インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~ 作:トクサン
祖父の家は山の中腹に建っていた、所謂別荘と呼ばれる様な家で現役を退いた祖父が祖母と共に余生を謳歌した場所だ。
木々に囲まれた自然の中にポツンと存在している木材住宅、別荘だから別に小さいという訳でも無く、一般的な家と比較しても十分大きい。確か9LDK程あった筈だと思い出す。
「着きました、此処です」
既に葉に埋もれ半ば見えなくなっている駐車場に来る前を止めると、悟られない様にそっと胸を撫で下ろした。途中検問や追手に見つかる事も無く此処まで来れた、一先ずその事に安心する。
あのニュース記事と言い、検問が無かった事と言い、もしかしたら彼女はそこまで重要性の高い能力者では無いのかもしれない。本当に重要な能力者なら、連中は血眼になって探すだろう、
つまりは、そう、後回しにしているから念の為警告しているとも取れる。
本気ならあの重力制御の能力者の様に、優位能力者を同伴させてでも捕まえようとする筈だからー
「……随分立派な家ね」
恐る恐ると言った風に車の外から顔を出した女性が、ぽつりと呟く。その事に苦笑いを零しつつ、じゃあ行きましょうと手を差し出した。
けれどそれを彼女は、「大丈夫、少しは回復したから、歩けるわ」と自分の足で
少しだけ歩き、階段を上った先に玄関がある、鍵は既に用意していた。ガチャリと音を立てて解錠され、僅かな軋みを上げて扉が開いた。中から懐かしい匂いを感じ、思わず顔を綻ばせる。彼女が玄関を潜ったのを確認して扉を施錠、そのまま靴を脱いで上がる様勧めた。
「さぁ、どうぞ、すぐに休める場所を用意します」
「……ありが」
彼女が感謝の言葉を口にしようとした瞬間、『きゅー』と可愛いらしい音が鳴る。それは聞き間違いでなければ、目の前の彼女のお腹から。
「………」
「………」
無言、こういった場合のフォローに僕は慣れていない。見れば彼女は頬を染めて、口を一文字に結んでいる、手をお腹の前で組んでぎゅっと締め付けるその姿は羞恥に耐えている様にも見えた。
上を向き、下を向き、少し頭の中で言葉を考えてから、笑って言った。
「……取り敢えず、ご飯、食べますか?」
「……ありがとう」
今度の「ありがとう」は、ちゃんと聞こえた。
元々彼女から情報を聞いた後、放逐するつもりは微塵も無かった、長期的に匿う事を見越して車のトランクには大量に食材を積んでおいたのだ。飲み水は兎も角、保存食や日持ちするモノ、今日の内に食べてしまえるものなど段ボールにして三箱分。
それを次々と家の中に運び込むと、目を丸くした彼女が「何でそんなに食べ物が…?」と問うてきた。馬鹿正直に「貴女を匿う為です」なんて言ったら、最初から目的があるとバレてしまう。
のでー
「いやぁ、実は僕、外に出るのってあんまり好きじゃなくて……一回の買い物で大量に買い込む癖があるんですよ」
と、それっぽい嘘を吐いた。
いかにもひょうきん者っぽく、けれど誤魔化すと言うは余りにも誠実に。
続いて、「でも、そのお蔭で貴女を匿う事が出来そうだ」とも。
そう言うと彼女は座っていたソファの影にすっと顔を埋めて、「……それは、そう……ね」と消え入りそうな声で答えた。
「何か食べたいモノはありますか? リクエスト、聞きますよ」
そう言うと彼女はピクリと体を揺らし、すっとソファの裏から顔を出した。そして幾つか難しそうな表情をした後、小さな声で「か、カレーライス」と答えた。その頬は若干赤らんでいる。
カレーライス、幸い材料はある、ルーも一パックだけ買ってあった。スーパーの商品棚から無造作に掴んで来たモノだけれど、あって良かった。
「分かりました、任せて下さい、料理、結構自信があるんですよ」
そういって笑う僕に彼女は俯きながらも、口の端っこを少しだけ上げる様な。
そんなぎこちない笑みを見せてくれた。
料理に自信があると言うのは半分本当で、半分嘘である。
と言うのも、大学に入学してすぐの頃は一人暮らしと言う新しい環境に自立心を掻き立てられ、毎日自炊し料理も作っていた。けれどそれが一ヵ月、二カ月と続く内に「別にコンビニの弁当でも良いのではないか」と怠惰な感情が現れ、気付けば自炊など殆どしなくなってしまったのだ。
だから料理が全く出来ないという訳ではない、けれど自信を持って美味い料理を提供できるのかと言われると、そうでもない。結局のところ作ってみなければ分からないと言う奴であり、料理中、正直に言うとかなり緊張していた。
カレーは誰が作っても一緒、いつか母はそんな事を言っていた気がする。確かに野菜を刻んで湯に入れルーをブッ込むだけではある、勿論その中に美味しくなるコツやら工夫やらを加えるのだろうけど、生憎とアレンジを加える段階まで僕は辿り着いていない。
「出来ました」
コトリと、食事用のテーブルに腰かけた彼女の前にカレーライスを置く。調理器具が一通りあったのは助かった、大分長い間使われていなかったので念入りに洗浄した為少し時間が掛かったけれど。
白米は炊飯器で一から炊くのは時間が掛かりすぎる為、レトルトのパック。肉も野菜も日持ちしないので余り数は買っていない、恐らくカレーはこれっきり、もう一度作るには買い出しに行かねばならない。
「………」
彼女は目の前に置かれたカレーをじっと見つめ、ぼうっとしている。
スプーンは手元にある、食べようと思えばいつでも食べられる筈だ。けれど彼女はカレーに手をつけようとしない。
何かマズい事でもしたのだろうかと思い、「何か、ありましたか?」と問うと、不意に彼女がポロリと涙を零した。
「えっ」
突然の涙に思わず戸惑う、そして僕の声で意識が戻ったのか、自分の両目から流れる涙に困惑しつつ「えっ、あっ、何で」と慌てて目元を拭った。けれど拭っても拭っても涙は零れる、僕は慌てて、「何処か、痛みでも?」と彼女の身を案じる。
「ちがっ、違うの……ただ、その」
流れ出る涙を拭い真っ赤な目をしながら彼女は笑う、その笑顔は柔らかく、純粋な歓喜に満ち溢れていてーー
「手作りで、こんな温かい料理なんて、凄く………凄く久しぶりだったから」
「ッ」
思わず、ぐっと拳を握りしめた。
それは彼女の研究所での待遇を端的に現わした言葉だったから。
エネルギー食のゼリーでも食わされていたのか、それとも冷や飯でも出され続けていたのか。少なくともこんな、素人に毛が生えた様な腕前の料理で涙を流すなんて、余程の事だろうと。
「……これからは毎日、こういうモノが食べられますよ」
安い慰めだ、けれど言わずにはいられなかった。
僕は彼女に笑いかける、それ以外の言葉が見つからなくて、見えない様に拳を握った。
「……ありがとう」
嬉しそうに、そう、彼女は本当に嬉しそうに笑った。
「じゃ、じゃあ、頂きます」
少し恥ずかしそうに、涙を拭った手でスプーンを手にとる。僕も対面する席に座って「頂きます」と礼。そしてカレーを口に運ぶ前に、じっと彼女の方に視線を向けた。
恐る恐ると言った風に銀色をカレーの中に差し込み、ゆっくりと持ち上げる。出来立てのカレーの風味と湯気が食欲を刺激して、熱々の白の上にとろみのあるルーが滴った。
ゴクリと彼女の喉が鳴る。
少しだけ口を開けて一口、すっと白米とルーを頬張った彼女は熱さに「はふっ、ふっ」と慌てる。けれど、じわっと目尻に涙を溜めて、口の中のカレーをぐっと飲み込んだ後言った。
「美味しい!」
あぁ、それは良かった。
僕は独りでに安堵する、そして次々と口にカレーを放り込む彼女の姿を見て、どこか暖かい気持ちになった。
あぁ、助けてよかったと、改めてそんな事を思う。
僕もスプーンを手にとってカレーを一口、仄かな甘みと辛さ、ルーのとろみ加減、うん、悪く無い筈だ。そのまま彼女の食べっぷりを眺めつつ、密かにお代わりの用意をする。
その予想通り、彼女は二杯のお代わりを要求した。
文庫本一冊で約100,000字……
3,000字弱区切りで投稿しても3話で約10,000字、×10で漸く一冊分。
つまり3,000字弱の文字数で1話投稿するなら、30話分投稿する必要があると言う事……。
(´・ω・`)