ユグドラシル最終日、モモンガがアルベドの『ちなみにビッチである。』という設定を『モモンガを愛している。』ではなく、別の言葉に変えていたらというお話です。

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ちなみに○○○である

「さて、どうするかな……」

 

 モモンガはひとり呟き、思案気に(あご)に手をやった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 長年続けてきたユグドラシル最終日だからと、普段は手にとることすらないギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち、名前ももはやうろ覚えだが執事のセバス及びプレアデスたちを引き連れ、久しぶりに玉座の間へとやって来たモモンガ。

 目当ての玉座の横には、まさに見惚れてしまう程の美しさを持つ女悪魔として作られたNPC、アルベドがいた。

 玉座に腰掛け、手持無沙汰に設定を開いてみたら、その最後にあった文章に目が点になった。

 

 『ちなみにビッチである』

 

 ギャップ萌えのタブラさんらしいといえばらしいのだが、さすがにこれはどうなんだろうと思う。

 そこで最後なんだし変更してしまうか、とコンソールを開いく。

 本来ならば、NPCの設定変更などはギルドに所属する者でもクリエイトツールを使わなくては出来ない。だが、モモンガは普通のギルドメンバーではなくギルドマスターである。そのギルド長特権を使ってアクセスし、設定画面を開く。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 そこで少し悩んでいた。

 消してしまうのは簡単だが、それでは芸がない。

 かと言って、長々と悩んでいるほどの時間もない。

 

「せめて『ビッチ』だけでも変えるか。そうだな。『ビッチ』で3文字だな。なら、3文字で何か適当な物を……」

 

 そう思い、コンソールを操作する。

 特に深く考えることもなく打ち込んだ内容は――。

 

 

 『ちなみに厨二病である』

 

 

 それを見て思わず吹き出してしまった。

 

 我ながら、なんてひどい変更なんだ。

 こんな見た目が清楚で、そしてナザリックの全NPCを統括するという立場という設定のキャラが厨二病とか。

 

 タブラさんが見たら怒るかな。

 自分の考えた設定を汚したって。

 いや、むしろ『イカスね。聖なるものは汚されるものだからね』とはしゃぐだろうか。

 

 その様子をひとしきり想像し、笑いはしたものの、やがて「はぁ」とため息をついた。

 

 何をやってるんだろう、自分は。

 タブラさんが来ることなどないし、NPCの設定を今更変えても何の意味もない。それに、別に動きとかに影響することなどないただのテキスト設定だ。誰が見るわけでもない。

 はぁ、それより明日は4時起きだな。サーバーが落ちて弾かれたら、早く寝ないと……。

 

 

 そうして、一人玉座に腰掛け、最後の瞬間を待つ。

 

 だが、その時はいつまで待っても来なかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「どうなさいましたか? モモンガ様?」

 

 栄光の終焉を綺麗に終われず腹立ちまぎれに怒鳴っていたモモンガに、聞いたこともないような美しい女性の声が届いた。

 

 勝手に動くはずのないNPCが何の指示もしていないのに動き、自分に話しかけてくるという事態に、モモンガは軽いパニックに陥っていた。

 そして、思わず「……GMコールが利かないようだ」と話しかける。

 

 それに対し、目の前の山羊の角を生やし、金色の瞳を持つ美しい女性は、その整った眉を寄せた。

 

「申し訳ありません。モモンガ様。無知なる私には、モモンガ様のお言葉が理解できません」

 

 そう悲しそうにつぶやいた。

 

 目の前で女性が落胆する。

 それも、自分の言葉のせいで。

 その(さま)にリアルでそんな経験もないモモンガは狼狽(うろた)え、取り繕うようなことを言おうかと口を開きかけた。

 

 だが、その言葉が口から出るより早く、アルベドはその顔にはっとした表情を浮かべた。

 

「はっ! もしや、『GMコール』とはアカシックレコードに記載された世界記憶!」

 

 え?

 

「なるほど。さすがはモモンガ様! 透視能力のある意識のみが近づくことができる宇宙の超感覚的な歴史すらも熟知しておられるとは! ですが、申し訳ありません。この不才なる身、かの霊的な記憶庫にまではアクセスできず、モモンガ様のお役に立つことが出来ません」

 

 ……。

 …………。

 ……………………一体、何を言ってるんだ? アカシックレコードって、何……?

 

 唖然とするモモンガの前で、アルベドはさらに言葉を続ける。

 

「くっ! この身にかけられた呪い。これさえ私を縛らなければ、12条からなる宇宙の宇宙の森羅万象の秘密を解き明かした秘伝『エメラルドタブレット』にアクセスし、この世のあらゆる情報を引き出せるのに!」

 

 ……。

 …………あ! 

 そう言えば、さっき俺はアルベドの設定を書き換えた!

 

 『ちなみにビッチである』を『ちなみに厨二病である』と

 もしかして、その影響で厨二病になっているとか?

 

 

 ……つまり、アルベドがこんなことを言いだしてるのは全部俺のせいなのか?

 

 

 目の前では女神のような純白のドレスを着た、100人中100人が美人と言うであろう女性が、何やら芝居がかったポーズで自分の額を鷲掴みして苦悩していた。

 

 ど、どうすべきか……?

 

 

 ……悩んだ挙句、とりあえず、後回しにすることにした。

 下に控えていたセバスとプレアデスらに周辺の調査とナザリックの警戒を、アルベドには第6階層の円形闘技場(アンフィルテアトルム)に守護者たちを集めるよう命じる。

 

 打てば響くように返事を返すと、各人、部屋を出て行った。

 残されたのは、モモンガただ一人。

 

 誰もいなくなった玉座の間で、モモンガは一人頭を抱えた。

 

「まずい……。まさか、こんなことになるなんて……。あのアルベド、どうしよう……」

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「さて、多少意味が不明瞭な点があるかもしれないが心して聞いてほしい。現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明かつ不測の事態に巻き込まれていると思われる。この異常事態について、何か前兆など思い当たる点がある者はいるか?」

 

 モモンガの言葉に、各階層守護者の顔を見回したアルベドが口を開いた。

 

「いえ、申し訳ありませんが、私たちに思い当たる点はございません」

 

 だが、次の瞬間、アルベドは何かに思い当たったように表情を変えた。

 

「はっ! よもや、機関の仕業では?」

 

 機関ってなんだよ!?

 

 思わず叫びそうになるモモンガであったが、アルベドがそうなった原因は自分のせいであるとよく理解しているため、あまり強くもつっこめない。

 

「……機関か……。う、うむ、たしかに奴らの可能性もあるな」

「くっ。まさか、あの者達がこんなにも手が長いとは……。しかし、我らのEdelstein(宝石)にまでは手を出せぬはず!」

「……そうだな。しかし、あの者達であれば、その可能性も否定できまい」

「ならば、モモンガ様! この私めに、我らがアゾートを命かけて守る栄誉をお与え下さいませ。もしカバラの教義を極め、完成されたソフィアによって神々の想像したという完全調和世界にまで達した、あの忌まわしき結社によりアグネヤストラでも使われたら、いかに堅牢無比なこのナザリックとはいえ……。このアルベド、たとえ世界が海の藍に染まろうとも、深淵の漆黒に包まれようとも、この身の全てが大いなる輪廻の果てにウッボ=サトゥラのもとに帰するまで、お守りすることを誓います」

「落ち着け、アルベドよ。私はあくまで可能性の話をしたに過ぎん。この事態を引き起こした者が、我らの意識の外にいる者ではないと、いまだ断言は出来ん」

「申し訳ありません、モモンガ様! このアルベド。思慮が足りませんでした」

「よい。そのような謝罪の言葉を語り、そして聞く間に、これからの事、未来へ向けての事を話そうではないか?」

 

 

 うおぉ……。

 意味が全然分からねぇ。

 アルベドの会話に出てくる単語は一体何なんだ? 何を言っているんだ?

 それにEdelsteinて……。

 ……と、ともかく途中出てきたドイツ語に思わず声が詰まったものの、何とか破綻しないように話を続けることは出来た。 

 綱渡りのような気分だったが、自分で自分を褒めてあげたい。

 

 アインズは人知れず、安堵の息を吐いた。

 

 

 

 一方、その会話を聞いていた守護者らは感服していた。

 彼らにはアルベドとモモンガの会話は、その意味するところが分からなかったが、なんらかの影響を予期したものであるという事だけは理解できた。そして2人は、それがさも当然の事であるかのように平然と会話を続けている。

 それを見て、さすがはアルベド、ナザリックでも屈指の頭脳の持ち主、自分たちには理解できぬ至高の御方の知にまで到達しているとは、と感心しきりであった。

 

 

 だが、その中で一人、激しく心揺さぶられる者がいた。

 

 デミウルゴスである。

 

 彼はナザリック地下大墳墓第7階層守護者にして、ナザリック防衛の際には全ての(シモベ)を指揮する任を担っている。

 その頭脳は明晰にして、守護者統括であるアルベドと並びナザリック最高の知能を持つといわれており、本人もまたそれを自負していた。

 

 だが、今、彼の心のうちは打ちひしがれた思いでいっぱいであった。

 

 デミウルゴスにはアルベドの言う事がさっぱり分からないのである。

 

 最初、アルベドが発狂したのかとも思った。

 なんらかの精神操作でも受けたのかと。

 だが、自らが忠誠を誓うモモンガは、そのアルベドの口から語られる事が想定の範囲内であり、自明の理の事柄であるかのように受け答えしている。

 

 至高なる存在、アインズ・ウール・ゴウンの頂点に立たれる慈悲深く、また知性溢れる御方、モモンガ。

 

 おかしくなったと思ったアルベドが、その御方と普通に話をなさっているという事は、もしやおかしいのは自分の方ではないのか?

 自分では至高の御方のお役に立てないのではないか?

 

 デミウルゴスは己が無知と愚かしさを恥じ、今すぐにでも自らの胸を割いて自害したいという思いを押さえつけるのに必死であった。

 

 

 各人、様々な思いを胸にしたまま、話し合いは続いていく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「愚か!」 

 

 アルベドの叱責の言葉が飛ぶ。

 

「栄えあるナザリックに敗北をもたらした身でありながら、アインズ様に請願するとは! 己が分をわきまえなさい!」

 

 怒気すらはらんだその声は、強靭な戦士たるコキュートスの身すら震わせた。

 それはその場にいた他の守護者らですら、怒りを向けられているのは自分ではないと分かっていても、身をすくませることを耐えるのに相応の胆力を必要とした。

 

 そんな中、ナザリック地下大墳墓主人アインズ・ウール・ゴウンは、支配者の証たる杖を手に、うつむいた様子で身動き一つしなかった。

 

 アインズ――すでにモモンガから改名している――は、今のアルベドのように、コキュートスに(いきどお)りを覚えているわけではない。むしろ、命令に忠実なコキュートスが何か言おうとするなど、一体どんな話だろうと好奇の心すら持っていた。完全に想定外の事態に、どう対応しようかと内心冷や汗をかきもしたのだが。

 

 とにかく、アインズは現時点では、別に怒りなどはしていない。

 だが、アインズの代弁として激昂しているアルベドを制止できないでいた。

 

 その理由はアルベドの顔である。

 

 別に怒った顔が怖いという理由ではない。

 その、今は憤怒で歪む端正なかんばせ、その左上部を覆う黒い布片とそれからつながる同色の紐が原因である。

 その布はアルベドの金の瞳、その左目を覆っていた。

 

 何かというと――つまるところは眼帯である。

 

 ちなみに、当然のことながら、別にアルベドは目に怪我などはしていない。

 

「コキュートス。あなたの愚かな行い。今すぐに詫びなさい! さもなくば……私のこの邪気眼を使わざるを得ないわ!」

 

 そう言って、アルベドは眼帯に覆われたその目に掌を当てる。

 脇に控えている守護者らはアルベドの口から発せられた、自分がこれまで聞いたこともない能力の存在に、まさかアルベドにはいざというときの為、守護者らにすら脅威となりえるような切り札が用意されていたのかと震えあがった。

 

 ちなみに、当然のことながら、アルベドにはそんな能力などない。

 

 

 そして、それを聞いたアインズはさらにその顔を下にする。

 

(邪気眼とか、厨二テンプレかよ……。もうやめて、俺のMPはゼロよ……)

 

 これ以上は耐えきれないと、アインズは手にした杖で床を叩き、アルベドのセリフを打ち切った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「アインズ様に無礼を働いた者に子供も大人も関係ありません。すべてことごとく死になさい!」

 

 アルベドの鬼気迫る声。

 エ・ランテルの居並ぶ民衆たちがそれに身をすくませる中、その前に立ちはだかった漆黒の大英雄は、平然とした口調で返した。

 

「それを俺が許さない、と言ったらどうする」

「この地を統べる王への反逆とみなし、潰します」

「そうか。ならばそれも悪くない。しかし、この俺の命が容易く取れると思うなよ? ここが死に場所だと思って掛かってこい」

 

 モモンはバッと深紅のマントを翻し、両手に剣を握りしめ、堂々とした態度で構える。

 それに対し、アルベドは不意に苦悶の表情を浮かべ、バルディッシュを持つ右手、その手に巻かれた包帯をガッと押さえた。

 

 ちなみに、当然のことながら、アルベドは手に怪我などしていない。

 

「くっ。沈まれ、我が右手! 今はまだその封印を解き、呪われし暗黒の力を出すわけにはいけないわ」

 

 いいかげん何度も言うのも面倒だが、当然のことながら、アルベドにはそんな封印も力もない。

 

 だが、それを目にした漆黒の英雄は、自らの力の発露に耐えるような女悪魔の様子に何かを悟ったようだった。

 

「ほう。その腕はまさか……」

 

 いかにも芝居がかったアルベドの所作。

 それを眼前にし、モモンに扮していたパンドラのアクター魂に火がついてしまった。

 

「まさか、貴様……。私の能力が見えるのか?」

「こうして、我らが相対するのも世界の選択だとは思わないかね?」

「なるほど。あなたとは、はるかな円環の(ことわり)により、いずれ戦うべく定められていたのかしら?」

「悲しき運命(さだめ)だが、我が使命をこなすとするか」

「フハハハハ! 面白い! 貴様こそ、私の真の力を解放するにふさわしい相手のようね」

「哀れだな……己が限界を知らぬものの言説は……」

「愚かなるものよ。私の圧倒的な力の前にひれ伏すがいい」

「フッ。私はあと40回変身を残している。この言葉の意味が分かるな?」

「永遠の闇に抱かれ、終焉の時を……」

「お前には聞こえないかな? この……」

 

 微妙にかみ合っているんだか、かみ合っていないんだか分からない会話をつづける2人。

 

 その後ろで――。

 

 

(やめろぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!!)

 

 

 目の前で繰り広げられる自分の黒歴史同士の会話に、アインズの精神はガリガリと削られ、声にならない叫びをあげた。

 

 アンデッド達が運ぶ輿の上に(たたず)む、魔導国の支配者にして、幾万もの人間を虫けらのごとく殺しつくした恐王アインズ・ウール・ゴウンは、強制的に精神を安定させる能力を絶えることなく発動させ続けていた。

 もはや、その能力は1秒間に数回もの頻度で発動し、怪しげな緑色の光を激しく点滅させ激情を続けるその姿に、人々は恐れ慄き心胆を寒からしめ、みな口々に畏怖と恐怖の言葉を唱えたという。

 

 

 

 だが、この時、アインズはまだ気づいていなかった。

 

 この(のち)、魔導国に冒険者として蒼の薔薇が訪れ、現地産厨二(ラキュース)も交えてさらにひどいことになる事を。

 

 




 たぶん一生実生活では使わない豆知識

 作中でアルベドが触れていたエメラルドタブレットとは、ヘルメストリスメギストスがこの世に残したもので、12箇条から成り立つ宇宙の森羅万象の秘密を解き明かした秘伝とされています。ラテン語だと「タブラ・スマラグディナ」


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