黒崎翔太の暗殺教室   作:はるや・H

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受験まで後3日です。頑張らなければ…
この話で、ようやく残酷な描写タグが活きたかも。


92話 侵入の時間

一方、その時黒崎は、意識を失い、深い闇の中を彷徨っていた。

彼の身体に付けられた複数の機械。おそらくそれが、彼に幻覚を見せているのだろう。

 

「う…、あ…」

 

黒崎が暗闇をただ走り続けて、何時間が経っただろう。

彼はいくつもの幻覚を見せられていた。

 

ある時は暗闇の中をさまよい、ある時は灼熱の炎に焼かれ、またある時は…

それでも、彼は決して心が折れることなく耐え続けていた。

たった1人の妹を助けるまで、決して諦めない、そんな思いが彼の心の奥底にあったからだ。

だが……

 

「嘘だろ……」

 

彼が見た幻覚は、その強い意志を打ち砕くほどの衝撃を彼に与えた。

由夏が倒れていたのだ。

 

「…おい、目を覚ませ、由夏、何があった!」

 

 

彼はこれが幻覚だと気付いていない。だから、仮面の男に攫われてから何かがあったと考えている。

 

「……あの男、一体由夏に何をした!」

「それは教えられないねえ。ただ一つだけはっきりしている事がある。

その子はもう目を覚まさないよ。」

 

どこからともなく仮面の男が語りかける。

 

「嘘だろ、そんな訳がない!」

 

慌てて由夏の息を確かめる黒崎。

だが、一切反応がない。彼女は糸が切れた人形のように眠っていた。

脈も、何もかも。よく見れば、顔だって血の気が引いている。

 

「嘘だ、目を覚ましてくれ!」

 

そんな黒崎の叫びも、もう届かない。

 

「由夏、由夏!嘘、だろ…、うわあああああああ!」

 

黒崎は叫ぶ。彼の心の中にあった意志が、信念が、脆い音を崩れ去る。

そこには、絶望だけが残っていた。

 

また視界が切り替わる。今度は、黒崎は放送局の大広間に1人立っていた。

 

だが、周囲の様子がおかしい。人気が全然無いのだ。そして、あたりに漂うのは…

 

生臭い血の臭い。黒崎が自分の身体を見ると、その服は鮮血で赤黒く染められていた。

 

まさか…

 

床にポタリ、ポタリと血が落ちる。

 

周囲を見回せば、そこには見るも無残なヴァンパイアの姿、そして…、

血まみれになって倒れている、E組の皆だった。

 

「これを、俺がやったのか…、嘘だろ!」

 

また声がする。

 

「妹を失った力が暴走し、周囲の人間を無差別に殺してしまったのだよ。

 

これが、君の成れの果てだ。愚かだねえ、敵を倒すための力が、結局味方をも殺したんだよ。

 

君はただの大量殺人鬼だ。」

 

「嘘だ、俺が殺すはずがない…」

 

黒崎は現実が理解出来ないまま、辺りを見回す。

そしてその光景の中には、勿論茅野もいた。

 

「茅野!」

 

慌てて駆け寄る黒崎。しかし、茅野は見るも無残な姿になっていた。

大きく開かれた瞳。真っ赤に染まった身体。流血が痛々しい。

 

「嘘だ、嘘だろ、うあああああああああ!」

 

黒崎は喉が枯れ果てるまで叫ぶ。しかし、その声は虚しく反響するだけ。

それっきり、黒崎は動かない。意識を失って、いや破壊されてしまったのだ。

その様子をモニターで眺める仮面の男。

 

「これで完璧。彼の心は絶望で満たされた。あとは、計画を進めるだけだ。」

 

仮面の男は部屋を出て、黒崎の元へと向かう。そしてドアを開け、黒崎を運んで行く。

 

「これでようやく終わる。骨肉の争い、制するのは私だ。」

 

男は黒崎の指を機械で読み込む。

 

Scan successと文字が出て、データが表示される。

 

男の思惑通りに、物事が動き始める。

「さあて、後は100億の賞金首を、どうやって仕留めようか。」

 

***

 

一方、放送局に侵入したE組の面々。まず彼らが侵入したのは、大広間だ。

 

「いいか。みんな、固まって動こう。バラバラになると、狙い撃ちされる危険性がある。

 

俺たちは黒崎を助けるために来た。捕まるなんて事態は絶対避けなきゃいけない。」

磯貝が皆に呼び掛ける。

皆は首を縦に振る。しかし、

突然、辺りの照明が全て消され、周囲が真っ暗になる。

 

「…!!」

 

皆の心にざわつきが生じる。

 

「落ち着いて、慌てずに行動すれば大丈夫だ。いいか、みんな、離れないように…」

 

しかし、その声はかき消される。

 

足音が大広間に鳴り響く、それはますます大きさを増して行く。

まるで、獲物を仕留めるハンターの行進のように、その足音は次第に彼らを飲み込んで行く。

しかもその数、ざっと30人はいる。

 

もう敵が侵入を察知したのか?皆は驚きを隠せない。

そうして足音は大きくなる。

 

「ひとまず、ここで戦うしかない。暗くて視界が悪いけど、

 

こちらは超体育着を装備している。そう簡単には倒されないはずだ。」

彼らは敵を迎え撃つ。

ついに大広間に侵入して来た敵。暗くてよく見えないが、

黒い服を着て、ゴーグルを着た男達がいる、

その数、ざっと30人弱。

 

「…全員分の相手を用意してきたって訳ね。」

 

カルマがふと呟く。恐らく、彼の予想は正鵠を射ている。

男達がE組の面々に襲いかかる。

 

皆臨戦態勢を取り、一斉に戦いが始まる。

皆ナイフ、銃、素手、それぞれの武器を用いて応戦する。

だが、敵は相当な手練れだ。なかなか倒れない、

それどころか、次第にE組の皆が押され始めている。

そして、戦闘が激化していく。

 

「くっ……」

「はっ!」

「ええい!」

 

そんな中でも、茅野は殊更に必死に戦っていた。

 

(なんとしてても、助けなきゃ、黒崎君を!)

 

彼女は、幾度となく彼に助けられた。黒崎が居なかったら、どうなって居たか分からない。

触手を持って殺せんせーに襲いかかったあの時など、彼がいなかったら死んでいたかもしれない。

 

(私は、復讐を果たす為にこの教室に来た。

けど、復讐を果たした後のことを考えていなかった。

恐らく、心のどこかで、私には復讐しかない。それを果たしたら自分も死ぬ。

そんな思いがあったのかもしれない。だから、自らの命を省みない危険な暗殺が平気で出来た。

 

でも、復讐は失敗し、結局殺せんせーは姉の仇ではなかったと分かった。

復讐する相手も、家族もいない。そんな私の空虚な心を、黒崎君は満たしてくれた。

彼は、私に生きる理由をくれた。私を絶望から救ってくれた。

だからこそ、今度は私が彼を救う番だ!)

 

茅野はナイフを繰り出す。

幸いにも、触手を抜いたことで、鈍っていた身体は良く動く。

役者業で鍛えた身体能力、触手により身体が縛られていた状態で続けた暗殺訓練。

彼女の身体能力は、以前より大幅に上がっていた。

 

敵は恐らく銃を持っている。懐にはそうと見られる膨らみがある。

だから、それを取り出させないよう、絶え間なく攻撃を仕掛ける。

小柄なその身体を生かして、懐へ潜り込む。

 

(そうすれば、敵もこちらに手を出しにくいはず。だから…)

 

すかさずナイフを繰り出す。

すると、男は慌てて避けるが、態勢が少し崩れる。

その隙を見逃さず、次の一撃を繰り出す。

 

だが、茅野は戦いづらさを感じていた。相手の動きが読めないのだ。

暗闇のせいで。一方、相手はこちらの動きを分かりきったかのように対処する。

暗視ゴーグルでも付けているんだろう。

 

敵にとって、この戦場は澄み渡る青空のように、視界のはっきりした場所。

でも、こちらにとっては、夜空より深い闇の中。どちらが有利かは火を見るより明らかだ。

それでも、

 

(どんな不利な条件でも、それを利点に変える。それが出来れば…!)

 

彼女は決して諦めない。黒崎が、彼女を助けることを決して諦めなかったのと同じように。

そして、彼を助けるためなら、何だってやってみせる。

 

(私は天才子役、磨瀬榛名だった…、その演技力は今だって衰えていない。

こんなもの、ただのアクションシーンよ。

私はどんな役だってやってみせる。彼を、黒崎君を救うためなら。)

 

彼女は煙幕を投げ、一時的に相手の視界を奪う。

 

「…!!」

 

男は動揺し、慌てて煙を払おうとする。

そして、煙が消えた時。茅野の姿はどこにも居なかった。

彼女は煙とともに、霧のように姿を消したのだ。

 

「ど、どこだ!」

 

男は慌てて周囲を見回す。

 

「……ここだよ、見えないの?」

 

どこからともなく茅野の声が聞こえ、鋭いナイフの一撃が飛ぶ。

男は避けるが、その為に態勢を崩してしまう。

 

「ほら、今度はこっちだよ?ちゃんと避けないと危ないよ?」

 

今度はその逆方向から現れ、ナイフを振るう茅野。

 

「…くそ、小娘が…」

 

歯噛みする男、しかし、男は茅野に翻弄されたままだ。

気付けば、男はかなり体力を消耗していた。

そして、ついに茅野の一撃が、男の身体を切り裂く。

 

「ぐああああああ!」

 

断末魔の叫びを上げる男は、そのままドサリと崩れ落ちる。

 

 

「まるで死んだみたいな声出して。ただスーツを深く切っただけでしょ。

 

暗視ゴーグルを付ければ、視界は当然狭くなる。そんなことも分からなかったのかな?」

そう冷たく吐き捨てる茅野。

そして周囲を見回し、皆の様子を、無事かどうか確かめようとする。

 

しかし、

 

「嘘でしょ……」

 

その大広間に立っていたのは彼女1人。

E組の皆は、忽然と姿を消してしまっていた。彼女の声は、空洞の中で虚しく響く。

 

ー全員が分断されて、一人一人狙い打ちされる。ー

 

想定した最悪の事態が起きてしまっていた。

 

 

モニターを眺めながら高笑いする仮面の男。

 

「フハハ、1人が頑張ったくらいじゃどうにもならないねえ。

一度足を踏み入れれば、何人たりとも逃れられないさ。この巨大な鉄の檻からは。」

 

 

茅野は1人、大広間に取り残されていた。

 

「分断された…?」

 

ここで戦っていたはずの皆が1人たりともいない。

おそらく、敵が1人1人を戦っている内に引き離したのだろう。

集団で来られるより、1人1人を着実に潰す方が良いからだ。

そして向こうは建物の構造を熟知していて、こちらは知らない。

 

明らかにこちらが不利だ。

 

「まずい…」

 

茅野は焦る。辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、もう一度建物の奥へと入って行く茅野。

 

(まずは皆と合流しなきゃ!)

 

彼女は1人巨悪に立ち向かう。想いを寄せる人を助けるため。

 

 

一方、その頃。

 

渚は1人戦っていた。彼は数人の敵に立ち向かう。

どうやら、相手の黒幕はこちらより多く敵を用意したらしい。

その数は少なくとも40人。おそらく途中で増援が来たのだ。

しかも、明らかに特定のメンバーを警戒している。

彼が見た時には、自分の他にもカルマなどが複数人の相手をしていた。

 

(こちらの実力を読まれている?)

 

相手の攻撃をただひたすらかわし続け、意識の波長を読み取っていく渚。

 

(敵は不審に思っている。僕が一切仕掛けようとしないことを。

どうやらクラップスタナーのことは知られていないようだ。

もし知られていたら、僕は真っ先に集中攻撃を浴びていただろうね。)

 

クラップスタナーの最大の弱点、それは一対多での戦いには不利だという事。

複数の相手の意識の波長に合わせるなどということは、渚には出来ない。

初代や2代目の死神なら出来たのかもしれないけれど。

 

だから…

 

渚は相手の1人の意識の波長を読み、その山を見つけ出す。

そして、その山を目掛けて、

 

パン!

 

大きく手を叩くと、相手の身体に衝撃が走る。

 

「うが…あっ…」

 

相手は電流に感電したかのように苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちる。

残りの敵はその光景に衝撃を受け、一瞬固まるが、態勢を立て直そうと攻撃を仕掛ける。

 

 

 

だが、その一瞬が命取りだった。

その隙に、残りの2人にスタンガンを首元に突きつける。

 

先程と同じように、今度は本物の電流により敵の身体が麻痺する。

そして、渚は男の懐から銃を探り出し、それを躊躇なく突きつける。

 

「…死にたくなかったら質問に答えて。残りの2人も、少しでも動いたら命はないよ。

 

…と言っても、動けないか。」

 

(クラップスタナーもだいぶ上手くなって来た。暗殺技術も向上した事を実感できる。

まさか、こんな所で使うとは思わなかったけれど。

そう言えば黒崎とは、あんな気まずい感じで別れたままだったな。

…彼を助けて、その辺ももう一度はっきりさせよう。)

 

残りの2人を縛り上げてから、尋問を開始する渚。

その姿は、プロの殺し屋そのものだった。

 

 

一方、カルマは3人の敵と対峙していた。

 

「へえー、俺は強いから警戒しておこうって訳ね。

その心がけは結構だけど、数集めたって俺には関係ないよ。」

 

相手を挑発するカルマ。

 

(…そのくらいじゃ動かないよねえ。多分こいつらは雇われたSPとか警備員。

南の島の殺し屋みたいな、クセのある殺し屋じゃない。

それに敵の目的が殺せんせーの暗殺だとしたら、俺らの事は絶対に殺せない。

賞金がパーになるからね。だから敵は俺らを生きたまま捕獲しようとする。

殺されはしないって事。なあんだ。おじさんぬと戦った時よりずっと簡単じゃん。)

 

カルマはほくそ笑む。

 

「じゃあ行くよ。」

 

カルマは電動ガンを取り出す。

防衛省に頼んで作ってもらった代物だ。

威力は低く、殺害能力はないが、代わりに誰でも扱いやすく、装填も早い。

弾を対先生物質に変えれば立派な暗殺道具になる。

今入っているのは催涙弾だが。

 

カルマは相手との距離を保ち、弾を撃ち始める。

警備員やSPというのは接近戦のプロ。ならこちらは間合いを取れば良い。

 

(渚君みたく特殊な暗殺技能がある訳じゃないからね。)

 

そう言えば、とカルマは思い出す。

 

(渚君とは喧嘩したままだったっけ。今なら分かる気がするよ。

何であの時俺や黒崎があんなに苛立っていたんだろうかって。

 

きっと、心の底では渚君の才能が怖かったんだ。彼が殺せんせーを殺してしまうんではって。

だから、1番見込みのある渚君が殺せんせーを殺さないって言った時あんなに苛立ったんだろうね。

ま、今は目の前の敵に集中しなきゃ。油断できない状況なのは確かだからね。)

 

カルマは何発か撃ち、相手の様子を見る。

これは弾速も遅い。どうやらプロには避けられてしまうようだ。

彼らは弾を見切り、躱していった。

カルマは弾を連射する。しかし、敵には通じず、間合いも詰められていく。

 

「チッ…」

 

するとカルマは、突然武器をナイフに切り替え、間合いを一気に詰め懐に飛び込み、

攻撃を繰り出そうとする。

 

 

しかしその攻撃はあえなく避けられ、敵はカルマを囲み、捕獲しようとする…

 

 

 

するとカルマは悪戯に微笑む。

 

 

「そう簡単に捕まると思った?」

 

すると何かが噴射される音がする。

 

「何!」

 

男達が動揺する。しかし、気付いた時には男達の意識は薄れ始める。

そこには、ハンカチで顔を隠したカルマだけが立っていた。

 

「これも持っておいて正解だったよ。携帯用催涙スプレー。

あんたらには『型』があった。こうすれば絶対に負けないっていうね。

でもそれに絶対の自信を持ち、拘り過ぎたらおしまいだ。

多分あんたらの型は、相手との間合いを詰めて接近戦で相手を倒すスタイル。

だからこっちがわざわざ飛び込んであげたら、すぐに引っかかった。

 

俺はあんたらの型への自信を利用したんだ。一つの成功に拘る事は柔軟性を失わせる。

俺も痛いほど経験したしね、そういう事。

 

さて、ここからは楽しい楽しい尋問タイムだ。

答えてもらうよ。あんたらのボスはどこにいるのか。何の目的でこんな事したのか。」

 

そう言いながら激辛調味料を取り出すカルマ。

その顔は誰よりも悪戯心に満ちていた。

 

 

その頃、黒崎が捕らわれている部屋から出て、モニターのある管制室に戻ろうとする仮面の男。

 

「フッ、今頃皆苦しんでいるだろうな。この悪魔の空間で。

私の術中に嵌ってもがく姿を見るのは楽しみだ。」

 

そう高笑いする仮面の男。だが…

モニターを見た時、彼は唖然とする。

 

「…なんだと!何故こんなイレギュラーが起きている!」

 

彼の作戦の歯車は、狂い始めていた。

 

一方、E組の面々も、状況は決して有利ではなかった。

全員が広い電波の城で分断され、連絡が取れない状態。

最上階に辿り着くのはこのままでは困難である。

さて、運命はどちらの有利に転ぶのか…

 

それはまだ、誰にも分からない。たった1人、黄色い怪物を除いては。

 

 




茅野ちゃんが活躍します。黒崎を救うために全力を尽くすその姿。健気ですねえ。

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