後は文化祭で英語のスピーチを全校生徒の前で舞台発表するのでその練習を。
しかもその文章暗記するとか、大変過ぎるよ…
殺せんせーは語り出す。
「夏休みの南の島で、烏間先生はこうイリーナ先生を評しました。
『優れた殺し屋ほど万に通ず』と。的を得た言葉です。
さて、先生は、教師をするのは皆さんが初めて。なのに私は、全科目を皆さんに
滞りなく教えることができた。何故だと思いますか?」
「まさか…」
竹林は息を呑む。
「ええ、そのまさかです。先生は2年前まで、死神と呼ばれた殺し屋でした。
それと皆さんにもう1つ言っておきます。先生は放っておいても3月に死にます。
地球ごと死ぬか私1人が死ぬか、暗殺によって変わる未来はそれだけです。」
超生物は語り出す。秘められた過去の記憶を。
***
「随分拘束がきついですね。大丈夫、こんな事をしなくても、私は貴方に危害を加えたりはしませんよ。」
研究員に語りかける死神。
慌てて別の研究員が止める、
「こいつは洗脳技術を持っている。実験室まで、常に殺される危険があると思え!」
実験室に運ばれた死神は笑う。
「…殺しませんよ。君らにその価値があれば別ですが。」
彼は死だけを信じて育った。劣悪な環境のスラムに生まれ、親は子を売り、友も女も平気で裏切る。
人間とは、ゴミのように死ぬ為に生まれたモノ。
何も信じなかった彼が唯一信じたのは、殺せば人は死ぬという事実だけ。
だから彼は、殺し屋になった。
それは彼にとって天職だった。頭が良い者は力と技で、力が強い者は知識で殺す。
両方とも強い者は人間的魅力で籠絡する。そう、彼は無敵だった。
どんな難しい依頼も引き受けた。超大国の大統領を自然死させ、幹部将校を2ダース殺して
内戦を終結させ、数えて千人を殺す頃には、死神が彼を飾る通り名に。
…
「…ま、そんな殺し屋もこうなってはな。」
柳沢と呼ばれた男がそう呟く。
「しかし柳沢主任。あんな危険人物を使って良いのですか?」
「だからこそだ。明晰な頭脳に強靭な肉体。死んでも誰も文句を言わない。
今回の実験の素材としてはうってつけさ。」
そして今死神は、国を超えた非公認の研究組織の元にいた。
「…実験の時はその拘束台に自分から乗れ。それに乗ればあらゆる動きが封じられる。」
実験室のスピーカーから柳沢が高圧的に話す。
一方、監視カメラを見上げながら死神は微笑んで答える。
「クス、自分から乗らなかったら?」
「ガス、電流、高温低音に音波。その部屋にはあらゆる苦痛が揃っている。君に拒否権は無いよ。」
…
死神が捕らえられた原因は、弟子と仕事をしていた時だった。
爆破した壁の向こうから、弟子が脱出の為鉄骨を切断する。
「さあ早く、ここの警備は行動が早い。私は丸腰で潜入しなきゃならなかったしね。」
死神が弟子に言う。すると、
「だよね。」
弟子が呟く。すると光が死神を照らし、後ろから銃を構える音が聞こえる。
「何…」
振り向くと、死神に無数の銃が構えられていた。
「これで、死神の名声と技術は僕の物だ。
…さよなら先生、見えてなかったね、僕の顔。」
(…任務の後に私を追い弟子入りを志願した少年。相当な才能があったので拾って育てた。
望み通りの力を与え、一方で力の差も見せつけた。裏切る要素は無かったはずだ。
だがそんな事より今後の事だ。聞けば私の存在は公にせず、ここで実験体になると言う。
死刑台より千倍ラッキーだ。いつか脱出のチャンスを!)
…一方研究室。
「今回の実験は未知の結果だらけだと予想されます、だから監視役が欲しい。
けど誰もやりたがらない。最高機密ですからおいそれと外部の人間も雇えない。
頭脳明晰で口の固い人間でなくては。」
「OK、俺が手配する。従順でそこそこ優秀で、死んでも誰も文句を言わないモルモットをな。」
死神と向き合う1人の女性。
「わあ意外!優しそうな人ですね!」
夜間の監視役としてやって来た女。雪村あぐり。茅野カエデこと雪村あかりの姉であり、
E組の前担任である。
「…でしょう、何もしないから解放してくれませんか?」
「ダメです、逃がしたりしたら私殺されちゃいます。」
あえなく解放の依頼は却下される。
だが、死神は考えた。この女、やりようによっては使えると。
しかしその前に、一つ気になる事がある。
それは彼女の服装。そのシャツ何!
八分目と書かれたシャツだった。
…
反物質。それはわずか0.1gから核爆弾並のエネルギーを取り出す夢の物質である。
だが、科学者達はこれが石油などを代用するエネルギーになると考えていない。
理由は生産効率の悪さ。爆発一回分の反物質を作るには、
それを遥かに上回るエネルギーが必要だからだ。
…これと似た例がある。錬金術を知っているだろうか。
他の金属から金を作り出す技術である。かつて多くの科学者が挑んできたが、
誰1人として成功はしなかった。だが、錬金術への挑戦の中で科学が遂げた進歩は大きく、
中世の科学の歴史は錬金術の歴史と呼ばれた程だ。
そして、この錬金術、なんと現代の技術で可能なのだ。
粒子を加速させる加速器の中で水銀にベリリウムを高速で衝突させる事で、金が出来上がる。
だが費用対効果が低すぎる。0.001gの金を作るのに数千トンの水銀と莫大なエネルギーが必要。
天然の金を採掘した方が余程安い。
まあこの人工金並にコスパの悪い反物質生成だったが、
とある国際研究機関の主任研究員、柳沢誇太郎は、
神をも恐れぬアプローチで反物質の効率的生成を試みた。
柳沢曰く、「神などという非科学的な存在より、この反物質の方が余程有益で信用出来る。
私は神など恐れない。」
だそうだ。
「いいかモルモット、お前の身体は全面的に改造される。世界一の殺し屋死神の新しい生活は、
朝から人体実験を受ける日々だ。」
そう柳沢が言うと実験が開始される。
「あちこち身体が異変を起こすだろう。お前の仕事は、その時の体調の変化を報告する事。
こればかりは豚や猿には出来ないからな。」
柳沢は高圧的に言い放った。
…
そして場所は、例の独房へ戻る。
「少し休んだらバイタルチェックしますね。」
監視役の彼女は声をかける。
死神は台から起き上がり、彼女を見つめるとこう呟く。
「相変わらずダサいシャツですね、雪村さん。」
「これもダメですか!」
酷評されショックを受ける彼女。
「正直イラっとします。」
「…そうですか。私の生徒にも評判悪いんですこれ。」
「生徒…?」
彼女の名前は雪村あぐり。昼間はとある私立中学で新米教師として働き、
夜は柳沢の研究所を無償で手伝っているとか。何故そんな激務をするかというと…
彼女曰く、断ると角が立つお見合い相手で、婚約者だそうだ。
あぐりの父の会社が倒産し、それを傘下にした柳沢の会社が受けた見返りが彼女。
いわば政略結婚だ。年の離れた妹がいて、彼女を育てる為には必要だったとか。
しかし彼女は、毎日のようにパワハラを受けていた。
生命の中で反物質を生成する、それが柳沢の研究の核心だった。
反物質生成に必要な粒子の加速サイクル(偶然にも錬金術と同じだ)を、生命の成長サイクルに組み込み、
強大なエネルギーで細胞のエンジンを始動させる、後は細胞自身のエネルギーで、
生きている限り反物質の生成は続けられる。
素人が聞いても理解不能な超理論だが…
「柳沢、手足が少々痺れますね。あと寒気が…」
「さんを付けろ。ちっ、末梢神経障害が出てるのか。」
死神の技術は並の科学者を凌駕していた。
暗殺の為作者が一生掛かっても得られないようなあらゆる知識を学んだ彼は、
1ヶ月も経つ頃には、この実験の理論を完璧に理解していた。
私自身が実験を巧みに誘導すれば、人智を超えた破壊の力が手に入る!
そうほくそ笑む死神。彼は確信していた。近い将来手に入る破壊の力で、昔の日々に戻れることを。
そして実験を終え、あぐりのバイタルチェックを受ける。
「うわ!今日はチェック項目多いなあ!」
驚くあぐり。急いでやらないと、柳沢に頭を叩かれるらしい。
何か不都合でも?と訊くと、
「本職は教師ですから、頭悪くなると困ります。」
と言って頭をかくあぐり。
彼女を死神は黙って見据える。すると柳沢がやって来る。
「あぐり!待たせるなと何度言えば分かるんだ!モルモットの観察一つ出来ないのか!
言ってダメなら身体に…」
そう言ってあぐりのタブレットを奪い、頭を叩こうとする柳沢。
死神はじっと見据える。2人の意識の波長を。
そして、クラップスタナーを柳沢に決める。
柳沢の意識の山に、強い音波をアクリル板越しに当てたのだ。
柳沢は倒れ込む。
「今何を…」
「麻痺させただけですよ。頭悪くなると困るんでしょう?お互い本職をやるのが1番良い。」
そう言って微笑む死神だった。
理系なので反物質とかはロマンです。ついつい調子乗っちゃいました。
錬金術のくだりとか誰得ですね。すみません。
ちなみに僕は柳沢の研究辛うじて理解できます。反物質については知ってましたから。
けど、現実にはコストの問題で出来ないと思います。後反物質って、対になる通常の物質と触れると
大爆発起こす性質あるんです。だから無理なはず…