100話 結論の時間
「勿論だよ、あかり。」
こう言って二人は無事、恋人同士となった。出会って10ヶ月。ついに二人は結ばれたのだ。そして、黒崎はあかりを抱きしめる。強く、それでも彼女が痛がらない程に。
だが……
「ニュルフフフ、これはカップル成立ですねえ。」
ドアの向こうで、黄色いタコは下衆な笑みを浮かべる。最初こそ二人を気遣って席を外していたが、そろそろ終わったかと思い近づいてみると、まだ会話が終わっていなかった。そこから漂う恋愛ムードに我慢できず聞き耳を立てていたという訳だ。
そんなことは露ほども知らない二人であった。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね。また、E組に戻ってきて。ちゃんと待ってるから。
私だけじゃなくて、みんなが。」
「ああ。」
茅野はそう声をかけて黒崎に別れを告げ、病室を出た。しかし……
廊下を出ると、そこには殺せんせーの黒い服だけがあった。
透明化だ!と茅野は一瞬で察した。
「な、な……」
怒りのあまり声も出ない。
「にゅやっ!な、なんでバレたんですか!」
「そんなことどうでもいい!それより、いつから聞いてたの……」
怒りで声を震わせながら問い詰める茅野。
「いやあ、ついさっきですよ。別に君たちがついにカップル成立したとかそんなこと一切知りませんって。」
嘘が下手すぎる殺せんせーだ。
「聞いたのね……、許さない!!!」
茅野は怒って銃を取り出す。勿論対先生弾だが。
「にゅ、にゅやあ!ここ病院です!やめましょうね!」
そう言いながら殺せんせーは逃げていった。
そして病院から帰る道で、彼女は思う。
(ようやく、黒崎くんに思いを伝えられた、恋人同士になれた。でも、こんな経験初めてだよ。よかった、成功して。うう、恥ずかしい、、)
告白したときのことを思い出し、人知れず悶える彼女。そこにいたのは役者ではない、恋に落ちた一人の少女だった。
そして、それから数日後。黒崎は無事退院し、E組へと復帰した。事件の後処理には烏間先生が尽力したようで、事件の真相が明るみに出ることもなかった。
あの事件は、老朽化した建物で起きた火災と爆発事故、それによる倒壊だということにされて片付けられた。表向きには、であるが。
黒崎は退院直前、防衛省に詳しい事情を尋ねられ、知りうる限りのすべてのことを話した。両親の死までの経緯、そしてそれからの人生、そして、黒崎の叔父だと名乗ったあの男が語った真相のすべて。それを話すのは相当精神と体力を消耗したが、それでも語らないわけにはいかなかった。そして黒崎の話を聞き、さすがの防衛省も驚いていた。まだ15歳の少年が、ここまで過酷な経験をしたのかと、そしてそれほどまでにあの男の闇は深いのかと。そして一方、防衛省も黒崎に驚愕の情報を提供した。
そう、黒崎の両親を殺すように仕向けたあの男、すべての元凶となった奴は、実は黒崎が世話になった男、黒崎翔助ではなかった。というのだ。
焼け跡から残った男の遺骨からDNA鑑定をした結果、そのDNAは、別の男だった。未だ身元は特定できていないという。
「じゃあなんだったんだ、翔助叔父さんにそっくりなあの顔は……」
(そういえば、父さんが言ってたな……。うちは三人兄弟だったって。俺と翔助その双子の祐助。でも、祐助は大学卒業と同時に海外へと消えてって、そのまま音信不通だと。ここ十年以上会っていないと。)
まさか。黒崎の頭のなかでピースが繋がった。そう、黒幕はその祐助だった可能性が高い。そうだとすれば、あんなに顔がそっくりだったのも納得が行く。確証があるわけではない。もしかしたら、ただ指紋を偽装しただけかもしれないのだ。でも、黒崎は自分の面倒を見てくれた翔助を信じたかった。そしてそう考えると、生きる気力を失いそうになるほどの喪失感と無力感は薄れていった。
真相はわからない。けれども黒崎は、少しでも救いがある方を信じることにした。
彼はその考えを防衛省に伝えた。どうやら祐助は、国際指名手配を受けていた海外でも札付きの人間だったという。なるほど納得がいく。防衛省はその線で捜査を進めていくそうだった。
そして。退院し、椚ヶ丘に帰還した黒崎は裏山を見上げる。その先にあるのは、一週間ぶりに見る木造校舎だった。
校舎へ入り、E組教室のドアを開ける黒崎。そこに入ると、E組の皆が彼を待っていた。
「おかえり、黒崎!」
皆が声をあげる。
「みんな……」
様々な感情がこみ上げる。自分のために尽力してくれたことへの感謝。皆を巻き込んだことへの申し訳無さ。黒崎はそれを率直に伝えたいと思った。
「皆にまず謝らなければいけない。俺のせいで、皆に危険な目に合わせてしまった。
下手すると死んでたかもしれない。本当にすまない。
そして、皆には感謝している。俺のためにここまで頑張ってくれたことを。
本当に、ありがとう。」
黒崎はそう言って頭を下げた。だが……
「何いってんだ黒崎。水臭いな。そんなこと気にするなよ。」
「みんなで助け合うなんて、当たり前のことでしょ。」
「手に入れた刃は、誰かを守るために使う、でしょ?」
皆はそんなこと、気にもとめていない様子だった。
「そうか。そしてもう一つ、俺は皆に話さなければいけないことがある。できれば話したくはなかったが、皆を巻き込んだ以上話さないわけにはいかない。この事件のきっかけとなる、俺の過去を……」
皆は黙って黒崎の話に耳を傾けた。
***
黒崎は語り始めた。自分が幼かった頃の姿。両親の死、それから起きたこと、その全てについて。自分の知りうる限りの、そして経験したすべてのことを。
だいぶ体力を消耗した。防衛省の人には話さなかった自分の性格がこうなった理由まで話したからだ。でも、それを伝える義務が自分にはあると彼は思った。
そして、話し終えたとき。
「以上が、俺の過去に起きたことのすべてだ。質問はあるか?」
誰も答えるものはいなかった。衝撃を隠せなかったのだ。自分と同じ15歳の少年が、こんなにもつらい過去を背負っていたなんて。
「それで、黒崎はこんな性格になっていたのか。事情も知らずに接してたこと、すまないね。」
カルマが口を開いた。自分と同じで喧嘩をしていても、その境遇はあまりに違っていたのだ。それを知って、彼にも思うところがあった。
「でも、過去に何があったかじゃない。大事なのは、これから何をするかだよ。
だからさあ、皆にできることは、彼の過去を受け入れた上で、変わらずに接することなんじゃない?俺はそうしたいと思うけどね。」
皆は頷く。誰もが彼の意見に同意だった。
そして、話も一段落したかと思ったその時。
「みんな、大事なことを忘れていないか?」
磯貝が口を開く。
「この事件が起きる前話してただろ?
殺せんせーを、どうするか。」
そうだ。それが原因で、クラスが分裂しかけたのだ。黒崎の失踪でうやむやになってしまったが。皆は顔を見合わせる。どうしたものかと。助けよう、殺そうと一概に主張することはできなかった。そんな時、黒崎が口を開いた。
「俺に考えがある。」
と。
「ぜひ聞かせてほしい。」
「俺は入院中考えていたんだ。殺せんせーをどうしたらいいか。俺はもともと暗殺を続けるべきだと考えていたけれど、事件が終わって、殺せんせーがいかに俺達の力になってくれたかを実感した。本当に、殺すだけでいいのか、と。でも、暗殺は俺達に与えられた任務だ。それを達成するために、この一年俺らは頑張ってきた。途中で投げ出すのはどうなんだ?と。そう考えた末に、俺はある一つの案を思いついた。それは、
暗殺は続ける。けど同時に、殺せんせーを助ける方法を全力で探す。」