この話で、ようやく残酷な描写タグが活きたかも。
一方、その時黒崎は、意識を失い、深い闇の中を彷徨っていた。
彼の身体に付けられた複数の機械。おそらくそれが、彼に幻覚を見せているのだろう。
「う…、あ…」
黒崎が暗闇をただ走り続けて、何時間が経っただろう。
彼はいくつもの幻覚を見せられていた。
ある時は暗闇の中をさまよい、ある時は灼熱の炎に焼かれ、またある時は…
それでも、彼は決して心が折れることなく耐え続けていた。
たった1人の妹を助けるまで、決して諦めない、そんな思いが彼の心の奥底にあったからだ。
だが……
「嘘だろ……」
彼が見た幻覚は、その強い意志を打ち砕くほどの衝撃を彼に与えた。
由夏が倒れていたのだ。
「…おい、目を覚ませ、由夏、何があった!」
彼はこれが幻覚だと気付いていない。だから、仮面の男に攫われてから何かがあったと考えている。
「……あの男、一体由夏に何をした!」
「それは教えられないねえ。ただ一つだけはっきりしている事がある。
その子はもう目を覚まさないよ。」
どこからともなく仮面の男が語りかける。
「嘘だろ、そんな訳がない!」
慌てて由夏の息を確かめる黒崎。
だが、一切反応がない。彼女は糸が切れた人形のように眠っていた。
脈も、何もかも。よく見れば、顔だって血の気が引いている。
「嘘だ、目を覚ましてくれ!」
そんな黒崎の叫びも、もう届かない。
「由夏、由夏!嘘、だろ…、うわあああああああ!」
黒崎は叫ぶ。彼の心の中にあった意志が、信念が、脆い音を崩れ去る。
そこには、絶望だけが残っていた。
また視界が切り替わる。今度は、黒崎は放送局の大広間に1人立っていた。
だが、周囲の様子がおかしい。人気が全然無いのだ。そして、あたりに漂うのは…
生臭い血の臭い。黒崎が自分の身体を見ると、その服は鮮血で赤黒く染められていた。
まさか…
床にポタリ、ポタリと血が落ちる。
周囲を見回せば、そこには見るも無残なヴァンパイアの姿、そして…、
血まみれになって倒れている、E組の皆だった。
「これを、俺がやったのか…、嘘だろ!」
また声がする。
「妹を失った力が暴走し、周囲の人間を無差別に殺してしまったのだよ。
これが、君の成れの果てだ。愚かだねえ、敵を倒すための力が、結局味方をも殺したんだよ。
君はただの大量殺人鬼だ。」
「嘘だ、俺が殺すはずがない…」
黒崎は現実が理解出来ないまま、辺りを見回す。
そしてその光景の中には、勿論茅野もいた。
「茅野!」
慌てて駆け寄る黒崎。しかし、茅野は見るも無残な姿になっていた。
大きく開かれた瞳。真っ赤に染まった身体。流血が痛々しい。
「嘘だ、嘘だろ、うあああああああああ!」
黒崎は喉が枯れ果てるまで叫ぶ。しかし、その声は虚しく反響するだけ。
それっきり、黒崎は動かない。意識を失って、いや破壊されてしまったのだ。
その様子をモニターで眺める仮面の男。
「これで完璧。彼の心は絶望で満たされた。あとは、計画を進めるだけだ。」
仮面の男は部屋を出て、黒崎の元へと向かう。そしてドアを開け、黒崎を運んで行く。
「これでようやく終わる。骨肉の争い、制するのは私だ。」
男は黒崎の指を機械で読み込む。
Scan successと文字が出て、データが表示される。
男の思惑通りに、物事が動き始める。
「さあて、後は100億の賞金首を、どうやって仕留めようか。」
***
一方、放送局に侵入したE組の面々。まず彼らが侵入したのは、大広間だ。
「いいか。みんな、固まって動こう。バラバラになると、狙い撃ちされる危険性がある。
俺たちは黒崎を助けるために来た。捕まるなんて事態は絶対避けなきゃいけない。」
磯貝が皆に呼び掛ける。
皆は首を縦に振る。しかし、
突然、辺りの照明が全て消され、周囲が真っ暗になる。
「…!!」
皆の心にざわつきが生じる。
「落ち着いて、慌てずに行動すれば大丈夫だ。いいか、みんな、離れないように…」
しかし、その声はかき消される。
足音が大広間に鳴り響く、それはますます大きさを増して行く。
まるで、獲物を仕留めるハンターの行進のように、その足音は次第に彼らを飲み込んで行く。
しかもその数、ざっと30人はいる。
もう敵が侵入を察知したのか?皆は驚きを隠せない。
そうして足音は大きくなる。
「ひとまず、ここで戦うしかない。暗くて視界が悪いけど、
こちらは超体育着を装備している。そう簡単には倒されないはずだ。」
彼らは敵を迎え撃つ。
ついに大広間に侵入して来た敵。暗くてよく見えないが、
黒い服を着て、ゴーグルを着た男達がいる、
その数、ざっと30人弱。
「…全員分の相手を用意してきたって訳ね。」
カルマがふと呟く。恐らく、彼の予想は正鵠を射ている。
男達がE組の面々に襲いかかる。
皆臨戦態勢を取り、一斉に戦いが始まる。
皆ナイフ、銃、素手、それぞれの武器を用いて応戦する。
だが、敵は相当な手練れだ。なかなか倒れない、
それどころか、次第にE組の皆が押され始めている。
そして、戦闘が激化していく。
「くっ……」
「はっ!」
「ええい!」
そんな中でも、茅野は殊更に必死に戦っていた。
(なんとしてても、助けなきゃ、黒崎君を!)
彼女は、幾度となく彼に助けられた。黒崎が居なかったら、どうなって居たか分からない。
触手を持って殺せんせーに襲いかかったあの時など、彼がいなかったら死んでいたかもしれない。
(私は、復讐を果たす為にこの教室に来た。
けど、復讐を果たした後のことを考えていなかった。
恐らく、心のどこかで、私には復讐しかない。それを果たしたら自分も死ぬ。
そんな思いがあったのかもしれない。だから、自らの命を省みない危険な暗殺が平気で出来た。
でも、復讐は失敗し、結局殺せんせーは姉の仇ではなかったと分かった。
復讐する相手も、家族もいない。そんな私の空虚な心を、黒崎君は満たしてくれた。
彼は、私に生きる理由をくれた。私を絶望から救ってくれた。
だからこそ、今度は私が彼を救う番だ!)
茅野はナイフを繰り出す。
幸いにも、触手を抜いたことで、鈍っていた身体は良く動く。
役者業で鍛えた身体能力、触手により身体が縛られていた状態で続けた暗殺訓練。
彼女の身体能力は、以前より大幅に上がっていた。
敵は恐らく銃を持っている。懐にはそうと見られる膨らみがある。
だから、それを取り出させないよう、絶え間なく攻撃を仕掛ける。
小柄なその身体を生かして、懐へ潜り込む。
(そうすれば、敵もこちらに手を出しにくいはず。だから…)
すかさずナイフを繰り出す。
すると、男は慌てて避けるが、態勢が少し崩れる。
その隙を見逃さず、次の一撃を繰り出す。
だが、茅野は戦いづらさを感じていた。相手の動きが読めないのだ。
暗闇のせいで。一方、相手はこちらの動きを分かりきったかのように対処する。
暗視ゴーグルでも付けているんだろう。
敵にとって、この戦場は澄み渡る青空のように、視界のはっきりした場所。
でも、こちらにとっては、夜空より深い闇の中。どちらが有利かは火を見るより明らかだ。
それでも、
(どんな不利な条件でも、それを利点に変える。それが出来れば…!)
彼女は決して諦めない。黒崎が、彼女を助けることを決して諦めなかったのと同じように。
そして、彼を助けるためなら、何だってやってみせる。
(私は天才子役、磨瀬榛名だった…、その演技力は今だって衰えていない。
こんなもの、ただのアクションシーンよ。
私はどんな役だってやってみせる。彼を、黒崎君を救うためなら。)
彼女は煙幕を投げ、一時的に相手の視界を奪う。
「…!!」
男は動揺し、慌てて煙を払おうとする。
そして、煙が消えた時。茅野の姿はどこにも居なかった。
彼女は煙とともに、霧のように姿を消したのだ。
「ど、どこだ!」
男は慌てて周囲を見回す。
「……ここだよ、見えないの?」
どこからともなく茅野の声が聞こえ、鋭いナイフの一撃が飛ぶ。
男は避けるが、その為に態勢を崩してしまう。
「ほら、今度はこっちだよ?ちゃんと避けないと危ないよ?」
今度はその逆方向から現れ、ナイフを振るう茅野。
「…くそ、小娘が…」
歯噛みする男、しかし、男は茅野に翻弄されたままだ。
気付けば、男はかなり体力を消耗していた。
そして、ついに茅野の一撃が、男の身体を切り裂く。
「ぐああああああ!」
断末魔の叫びを上げる男は、そのままドサリと崩れ落ちる。
…
「まるで死んだみたいな声出して。ただスーツを深く切っただけでしょ。
暗視ゴーグルを付ければ、視界は当然狭くなる。そんなことも分からなかったのかな?」
そう冷たく吐き捨てる茅野。
そして周囲を見回し、皆の様子を、無事かどうか確かめようとする。
しかし、
「嘘でしょ……」
その大広間に立っていたのは彼女1人。
E組の皆は、忽然と姿を消してしまっていた。彼女の声は、空洞の中で虚しく響く。
ー全員が分断されて、一人一人狙い打ちされる。ー
想定した最悪の事態が起きてしまっていた。
…
モニターを眺めながら高笑いする仮面の男。
「フハハ、1人が頑張ったくらいじゃどうにもならないねえ。
一度足を踏み入れれば、何人たりとも逃れられないさ。この巨大な鉄の檻からは。」
茅野は1人、大広間に取り残されていた。
「分断された…?」
ここで戦っていたはずの皆が1人たりともいない。
おそらく、敵が1人1人を戦っている内に引き離したのだろう。
集団で来られるより、1人1人を着実に潰す方が良いからだ。
そして向こうは建物の構造を熟知していて、こちらは知らない。
明らかにこちらが不利だ。
「まずい…」
茅野は焦る。辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、もう一度建物の奥へと入って行く茅野。
(まずは皆と合流しなきゃ!)
彼女は1人巨悪に立ち向かう。想いを寄せる人を助けるため。
…
一方、その頃。
渚は1人戦っていた。彼は数人の敵に立ち向かう。
どうやら、相手の黒幕はこちらより多く敵を用意したらしい。
その数は少なくとも40人。おそらく途中で増援が来たのだ。
しかも、明らかに特定のメンバーを警戒している。
彼が見た時には、自分の他にもカルマなどが複数人の相手をしていた。
(こちらの実力を読まれている?)
相手の攻撃をただひたすらかわし続け、意識の波長を読み取っていく渚。
(敵は不審に思っている。僕が一切仕掛けようとしないことを。
どうやらクラップスタナーのことは知られていないようだ。
もし知られていたら、僕は真っ先に集中攻撃を浴びていただろうね。)
クラップスタナーの最大の弱点、それは一対多での戦いには不利だという事。
複数の相手の意識の波長に合わせるなどということは、渚には出来ない。
初代や2代目の死神なら出来たのかもしれないけれど。
だから…
渚は相手の1人の意識の波長を読み、その山を見つけ出す。
そして、その山を目掛けて、
パン!
大きく手を叩くと、相手の身体に衝撃が走る。
「うが…あっ…」
相手は電流に感電したかのように苦痛に顔を歪め、その場に崩れ落ちる。
残りの敵はその光景に衝撃を受け、一瞬固まるが、態勢を立て直そうと攻撃を仕掛ける。
だが、その一瞬が命取りだった。
その隙に、残りの2人にスタンガンを首元に突きつける。
先程と同じように、今度は本物の電流により敵の身体が麻痺する。
そして、渚は男の懐から銃を探り出し、それを躊躇なく突きつける。
「…死にたくなかったら質問に答えて。残りの2人も、少しでも動いたら命はないよ。
…と言っても、動けないか。」
(クラップスタナーもだいぶ上手くなって来た。暗殺技術も向上した事を実感できる。
まさか、こんな所で使うとは思わなかったけれど。
そう言えば黒崎とは、あんな気まずい感じで別れたままだったな。
…彼を助けて、その辺ももう一度はっきりさせよう。)
残りの2人を縛り上げてから、尋問を開始する渚。
その姿は、プロの殺し屋そのものだった。
…
一方、カルマは3人の敵と対峙していた。
「へえー、俺は強いから警戒しておこうって訳ね。
その心がけは結構だけど、数集めたって俺には関係ないよ。」
相手を挑発するカルマ。
(…そのくらいじゃ動かないよねえ。多分こいつらは雇われたSPとか警備員。
南の島の殺し屋みたいな、クセのある殺し屋じゃない。
それに敵の目的が殺せんせーの暗殺だとしたら、俺らの事は絶対に殺せない。
賞金がパーになるからね。だから敵は俺らを生きたまま捕獲しようとする。
殺されはしないって事。なあんだ。おじさんぬと戦った時よりずっと簡単じゃん。)
カルマはほくそ笑む。
「じゃあ行くよ。」
カルマは電動ガンを取り出す。
防衛省に頼んで作ってもらった代物だ。
威力は低く、殺害能力はないが、代わりに誰でも扱いやすく、装填も早い。
弾を対先生物質に変えれば立派な暗殺道具になる。
今入っているのは催涙弾だが。
カルマは相手との距離を保ち、弾を撃ち始める。
警備員やSPというのは接近戦のプロ。ならこちらは間合いを取れば良い。
(渚君みたく特殊な暗殺技能がある訳じゃないからね。)
そう言えば、とカルマは思い出す。
(渚君とは喧嘩したままだったっけ。今なら分かる気がするよ。
何であの時俺や黒崎があんなに苛立っていたんだろうかって。
きっと、心の底では渚君の才能が怖かったんだ。彼が殺せんせーを殺してしまうんではって。
だから、1番見込みのある渚君が殺せんせーを殺さないって言った時あんなに苛立ったんだろうね。
ま、今は目の前の敵に集中しなきゃ。油断できない状況なのは確かだからね。)
カルマは何発か撃ち、相手の様子を見る。
これは弾速も遅い。どうやらプロには避けられてしまうようだ。
彼らは弾を見切り、躱していった。
カルマは弾を連射する。しかし、敵には通じず、間合いも詰められていく。
「チッ…」
するとカルマは、突然武器をナイフに切り替え、間合いを一気に詰め懐に飛び込み、
攻撃を繰り出そうとする。
しかしその攻撃はあえなく避けられ、敵はカルマを囲み、捕獲しようとする…
するとカルマは悪戯に微笑む。
「そう簡単に捕まると思った?」
すると何かが噴射される音がする。
「何!」
男達が動揺する。しかし、気付いた時には男達の意識は薄れ始める。
そこには、ハンカチで顔を隠したカルマだけが立っていた。
「これも持っておいて正解だったよ。携帯用催涙スプレー。
あんたらには『型』があった。こうすれば絶対に負けないっていうね。
でもそれに絶対の自信を持ち、拘り過ぎたらおしまいだ。
多分あんたらの型は、相手との間合いを詰めて接近戦で相手を倒すスタイル。
だからこっちがわざわざ飛び込んであげたら、すぐに引っかかった。
俺はあんたらの型への自信を利用したんだ。一つの成功に拘る事は柔軟性を失わせる。
俺も痛いほど経験したしね、そういう事。
さて、ここからは楽しい楽しい尋問タイムだ。
答えてもらうよ。あんたらのボスはどこにいるのか。何の目的でこんな事したのか。」
そう言いながら激辛調味料を取り出すカルマ。
その顔は誰よりも悪戯心に満ちていた。
…
その頃、黒崎が捕らわれている部屋から出て、モニターのある管制室に戻ろうとする仮面の男。
「フッ、今頃皆苦しんでいるだろうな。この悪魔の空間で。
私の術中に嵌ってもがく姿を見るのは楽しみだ。」
そう高笑いする仮面の男。だが…
モニターを見た時、彼は唖然とする。
「…なんだと!何故こんなイレギュラーが起きている!」
彼の作戦の歯車は、狂い始めていた。
一方、E組の面々も、状況は決して有利ではなかった。
全員が広い電波の城で分断され、連絡が取れない状態。
最上階に辿り着くのはこのままでは困難である。
さて、運命はどちらの有利に転ぶのか…
それはまだ、誰にも分からない。たった1人、黄色い怪物を除いては。
茅野ちゃんが活躍します。黒崎を救うために全力を尽くすその姿。健気ですねえ。