インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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逃亡者の邂逅

 その日から、僕は活動を始めた。

 

 大学を休みがちになり、その時間を国家超能力研究所を調べる時間に宛てたり、実際に逃亡した超能力者の捜索に費やした。研究所に収容されていた能力者を見分ける方法は簡単で、首に(カラード)と呼ばれる首輪をしているかどうかで分かる。

国家超能力研究所は表向き、能力者を保護し人権に則り義務教育の実施や超能力を社会に役立てる為の訓練をしているという事になっている。だから幾らインターネットで国家超能力研究所を調べたとしても、その裏側までは分からない。

だから僕は、手っ取り早くその研究所から逃走した能力者に逢う事にした。

 

 

 超能力犯罪は昨今の日本で最も多発している犯罪である、超能力を悪用し金品を盗んだり、人を殺したり、街に被害をだしたり。その種類は多岐に渡るが、それぞれ自分の能力を最大限生かせる方法で連中は犯罪を犯す。

 そしてソレが表沙汰になれば当然、報道陣が駆けつける。

 それは通常の犯罪と同じ。

 けれどニュースでは一般的に『超能力者が暴れた』とだけ報道し、具体的に誰がどうして暴れたなどかは全く報道しない。それに誰も異議を唱えないし、意識にも上らない。大人ですら抗いがたい超能力と言う魅力に、未熟で多感な子どもが抗える筈が無い。比較的超能力は若い世代に発現し易く、世間はそういう風に超能力者を見ていた。

 

 けれどそんなのは、真っ赤な嘘である。

 偏見報道によって植え付けられた偽りだ。

 

 真実はこうだ。

 

 国家超能力研究所から脱走した能力者が、街で殺されている。

 

 超能力研究所には全国から集められた優位能力者、或は希少性の高い能力者が数多く収監されていると聞く。国は『貴重な才能の保護』と謳っているが、それが幻想である事を僕は数日前に知っていた。

 (カラード)と呼ばれる首輪を嵌められ、裏切れば業火が身を焼き尽くす。

 そんな状況が嫌で、命辛々逃げ出した先で彼ら、彼女等は殺されるのだ。超能力を使用した犯罪者という烙印を押されて。事実、追い詰められた能力者が手当たり次第に周囲の公共物を破壊したり、市民を殺害、人質にとるというケースは多々ある。

 それらを国は『超能力犯罪』として祭り上げ、あたかもトチ狂った若人の過ちであるかのように国民に刷り込む。

 超能力犯罪の九割は、この研究所脱走者によって引き起こされていた。

 

 

 

「はぁ、はぁっ」

 

 僕の住む町から少し離れた郊外の住宅街、過疎化の進んだ寂れた街並みの中で、細い道で壁に背を預けて息を切らす女性が一人。シャッターの降りた店が周囲を囲み、彼女が居る場所もまた店の脇道で人目に付きにくい場所だった。

長く艶やかな髪に整った顔立ち、細く鋭い眼つきは対面する相手に威圧感を与えるが、しかしその表情は青白く体調が良さそうには見えない。

そして特徴的なのはその恰好と、首元に巻かれた首輪だった。

 恰好は病院の患者が着用する様な白い貫頭衣、そして首輪は言わずもがな、(カラード)である。

 

「あの、大丈夫ですか」

 

 そう声を掛けると、ばっとその女性は勢い良く振り向いた。そして僕に手を向けた状態で、ぎょっと目を見開く。それからゆっくりと息を吐き出し、目尻を下げた。次いでノロノロと手も下がる。

 

「はぁ、はぁ、なんだ、一般人か……」

 

 そう口にして胸を撫で下ろす女性。座り込んだまま肩を上下させる彼女の様子は病人のソレだ、僕は通りすがりの一般人を装ったまま彼女に一歩近づいた。

 

「体調が悪いみたいですけど、ソレ、病院の服ですよね……もしかして、抜け出してきたりとか」

「良いの、大丈夫だから、ありがとう……」

 

 僕に掌を向けてやんわりと断りながら、壁に凭れ掛かる。その姿は誰がどう見ても大丈夫では無く、僕は少しだけ強引に距離を詰めた。急に詰め寄って来た僕に、「ちょ、ちょっと」と戸惑い気味の声を上げるも、僕は善良な一市民を演じる。

 

「駄目ですよ、明らかに顔色が悪いです、病院に……いや、何か事情があるなら、せめて何処かで休んだ方が良い」

「け、けどソレだと、連中に……」

 

 どこか蒼褪めた顔で俯く女性、恐らく連中と言うのは国家超能力研究所の追手の事だろう。今でも彼女を探している筈だ、見る限り彼女は研究所から逃げ出したばかりと言う感じだった。

 

「良く分かりませんけど、人目の付かない場所なら良いんですか?」

「えっ……えぇ、でも」

 

 答えは聞かず、女性に押し付ける様に肩を貸す、身長は少しだけ僕の方が高かった、そのまま立ち上がって戸惑う女性に言った。

 

「こんなフラフラな人を放っておけません、人目に付かず休める場所に心当たりがあります、一先ずそこに行きましょう、このままだと貴女は倒れてしまう」

 

 有無を言わせず足を進め、覚束ない足取りの女性に肩を貸して歩く。勿論人目に付かない様表通りをなるべく避け、入り組んだ地形を上手く利用した。元々過疎化で人の余りいない地域だ、居たとしても昼間のこの時間帯に徘徊しているのは老人ばかり。

 

「ど、どうして助けてくれるの?」

 

 道中、僅かに震えた女性が僕を見上げながらそんな事を聞いて来る、その眼は僅かに恐怖を孕んでいて、何かに怯えている。それは彼女自身、人の厚意を感じた事が無かったからか、それとも単純にこのお節介に裏があるのではと疑っているのか。

 だから僕は、極めて本心に近い感情を吐露した。

 

「人を助けるのに、理由が必要なんですか」 

 

 そう言うと彼女は驚いた様に肩をビクリと震わせ、それからふっと俯いてしまう。

 嘘だと思われたか、それとも偽善だと怒っているのか。

 僕には判断がつかない。

 その耳が徐々に赤くなっていく様を見ていると、小さく「ありがとう」と声が聞こえた。

 

 

 

 彼女の脱走を知ったのは偶然だった、あの日から国家超能力研究所の情報に目を通し続けていた僕の目に、ある一件のネットニュースが飛び込んで来たのだ。

 曰く、S市H町に不審者が徘徊していると言うニュースだ、何やらその人物は超能力者で、超能力犯罪の疑いがあると言う事。立ち入り禁止にはなっていないが、警察関係が注意を呼び掛けている事が書かれていた。

 パッと見は額面通りに受け取れる、全く観覧数の上がらないそのニュース記事は単純に注意を呼び掛けているだけの様にも見えた。

 けれど僕は違う、超能力犯罪の疑い、不審者の徘徊、この二つを国家超能力研究所と結びつけた。

 

― 脱走者だ

 

 確信は無かったが、推測は出来た。

 後は行動あるのみ、幸いその町は僕の住んでいる場所からそう遠くは無く、準備を終えた僕は、善は急げとばかりに現地へ急行した。

 

 結果は大当たり。

 今僕の横で黙り込み、俯いたまま足を動かす彼女は明らかに国家超能力研究所の脱走者だった。その首に巻かれた(くさり)が動かぬ証拠である、後は彼女を安全な場所に匿う必要があった。

 幸いにして彼女を匿う場所に心当たりはある、後はどれだけ人に見られない様に彼女を目的の場所へと連れて行くことが出来るか。

 けれどその懸念は無事、近くの駐車場へと辿り着く事で杞憂となる。駐車場に止めてある車、SAIのロックを解除すると後部座席の扉を開ける。

 免許は元々取得していたし、車も今回の為にレンタルした。

 

「助手席だと、フロントガラスで貴女が見えるかもしれない、後ろはスモークガラスになっています、後部座席でなるべく顔を見せない様に、これから隠れられる場所に行きます」

 

 それだけ言って扉を閉めようとすると、中から「待って!」と制止の声が掛かった。寸での所で手を止め、「どうしましたか」と問いかける。中を覗き込むと、未だ不安が拭えないのだろう、戸惑う様な顔をした彼女が「一体、何処へ行くの…?」と聞いてきた。

 

「……ここから北に7キロ程離れた場所に僕の祖父が住んでいた家があります、3年程前に他界して、今は誰も使っていません、取り敢えずは其処に」

 

 これは本当の事だった。

 僕にはそれなりに裕福な祖父が居た、両親も優秀でうちの家庭は日本の平均的なソレと比べてかなり恵まれている。だから祖父が死んだ後も家は残ったままだった、今回祖父の家の近くー 少なくとも実家よりは近い ―大学に通う事になった為、両親より定期的な掃除を頼まれている。電気もガスも水道も、全て使える事は確認済みだった。

 

「……分かった」

 

 妙に現実性のある嘘だと思われたか、それとも本当の事だと信じてくれたのか。それは分からないけれど、結果として彼女は頷いてくれた。その事に内心安堵しつつ、運転席へと移動する。

 エンジンを掛けてギアをドライブへ、ハンドブレーキを解除した後、バックミラーで彼女の様子を伺った。後部座席とその背後を映すミラーにはシートに横たわった彼女が映る、恐らく一番見つかり難い姿勢だと思ったのだろう、もしくは余程疲れていたのかもしれない。

ミラー越しにその鋭い瞳と視線が重なり、僕は純粋に誰かを助けられる事を嬉しく思った。それが笑みとなってミラーに映る。

 

「十五分程のドライブです、少しですが休んで貰って構いません、けど何かあった時困るので、起きて貰えると嬉しいです」

「……大丈夫、起きているから」

「良かった」

 

 そして車が、ゆっくり動き出した。

 


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