時は少し遡る。
殺せんせーはバランスを崩し地面に落下してしまう。そんな中、ビルが爆発する。
(まずい、すぐに助けに行かねば!)
そう言って飛び立とうとするが、スピードが鈍る。
「まずい、やはりあの空間にいたのが身体に悪影響だったのでしょうか……」
そうしている間にも、黒崎の命に危険が迫る。
「早く助けねば!」
見れば、黒崎は宙を飛んで次第に落下していき、今にも彼にビルの破片が衝突しそうだった。
「危ない!」
殺せんせーはすぐさま黒崎の前に立ち閃光を放って、エネルギーをため圧縮砲を打つ。
すると、岩は粉々に砕けた。
「危なかった。あと1秒遅ければ、彼の命は無かったでしょう。」
そして、黒崎の身体の疲労が激しいと判断しすぐさま意識を失わせる。 けれども彼はこのままでは薬の効果が切れ、命が危ない。一旦地上に降り、急いで傷口の修復を行う。
殺せんせーは慎重に、丁寧に修復する。もう二度と、あの時と同じ間違いは犯さないと。
(約束しましたからね、彼らを導くと……。そう、一人残らず。)
それにしても、全身傷だらけで、骨も数カ所ヒビが入っている。
よくこんな状態で戦っていましたね……)
彼は想像以上にボロボロだった。よく今の今まで戦えていたものだ。
普通なら立つことさえままならないし、意識を失ってもおかしくなかった。
彼が立っていられたのは黒幕が与えた薬のおかげだけなのだろうか。
いや、それはないだろうと殺せんせーは考える。
きっと彼の強い意志と精神力も大きかっただろう。
だが、早急に治療が必要だ。殺せんせーはすぐに烏間先生に連絡を取る。
「烏間だ。状況は把握した。今すぐそちらへうちの職員を向かわせる。今度は何があった?」
「烏間先生!今すぐ自衛隊の病院に緊急搬送の用意をするよう連絡して下さい!」
「わかった。だが何があったんだ?」
「黒崎君が早急に治療を要する状態にあります!細かいことは後で!」
「了解した。」
そう言って電話を切る殺せんせー。
そこで殺せんせーはある事実に気づく。
「茅野さんがいない……?」
さっきまでいたはずなのだが、どこかへ消えてしまった。
慌てて辺りを見回すと、空を飛んでいるのが見えた。
殺せんせーは黒崎を保護しながら、すぐさま近づき彼女の様子を確認する。
どうやら意識を失っている模様だ。
殺せんせーは彼女を慌てて介抱する。
「ふむ、特に目立った外傷はないようですね。まずは皆さんを避難させた場所へ。」
そう言うと殺せんせーはその場所へ向かう。そうすると、皆は意識を取り戻したようで、
不安そうな様子をしていた。
「殺せんせー!」
皆は声を上げる。
「黒崎は無事なのか!」
「茅野ちゃんは?」
彼らはすぐに殺せんせーが服の中に入れた黒崎と茅野を見つけ、
二人の安否を慌てて確認しようとする。仲間が突然消えていたのだ、無理もない所だろう。
殺せんせーはそんな彼らの焦りを抑えるようにこう言った。
「この一連の騒動の黒幕はとりあえず倒しました。事件は収束したとみていいでしょう。
茅野さんは無事です。目立った外傷はありません。黒崎君は、とりあえず応急処置を施しましたが、身体の疲労と負傷が大きいので、早急な治療が必要です。
というわけで彼を今から病院へ連れて行きます。
茅野さんが目を覚ましたら、このことを伝えておいて下さい。では!」
殺せんせーは茅野を地上にそっと置いて、それから、目にも留まらぬ速さで地上を発った。
その背中には、自分の生徒を守るという、強い責任感と意思が見て取れた。
「黒崎、無事で済むといいけど……」
渚は不安そうにつぶやいた。早急な治療が必要と殺せんせーが焦りながら言う。
きっとただならぬ状況なのだろう。本当に命の危険にあるのかもしれない。
そう思うと、渚は不安を抑えることが出来なかった。
だが。
「何心配してんだよ。渚。」
寺坂はそんな不安を一切感じさせない声で言い放つ。
「寺坂君……」
「考えてみろ。今までよ、あのタコが俺らを助けられなかったこと一度でもあったか?
最後には必ずどうにかなったじゃねえか。もう敵はいねえんだ。
あのタコが失敗さえしなきゃ大丈夫だろうがよ。
俺らにできることはただ一つ、あのタコを信じることくらいだ。」
寺坂はそう言った。彼の一件無思慮で無遠慮に言葉は、
不安でいっぱいだったE組の皆を確かに元気付けた。
「寺坂、言い方はバカっぽいし実際バカだけどいい事言うじゃん。
その通り。今は殺せんせーを信じて待つしかないよ。」
カルマも寺坂の意見に賛成する。相変わらず挑発的な言葉だが、確かに彼は寺坂の意見を認めていた。
「うるせー。バカは余計だバカだ。」
そう憎まれ口を叩く寺坂だが、それは言葉通りの意味じゃないことくらいは分かっている。
それはともかく、寺坂の発言によって、皆の心が動いたのは事実である。
彼らは殺せんせーを信じて待ち続けた。
***
一方、殺せんせーの手によって病院に運ばれた黒崎は、予断を許さない状況だった。
脈拍は乱れ、全身傷だらけ、そして身体の免疫力がかなり低下している。
手術を行わなければならないが、成功率は決して100%ではない。
最悪の事態も想定しなければいけない状況だった。
手術室の中で、数人の医師が準備を進めていく。
その内一人が殺せんせーに説明する。
「予断を許さない状況です。これからの手術は相当大掛かりな物になるので、
身体が持つかどうか、全てはクランケ(医療用語で患者のこと)の気力にかかっています。」
自衛隊直轄の病院。勿論そこで働くのは訓練実習を重ねた一流の医師たち。
彼らがそう言うのなら間違いはないだろう。
しかし、殺せんせーには一つ疑問があった。
「つかぬことをお聞きしますが、彼の頭部に接続されたその機械はなんでしょうか?
私医療には詳しいつもりですが、そのような機械を使っているのを見たことはなくて……」
黒崎には頭部をすっぽりと覆う機械がセットされていた。これはなんだろうか。
殺せんせーでなくとも疑問を覚えるだろう。
「ああ、これですか。最近医療用に、手術中の患者の痛みを軽減させるために、
VRデバイスを使用しているんですよ。開発が進んで今は実用化の段階ですから、
数年も経てば、多くの病院で普及するでしょう。」
と医師は説明する。殺せんせーはふむふむと納得していた。
……そして手術が始まる。医師たちは手際よく手術を進めていく。
彼らの指先は、プロのピアニストか、はたまた手品師かのように精密に、一ミリの狂いもなく動く。
そんな時、殺せんせーはさりげなく退出した。
隣の部屋へと向かう殺せんせー。
「彼の精神力と体力が必要だと言いましたね?なら、私にはやるべきことがあります。」
そう医師に自分がやることを説明すると、医師は納得してそれを承諾した。
殺せんせーは黒崎の意識にVRを使い接続する。
「私が、彼を助けなければいけない!担任として!」
見えたのは、生きることを諦めたかのように疲れ切った様子の黒崎。
殺せんせーはこのままではいけないと思い、思わず声を上げた。
「まだです!君にはまだやるべきことがある!そうでしょう、黒崎君!」