黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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72話 正体の時間

「え…」

 

茅野の攻撃が殺せんせーの心臓に突き刺さろうとしたその時、閃光が辺りを包んだ。

 

そして残ったのは、あの夏休みの時と同じ。オレンジ色の球体だった。

 

「完全防御形態…」

 

すると、茅野はその球体を拾い上げ、触手の力を利用して飛び上がった。

 

「完全防御形態か。まさかあの手を使うなんてね。ま、それだけ追い詰めたって事かな。」

 

倉庫の屋根に立つ茅野。

 

「殺せんせー!なんで完全防御形態?今の音は?って…」

 

そして物音を聞きつけて皆が集まった。

 

その場の光景に皆は驚きを隠せない。

 

「…茅野さん…?」

 

「何?その触手…」

 

茅野が生やしている触手に、皆は驚愕している。

 

「あーあ失敗しちゃった。完全防御形態になる前にとどめ刺せなかった。

 

甘すぎだね、私。」

 

「…茅野さん、君は一体…」

 

「ごめんね、茅野カエデは本名じゃないの。

 

雪村あぐりの妹、そう言ったら分かるでしょ、人殺し。」

 

雪村あぐり…、雪村先生の事か。

 

そこにいた茅野は、今までとは別人のようだった。

 

雰囲気も、口調も、何より外見が。

 

そして、演技をやめた彼女の表情は、きつく険しいものだった。

 

「まあいい、失敗したものは仕方がない、どのみち後24時間は手出し出来ないんだし。

 

でも触手を合わせて確信した。今の私なら必ず殺せる。

 

明日また、殺しに来るよ殺せんせー。場所は後で連絡する。」

 

そうやってスマホを突き出す茅野。

 

そして、触手の反動を利用して、どこかへ飛び立っていった。

 

「茅野…、嘘だろ、ずっと生やしてたのか、あの触手。」

 

岡島は信じられないといった様子で呟く。その言葉を否定するイトナ。

 

「…そんな事、出来るはずがない。メンテナンスもせず触手を生やし続ければ、

 

地獄の苦しみが襲うはずだ。例えるなら、脳内で棘だらけの虫を飼っている気分だ。」

 

「でも、現に茅野は触手を生やしてる。どういう事なんだよ一体…」

 

岡島の問いに答えるものはいなかった。

 

「しかも、雪村あぐりの、雪村先生の妹?」

 

「俺らの、殺せんせーが来る前の担任の…」

 

ますます深まる彼女の謎。すると、俺はある事を思い出した。

 

そうだ、これが正しければ全てのつじつまが合う!

 

「…なるほどね。そういう事だったのか。」

 

俺は呟く。

 

「…?」

 

「前から思っていたんだ。磨瀬榛名って知ってるか?昔、どんな役でも軽々こなした天才子役。

 

茅野の雰囲気とか印象とか、どことなく彼女に似ているって。」

 

「…確かに、」

 

三村も同意した。

 

「髪型も違うし、休業してからだいぶ時間が経つ。だから最初は気付かなかったけど。

 

1年間演技で正体を隠し通したのも、元天才子役だからと考えれば納得がいく。」

 

皆は理解出来なかった。

 

(…どれが、彼女の本当の顔なんだ?)

 

その問いに答えはなかった。

 

一方シロはとある場所で語る。

 

「雪村あぐりの妹、雪村あかりが、あの学校に潜り込んでいた。

 

ピンと来て私生活を調べさせたら、案の定触手を隠し持っていた。

 

触手のシステムを理解し、自力で使いこなす知能も大した物だが、

 

1番凄いのはその執念だよ。発狂ものの触手の激痛にも汗ひとつかかず、笑って過ごした精神力。

 

いくつもの顔と名前を使い分け、それでいて本心を一切悟らせなかった演技力。

 

殺し屋の素質はE組の中でダントツだよ。」

 

***

 

その事実を検証するため、律の画面で磨瀬榛名主演のドラマを観る。

 

「殺してやる!あんたみたいな人でなし!」

 

そのドラマは、親を殺されて、怒りのあまり悪役に掴みかかる主人公の話。

 

偶然にもその境遇は、姉を殺されたという彼女本人にも共通していた。

 

「言われてみれば確かに茅野だ。けど、顔つきも雰囲気も全然違う。

 

この演技力じゃ、1年近く正体を隠していられる訳だ。」

 

俺は思い出す、茅野の今までの姿を、行動を。

 

泳げない。考えてみれば、触手保持者は全員水には弱かった。

 

そして茅野は大の甘党だ、これも触手持ちには共通していた。

 

あの時は、ただの嗜好だと思っていたが。

 

俺とよく一緒にいたのは、俺の異質で鋭く、強い殺気なら、殺意を隠しきれる。

 

時々自分の物じゃない暗い殺意を微かに感じた事があった。

 

あまりに薄かったので気のせいかと思ったが、今でははっきり言える。

 

あれは茅野の復讐心だ。

 

今思えば、巨大プリンもダミーの暗殺。何もしなければこのクラスでは怪しまれる。

 

彼女は、演じていた。明るく、ほとんど危険のない茅野カエデを。

 

全て、偽物だった。茅野カエデという少女は。

 

南の島で、殺意に呑まれ危うく人を殺しかけた俺を止めてくれたのも。

 

一緒に過ごした日々が全部。そう考えると、俺の心を虚脱感が襲った。

 

球体となり、渚に抱えられた殺せんせーに、岡島が質問する。

 

「茅野、殺せんせーの事人殺しって言ってたよ。過去に、何があったんだ?」

 

殺せんせーは黙っていた。

 

***

 

その頃、茅野は裏山に1人で立っていた。

 

あの黒崎との外出で買った、黒いワンピース。この季節には寒すぎる代物だが、

 

彼女は平然としていた。首元にはマフラー、その格好はアンバランスだ。

 

彼女が思い出したのは、忘れもしないあの日の事。

 

 

積もる話をする約束で、ただ迎えに行くだけだった。

 

姉が、夜に手伝っているという研究所まで。色々あってやたら警備が厳重だ。

 

街行く人も、皆私に気がつかなくなった。

 

「なんか、成績も良かったし、普通に就職目指そうかな〜。」

 

そう思っていた時。

 

 

突然、研究所で大爆発が起きた。

 

「…え、」

 

壁は吹き飛び、警備の人は右往左往。じっとしていられる訳がない。

 

小さな身体は、大人より早く潜り込むことが出来た。

 

そこで目にした光景。

 

息絶えた姉と、血を弄ぶ見たこともない触手の怪物。

 

その怪物は音より速く去っていった。

 

「…お姉ちゃん、お姉ちゃんたら、目を開けてよ…」

 

茅野は涙目で姉を呼び続ける、しかしその答えは返ってくるはずもなかった。

 

そこにあったのは、あの怪物が残した書き置き。

 

「担当者へ。椚ヶ丘中学3年E組の担任なら引き受けてもいい。

 

後日交渉へ伺いたいと思う。」

 

そして、辺りに散らかっていた容器。触手の種だと後で知った。

 

何故それを持ち帰ったのか、それを説明することはできない。

 

ただ、あの見たこともない怪物に対抗するための手段は、これしかないと直感した。

 

葬式はほとんど彼女1人で手配した。母はとうの昔に死別した。

 

だからそれ以来、姉が母親代わりだったのだ。

 

役者になると決めた時も応援してくれた。ただ励ますだけじゃない。

 

私の弁当をいつも作ってくれた。洗濯も炊事も、姉がやってくれていた。

 

自分だって、教師を目指すために忙しい筈だったのに。

 

世間から見れば、変わった姉だった。そのダサいインナーもそうだ。

 

それに一流大学出身の優秀な才女で、製薬会社の社長の娘なのに、教師を目指していた。

 

けれど、茅野に、雪村あかりにとっては、唯一の、最愛の家族だった。

 

そんな姉を殺したあの怪物は、絶対許せなかった。

 

姉の遺影の前、pcで説明書を読む。

 

「試作人体移植用触手兵器。強大なパワーを得る反面、メンテナンスを怠れば地獄の苦痛?

 

…どうでもいいよ。」

 

役者になると決めた時もそう、私はそうと決めたら一直線だ。

 

「素晴らしい、こんなに良い成績で編入試験に合格した生徒は初めてだよ!

 

茅野カエデさん。」

 

「…ありがとうございます。ところで、この学校って、…

 

 

素行不良の生徒が入れられる組があったんですよね?」

 

そう言って私は理事長室の私物を壊す。

 

…あの書き置き通りなら、怪物は椚ヶ丘中学のE組に必ず来る。

 

住民票を偽造。演じよう、完璧に。

 

あの怪物が、お姉ちゃんの受け持っていたクラスへ行く理由は分からない。

 

でも、私がすることは一つ、復讐の色を悟られぬよう、演じ切るだけ。

 

 

まさかその数日後に、不良に絡まれるとは思いもしなかった。

 

「…は、離して下さい!」

 

うざったい、触手でも使おうか、そう考えた。すると1人の生徒が来た。

 

「そこの不良共。そんな事して楽しいか?」

 

おそらく椚ヶ丘の生徒だ。

 

その生徒は一瞬で不良を倒した。

 

その殺気、戦闘能力、私の殺気を隠すには丁度良い。だから彼がE組に来た時、

 

私は内心喜んだ。

 

「この前はありがとう、助けてくれて。」

 

これほど目立つ主役の陰にいれば、私は目立たない。

 

彼は最初の暗殺からして皆に衝撃を与えた。これなら、完璧だ。

 

触手が私に聞いて来た。どうなりたいかを。

 

私は答えた、殺し屋になりたいと。

 

決行の時まで、痛みも苦しみも恨みも、全ての本心を押し殺し、

 

演じ切れる暗殺者に。たとえ自分が死んでも良い、仇さえ討てるのなら。

 

 

すると、後ろからシロが現れた。

 

「やっぱり君は人の言う事聞かないなあ。私は忠告したのに。」

 

「あんたの言葉なんて誰が信用するの。イトナ君の面倒も見られずに逃げ出した癖に。」

 

「…その様子だと、代謝バランスも不安定だね、野良の触手を使い続ける者の運命は…」

 

すると茅野は触手をシロに振るう。シロは間一髪で避ける。

 

「消えて、私1人で殺るんだから。」

 

「…水臭い事言うなよ、たった1人の兄さんに。」

 

兄さん、そう言ったシロの真意はいかに…

 

 


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