黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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74話 覚悟の時間

「来たね、じゃあ終わらそ。」

 

茅野は、皆が揃ったのに気がつくとそう言って振り向いた。

 

触手を出す茅野。

 

「殺せんせーの名付け親は私だよ、ママが殺してあげる。」

 

血走った目で語る茅野。彼女の目からは、底知れぬ殺意を感じる。

 

「茅野さん、その触手をこれ以上使い続けるのは危険です。今すぐ抜いて治療しないと命に関わる。」

 

殺せんせーはそう警告する。あの資料を読む限り、それは真実だろう。

 

けれど、

 

「え?すこぶる快調だけど。ハッタリで動揺を狙うのやめてくれる?」

 

茅野はその言葉を信じていない。

 

「…茅野、全部演技だったの?楽しかった事も、苦しかった事皆で乗り越えたのも。」

 

渚が茅野に訴えかける。けれど、

 

「演技だよ。」

 

茅野は平然とそう言い放った。

 

「これでも私役者でね、渚が鷹岡先生にやられてる時とか、黒崎君があの殺し屋にやられそうになった時とか、

 

じれったくて参戦したかったよ。死神に蹴られた時、不良に攫われた時、イラついて殺したくなった。

 

でも耐えてひ弱な女子を演じたよ、じゃないとお姉ちゃんの仇が討てないから。」

 

そんは筈はない、と俺は思った。少なくとも、あの時茅野は、

 

危うく人を殺しかけた俺を、必死になって止めてくれた。

 

あれが演技だとは思わない。もっとも、それは俺の願望に過ぎないのかもしれないが…

 

「…お姉ちゃん、雪村先生?」

 

「この怪物に殺されて、さぞ無念だったろうな。教師の仕事が大好きだった、

 

皆の事も聞いてたよ。」

 

そう言って茅野は殺せんせーを指差す、その顔は敵意に満ちていた。

 

皆は雪村先生の事を思い出す。それは、彼女の授業を受けていた時のこと。

 

「雪村先生てさあ、ちょいインナーダサいよね。」

 

彼女のインナーは、背丈の違う3人が並び、真ん中の人の上に「平均」と書かれたもの、

 

確かにダサい。

 

「んな!私の渾身の勝負服を!」

 

こんな風に、雪村あぐりは明るく、優しい教師だった。

 

「…知ってるよ茅野。2年の3月、2週間だけど、すごい熱心で優しい先生だった。」

 

竹林がそう回顧する。

 

「そんな雪村先生を、殺せんせーがいきなり殺す?そういうひどい事、一度もした事ないじゃん。」

 

「ねえ、話だけでも聞いてあげようよ、カエデちゃん…」

 

倉橋と杉野は茅野に訴えかける。

 

その間にも、茅野の触手が疼く。

 

「…停学中の俺の家まで訪ねに行くような先生だったよ。

 

けどさ本当にこれでいいの?今茅野ちゃんがやってる事が、殺し屋として最適解とは思えないよ。」

 

カルマが諭す。

 

「…身体が熱くて首元だけ寒い筈だ。触手の移植者特有の代謝異常。その状態で戦うのは本気でヤバい。

 

触手にエネルギーを吸い取られ、死…」

 

そう言ったイトナの言葉は途中で遮られる。

 

「うるさいね、部外者達は黙ってて。」

 

茅野が冷徹な表情でそう言った瞬間、なんと触手を炎が包み、周囲は炎で囲まれていた。

 

炎のリング、殺せんせーの苦手な環境変化だ。

 

「っ…」

 

そして俺は叫んだ。

 

「止めろ茅野…、こんなの間違っている!復讐の為に、自分を犠牲にする必要なんてない、

 

南の島で、俺に教えてくれたのは茅野だろう…」

 

「私は、自分を犠牲にするつもりなんてないよ。ただこいつを殺すだけ、

 

そうと決めたら一直線だから。それに、どうせ黒崎君じゃ私を止められないでしょう?」

 

返す言葉が無かった。俺の説得も虚しく、茅野は地面を蹴り殺せんせーに襲い掛かる。

 

触手が火の玉のように殺せんせーを襲う。

 

その内の一発が直撃する。

 

「くっ…」

 

殺せんせーの皮膚が煙を上げる。

 

その後も茅野は攻撃の手を緩めない。

 

まるで火山弾のように、炎の触手が絶え間なく殺せんせーに襲い掛かる。

 

殺せんせーは防御に必死だ。

 

これが、演技じゃない茅野の本心なのか?茅野は、この時の為に、ずっと1人で演技を続けたのか、

 

周りに誰もいない中、たった1人で…、そこまでして復讐を成し遂げて、一体何になるというんだ。

 

後に残るのは虚しさだけ。それは俺自身よく分かっていた。だからこそ、俺は茅野を止めようとした。

 

「イトナ、お前から見て茅野はどんな状態だ?」

 

俺はイトナに質問した。

 

 

…返ってきた答えは想像を絶するものだった。

 

「…俺よりもはるかに強い、今までの誰より可能性がある。だが…

 

あれを見ろ。わずか十数秒の全開戦闘で、もう触手が精神を侵蝕している。」

 

「きゃはっ。千切っちゃった、ピチピチ動いてる。」

 

茅野は触手を斬り、恍惚とした表情で語る。

 

「この一年耐えたのも、触手を使わなかったからだ。」

 

「殺せんせー、死んで!」

 

あそこまで侵蝕されたら手遅れだ。

 

復讐の可否に関わらず、その数分後には死に至る。」

 

こんな事が、茅野がやりたかった事なのか?

 

このまま黙ってて見てるしかないのか?

 

茅野が、触手に侵蝕されて、死に至るのを。

 

だったら、俺が過ごして来た1年間に、何の意味がある…

 

 

 

…違う。

 

俺の頭の中で声がした。そうだ、俺は何のためにここにいる。

 

茅野を、助ける為だ!

 

「殺せんせー、死んで!」

 

既に茅野は触手に完全に支配されていた。

 

「死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで…」

 

ただ同じ言葉を狂ったように叫び続ける。しかし…

 

茅野の、僅かに残った本来の心が訴えかける。

 

「殺して…、助けて…。」

 

それと同時に、俺はある行動へ出た。

 

 

 

***

 

バン!

 

と、銃声がした。皆が驚いて音の出た方向へ振り向くと、俺は銃を構えていて、

 

銃口から煙が出ていた。

 

「えっ…」

 

皆が、茅野までもが唖然とする。

 

そして、その茅野の触手は、根元から千切れていた。

 

「何故…、あのスピードで動く触手をどうやって…」

 

殺せんせーが驚く。

 

「簡単な話だ、触手のスピードは、確かに人間には見切れない。

 

だけれど、俺は良く観察している内に気付いた。触手は速いが、茅野本人の身体自体は、

 

そんなに速く動いていない、人間にも見切れるスピードだ。」

 

皆は唖然としている。

 

((だとしてもそれを平然とやってのけるのが凄いわ。))

 

と思っていたらしい。

 

すると茅野が口を開く。

 

「何、黒崎君。まさか私の邪魔をするっていうの?」

 

「ああそうだ、どんな手を使っても止めてやる。その為に俺はここにいるんだ。」

 

俺はそう言ってナイフを取り出す。

 

すると茅野が警告する。

 

「止めときな、死んでも知らないよ。私と戦うなんて。」

 

茅野は、触手に取りつかれていても、内心では俺の事を心配してくれている。

 

そうでなければそんな事は言わない。

 

「それがどうした。確かに俺だって死ぬのは嫌だ、けれど…」

 

俺は叫んだ。自分の思いを吐き出すように。

 

 

「仲間を助けられずに、俺だけのうのうと生きるのは、もっと嫌だ!」

 

 

 

「へえ、邪魔するんだ、せっかく止めたのに。

 

じゃあいくら黒崎君でも容赦しないよ。」

 

早速茅野は俺に触手を叩きつける。

 

シュウと音がして煙が出て、皆は思わず息を呑む。

 

だが、俺は平然と立っていた。

 

皆が驚いて俺の方を見た。そう、俺が身につけていたのは超体育着。

 

一見コートに見えるが、これは迷彩を施しているから。

 

「へえ、準備は万端ってわけね。」

 

「ああ。」

 

とはいえ、その熱が俺にも伝わってくる、俺は思わず身震いした。

 

皮肉なものだ、俺にとって1番の強敵は、数十人の不良でも無く、

 

プロの殺し屋でもなければ、いつも一緒にいたクラスメイトだったとは。

 

「じゃあ、行くぜ!」

 

俺は地面を蹴り、フリーランニングの時のように高く飛び上がり、炎のリングを飛び越える。

 

「へえ、覚悟は出来てるの?」

 

「勿論だ!」

 

復讐の為に全てを投げ打った少女と、仲間を救う為に全てを尽くした少年、

 

2人の闘いが今、始まった。

 


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