黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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今日、(5/6)学校がありました。


97話 最後の時間

 

一方、殺せんせーにより救出されたE組のメンバーは、殺せんせーが避難させた公園で意識を覚ます。

 

「あれ、殺せんせーは?」

 

「一体、何が起きたんだ?」

 

皆状況が理解できないでいる。当然のことだ。黒幕と相対したかと思いきや、

いきなりどこだが分からない公園に飛ばされていたのだから。

彼らは状況を理解しようとする。そして、彼らの脳裏に二つの可能性が思い浮かんだ。

どちらにせよ、自分達が黒幕にやられ何かが終わった後、何かが終わったということだけは分かる。

一つは、最善の予測。

黒幕は倒れ、全員無事に救出された。

もう一つは、最悪の予測

力及ばず全員が倒れ、殺せんせーは必死で自分達を送り届けたが、

結局黒幕に殺された。

まずは人数を確認する。すると、E組生徒はほぼ全員いたが、黒崎と茅野がいなかった。

 

皆は顔を見合わせる。

 

「黒崎も茅野も、一体どうしたんだ……」

皆は二人を心配する。そんな中、

 

「皆さん、申し訳ありません。元はといえば私のせいです。」

 

由香は申し訳なさそうに頭を下げて謝る。元はといえば彼女が誘拐されたのがこの事件の始まり。

彼女は少なからず罪悪感を抱いているのだろう。

それでも、E組の皆は彼女を責めようとは思わなかった。

 

「大丈夫。由香ちゃんのせいじゃないから。怖かったと思うけど、もう大丈夫だよ。」

 

渚はそんな彼女に優しく声を掛ける。渚は察知していたのだ。

彼女の意識の波長から、彼女の心から恐怖が消えていないということを。

彼女と面識のある渚相手なら、彼女も怖がることはないだろう。

 

「でも渚さん、まだお兄ちゃんが……」

由香は絞り出すような声でそう呟く。彼女は心なしか恐怖と不安に震えているように見えた。

そんな時。

スッ

 

渚は彼女の首元に触れる。と同時に、彼女の意識の波長の乱れはすっかり止まっていた。

 

「え……?」

驚く彼女。けれども彼女の顔から不安と恐怖は消えていた。

 

「大丈夫、黒崎はきっと生きて帰ってくる。今は、黒崎を信じよう。

僕らにはそれくらいしかできないしね。」

渚は彼女に優しく声を掛ける。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

彼女の顔はむしろ、ほんのりと赤く染まっているようにも見えた。

でも、彼女の手前明るく、落ち着いて振舞っていたが、渚とて平然としてはいられなかった。

黒崎が生きている保障はない。しかも彼は見てしまったのだ。轟音を上げて燃えるビルを。

もし黒崎が脱出していなかったとしたら、彼は恐らく生きていないだろう。

 

(黒崎……)

彼の心には不安だけが残っていた。

 

***

 

一段と大きな地響きがして、建物が崩れて行く。俺は死を覚悟した。

もうすぐ薬の効果は切れる。そうなったら痛みが全身を襲う。とても逃げられるものじゃない。

その時だった。

 

「黒崎君!!」

 

茅野が殺せんせーの触手を離れ、こちらへ飛び込んでゆく。

5mをゆうに超えるであろうその距離を、茅野は難なく飛び越えた。

触手を持っていた頃の身体能力が残っていたんだろう。

茅野は割れたガラス窓を突き破りこちらへ着地した。

 

「どうして、だ、茅野。」

 

「黒崎君、まだ間に合う!一緒に行こう!」

 

「そんなこと言ったって、この状況じゃ……」

 

俺は躊躇する。この窓の向こうを見れば、ここから飛び降りようものなら、

超体育着があろうとも命が危ういことがわかる。

 

「いいから、お願い!」

そうやって茅野は俺の手を引き、窓の外へ駆け出そうとする。

しかし、

 

「させるか、せめてお前だけでも道連れに……」

 

もう動けないはずの翔助が、俺の首を掴む。その力は恐ろしいほどに強かった。

だが、

 

「邪魔、しないで!」

 

茅野はナイフで躊躇なく彼の腕を切り裂く。

 

「ぐあぁ!」

痛みのあまり手を離し、苦痛の声をあげる翔助。

その隙に茅野は一気に駆け出す。そうして、窓の外へ出ようとした、その瞬間だった。

 

バン!

物凄い轟音がすると共に、黒煙が上がり、建物が勢いよく燃える。

ついに、全ての爆弾が爆発したのだ。

間一髪、爆発からは免れた。あと一歩遅かったら、二人とも爆発で死んでいたかもしれない。

しかし、爆風は物凄い勢いで俺たち二人を吹き飛ばす。

そして運悪く、倒壊した建物は俺たち二人の方へ崩落していく。

鉄やコンクリートの破片が、炎を上げてこちらへ襲いかかる。

すかさず避ける茅野。だが、このままでは建物が俺達を直撃する。

目の前で鉄の巨大な塊が轟音を上げながら燃えているその光景は、

それが時間の問題であることを悟らせた。

このままじゃ、二人は助からない。肝心の殺せんせーは、先程の銃撃のあと見失ってしまった。

ならば仕方ない。俺は意を決した。

 

一段と大きなコンクリートの破片がこちらへやってきた。炎を激しく上げ、

このままではあと10秒ほどで直撃するだろう。そうなれば命はない。

だから。

 

俺は茅野を、全力で突き飛ばした。薬の効果はまだ残っていて、凄まじい勢いだ。

その先には池がある。きっと着地は無事だろう。

せめて最期だ。自分の気持ちくらいは伝えておこう。もう今後、彼女と会うことも話すことも、

彼女の姿を見ることも二度とないのだから。

俺はそう思い、意を決して口を開いてこう言った。

 

「俺は、君が好きだ。」

 

 

 

 

と。激しい音がして、視界は閃光に包まれる。意識が途切れ、全てが暗転する。

最後に、茅野が、何かを必死に叫んでいるのが聞こえた気がした。

 

***

 

気付けば、そこは何もない真っ白な世界だった。

「俺は、死んだのか?」

 

黒崎は辺りを見回すが、何も見つからない。ただ、何もない世界が続くだけだ。

黒崎は、自分が死んだことを悟った。

死後の世界の事などよく分からないのだが、きっとこんな物なのだろう。

「とうとうか、意外と短い人生だったな……。」

 

しかし、不思議と彼に後悔はなかった。両親の死の真相は分かった。結局はただの家族間のいざこざだったわけだ。世の中の不条理を知り絶望した叔父は、世界を壊すために彼を利用しようとした。

でも、未だに彼は、

 

あの叔父さんがあんなことをしたと、信じられなかったし、信じたくなかった。

正直、何かの間違いであって欲しい。

 

と思っていた。信じていた人に裏切られたのは、彼の心に深い傷を与えた。

両親を失った時以上に。といっても、そのあとすぐに死んでしまったので元も子もないが。

でも、やり残したことは、自分でも驚くほど少なかった。

殺せんせーを殺せなかったのは心残りだ。でも、殺せんせーには人として大事なことを沢山教わった。

今になれば、渚が殺せんせーを助けようとした気持ちも理解できる。

そして由香には、俺の事など忘れて、幸せに生きて欲しい。少なくとも彼女にはその権利がある。

きっと彼女なら、自分で明るい未来を開けるだろう。

 

茅野には、自分の気持ちを伝えられたので後悔はない、と黒崎は思った。

茅野が自分のことを好きなのか、それは黒崎には分からない。

だからこれはただのわがままだったのかもしれない。

最後にあんなことを言って申し訳ないが、それでも、彼女には幸せに生きて欲しい。

それは黒崎の素直な感情だった。

 

「ああ、最後まで俺の人生は、誰かに迷惑をかけてしまったな。

他にも謝らなければいけない人も沢山いる。烏間先生にビッチ先生、他にもE組の皆……

俺に生きる意味があったのかは分からない。だけど、俺にとっては悪くない人生だった。

みんな、本当にごめんな……」

 

次第に彼の意識が遠くなっていく。いよいよ、本当に意識も何もかも消えるのだろう。

なら、せめて最後に

 

「ーーーー」

 

そんな時、ひときわ大きい叫び声がしたような気がして、俺は意識を覚醒させた。

 

「まだです。君にはまだやるべきことがある!そうでしょう。黒崎君!」

 

この1年間聴き慣れた、あの黄色いタコの声だった。


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