黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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黒崎の過去編です!


62話 黒崎の過去の時間

1人の少年がいた。

 

最初は、純粋だった。才能に恵まれ、未来への希望が溢れていた。

 

けど、そんな彼の未来は、ある事故で一変する。

 

これは、彼が小学4年生の頃の話。

 

***

 

当時、彼は明るく純粋で、今のような冷たさは無かった。

 

「えーい!」

 

休み時間、クラスの男子がサッカーをやっている時、

 

彼は颯爽とゴールを決めた。

 

「やった!」

 

「お前すごいなー、勉強もスポーツも出来て、うらやましいぜ。

 

そのくせ大人しいし。」

 

「えへへ、そんな事ないよ…」

 

当時から、スポーツ万能、成績も優秀だった彼は、

 

その大人しく威張ったりしない純粋な性格もあり、誰からも好かれていた。

 

髪を後ろに伸ばし三つ編みにしていて、不思議に思ったクラスメイトが、

 

「なんでお前髪の毛後ろに伸ばしてるの?」

 

と聞くと、

 

「お母さんがさ、女の子が欲しかったらしくて、せめて少しでも可愛らしくなるようにって。

 

僕はちょっと恥ずかしいんだけどさ。」

 

と答えたと言う。

 

やや小柄で中性的。人懐っこく警戒されないその風貌は、渚にも共通する所があった。

 

そして彼の父はある会社に勤めているサラリーマンだった。

 

父親は凡庸な人間で、特別な才能を持っていた訳ではなかったが、

 

地道な努力を続け、少しずつ成果をあげていった人間だった。

 

そして彼の10歳の誕生日、父は彼に腕時計をプレゼントした。

 

少しばかり値段のする品で、小学生には高い代物だった。

 

彼の父親その高級そうな箱を取り出し、プレゼントを渡す時こう言った。

 

「お前には恵まれた才能がある。父さんには与えられなかった才能が。

 

その才能を無駄にせず努力すれば、お前はやがて立派な人間になれる。」

 

父は彼に諭すようにそう語った。

 

それに対し、彼はこう答えた。

 

「僕は、例え偉くなくても、お金持ちでなくても、

 

毎日家族のために身を粉にして働いてくれる、そんな父さんこそ立派な人間だと思う。

 

僕も将来、父さんみたいな人間になりたいです!」

 

そう語った少年の目には希望が満ちていた。

 

「そうか、そう言ってもらえて、父さん嬉しいよ。」

 

母からはナイフをもらった。

 

「もし何かあったら、これで身を守りなさい。」と。

 

彼は特別恵まれた環境にいた訳ではない。ごく普通の家庭にいた。

 

けれど、彼は不満に思ったりしなかった。家族がいて、一緒に食卓を囲む。

 

そんな生活を幸せと思っていたし、それで満足していた。

 

彼の一歳年下の、妹彼女は彼とは違う学校へ通っていた。

 

彼によると、

 

「妹と同じ学校だとなんか恥ずかしいから。」

 

だという。

 

妹は活発で明るく、兄との仲も良かった。

 

2人は理想的な兄妹だった。時々喧嘩することもあれど、

 

それで2人の仲が悪化する事もなかった。

 

「私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる。」

 

小さい頃はそう言っていた。

 

しかし、その頃には、あまり気の強くない兄と活発な妹と言う、

 

どちらが年上か分からないような様子になっていた。

 

お互いのことを常に大事にしていた。幸せな家族だった。

 

しかし、そんな幸せな生活は、徐々に崩壊していった。

 

あの日を境に、両親の顔は次第に暗くなっていった。

 

彼はまだ幼く、その理由も理解できなかった。

 

理由がわからないからこそ、彼の不安は増して行くばかりだった。

 

時々喧嘩している姿を見かけた。

 

子供だった彼には何故喧嘩しているのか理解出来ず、

 

「お兄ちゃん、どうして父さんと母さん喧嘩してるの?」

 

と不安そうに聞く妹に、

 

「大丈夫、そんなに重大な事でもないさ。」

 

と答えるのがやっとだった。

 

そしてその疑念は、最悪の形で明らかになった…

 

***

 

ある日、少年は家に1人でいた。

 

「退屈だなー。」

 

そう思って過ごしていた時。妹は習い事があり、両親は朝用事があると言って家を出た。

 

両親と妹が帰ってくるのを待っていた時、家に電話が掛かった。

 

警察からだという。

 

「はい、黒崎です。え…?…?父さんと、母さんが…」

 

嘘だ、そんなはずない、そう思って急いで事故があったという場所に向かう。

 

そこで少年が見たものとは…

 

 

 

 

 

「ぎゃあああ!」

 

少年は思わず叫んだ。

 

そこにいたのは、地面に強く衝突して、血まみれで車の下敷きになっていた、

 

変わり果てた両親だった。

 

「父さん、母さん!嘘だろ…。目を開けてよ!お願いだから!」

 

そう必死に叫ぶ少年。

 

しかし、その願いも虚しく、彼の両親は目を開ける事はなかった。

 

彼は泣き叫んだ。それこそ涙が枯れるまで。

 

「父さんも、母さんも、何も悪い事してないのに、なんでこんな目に、

 

何をしたっていうんだよ!」

 

妹の由夏も、ただ声を上げず涙を流していた。

 

両親が交通事故で死んだ。これだけでも大きなショックだっただろう。

 

しかし、彼に衝撃を与えたのは、それだけではなかった。

 

原因究明のため捜査していた捜査員の1人によると、ブレーキの作動不良が原因だという。

 

何者かが細工した可能性もあるとみて警察は捜査を始めた。

 

その過程で彼の家を捜査すると、衝撃の真実が明らかになった。

 

 

「…お前の父さんは、会社に大損害を与えて、自殺したんだ!」

 

父の会社の役員の1人がそう語った。

 

自殺したと言う明確な証拠も遺書もなかったが、状況からしてそれは最も高い可能性だった。

 

 

彼が働いていた会社の決算の偽造を行なっていたというのだ、

 

少年は信じられなかった。あの優しかった父親が、そんなことをするはずが無い。

 

そう思っていた。

 

けれど、明確な証拠もあった。父が不正を行なっていたという。

 

会社の責任も問われ、会社にも捜査の手が及んだが、捜査は突然打ち切られた。

 

恐らく裏で圧力がかかったのだろう。

 

だが、彼が1番大変な思いをした理由は別にある。

 

事件に食いつくマスコミの好奇の目。その目を、彼はたった1人の妹とともに耐え続けた。

 

当時彼以上に幼かった妹を、必死で守ろうとしたけれど、彼は守りきれなかった。

 

そして世間は非情だった。誰1人として、2人を助ける者は居なかった。

 

彼の叔父、この面談で殺せんせーと向かい合っているその人は、海外で勤務していて、

 

その時2人を支えられる事はまだ無かった。

 

そんな辛い日々を送って居た中、彼はある時、父からもらった腕時計を箱から取り出した。

 

恐れ多くてずっと箱にしまっていたものだ。すると、その箱には一枚のメモリーカードが入っていた。

 

早速彼はPCに挿してデータを取り出そうとするも、

 

ロックがかかっていて見られなかった。パスワードはなんだろうと思い、

 

適当に腕時計の裏に刻まれた文字を打って見ると、なんとそれがパスワードだった。

 

(あの腕時計は、僕に真実を知ってもらう鍵だったっていうのか…)

 

PCでメモリーカードの中身を見ていく。

 

そこには一個の文書があった。

 

9月26日

 

日付は少年の誕生日からだった。

 

読んでいくと、驚くべき事実が明らかになる。

 

(9月26日

 

今日は翔太の誕生日だった。私とは違い立派になって欲しいと言ったら、

 

翔太は、私が十分立派だと言ってくれた。本当に嬉しかったが、

 

私はそんな立派な父親ではない。)

 

(10月2日

 

今日は上司から、会社の不正の責任を負えと言われた。

 

私は何もしていないのに、板挟みに成る。これが社会というものだ。

 

分かってはいたが納得は出来ない、どうか翔太は、理不尽に負けないで生きて欲しい。)

 

彼の父親が会社でパワハラを受けていた事。それによって父のストレスがたまり、

 

喧嘩が増えていったらしい。

 

さらにそれだけでは無かった。父親の働いていた会社が組織ぐるみで不正をしていて、

 

それの疑惑が浮上した時、父親はその責任を1人で負わされた事。

 

父親は不正会計などしていなかった。会社の不正の責任者として、彼は生贄になったのだ。

 

パワハラは、それを拒んだ父に執拗に続いたものらしい。

 

そして、父は最後の最後にそれに屈し、耐えきれなくなって自らブレーキに細工をし、

 

心中したというのだ。

 

…最も真実は違った。おそらくあのヴァンパイアという殺し屋がブレーキに細工でもして殺したんだろう。

 

「子供には死んでも詫びきれない。でもどうか2人には、幸せな生活を送ってほしい。」

 

嘘だろ…

 

少年は信じられなかった。今まで明らかになった真実は全て嘘だった。少なくとも彼にはそう見えた。

 

父親に罪は無かった。会社の尻拭いをさせられたのだ、

 

捜査が打ち切られたのは、詳しく捜査すれば真相がバレると踏んだからだろう。

 

そして両親の葬式の日。

 

親戚達は冷たい目で俺たち兄妹を見ていた。

 

形だけのお悔やみの言葉。刺すような視線。誰もが、兄妹の事を忌み嫌っていた。

 

ただ1人、翔助叔父さんを除いて。

 

「一家の名前をを汚した犯罪者が…」

 

親戚の1人がそう呟いたように聞こえた。

 

ふざけるな、少年はそう叫びたいのを必死でこらえた。

 

父さんは悪く無いのに、どうして、その理不尽に耐えきれず、気が狂いそうになった。

 

だがそれだけでは終わらなかった。

 

全てが終わった後、彼は学校を去った。クラスメイトだけが彼を気遣い味方してくれた。

 

そして彼らは親戚の家に厄介になることに。しかし、親戚は彼らを忌み嫌っていた。

 

夫婦の会話が耳に入る。

 

「あなた、いつまであの子を家に置いておくつもりなの、

 

あの子の親がしでかした事でウチも損害を受けてるのよ!」

 

それから程なくして、彼は別の親戚の家に行った。

 

そんな事が繰り返され、嘘の言葉で何度も親戚の家をたらい回しにされた。

 

そして、ようやく家を買い、日本へ戻ってきた翔助叔父さんが彼らを引き取り、全てが終わった時、

 

彼はその長い三つ編みの髪を切り落とした。

 

自分の弱さの象徴だったその風貌を彼は変えた、

 

一人称も「僕」から「俺」にした。

 

彼は人が信じられなくなった。

 

他人と関わるのが嫌になった、親戚の手のひらを返すような冷たさのせいで。

 

だから無口で冷徹な性格になった。

 

そして、彼にあった純粋さは消え去った。

 

少年は、弱者だったがため強者に虐げられた、彼の父親もそうだった。

 

彼は弱者を虐げる強者を憎んだ、

 

好奇の目で彼を見るマスコミも、心無い言葉で両親を侮辱し、

 

嘘の言葉で少年をたらい回しにする親戚を、権力という強さを利用し父親に罪を着せた会社を。

 

全てが彼にとって、弱者を虐げる強者、忌むべき存在だった。

 

それから不良を潰して回るようになる。弱者を虐げる強者の典型だからだ。

 

そして強者に裁きを与えるなら、自分が弱くては駄目だ。

 

そう思った彼は今まで以上に自分を磨いた。喧嘩に強くなるため武道を習い始めた。

 

さらに熱心に勉強し、学力を上げ、椚ヶ丘にも合格した。

 

「俺の両親は弱いから虐げられた。ならば強くならなければ。

 

俺はああはならない。例え幸せじゃなくても良い、虐げられない強さが欲しい!」

 

いつの日か、純粋で大人しく、髪が長くて中性的な少年はどこかへ消え去った。

 

そこにいたのは、冷徹で他人を信じない、無口な少年だった。

 

中学生になり、強さを求めて完璧人間となった彼は、全てに退屈した日々を送るようになった。

 

いつしか不良潰しにも飽き始め、自分を見失いかけた少年。

 

そして少年、黒崎翔太は、1人の少女を助け、E組に入る事になる…




うーん、重い過去になったなあ。

当初プロットはいくつか考えていましたが、1番しっくりきたこれにしました。

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