とある館では緊張が走っていた。
館の廊下を左右に行ったり来たりを繰り返す人影が一人いた。
この館「紅魔館」の主である「ヘイシス・スカーレット」だ。
先程から不安に思っているのか廊下を右に左にと歩いている。隣ではその様子を見てメイドが声を掛けるべきかオロオロしている。
「ああ……まだか……まだ産まれないのか……。」
そう言いながら私は妻の出産を待っていた。
妻が部屋に入ってからかれこれ2時間。もう産まれても可笑しくはない。部屋からは苦しそうな声が聞こえてくる。
私にはなにも出来ない……。苦しみを肩代わりすることも出来ない。出来る事といえばこうして待つことだけ。
私が不安に思っていると部屋から泣き声が聞こえた。
私は急いで部屋の中へと入った。
そこでは赤子を抱き抱える妻「レイティア・スカーレット」の姿があった。
「あぁ、あなた。生まれましたよ。元気な女の子です。」
「あぁ……よく生まれてきてくれた。ありがとう……」
私は赤子を抱き抱え、感謝した。我が子が生まれることがこれほど嬉しいとは思わなかった。自然と涙が溢れる。
「あなた、この子の名前はもう決めてありますか?」
レイティアがそんなことを訪ねてくる。
「あぁ。もう決めてある。私の名ヘイシスとお前の名レイティアから取って「レイリス」という名にしようと思う。」
「レイリス……良い名ですね。」
レイティアが微笑みかけてくる。
「あぁ。お前の名はレイリス。今日から「レイリス・スカーレット」がお前の名だ。」
そう笑いながら言うと。レイリスも泣き止み、笑ってくれた。
レイリスが生まれて2年が経った。
レイリスには驚かされてばかりだ。
私が教えたものを全て吸収していく。
魔法を教えれば一度で術式を理解し習得した。少し遊び心で契約魔法を教えたのだが、一度で成功させてしまった。
身体能力も才能を秘めている。恐らく成長すれば一族でもトップクラスの力を持つ吸血鬼になるだろう。
レイリスは紛れもない天才だ。世界から祝福されてるとしか言いようがない。
だが、それ故にレイリスを狙ってくる者が現れるだろう。
優れた才能、強大な力、吸血鬼としての地位。
今はまだ幼いが、成長すれば美しいものに成るであろう容姿。全て備えたレイリスを狙わない奴等は居ない。
ある者は地位のため、ある者は欲望のため、ある者は嫉妬、ある者は畏怖、ある者は力のため。
理由はどうあれ狙う者は必ずいる。
吸血鬼として、スカーレット家当主として、一人の親として。絶対にレイリス危険には晒さらさん。
我が娘、レイリス・スカーレットを狙う者は一人の親として、紅魔館現当主ヘイシス・スカーレットの名において誰一人として許さん。
過保護とは分かっている。
だが、親として其れくらいしても良いだろう?
あの子は紛れもない天才なのだ。教えれば何でも吸収するだろう。そんな子に出来ることなんぞたかが知れている。
ならば、其れくらいしても良いだろう?私は親なのだから。
レイリスが3歳を迎えた。
吸血鬼はこの年で漸く翼が生える。
しかし、レイリスの翼を見て私は驚愕した。
形状が全く違うのだ。
左の翼は蝙蝠の翼だ。だが、色が違う。
翼の色が黒ではなく鮮やかな蒼色だった。
此だけならまだ良かった。だが、問題は右の翼だ。
右の翼は蝙蝠の翼ではなく、梟の翼だった。
夜の象徴とも言える生き物は二種類いる。
一つは吸血鬼の使役する蝙蝠。そしてもう一つは梟だ。
梟は夜、幸福と幸運、そして死を象徴とする。
その梟の翼がレイリスの右の翼として表れた。
これは何かの前触れなのか?
レイリスが幸福か死を運ぶとでも言うのか?
いや、そんなことは無いはずだ。
どちらにせよ我がかわいい娘だ。
これで余計にレイリスを狙う輩が増えるだろうが知った事ではない。
レイティアもこれには驚いていたがレイリスの喜ぶ顔を見てすぐに笑顔となった。
レイリスは必ず守る。
私は心の中で再び誓った。
レイリスが生まれてから10年の月日が流れた。
この10年で分かったが、どうやらレイリスは人間に対して差別的意識を持っていないらしい。
いや、正確には違うか。
レイリスは争い事を嫌う。自分に攻撃してきた人間に対して警告を行い、とどめを刺す前に一度だけチャンスをあげている場面を何回も見た。
そして向かってきた敵を殺した後も悲しそうな顔をしながら敵の為に祈っていた。
臆病で優しく、争い事を嫌う。
吸血鬼とは思えないほどに優しいのだ。
私はレイリスに一度だけ尋ねた事がある。
「何故敵のために祈るのかと。」
するとレイリスは
「いくら敵とはいえ、なにか事情があるのかも知れないと考えたら、せめて祈りたいと考えてしまうのです。私は争い事が嫌いですから、本来戦いすら嫌ですが死ぬのも嫌なので戦っています。結局は自分のために命を奪っているわけですからせめて祈りをと。食事をするときにもその命に感謝をするのと似たようなものです。」
と言った。
やはりレイリスは優しい。
誰よりも力も才能も持っていながら、誰よりも優しい。
人間もレイリスのような人物ばかりなら良かったと、何度も思ってしまった。
恐らく近いうちにレイリスは一人で旅立つだろう。
そんな気がしてならない。
レイリスside
今日は私の200歳の誕生日だ。
お父様とお母様が美味しそうな料理と共に祝ってくれた。
仲の良いメイドや執事長のメフィストも笑顔で御祝いしてくれた。
お母様からは赤いレースのついた黒のドレス。
執事長のメフィストからは綺麗に磨かれた緋と蒼の指輪。
そしてお父様からは専用の図書館と翡翠色の刀身をした短剣をもらった。
「お父様、この短剣は?」
「その短剣はな、魔法を3つ宿すことの出来る短剣なんだ。この刀身には特殊な術式を刻んでいるからある程度の力ならなんでも吸収して短剣の力に変えることができる。」
私はお父様の説明を聞いて驚きながらも納得した。
お父様は魔法の、特に媒体魔法や付与魔法に関して凄い才能を持っている。それこそ、お母様すら凌ぐレベルだ。
「ありがとうございます。お父様、お母様。メフィストもありがとう。」
「ハハハ。レイリス、200歳おめでとう!」
「貴女ならきっと着こなせるわ。レイリス、誕生日おめでとう。」
「レイリスお嬢様より御礼を頂くなど、身に余る光栄です。レイリス様、お誕生日おめでとうございます。」
楽しい誕生会が続いた。
その日の夜。
私はお風呂に入った後、何時ものように散歩に出かけた。
今夜は満月。私達、吸血鬼が最も力の出せる日。
私は夜が好きだった。様々な動物が眠り、朝とは違う顔を出す、短い時間。
この静かな世界の中、私はいつも散歩に出かけるのが好きだ。
ただ、今夜は違った。
何時ものコースを歩いていたが、妙に暗い。
今の私は吸血鬼の力が最も引き出されている状態。
それなのにこの暗さは少しおかしい。
妙な胸騒ぎを感じながらも森の中を歩いているとーー
「……んの…………が……さっ…」
「!?」
今、物凄い妖力を感じた!
そして今の言葉の感じと怒気……まさか!
嫌な予感が一気に高まる。
レイリスは言葉が聞こえたと同時に全力で駆け出した。
声が聞こえた方向を頼りに走っていく。
「この……ろうが!さっ…………ね!」
声がさっきよりも聞こえたきた。
それと一緒に何かを殴る音と小さな呻き声も聞こえ始めた。
マズイ!声がどんどん小さく……!
声が完全に聞こえるようになり、そして見えたものはーー
小さな人狼族の子供を多数の人間が暴行を加えている所だった。
その光景を見た瞬間、私の中の何かが切れた。
私は人狼族の子供に暴行をかける人間の一人に後ろから忍び寄り心臓を貫くと素早く影に隠れる。
一人殺されたことにより人間達は暴行を止め、警戒しだす。
「くそ!吸血鬼か!」
「なんで此処に吸血鬼が居やがる!?」
「今はそんなことよりも警戒するぞ!銀の弾丸は持ってるな!?」
リーダーらしき人物が話しかけてくる。
「おい!吸血鬼!何故我らを襲う!?」
その言葉を聞き、私は怒りを孕ませた声で怒鳴る。
「何故?何故だと!?それは此方の台詞だ!何故子供に暴行を加える!」
「こいつは人狼族だ!吸血鬼にとっても敵だろう!人狼族に関しては人間にとっても吸血鬼とっても敵だ!貴様こそ何故、敵である人狼族を庇う!」
「確かに人狼族は敵だ!でも、なにもしていない相手に攻撃するほど吸血鬼はプライドは低くない!それに私は人狼族を襲っているから怒ってる訳じゃない!私が怒ってるのは何故一方的に暴行しているのかだ!」
「なぜだと!?ふざけるな!そもそものスペックが違う分、弱っている時に止めを刺して何が悪い!」
このままじゃ拉致があかない。
そう考えて私はもう殺すことにした。
「もういい……話すだけ無駄だ。もう死ね。」
私は影の槍を作り、人間達に向かって伸ばす。
リーダー以外は反応出来ずに貫かれて死んだ。
リーダーは辛うじて致命傷を避けたようだが私は倒れている人狼族の子供の血を操り、血の弾丸を形成する。
そしてリーダーに向かって放つ。
リーダーは傷が効いたのか動けずに血の弾丸に撃たれ、死んだ。
「…………」
私は人狼族の子供の血を操り、止血すると影の中に隠す。
そして殺した人間達の血を吸い、黙祷を捧げ、私も影の中に隠れて紅魔館に帰っていった。
現段階での簡単なレイリスの容姿を書いておきます。
レイリス・スカーレット
種族:吸血鬼。
容姿:清んだ群青色の髪、紅玉のような紅い瞳が特徴。
肩ほどまである後ろ髪のショートヘアで少し細長ながらも優しい眼つきをしており、全体的におっとりしていながらも、どこか引き込まれるようなカリスマを持っている。
幼いながらも整った容姿をしており、成長すれば美しい女性に成るであろう容姿を持つ。
身長は既に母、レイティアの腰辺りまでに成長している。
※レイティアの身長は175です。
左翼に蒼い蝙蝠の翼、右翼に黒に白が少し混じった梟の翼を持つ。
性格:力、才能、容姿など、あらゆるものに恵まれてるが、争い事を嫌う。殺してしまった場合は相手に対して祈りを捧げている。
人間や他の妖怪に対して、偏見や差別的意識を持たず、見下してもいない。むしろ人間と和解出来ないかと考えている。
紅魔館の者や仲間、家族がなによりも大事であり、その為なら力を振るうこともする。
そして、抵抗もしていない相手に一方的に力を振るうことが嫌いであり、その場合は助ける為に全力で力を振るう。
余談だが、殺した日には罪を背負うために相手の血を吸い、
相手の全てを受け継いで、自身の一部としている。