インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~ 作:トクサン
「……ごめんなさい、ちょっと食べすぎちゃったかも」
「大丈夫ですか?」
食後、彼女は用意されたベットに早速横たわっていた。
一応洗濯したばかりのシーツと枕カバーを用意していた為特に問題は無い、仰向けに休息する彼女の姿は整った顔立ちも相まって正に眠り姫だ。
流石に女物の服を事前に用意する事は出来なかったので、研究所で配給されたと思われる貫頭衣そのままだけれど。
食後にはお風呂でも沸かそうと思っていたが、どうやら後回しにした方が良さそうだ。
彼女の顔色は最初にあった時と比べれば大分良くなり、肌全体の血色も良くなっている。今グロッキーなのは、単に先程のカレーを食べ過ぎただけであって、別に疲労で倒れたという訳では無かった。
「大分胃袋が縮んでたみたい、一杯食べたから、きっと驚いちゃったの」
どこか影のある笑みでそんな事を言う彼女、恐らく研究所での食事事情の事だろう。けれどうって変わって、天井を見る彼女の瞳はどこか幸せそうであった。僕は彼女の研究所暮らしを想像する事も出来ない、けれど命を握られる様な場所なのだ、マトモである筈が無い。
彼女のベッドの傍に立つ僕は静かに深呼吸をして覚悟を決める。
部屋のドレッサー近くに置いてある椅子をベッドの傍に運んでくると、彼女と話しやすい様腰かける。
そして彼女の横顔を見つめながら、問いかけた。
「お話……聞いても良いですか?」
要求はまっすぐ。
下手に探りを入れること無く、その一言を放つ。
彼女は僕の言葉に驚きを見せる事無く、特に反応しないまま視線を寄越した。そこには先ほどまでの平穏な色は無く、どこか危うさを孕んだ鋭い視線だけがある。
彼女はゆっくりと体を起こすとベッドの淵に腰かけ、小さく息を吐き出した。
「それは……私の身の上話、よね」
「そうなりますかね……どうにも、ただ事には見えないんです
貴女の置かれた状況が。
そう言うと彼女は姿勢を正しつつ、僕を真っ直ぐ見つめた。
「貴方には、とても感謝している」
その眼はどこまでも真っ直ぐで、曇りが無い。
鋭い視線は正面から僕を射抜く、そこに敵意や悪意などは感じられない、とても純粋な誠意しか見えなかった。
「私をこんなところまで連れて来てくれた事も、ご飯を御馳走してくれた事も、匿ってくれるって言った事も……本当に、返しきれない恩を感じている」
けど、だからこそー 彼女はそう続けて、僕の目をじっと覗き込んだ。
「貴方を巻き込みたくない、恩があるからこそ、貴方には知らないでいて欲しい……」
こんな事、私の我儘で、本当に失礼なのは分かっているのだけれど。
そう言って俯く彼女に、僕は少しだけ内心で焦りを見せる。信頼される事は良い事だ、けれど僕は彼女の持っている情報が欲しかった。
彼女だけを救うのであれば別にそれでも構わないだろう、しかし現実には彼女の様に逃げ出した能力者がまだ存在している。
こうしている間にも、世間には超能力犯罪として国に殺されている同胞が居る。だから彼女の持っている情報が、どうしても欲しい。
「……」
一瞬の思考、どうすれば彼女から話を聞くことが出来るだろうという計算、恩人だから巻き込みたくないと言う彼女の厚意を踏みにじる行為だけれど、僕にだって譲れないモノがある。
「……貴方の様子を見るに、どうにも、病院から逃げ出したという感じでは無い」
唐突に口を開いた僕の言葉に、ふっと彼女が顔を上げる。
「犯罪を犯して捕まった人の可能性もあるけれど、貴方はそんな悪人には見えない、だからきっと僕の考えるより大きな出来事に巻き込まれているのでしょう」
彼女の恰好はかなり特殊だ、首の首輪も貫頭衣も。けれど国家超能力研究所と関連付ける事は、その裏側を僅かでも知っていなければ難しい。だから必然、その名前を出すと言う事は意図して彼女を助けた事を露呈させる事になる。
それはきっと、彼女に不信感を抱かせるだろう。
「だから、僕も一つ貴女に言っておきたい事がある」
だから、彼女に自分は最悪何があっても大丈夫だと、そう安心させる事が重要だ。
そう考えた。
「僕は、超能力者なんです」
「えっ」
超能力者という言葉に、一瞬ビクリと彼女の肩が跳ねた。
空かさず、「あぁ、超能力者と言っても、優位能力者とかでは無いので」と僅かな笑みを浮かべて肩を落とす。あたかも、そうであったらどれ程良かったかと言いたげに。
「能力は【変身】って言って、自分のイメージしたモノに変身出来るって能力を持っています、生物限定で無機物にはなれませんけれど、結構色々応用が利くんですよ、三分の時間制限付きですが……」
照れたようにはにかんで、乾いた声を漏らす。変身と言う自己変化能力、それは説明を聞いただけでは人を傷つける事は勿論、使い勝手の良い優秀な能力とは言い
能力者と言う言葉に彼女は未だ体を硬くしているけれど、能力の内容を聞いて少しだけ肩の力を抜くのが分かった。勿論全てを信じている訳ではあるまい、だが彼女の中では僕は一般市民。
つまり、騙す理由が無い。
「最悪それを使って逃げたり、隠れたりする事は出来ます、だから貴女が何に困っているのか、教えて欲しい、何か出来る事があるなら言って欲しい、僕は貴女を助けたいんです」
僕の言葉を聞いて僅かに彼女の表情が変わる、どうやら説得はそこそこ効果的だったらしい、指先を唇に触れさせて迷った様な素振りを見せていた。
恐らく本音を言えば打ち明けたいはずだ、研究所にずっと身柄を拘束されていた彼女に協力者という存在は得難い。ただですら困難な状況に差し伸ばされた手なのだ。
しかし ー
「……ねぇ、どうしてそこまでしてくれるの?」
純粋な善意という形が、彼女に要らぬ不信感を与えてしまった。
僅かな硬さを孕んだ彼女の声が耳に届く、僕を射抜く彼女の視線は揺れ動いている様に見えた。
「それはー」
「人を助けるのに理由は要らない……それはさっき聞いた、きっと貴方はとても優しい人なんでしょう、けれど私にとってはまだ金銭を要求された方が納得できるの」
明確な下心、或は対価。
それを最初から示されていた方が安心できると、彼女は暗にそう言っていた。
別にお金が欲しい訳では無い、彼女に邪な気持ちを持っている訳でも無いし、強いて言うならば情報か。
しかしそれを口にするにはリスクを伴う、僕を研究所の関係者だと思い込んでしまうかもしれない、迂闊な行動はとれなかった。
いっその事、彼女に一目惚れでもした事にしてしまおうかー
ふと、そんな事を考えた。
明確な理由があった方が、少なくとも善意だとか正義感という不明瞭なモノよりはずっと信じて貰える。
幸い彼女は美人である、サラリとした黒髪に整った顔立ち、髪は肩より少し伸びた位で目つきが鋭い、良く見れば泣き黒子が右目にあって中々チャーミングだ。
一目惚れしたと言ってもおかしくは無い、それだけの理由が彼女の外見にはある。
けれど一目惚れしたから匿うって、それは暗に体を差し出せと言っているのと同じではないだろうか?
口に出す前に、そんな考えが脳裏を過る。
それに、他の能力者を助けたりした場合、なんと言い訳すれば良いのだ。仮に男なんぞを助けてしまえば僕はホモになる、いや、彼女が居るからバイか。
「………」
良い考えが浮かばない、このまま善意だけで助けたとゴリ押しする事も可能だろうか?
けれど彼女は明確な対価を欲している、抽象的な言葉を返せば堂々巡りだ。
思考は回らない、こちらをじっと見つめる彼女との間には沈黙が降りる。善意だとごり押しするか、自己満足とでも言っておくか、それとも直球で情報が欲しいからと明かすか?
散々思考が回って、回って回って、結局思い浮かばず。
何度か開いては閉めてを繰り返していた口が、絞り出す様な声で僕の答えを紡いだ。
「ひ……一目惚れです」
「えっ?」
この後どうしよう‥‥取り敢えず次回は説明回になりそうな予感(´・ω・`)
渡る世間はヤンデレばかり、戦車これくしょん、ヤンデレFAもそうでしたけれど、ランキングに載ると一気に評価が増えて透明が色付きに……。
嬉しさ\( 'ω')/