インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~ 作:トクサン
嘘とは言え一目惚れしたと伝えた女性が入浴した浴槽に体を沈めるのには勇気がいる、備蓄されていたシャンプーやリンス等は僕が使っているものと同じはずなのに、何となく常と違う匂いを感じる今日この頃。
勿論、何をすると言う訳ではないけれど。
「じゃあ、少し失礼しますね」
「うっ……ど、どうぞ」
湯上り、ドライヤーで乾かしたばかりの幸奈の髪を掻き分け、その首筋に顔を近づける。別にやましい事をしている訳では無く、単純に
「今は、その、焼却処分される心配はないんだよね?」
指先で
「さっきも言ったけれど、研究所の外に出るときは
「……普段通り、ため口で良いんですよ?」
「じゃ、じゃあ、貴方も……その、敬語は無し、で」
「わかり……分かった」
幸奈との垣根が一つ消えた、本来は相手の方が年下なので僕の方がタメ口なのだろうけど、何となく幸奈は大人っぽく見えて、自然と口調が丁寧になってしまう。
目の前の
恐らく、僕の目の前で絶望に顔を蒼褪め、死にたくないと呟いた重力制御の能力者はソレで焼け死んだ。
仮に制御官を殺害したとしても、安全装置の延長処置が取られなければ
脱走者を連れ戻せないと判断した場合、人間と同じくシンプルに射殺、能力で殺害するかー
「これか……」
背骨に沿う様な形で埋め込まれている固定具、円柱のソレは僅かに浮き上がっている。指で触れると体温が伝わっていて僅かに暖かく、多少押しても微動だにしない。
「【デッドボルト】、これを無理矢理取り外したり、破壊すると安全装置が解除されて焼却処分装置が発動するの」
淡々とした口調でそんな事を言う幸奈、それは超能力者が何らかの形で逃げ出し、自動焼却処分装置も付けられなかった場合の最終手段。一般人が強大な力を持つ超能力者を殺害する方法。
「上から順番に計三つ、普通に素手じゃ壊す事は出来ないけれど、能力や硬いモノ……多分石とかで思い切り叩けば壊す事は簡単だと思う、外側は簡単に壊れない様にコーティングされているって聞いたけれど、中身は脆いって」
「……中には何が?」
そう問いかけると、幸奈は「分からない」と肩を竦めた。
けれど、どうせ碌なモノじゃないと、眉を顰めて吐き捨てる。
「研究所に入れられた人は一番最初に、この【デッドボルト】を埋め込まれるの、その後に
子どもでも容赦はしない、そういう事か。
掻き分けていた彼女の髪を元に戻し、髪で鎖を隠す。それさえ見えなければ彼女は普通の一般人で、ただ美しい女性だった。
「ありがとう、色々教えてくれて」
「いえ……でも、本当に良かったの?」
振り向いた彼女が僕を見上げる、その瞳からは不安や後悔の念が感じられた。
「国家超能力研究所の裏側を知ってしまったら元の生活には戻れない、殺されるならまだ良い方、仮に捕まってしまったら酷い拷問と、非人道的な実験が待ってる、能力者なら尚更」
そこまで口にして彼女は僕の手を握った、そして決意の籠った視線を寄越す。ぎゅっと握られた手からは温もりと、確かな力強さ、覚悟を感じた。
「けれど、貴方の場合はまだ間に合うわ、私を放って何も知らないフリをすれば……私も、捕まったとしても何も言わない、貴方の事、絶対に」
それは僕を試しているのか、或は彼女の良心だったのかもしれない。
僕を見上げて、不安そうに、どこか蒼褪めて、けれど瞳だけは決して揺れずにいる彼女を見て、そう感じた。
こんな状態の女性、それも一歳とは言え年下の女の子を放り出して自分だけ素知らぬふりを決め込むなど出来る筈が無かった。そんなのは僕の正義に反する、仮に上手く誤魔化せて日常に戻れたとしても確実に『僕』という人間は一度死ぬ。
肉体的では無い、信念を失くした僕として死ぬのだ。
「……それは出来ない、僕は貴女を助けると言った、どうかそれを最後まで貫かせて欲しい」
彼女の手を握り返し、確かな決意を持って彼女の瞳を見る。最初からこうなる事を望んでいた、僕は望んで彼女を助けた、自らこの世界に足を踏み入れたのだ。
それに今ここで幸奈を見捨てたら、幸奈の仲間はどうなるのか?
幸奈は言っていた、
「僕の手の届く範囲の脱走者は助けたい、助けられる力があるなら、そうするべきだ、例え偽善だと罵られても、僕は自分に嘘を吐きたくない」
他人に嘘を吐いている身で、何を
けれどこれは優先順位の問題なのだ、何を選んで何を捨てるか、全てを抱え込めるほど僕の両手は大きくない。
かっちゃんとの約束、僕の正義、その闇が
嘘は悪である、けれど誰かを救える嘘ならば僕は肯定する。
目の前で頬を赤らめ、どこか恍惚とした表情をする彼女。
嘘で誰かを幸せに出来るなら、僕はそれを受け入れよう。
僕が目指しているのは『万人の
小学校の頃の僕ならば、万雷の喝采を浴びるヒーローを夢見ていただろう。
けれど僕は完全なヒーローに非ず、悪を許せる器の広さも、全員を助ける強さも、あらゆる障害を乗り越える心の強さも持ち合わせていない、煌びやかな外見はその実、中身を全く持っていないハリボテのヒーローだ。
不当な扱いをされている超能力者を救う、あわよくば国家超能力研究所の所業を暴き、これ以上被害者を生まない様にする。
それが理想、僕の考える最上の結果。
国家超能力研究所が機能を失えば、苦しんでいる超能力者は解放され僕の周りの友人、かっちゃん、僕自身に連中の魔の手が迫る事は無くなり、日々の安寧を得る事が出来る。
けれどソレが難しい事は百も承知、だから僕の今出来る最善は、研究所から逃げ出して来た超能力者に隠れ家を提供し、力を蓄え、来る決起の日を待つ。
「……本当に、良いの?」
泣き出しそうな表情で僕を見上げ、力の限り手を握りしめる幸奈。それは言葉の前に、「頼っても」と付きそうな弱々しさだった。僕は勿論肯定する、その手を強く握り返し「当たり前だ」と頷く。そこには不退転の意思だけを込めた。
彼女の目から一筋、涙が零れて、泣き顔は見せまいと俯く。ぽたぽたと床に水滴が落ちる様を僕は黙って見つめた。
「……ありがとう」
そう言って彼女は涙を拭い、少し大袈裟なくらい笑って見せる。
その笑顔はこんな状況にも拘わらず、驚く程美しかった。
★
真夜中、家の明かりは既に消えて月明かりだけが部屋を照らしている。虫の鳴き声が微かに聞こえ、僕はそっと上半身を起こした。
隣からは穏やかな寝息が聞こえて来て、視線を向ければ年相応のあどけない表情で幸奈が眠っている。閉じられた瞳からは鋭さを感じられず、寝顔だけ見れば愛嬌のある顔立ちだ。サラリと流れる黒髪に、どこか香る甘い匂い、それに愚息が反応しそうになる。
この家にベッドは元々二つあるのだけれど、彼女がどうしてもと要望を押し通し、渋々寝床を一緒にしているのだった。寝間着にと渡した僕のTシャツがダボダボで隙間から色々見えそうな状態、何となく視姦している気分になってシーツを幸奈の体に被せる。
そして静かにベッドから降りると、そのまま部屋を後にした。幸い彼女を起こす事なく抜け出す事に成功する。
「……よし」
寝間着から動きやすい服装に着替え、顔を洗う。眠気を覚まして玄関に行くと、必要なモノを詰めたバッグを肩に掛け時計を確認した。
午前一時丁度、時計は確かにその時刻を指している。
幸奈の友人とやらが瞬間移動によって送られてくるのが午前一時十分、元々幸奈と合流する地点を決めていたらしいが、現在幸奈は僕が匿っている。だから代わりに、僕がその友人を回収してこなければならない。僕はその為に動こうとしていた。
集合時刻は明日の朝八時、街の廃工場で待ち合わせするつもりだったと言っていたが、そんな時間まで放っておくのも忍びない。幸い瞬間移動の着地ポイントは聞いていたので、先にその地点で待ち伏せておこうと考えたのだ。
最悪何らかのトラブルで朝までに帰ってこられなかった場合を想定し、幸奈宛の手紙と保存食をテーブルの上に置いて来た、抜かりはない。
「……後は、僕の能力次第かな」
静かに扉を開けて外の世界へ、夏の夜は涼しく若干肌寒い位だが今の僕には丁度良い。鍵を閉めて、その場で軽く準備運動。
現場に車で向かう事も考えたが、下手に国家超能力研究所の追手や超能力者と戦う羽目になった場合、車ごと破壊されかねない。あの、重力制御の能力者なら車を押し潰すなど造作も無いだろう、あのレベルの連中が僕らを襲って来るのだ、ぞっとしない。仮に破壊されなかったとしても、押収されれば僕という人間が関わっていると露呈するのは目に見えていた。
「ふぅ……」
地図は既に頭の中にある、場所も分っている、後は僕の能力が上手い具合に働いてくれるかどうか。家の前にある階段を降りて砂利道に入ると、僕はぐっと両腕を腰の辺りで構えた。
「―変身」
一瞬、僕の体を眩い光が包み込み、月明かりに負けない程の光量に視界が染まる。
目は見えないが、光が収まる前に僕は地面を蹴って走り出した、僕にとっては一秒が惜しい。
最初は小走り、そこから徐々に速度を上げ全速力へ、砂利が弾け足跡を辿る様に小さな爆破が起きる。僕の足が唸りを上げて、風が周囲の木々を揺らした。
― 跳べッ!
ぐっと、足に力が入り筋肉が膨張、爆発的な加速力を以て僕は夜の空へと跳躍した。足元の地面を踏み砕き、砂利が柱の様に聳え立つ。
やった!
僕の体が虚空へ投げ出され、夜の星々が周囲を包む。大小異なる星は青黒い世界の中で確かに輝き、雲一つない夜空に見惚れてしまう。宝石が散りばめられている様だとは言うが、正にその通りだ。
町の窮屈な世界からは見る事の出来ない風景。
何も遮るモノのない空は何と綺麗で、美しいのか。
正面に見える満月は僕を歓迎し、月明かりが僕の姿を照らした。
けれど、その時間は長く続かない。
五十メートル近く跳躍した僕は一息に森を抜け、住宅町へと躍り出る。最高点に達した僕の体が徐々に高度を落とし、急速な落下感が僕を襲った。
慌てて落下地点を見極め路地に着地するよう微調整、そのまま急速落下しアスファルトの地面に両足を叩き付けた。
ズンッ! と重苦しい音が周囲に響き、ビキビキと両足を中心に罅が入る。
足の裏にピリピリとした刺激が走り、けれどその程度に済むことに安堵。
間髪入れずに再度両足に力を籠め、跳躍。
足元のアスファルトが弾け、破片が飛び散った。
着地と跳躍、夜の空に包まれながら進む道中。
時間にして凡そ三十秒程か、車で十数分の距離を僕は一息に『跳び』抜け、廃工場の敷地内へと着地した。なるべく音を立てない様に、両足での着地では無く四肢全体を使った着地を敢行。
足で着地すると同時に上体を沈め、両腕で更に体の衝撃を逃がす。獣の様な着地は確かに成功し、アスファルトを砕く衝撃は砂利の地面を僅かに凹ませるだけに留まり、ブワッと周囲に風が巻き起こる。
しかし、周囲に鳴り響く様な轟音は発生しなかった。
「ッ……変身、解除っ」
変身する時と同じ、僕の中にある見えないスイッチを切る感覚。
瞬間、ふっと身体中の力が抜け、僕の手は見慣れた人間のモノに戻っていた。
「ふっ、はぁ、はっ……成功だ」
上がった息を整えつつ、僕は歓喜の念を覚える。
僕は今日、能力の使い方を一つ理解した。
僕の変身できる時間は一日で【三分間】、秒にして百八十秒。
それを僕は分割して活用する方法を考えた。
つまり、三分間通して変身するんじゃない。
必要な時に変身して、一日で
これが出来れば大分僕の能力は汎用性が高まり、何より体に掛かる負担が大きく減る。三分間ぶっ通しで変身するよりは、細かに何度かに分けた方が良いに決まっている。
「……よしっ」
息を整え、僕はその場から立ち上がる。
手に付着した砂を払って廃工場を見渡し、静かに足を進めた。人の気配のしない薄暗い世界、錆びた鉄と鋼の世界。剥き出しの鉄筋が見える屋内へと一歩一歩進み、僕は友人を探して、その薄暗い世界へ踏み出した。
文字数に惑わされず、書きたいところまで書くのが一番だと思いました(小並感)
いやぁ、でも今まで強い主人公とか書いた事無かったので、何かこう、書いていて爽快感みたいなものを感じますね!(*´▽`*)
読んでて感じるかどうかは微妙なところですが……(´・ω・`)
はやくヤンデレ出したい‥‥ヤンデレが足りんねん、ヤンデレ、病みが、皆を幸せに
ヽ(`Д´)ノアァァァァァアアアヤンデレェエアアレレエエエエヤンデレヤンデレェエエエエ!