黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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前話をちょっと修正しました。それを読まないと話が読めないと思うので、どうぞ前話も読んで下さい。


53話 花の時間

「…なるほど、花束かあ。」

 

茅野が目を輝かせる。

 

「ものの数週間で枯れるのに、数千円、高いものは数万円する。

 

高級ブランドバックより実は豪華なんだ。プレゼントなんて山ほどある。

 

そんな今でも、花が売れるのは何でだと思う?」

 

そう問いかける花屋。俺はその話し方に、人を惹きつける才能を感じた。

 

「さあ…」

 

誰もその問いに対する答えは導き出せない。

 

「それはね、心じゃないんだ、色や形が、儚さが、人間の感性にぴったりはまるからなんだ。」

 

相手を納得させる言葉。興味をそそられる話術。そのどれもが優れている花屋。

 

「うわー、説得力ありますね!」

 

奥田さんも興奮している。

 

「だねー、電卓さえ持ってなきゃ名演説だったのに。」

 

…商魂はたくましいようだ。

 

「これでも商売だからね。これも花の縁だ、安くしとくよ。」

 

そう言った花屋。

 

彼はなかなか話術が上手い。もしこれが暗殺者だったら、あっという間に手玉に取られて…

 

いや、そんな事を考えるのは止めよう。

 

ふわっとした花のような印象の人だった。

 

「男には、花の価値はよく分からんな〜」

 

と杉野は言う。

 

「ま、あの純情ビッチは喜ぶだろうね〜。」

 

とはカルマの予想。

 

まあそうだろうけど、純情ビッチとは矛盾している。

 

「イリーナの誕生日に花を?君らが渡した方が喜ぶだろう。」

 

(うーん、駄目だこの人全然分かってない。まあいい、取り敢えず渡させよう!)

 

するとカルマがこう言う。

 

「あのビッチが重要な戦力なら、人心掌握も責任者として必要なんじゃない?」

どんな事でもカルマは無駄に説得力をつけた物言いをする。

 

上手い事言うな。

 

「…一理あるな。よし、俺が渡して来よう。」

 

その頃。

 

「ねえビッチ先生、フランスの大富豪をどうやって口説いたの?」

 

矢田が興味津々といった感じで質問する。

 

「何よトーカ。今日はいつにも増して食いつき良いわねえ。」

 

「当然、話の続き気になるもん。」

 

矢田がワクワクした表情で言う。

 

「それ終わったらピアノ教えて〜。」

 

原さんも話し掛ける。

 

「ビッチ先生、また被写体になってくれよ。」

 

今度は菅谷達だ。

 

「あ、ずるい私が先〜。」

 

ビッチ先生は皆に食いつかれる。いつにも増して大人気のようだ。

 

(な、何よ、今日の私大人気じゃない!)

 

「ええい、せいぜい発情しない事ね。かかってきなさい!」

 

気勢を上げるビッチ。ていうかこんなのに引っかかるとは、単純な女だな。

 

(生徒達を下の名前で呼ぶようになり、すっかり姉のような、良い教師になりましたねえ。)

 

感慨深く見つめる殺せんせー。

 

すると、準備完了の合図が。

 

そして一斉に帰る皆。

 

「準備終わっ…じゃない、私この後用事あるから帰るね。」

 

「私も…」

 

「俺も。」

 

「え、ちょ、何…」

 

1人取り残されたビッチ先生。

 

(訳分かんないわ。また1人孤独に逆戻りよ。)

 

そして苛立ちながら職員室へ戻る。作戦にかかっているとも知らずに。

 

「ちょっと聞いてよカラスマ!ガキ共が…」

 

乱暴にドアを開け愚痴を言うビッチ先生。しかしその言葉は途中で遮られた。

 

「丁度良かった。イリーナ。お前に渡したい物があってな。」

 

「え?」

 

「誕生日、おめでとう。」

 

そう言って花束を渡す烏間先生。

 

「うそ、あんたが…、」

 

「遅れてすまなかった。色々忙しくてな。」

 

「やっぱ。超嬉しい。ありがとう。」

 

頬を染め喜ぶビッチ。これはビッチなのか…

 

「あんたのくせにやるじゃない。何か企んでるんじゃないでしょうね。」

 

「いや、祝いたいのは本心だ。どのみちこれが最初で最後だろうしな。」

 

「何よ。最後って…?」

 

ビッチ先生の顔がやや曇る。

 

「当然だ。地球がなくなるか任務が終わるか、二つに一つ、

 

どのみち後半年もせず終わるんだ…」

 

その言葉に怒り、震えるビッチ先生。すると彼女はおもむろに窓を開けた。

 

当然俺らがいる事もばれた。

 

「やべ…」

 

「こんな事だろうと思ったわ。この堅物が、誕生日プレゼントなんて送るはずないもの。

 

さぞかし滑稽だったでしょうね。プロの殺し屋がガキ共の作戦に舞い上がってるんだから。

 

思い出したわ。こいつらとはただの業務提携関係。私は先生ごっこをしてただけ。

 

最高のプレゼントありがとう。カラスマ。感謝するわ。」

 

そう言い残しビッチ先生は去っていった。

 

「ちょ、ビッチ先生…?」

 

「そっとしといてあげましょう。明日になれば冷静に話も出来る筈です。」

 

タコ記者姿で言うか。けれどそれは得策だろう。

 

きっと明日になれば戻って来ると思うしな。

 

「烏間先生、さっきの言葉冷たくないっすか?まだ気づいていないとか…」

 

前原がそう問い詰める。まさかという不安と、冷たさに対する不満の両方の思いがあるのだろう。

 

「…そこまで俺が鈍く見えるか。」

 

…見えます。はい。

 

「非情に思われるだろうが、色恋で鈍るような刃なら、この教室には必要ない。それだけの事だ。」

 

そう言い放つ烏間先生。正論だけに、誰も何も言い返せなかった。

 

そして帰途に着くビッチ先生。

 

(ああもう腹立つ!でも、潮時かも。私の力じゃ暗殺はもう…)

 

それを陰で見つめる花屋。

 

(…最新の情報は労せず入手できた。決行の時だ、イリーナ、君はもう教室には戻らない。

 

畏れるなかれ、死神の名を。)

 

***

 

あれから、ビッチは教室に来ていない。

 

「もう3日だよ。」

 

「余計な事しちゃったかな…」

 

皆ビッチ先生がいなくなった事を心配している。

 

だけど俺からすれば、彼女が居なくなった事はそれ程問題とは思えない。

 

彼女は英語教師としては優秀だったが、超生物の暗殺に貢献したかというと…

 

「烏間先生、任務優先も分かりますが、もう少し彼女の気持ちを考えてあげれば…」

 

殺せんせーが心配そうな顔でそう言う。

 

でも、烏間先生は…

 

「この後次の殺し屋との面談がある。それに、君達は中学生らしく過ごす権利があるが、

 

俺や彼女は経験を積んだプロ。情けは無用だ。」

 

そう切り捨てた。烏間先生は厳しい人だ。自分にも他人にも。

 

特に、一人前の大人に対しては。

 

そして殺し屋の面談を終えた烏間先生。

 

(最近殺し屋の質が落ちている。一番の原因は、あのロヴロ氏が突然消息を絶った事だ。)

 

すると烏間先生の携帯が鳴る。そこに表示された名前は、ロヴロ・ブロフスキ。

 

(…噂をすればか。)

 

「烏間だ、ロヴロさん、今まで何してた?」

 

そう訊く烏間先生。

 

「…死にかけていた。」

 

その返答は、驚くべきものだった。

 

「…⁉︎」

 

「この電話は安全か?」

 

「ああ、傍受されない特別な電波を使用している。」

 

「良かった、奴の情報を漏らせばまた狙われる。今度は昏睡入院じゃ済まない。」

 

「奴…?」

 

「この暗殺から手を引け。でないと君達が危険だ。

 

私の子飼いの殺し屋たちが次々とやられている。死神、とうとう奴が動き出した。」

 

「あんたの言ってた世界一の殺し屋か。」

 

「ああ、その手口が奴の犯行だと証明している。

 

正体を知られないのは、変装技術が一流だから。

 

殺し屋達の居場所を突き止めたのは、探査能力が一流だから。

 

殺し屋達が為す術なくやられたのは、暗殺技術が一流だから。

 

ともあれ、私は当分仕事は出来ん。」

 

「…腕利きの殺し屋を排除し、満を持して狙うという訳か。」

 

「ああ、百億の賞金首をな。」

 

「千を超す屍を築いた男だ、誰でも殺すし利用する。

 

女だろうが中学生だろうがな。気を付けろ。」

 

「ああ、警戒しておく。」

 

そして教室では

 

「先生これからサッカー観戦に行きます。何かあったら連絡を。」

 

そう言って殺せんせーは飛び立った。普段は興味ないのだが、W杯限定のにわかファンらしい。

 

すると片岡が口を開く。

 

「ビッチ先生大丈夫かな…」

 

「うん、ケータイも繋がらない。」

 

「まさか、こんなんでバイバイとか無いよな…」

 

千葉が不安そうな顔で言う。もう3日も音信不通。そんな言葉が出るのも無理は無い。

 

「そんな事は無いよ。まだ彼女にはやってもらう事がある。」

 

「だよねー、なんだかんだ言って居なくなったら困るしねー。」

 

「そう、君達と彼女の間には信頼関係がある。僕はそれを確認させてもらっただけ。」

 

花屋は教壇に立つ。

 

「!!」

 

そいつは何の違和感も無く教室に溶け込んだ。あの花のようなふわっとした印象。

 

あれは殺し屋としての能力…

 

「僕は死神と呼ばれる殺し屋です。今から君達に授業をしたいと思います。」

 

(なんだ…こいつ)

 

皆驚きのあまり言葉も出ない。

 

「花はその美しさから、人の心を開き警戒心を薄れさせます。

 

黒崎君、君達に言ったように。でも花が進化してきた本当の目的はね…

 

虫をおびき寄せる為。その香りと美しさで。律さん、送った画像を表示して。」

 

そう言うと律はモニターに画像を表示する。

 

「…ビッチ先生!」

 

そこには、手足を縛られたビッチ先生が。

 

皆驚いている。当然だろう。ビッチ先生が居なくなってわずか3日。

 

その間にプロの殺し屋を捕らえたんだ。

 

まあ、きっとこの花屋は本物の死神だ。

 

「手短に言います。彼女を助けたければ、

 

先生方には決して言わず、君達だけで指定する場所に来て下さい。

 

来たくなければそれでいい。彼女を小分けにして君達全員に行き渡るよう届けます。」

 

そう言って、死神は黒板にビッチ先生を描き、線で区切っていった。

 

「そして多分、次の花は、君達の内誰かにするだろうね。」

 

なるほどね。良い脅し方だ。こうすればビッチ先生を助ける為に皆来ざるを得ない。

 

もし来なければ反応を見る為ビッチ先生を本当に小分けにするだろう。

 

それでも来なければ結局俺らが狙われる。

 

見捨ててビッチ先生が死ねば俺らの心にトラウマとして残るだろう。

 

そう考察してる間に寺坂がなんか言ったらしい。

 

「よう、随分とやりたい放題やってるがよお。俺らにとってあんなビッチどうでもいいんだ、

 

見捨てたって良いんだぜ。そして俺らへの危害、タコや烏間先生が許すか?

 

それによお、ここで俺らにボコられるって考えなかったか?」

 

そう言って死神を取り囲む寺坂達。しかし…

 

「不正解です寺坂君。君達に彼女を見捨てる事は出来ない、そして、人間に死神は刈り取れない。」

 

(優れた殺し屋程万に通ず。僕らの思考を読むなどお手のものだ。)

 

そう言って去ろうとする死神。そこに俺は声を掛けた。

 

「俺は別にあのビッチが死んでも構わない。というかさっきビッチの写真を送ってきたがな、

 

世界最高峰の殺し屋なら偽造くらい簡単だろう?もしこれが俺らを捕まえる為の罠だとしたら?

 

俺らはここで待っているさ。もちろん烏間先生にも殺せんせーにも連絡する。

 

これが罠じゃないっていうんなら、本当に小分けにしてみな。」

 

…流石にこれはハッタリだ。ビッチをそう簡単に見捨てられないのも事実。

 

そしてビッチを捕まえたのはどう考えても本当の事。

 

だけれども、死神はそう簡単にビッチを殺せはしない。

 

「人質に一番大切なのは、命だ。」

 

ヴァンパイアの言葉が思い出される。狂った男だったが、それだけは正しかった。

 

命を奪えば人質に価値はなくなる。そして俺らを人質にとろうにも、

 

殺せんせー相手では分が悪いだろう。

 

すると、死神は、素早く動く。

 

気づけば全員に対先生ナイフが刺さっていた。勿論無害だが。

 

「これが本物なら、君たち全員死んでいたよ。これが死神の力だ。

 

そして黒崎君。君はなかなか交渉が上手いようだが、

 

死神には敵わないよ。例えば、君の一番大事な人をとられたら、見捨てるなど不可能だろう?」

 

「!」

 

死神は言外に匂わせた。俺の大事な人。例えば家族を、いつでも人質に出来ると。

 

俺は何も言い返せなかった。

 

「そしてね、死神が人を刈り取るのみだ。君達がいくら知恵を絞っても勝てやしない。

 

畏れるなかれ、死神の名を。」

 

そう言い残し、今度こそ死神は去っていった。そこには一輪の花が置いてあった。


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