐かず仕事をする。

 

世界一の殺し屋が感心するほどに。

 

あぐりは問題作りに頭を悩ませている。

 

そこへ死神は声をかける。

 

「それじゃダメですね。2次方程式はこのくらい捻らないと歯応えが無い。

 

進学校の生徒相手なんでしょう?尚更です。」

 

「…う、本職の教師が殺し屋に指導されてる…」

 

鏡文字まで書いてあぐりにダメ出しする死神にぐうの音も出ない彼女。

 

殺せんせーの優れた指導力はこの頃からあったのだ。

 

そして3ヶ月が経つ頃、殺し屋と教師は旧知のように打ち解けていた。

 

死神なら彼女を洗脳する事も出来たかもしれないが、彼女は権限が低くメリットが薄い。

 

それより、彼女の生活への興味の方が死神の中で勝った。

 

彼女の教えるクラスは、椚ヶ丘中学の3-Eとして有名らしい。

 

劣等生を別校舎に閉じ込め、新任教師が配属され1人で複数教科教える。

 

新任教師は総合的に教える力を鍛えられ、落ちこぼれに使う人件費も削減出来る。

 

実に合理的だ。

 

生徒を学力別に分け、上のクラスほど指導力の高い教師を配属させ、

 

一方で下のクラスは指導力の低い教師とやる気の無い生徒を集める。そんな学校は多いが、

 

ここまで極端な例はない。

 

だが彼女は有能でやる気もある。恐らく将来を期待されているからE組に配属されたのだ。

 

理事長が期待しているのだ、彼女のポテンシャルは非常に高かった。

 

しかし、彼女が懸命に教えても、それがすべての生徒に届く訳じゃない。

 

「無理して教えなくてもいいですよ、俺らE組だし。雪村先生、古文は専門じゃないでしょう?」

 

そんな事を言い暗い顔する生徒もいた。

 

 

「うう、私の専攻の科学ですら叶わない。私より教師向いてますよ死神さん。」

 

思わず愚痴をこぼすあぐりに死神は答える。

 

「ま、仕事上大学教授にも化けますし。ですが、私に教師は向いていない。

 

教え子が1人いたんですが裏切りまして。そのせいで私はここにいるんです。

 

人の心は分からないものです。ほぼ完璧に能力を伸ばし、管理してきたんですが…」

 

そうこぼす死神。すると…

 

「多分、その生徒は、貴方に見て欲しかったんだと思います。」

 

あぐりはそう答える。

 

「ちゃんと見てたんですがねえ、能力も性格も。」

 

すると電流が流れる。

 

「ぐはっ!」

 

「リラックスタイムはおしまいだモルモット。拘束台に上れ、モルモット。」

 

そうして人体実験が毎日のように行われる。

 

「被験者の肉体に未知のエネルギー反応が、強大なパワーで逆らわれたら…」

 

研究員の1人が警告する。しかし…

 

「問題ない。壊せる物があるとすればあのアクリル板くらい。あの女を人質に取るのがせいぜいさ。

 

こちらはあの女が人質になろうがどうでも良い。

 

さあ、この調子なら耐久性実験も可能だ。至急手配しろ。」

 

柳沢の研究内容は革命的だった。現代科学の限界を3,4歩も飛び越えるような。

 

代償も大きかったが。

 

実験開始から6ヶ月が経つ頃、彼の身体を循環する反物質は桁外れの代謝を可能にし、

 

それを受け止める為、彼の身体は強靭で柔軟な物質構成に置き換わっていった。

 

外部刺激で腕や手がムチのようにしなり始め、それを柳沢は触手と呼んだ。

 

「拘束台の機能強化が必要だな、こいつが自分の力に気付く前に。」

 

明らかに研究員達の警戒度が上がった。

 

柳沢も、彼に近づくことはなくなり、安全な場所から指示を出すだけに。

 

あぐりはもしもの時の生贄だ。

 

そんな彼女の立場も分かっていて、死神が人ならざる存在になるのも感じながら、

 

あぐりは余計な事は何も聞かない。

 

「お疲れ様でした、まずはバイタルチェックから、後はいつもみたいにお話ししましょう。」

 

ただ真っ直ぐこちらを見つめ、今日も彼女は平和に笑う。

 

死神はようやく理解した、そうか、見られると言うのはこう言う事なんだと。

 

誰にも正体を現さなかった最強の殺し屋は、見られる事が嬉しいと初めて思ったのだった。

 

***

 

そして、一年が経つ頃には、この空間は2人にとって何でも話せる場所になっていた。

 

誰も会話をモニターしていない時間を見つけ、彼女は死神の生い立ちも聞いた。

 

戸籍のない死神は、自分の生まれた日も本名も知らない事。

 

優しい表情も顔も、全て暗殺の為に身に付けた嘘の仮面だという事。

 

死神も彼女の話を聞いた。柳沢に取って自分は許嫁ではなく召使いで、

 

彼の才能を尊敬しているがどうしても好きになれない事。

 

それでも律儀に見張りを続けるのが彼女らしいが。

 

そんなある日。あぐりはインナーを死神に見せるという。

 

「懲りませんねえ、またセンスのないインナーで女を下げる気ですか。」

 

元が良いのに勿体無い、と死神は心の中で付け加えた。

 

当然だろう、どこのブランドか知らないが彼女のインナーはとてつもなくダサい。

 

しかし。

 

「ふふ、今日は自信あるんですよ。ジャーン!鬼柄チューブトップ!」

 

そう言うと彼女は白衣を脱ぎインナーを見せる。

 

彼女の言う通り、珍しくなかなか良いデザインだ。

 

しかし、特に死神の目に付いたのは、大胆に露出したその胸元。

 

思わず死神は、鼻血を垂らし、にやけ顔で彼女の胸元を見つめる。

 

見つめられ恥ずかしくなった彼女は思わず言う。

 

「…胸元、そんなに気になります?私教師ですから、胸で興味を引きたい訳では…」

 

死神は慌てて否定する。

 

「ち、違う!これは多分実験の影響!おかしい、この私が何故今更こんな事に…」

 

動揺する死神を見て、彼女はクスリと笑う。

 

「…なんか、触手は正直ですね。

 

柳沢さんがあなたの身体に何をしたのかは分からない。けれど、自在に変われるその触手は、

 

あなたがどうなりたいかを映す鏡なのかもしれない。」

 

「私の…」

 

死神は今一つ解せないと言う顔だ。

 

「そう、きっと、平和な時代に生まれていたら、貴方は、

 

頭は良いのにせこかったり、どこか抜けててちょっとHな、そんな人になってたと思います。」

 

彼女が語る死神の姿、それは今の殺せんせーの姿そのものだった。

 

死神は苦笑いして頭をかく。

 

そしてさらに彼女の話も聞いた。新しいE組が入って来た事、

 

そしてそのE組生と同じ学年で、役者をしている自慢の妹がいる事。

 

幼い頃に母親を亡くし、父も仕事で忙しいく、ほとんど家には帰らない。

 

だから、その妹に取って、彼女は唯一の家族であり、保護者といえる存在だった。

 

「昔は私に甘えてばかりだった。そんな妹が、役者として1人で頑張っている。

 

そんな姿を見ると、何より嬉しいんです。」

 

とあぐりは語る。

 

そんな彼女の妹だが、今は休業中で、写真も持たないようにしているとか。

 

不思議に思った死神が何故かと訊くと、あぐりはこう答えた。

 

「子役から大人の役者になる為には、人目に触れない休眠の時間が必要なんですって。

 

だから、その時期を、私はひそかに見守ってあげたいんです。

 

もし彼女が大人になって、一人前の女優になったら、その時は精一杯応援してあげたい。」

 

そして場所はE組。朝のHRで、彼女は何故かご機嫌だった。

 

「なんか最近ご機嫌だね、雪村先生。良い事あったの?」

 

倉橋が質問する。

 

すると、前原が爆弾発言をする。

 

「フッ、俺には見えるぜ、男の影が。」

 

それが本当なのだから恐ろしい、その一言でクラスは大いに湧く。

 

「そーいやさっきバッグの中にプレゼントぽい包みが入っていた。」

 

「マジか!新年度、クラスも始まったばかりなのにお熱い事で!」

 

「う、ううう…」

 

彼女もたじろぐ。しかし顔を赤くした彼女は、話を変えようとする。

 

「バカな事言ってないで出欠取ります。赤羽君!」

 

しかし、答える者はいない。彼の席は空だった。

 

「ごめん、停学だったね。」

 

「良いって先生、このE組はそういう場所なんだし。」

 

そういう生徒達の顔はどこか暗かった。

 

そしてその日の夜、研究所で、彼女は死神にそのプレゼントを渡す。

 

「今日で、私達が出会って一年。貴方の誕生日は分からないけど、

 

出会えたこの日を、貴方の誕生日にしませんか?」

 

そう言って彼女はプレゼントを見せる。

 

「…頂きます。」

 

死神は微笑む、その笑顔は、いつしか偽物から本物になっていた。

 

「けれど、これは規則で、渡す事は出来ません。それともう一つ、

 

柳沢さんから、教師を辞めて専属になるよう迫られています。この仕事が出来るのも今年度が最後。

 

だからこそ、E組の皆の力になりたい。だって、皆いい子だから。根が純粋で、優しくて。」

 

死神は哀しげな顔で黙り込む。彼女はなおも続けた。

 

「死神さん、貴方に触れたい。支えてくれた貴方に。最後の一年を頑張る力を、与えて欲しい…」

 

そんな彼女の頰に、糸が触れたような感触がする。

 

死神は、監視カメラには見えない極細の触手を、アクリル板の僅かな隙間に通し、

 

その先で再構成し、手の形になり彼女の頰に触れる。

 

彼女に知られるのは脱出のリスクになるが、そのリスクより、

 

彼女への感謝の気持ちが上回った。死神もまた、感謝を伝えたかった。

 

「大丈夫、貴方になら出来ますよ。」

 

「はい。」

 

2人が初めて触れ合ったのは、三日月が生まれる6時間前。

 




ちょっと茅野のくだりを付け加えました、ヒロインなので。

それにしても、この2人の過去、切ない…

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