インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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同じ題名の筈なのに、恐ろしく内容が変わってしまった。


ヒーローの誕生

 人を殴り殺した感触だけがリフレインした、拳の表面に付着した血と骨を砕く音、肉を打つ感覚。自分が死ぬとも知らずに迫り来る拳を呆然と眺める男の顔、間抜けな表情、数秒前の出来事が簡単に瞼の裏側に浮かぶ。

 けれど驚く程、僕の精神は安定していた。

 後悔の念も懺悔も無い、ただ自分の正しい事のみを成したという正義感だけがあった。自己満足だとしても構わない、これは僕だけの感情だ。

 突き出した拳をそっと戻して、自分の姿を見降ろす。数時間前に見たのと同じ、テレビの向こう側でポーズを決めているヒーロー衣装、既に消えかけの炎が照らす姿はヒーローと言うより、悪役に見えた。けれどそれでも構わないと思う、僕は正義のヒーローになりたいと願ったから。

 正義なんて曖昧だ、何が正しくて、何が正しくないか何て、人の立ち位置によって変わる。

 僕が殺したあの男もまた、彼なりの正義で動いていたのかもしれない。

 けれど。

 だとしても。

 僕がソレを、正義だとは認めたくない。

 夜空に向かって息を吐き出す、呆気ない、実に呆気ない線引きだ。

 これじゃ、とても正義のヒーローだなんて呼べない。

 正義とは何と苦く、人殺しとは何と容易い事か。

 

「あ……ぁ……」

 

 僕を呆然と見ていた重力制御の能力者が、その場にぺたんと座り込んでしまう。男の死に様が余りにも惨かったからか、僕にとっては炎に焼き殺される方が余程惨いと思うけれど。一瞬で死んだんだ、延々と痛みを感じる殺し方をされた、あの女性の方が、惨い。

 

『大丈夫ですか?』

 

 コンコンと、硬質な音を鳴らしながら女性に歩み寄る。けれど彼女は口をパクパクと動かすだけで、一向に何も喋らない。余程ショックを受けたのかと気の毒に思っていると、突然目からポロポロと涙を零し、小さな声で呟いた。

 

「いや、死にたく、ない……」

 

「えっ」

 

 

 

 

― 【(カラード)制御官からの安全装置延長パルスが途絶えました、これにより(カラード)の安全装置を解除、処分を執行します】

 

 

 

 

 ひゅっと。

 

 女性が息を飲み込んで。

 

 カッ、と何かが彼女の首輪から弾けて。

 

 その体が一瞬にして燃えだした。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁッァアアアアアア!!」

 

 ボウッ、と炎は一瞬で彼女の体を包み込んで、巨大な火だるまに変えてしまう。毛がみるみる内に焼け焦げて、体のあちこちが黒色に呑まれて行く、僕はそれをただ見て居る事しか出来なかった。

 

「いやあぁああやァあぁァアアッ、アッ、イ、ガ、ぁァアア、あ」

 

 全身を掻きむしって、地面を転がって、火の粉が足元に飛び散る。轟々と燃え続ける彼女はやがてプッツリと動かなくなり、そのまま炎だけが周囲を照らす。それは先程炎に呑まれた超能力者の女性と同じ末路で、僕はただ何も言えず、何も出来ず、立ち竦んでいた。  

やがて炎が勢いを弱めて、周囲に立っている人間は僕一人。

 そして擦れた声で、漸く紡ぐ。

 

「……何だよ、これ」

 

 それは、実に悲惨な光景だった。

 

 

 

 

 

「げぇえぇ」

 

 這う這うの体で帰宅した僕は、そのまま玄関に入るや否や吐いてしまう。胃の中身を全てぶちまけて、その中に血が混じっている事に気付いた。別に死体に当てられた訳では無いらしい、心当たりもある。

 

― 変身には24時間に一度だけ

 

 今日僕は、二度変身した。

 一度はこの家でコスプレごっこを楽しみ、そして先程男を殴り殺す際に変身している。体に負担が掛かり過ぎたのだ、一度目は精神的に疲れを感じるとか、疲労感が体に圧し掛かるとかその程度であったが、先程から寒気と嘔吐感が止まらない。血と胃液の混じった吐瀉物を撒き散らしながら、僕は床を這う。

「うっ、ぐっ……くそ、くそ、くそっ、くそぅ」

 涙目になって床に拳を叩き付ける、それは傍から見れば実に幼稚な光景だろう。けれど形振り構って居られるほど、僕は自分を保てていなかった。

 誰も助けられない、一人を殴り殺し、一人を目の前でみすみす殺された。

 

 少し考えれば分かった筈だ、あの首輪に何かあると、強力な能力者が自由に力を行使できる筈が無いのだと。枷があって当たり前、それがあの首輪、管理者が死亡乃至(ないし)反逆行為とみなせば、すぐさま炎が体を焼く。そうして死んだ、目の前で、最初に燃えていたあの女性も、重力制御の能力者もー

 

「げぇぇっ、うっ、え、むっ、が」

 

 えづき、吐き出し、そしてまた後悔する。地獄の様な苦しみだ、気絶する事も叶わず、断続的な痛みと嘔吐感が意識を嫌でも敏感にさせる、けれど業火に焼かれて死んだ彼女達に比べれば、生ぬるい。

 

「ぐっ、あ、ぅ、ぜったいに、すぐってやる、ぅ」

 

 ああいう事が平気で行われているのだ、今もどこかで、能力者だというだけで。昨日まで煌びやかだった能力者の世界は、その実酷く脆く、儚く、絶望的な世界だと気付く。知らなければ良かった事など星の数ほどあるけれど、これはとびきりだ。

 けれど、僕は。

 

― 待ってる

 

「ぜったいに」

 

 独り善がりな正義で構わない。

 能力者だというだけで惨い殺され方をする世界なんて、間違っている。

 優位能力者だからなんだ、異能者だから何だ、一般人だからなんだ。

 同じ人間じゃないか、同じ人じゃないか。

 それを正す事に正義を見出す訳じゃない。

 傍から見れば、僕だってただの悪者かもしれない。

 だけど僕にとっては正義だ。

 僕の信じる正義だ。

 

 その行動の先に、誰かが笑う未来があるなら、彼が救われるならー

 

 

 

 その後、僕の記憶はブッツリと切れている。 

 翌日、携帯に幾ら連絡をしても通じないからという理由で様子を見に来た幼馴染に、玄関先で倒れている所を発見される。彼女は甲斐甲斐しく世話を焼き、わざわざ大学を休んでまで看病をしてくれた。結局、一日に二度変身した負債は大きく、三日の回復期間を要した、これでは満足に動くことさえできない。

 

― 一日に【変身】は一回、時間は三分

 

 それ以上は体がもたない。

 

 上等だろう、何も無い訳じゃないんだ、三分、一日に百八十秒だけ僕は理想の姿になれる。

 それで十分だし十全。

 戦える力も、理由も、苦い正義も持ち合わせている。

 それで救うのだ、この世界から。

 

 

― この地獄の様な世界から

 




これが今の私の全力ですぅああああああ\(^o^)/

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