インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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表と裏

 

「………はぁ」

 

 時刻は夜、僕は玄関先の階段に腰かけて夜空を見上げていた。

 ポツポツと黒に染まった空に輝く星々、山の上だから良く見える、背の高い木々が良いアクセントになって月が栄えていた。

山の夜は騒がしい。

 虫が大合唱をし、川が近いと蛙も鳴く、周囲に家なんて無いから家の明かりに虫がどんどん集まって来る、虫よけスプレーは必需品と言って良い。そんな中で一人黄昏(たそがれ)ているのは単に、精神的な疲労を感じていたから。

 ポケットに手を入れて、小さな()()を取り出す。

 パッと見は試験管の様にも見える、細長い容器。従来の試験管を半分に切った様な大きさで、中身は無色透明、上部に押しボタンが存在し下部には無数の穴が空いている。

 

壊能液(かいのうえき)と、防壊液(ぼうかいえき)、か……」

 

 

― 結論から言うと、僕は彼女から情報を聞き出す事に成功した。

 

 

 あの後、「えっ、あっ、なっ……」と顔を真っ赤にして慌てふためき、視線を忙しなく動かしていた彼女― 村田幸奈(むらたゆきな)に懇切丁寧に、それはもう全く下心を(主に性的な意味で)持っていない事を説明し、何とか信用を得る事が出来た。

 結果、彼女の名前を知る事が出来たし、大雑把ではあるが国家超能力研究所の内情も把握した。

 (カラード)の役割や研究の内容、その一端が僕の手の中にある容器、シリンダーである。

 

 国家超能力研究所は全国から優位能力者を集め、義務教育や能力を社会に役立てる為の訓練を行っているというのが表向き。しかし幸奈曰く、行われているのは非人道的な能力強化訓練、或は能力者を無能力者が支配する為の条件付けであったそうだ。

 

 能力者は使用する能力によって幾つかのセクターに分けられ、同じセクターの中で「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ」の五段階評価で部屋を割り振られる。

 例えば【瞬間移動(テレポート)】の能力であれば、『移動能力セクター』に入れられ、何メートル移動できるのか、自分以外の物体を移動させられるか、重量制限はどの程度か、一度に移動させられる数は幾つか、などによってランクを付けられる。

 

 ちなみに幸奈の能力は【振動】

 自分に触れたモノを振動させるという、極めてシンプルな能力。

 ランクは『Ⅱ』で、それほど強いという訳では無い。しかし『Ⅰ』であっても世間では優位能力者と呼ばれる超能力、決して弱くは無い。

 水に手を突っ込んで振動させればお湯になり、人間に使えば脳味噌をシェイクする事だって出来る。殺す事は出来ないかもしれないが、十二分に脅威となるだろう。幸奈曰く、もしランクが『Ⅴ』であれば人工的に大震災を起こせただろうと言う。

 ランク『Ⅴ』とは全く以て、規格外な能力者の集まりらしい。

 

 個人的に疑問だった、どうやって国家超能力研究所から逃げ出したかという件については、そのランク『Ⅴ』が絡んでくる。どうやら内部で手助けしてくれている人間と、超能力者がいるらしい。

 その超能力者と言うのがランク『Ⅴ』、【超長距離瞬間移動(ジャンパー)】と呼ばれる能力を持つ女性。

 余りにも桁外れな移動距離を誇るらしく、その様な名前を付けられたのだとか。

 

 その瞬間移動可能範囲は、脅威の【1,500,000メートル】

 

 キロメートルに換算して凡そ【1,500キロ】、収監されている優位能力者ランク『Ⅰ』で、50メートルの瞬間移動の能力者と比較すると、雲泥の差だ。

 その女性が脱出の手引きをし研究所から数日に一人ずつ、能力者を外へと逃がしているらしい。

 能力者の能力を無効化する機器などは開発されておらず、それは現在能力を測る機器の劣悪な精度にも関係がある。どうやら能力者に関する機器の研究は急がれているらしく、もし能力を遮断する様なマシンが開発されれば一巻の終わりだと幸奈は言う。

仮に彼女が外へ能力者を逃がしていると露呈しても、研究所は彼女を殺す事が出来ない。それ程の能力を持った超能力者を殺すという事は、国益の損失に他ならないからだ。

 それと彼女がどうやって研究所から逃げ出した後、あの場所まで生き延びて来られたかが分かった。幸奈は既に三度、国家超能力研究所の追手と遭遇しており、その中にはランク『Ⅲ』の能力者が二人も同伴していた。

 能力は【念動力】と【加速】の二つ。

 ランク『Ⅱ』の【振動】では通常太刀打ち出来ない二人の能力者を相手に、大立ち回りをして何とか撃退し、落ち延びた。

 何故撃退できたのか?

 それが僕の手にある、壊能液(かいのうえき)の力である―

 

 シリンダーは注射器になっており、中の無色透明な液体は摂取した超能力者の能力を引き上げるモノだと言う、ランクで言うと一段階、相性が良ければ二段階程ランクアップが望める品物。

 幸奈は相性が良く、この壊能液を使用するとランク『Ⅳ』相当の能力を得る事が出来るとの事。

 ランクは一つ違えば能力の規模が変わる、ランク『Ⅳ』の幸奈は局地的な地震を起こし山崩れを発生させ生き延びたのだとか。

 隣の県との境で山崩れが起きたというニュースがあったが、どうやら幸奈の仕業らしかった。

 

 しかし、無論副作用がある。

 

 通常の能力より体への負担が大きく、しかも一度摂取した懐能液の効力は一生続く、身の丈に合わない能力の使用は破滅を招き、何もせずに能力を使い続ければ体が自分の能力によって崩壊してしまう。

 炎を扱う炎熱系の能力者ならば自らの炎で身を焼かれ、振動を扱う幸奈ならば体が液状化する。

 故に、そうなる前に『防壊液』を使用しなければならない。

 これは壊能液とは異なり、若干青みの掛かった液体、摂取すると壊液を中和し能力のランクを元へ戻してくれる。壊能液を使用した時の負担が消える訳では無いが、コレを使用しなければいずれか体が崩壊する。

 幸奈はコレを両足の根元にベルトを付け、各三本ずつ研究所より持ち出していた。

 既に一本ずつ消費され、残りは各二本

 内、壊能液は僕が一本持っている。

 あの時、幸奈が路地で辛そうにしていたのは壊能液の副作用によるモノだったらしい。

 

「……」

 

 目の前でプラプラと振り、中身の透明な液体が揺れる。

 これが国家超能力研究所の成果、超能力者に非道の限りを尽くし生み出された人類の英知と言う奴。

 この一本のシリンダーを作る為に、一体何人死んだのだろうか、そう思った。

 

― その内の一人が、かっちゃんだったら。

 

「ぞっとしないな」

 

 ぶるりと、肩が震えた。

 まだ僕は国家超能力研究所の全てを知っていない、時期尚早だ。だから耐える、今は時じゃない、そう言い聞かせる。

 研究所から逃げ出した超能力者には追手が差し向けられる、脱走者は日本各地に散らばり身を潜めているらしい。だから彼ら彼女らに協力を呼びかけよう、同胞を助ける為ならば力を貸してくれるかもしれない、そんな事を考える。

 しかし、もし失敗したら。

 僕はそれを想像する。

幸奈から聞いた話だが、逃走者に協力者がいた場合―

 

 殺すか、或は強制収監となる。

 

 それが、幸奈が国家超能力研究所の話を躊躇った理由。

 この場合、幸奈が捕まれば僕も道連れ、死ぬか連れて行かれるか、どちらにせよ地獄が待っている。

 殺されてその場で終わるのならば良いけれど、仮に僕の能力の委細がバレたらどうなるか。解剖か人体実験か、壊能液を飲まされて死ぬ瀬戸際まで能力を酷使させられるか。

 良い想像など一つも出来ない。

 僕はそういう世界に片足、いや、既に両足を埋めている。

 いよいよ、後戻りできない感じがして来た。

 

「あ、あの」

 

 シリンダーを握りしめて夜空を眺めていた僕の背に声が掛かる、振り向けば玄関から顔を出した幸奈が濡れた髪と赤らんだ頬を見せながら、「お、お風呂頂きました……」と報告。

 

「あぁ、分かりました、ありがとうございます」

「い、いえ……」

 

 じゃあ、僕も入りますかねと腰を上げる。幸奈は扉の間から僕をじっと覗き見て、頻繁に髪を弄っていた。その視線は定まらず、湯上りだからか全体的に赤らんでいる。というか彼女が引っ込んでくれないと僕が家の中に入れない、「どうかしましたか?」と問いかけると、「へっ、あっ、いや、えっとっ」と幸奈は慌てて顔を引っ込めた。

 何だか良く分からないけれど、今の内に入ってしまおうと扉に手を掛ける。けれど次の瞬間にはスッと、また幸奈が顔を出した。そして幾分か近付いた僕を見上げながら、かっと顔を真っ赤にして。

 

「お、お風呂、気持ち良かった……です」

 

 えっ、あ、はい。

 何と返せば良いのか、そんな間抜けな返事をしてしまった。

 そして今度こそ完全に幸奈の頭が見えなくなる。

 

「………」

 

 何で敬語になったんだろうとか、何か避けられている気がするとか、色々思う事はあるけれど。まぁ、別に良いだろうと、色々吹っ切れた。

 

 

 因みに、幸奈は十七歳だった。

 てっきり年上だと思っていた僕には衝撃の事実である。

 

 

 

 





 大学に行っていないから毎日投稿が出来ますが、恐らく連続投稿は来週で終わりを迎えます(´・ω・`)

 大分足が回復して来たので、そろそろ大学に行かねば……。

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