インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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 前回の内容が余りにも酷いと判断したため、話を一度削除し書き直しました。
今度は速筆なんて自分の実力に見合わない事はせず、じっくり書きました。
気に入って頂けると幸いです(´・ω・`)


邂逅

 想えば僕は勘違いをしていたのかもしれない。

 超能力って言うのは人を幸せにする能力であって、それを犯罪に悪用するだなんて以ての外だと。

 超能力者というのは居るだけで凄い事であって、それは讃えられて然るべきなのだと。それが当然で、当たり前で、だからこそ力を持つ者は誰かを助けるべく手を差し伸べなければならない。

 

 ノブレス・オブリージュ

 持つ者の義務。

 

 だから超能力だとか、普通の人だとか、そういう括りは重要では無く、それらが手を取り合って高め合う事が大切なのだと、そう思っていた。

 だってそうだろう、超能力者、異能者だなんて呼ばれていたって。

 結局は、人間なのだから。

 

 

 

「アアァァアアァァ、あぁ……あぁァ……」

 

 人間が燃えていた。

 

 着火した部位からどんどん黒色が浸食し、炎に呑まれる姿は一瞬で黒一色と成り果てる。髪を振り回しながら全身を掻きむしる女性は、しかし数秒で糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。パチパチと爆ぜるナニカ、立ち込める人間の焼けた匂い、殆ど炭になった女性は炎と共に周囲を照らす。倒れ伏した無機質なコンクリートに焼け跡が残った、この薄暗い視界の中で唯一の光源、それは淡い命の光。

 

「………は」

 

 声は出なかった、空気の抜ける様な音だった。

 座り込んだアスファルトの床が冷たい、その感覚がどこか遠くに感じられて呆然とする。女性の手が助けを求める様に伸ばされていて、僕の爪先までほんの数センチだった。

 

「異能者番号0928番― 綾辻理沙(あやつじりさ)の死亡を確認、カラード(首輪)も発動しています」

 

 狭い路地、帰宅途中の気軽な散歩の筈だった。コンビニに寄って飯を調達して、その帰りに何となく近道がしたくなって人気のない路地を歩く。そんな日常で誰もが行う事を選択した結果、馬鹿みたいに残酷な現場に出くわした。

 目の前で未だ燃え続ける女性の死骸、徐々に日が落ち暗くなった周囲に男の声が響く。ソイツは女性の死骸の近くに立ち、携帯を片手に燃え盛る様を見つめ続けていた。短髪に切り揃えられた髪、ドラマで見る様な黒スーツ、体格の良いスポーツマンの様な風貌。散らかったコンビニ弁当やら缶紅茶が炎に照らされて、自分でも知らない内に呼吸を止めていた。

 そして、不意に男が僕に視線を向ける事で、噎せる様に呼吸が再開する。

 

「民間人に目撃されました、人数は一人………えぇ、えぇ、そうです、周囲に人影は有りません、あぁスキャンですか、分かりました」

 

 肩で息をして忙しない眼球を一点に置く、自身の保持で精一杯になっているところ、「pi」という短い電子音が鳴った。そして見上げた先に居る男が、実に機械的な声でソレを読み上げる。

 

「……藤堂雪那(とうどうせつな)、御凪大学一年、十八歳、両親は母父共に存命、超能力発現検査は……ほう、能力者か、優位ではないが【変身】」

 

 興味深い。

 その言葉に鳥肌が立った。

 

「なっ、なんで!?」

 

 叫びながら立ち上がる、そして背を向けて走り出そうとした。こんなヤバい連中、もし関わったら大変な事になる。そんなのは火を見るよりも明らかだった。

 けれどそんな僕の行動は分かり易く、男は容易に僕の退路を断った。

 

「行かせる訳ないだろう、枢木」

「………」

 

 声は無かった、無かったけれど、何か囁く様な音がした。

― ドン、と 体が衝撃に崩れる。

 何を受けたとか、何かされたとか、そんな事実を認識する暇も無く、僕は気が付けば冷たく硬いアスファルトに這い蹲って呻いていた。体中が重い、全てが鉛へと変わってしまった様だ、力を入れる事も出来ず足掻くだけ。

 何だ、何が起きた。

 

「……上出来だ、そのまま拘束し続けろ、直ぐ輸送車が来る、死骸と一緒に乗せて貰おう」

 

 男がそんな事を言い、壁に背を預ける、そこからは余裕以上の雰囲気が感じられた。

 這い蹲った姿勢のまま首を僅かに動かす、見上げた視界の先に立ち塞がる人物が見えた。足は二本、僕たちと同じ人間、そして女性。長い金髪にノースリーブ、何より首元に輝く首輪が印象的だった。そしてその眼は酷く濁っている、真っ黒だ、その先には何も見えない。

 

「……の、う、力……者」

 

 彼女が僕に手を翳して、何かをしている。この地面に押し潰されそうな圧力は目の前の華奢な女性が放っているモノ、そう悟った。

 ミシミシと背骨が悲鳴を上げて、思わず「うぁアァ」と叫んでしまう。

 

「おい、余り力を入れすぎるな、優位能力者じゃない、プレーンタイプだ、殺したら懲罰房に叩き込むぞ」

「……ッ」

 

 男の言葉を聞いて目の前の女性が息を呑む、そして驚く程体が軽くなり、背中に圧し掛かっていた圧力が消え去った。それでも体は重く、自重が数倍にも感じられた。

 痛みに呻きながらも僕の冷静な部分が囁く、周囲に散乱していた筈の弁当や紅茶缶がペチャンコに潰れていた。

 

―アレは【重力制御】の能力だ。

 

 自身の周囲の重力を自在に操り、無重力にする事も、または更に重力を加える事も出来る万能の異能、よくよく顔を見れば何度かテレビで見た事もある様な顔だった。きっと発見当初は持て囃され、人生がバラ色に染まっていたに違いない。

 だが今その顔に笑顔は無く、死んだような目をするだけ。

 全国に二人と居ない、優位能力者の代表格みたいな力だ持った人物が、今目の前に居た。

 

「運が良かったな、ガキ」

 

 いつの間にか煙草を咥えて、煙を吹かした男が僕の傍に歩み寄る。高い視点から見降ろされ、パラパラと降って来る煙草の吸殻を視界の端に捉えながら、「何が、良いん、だよ」と声を絞り出した。

 

「一般人なら今ここで眉間を撃ち抜いてサヨナラだ、能力者だから今日を生き永らえる、明日がどうかは知らないがな、少なくとも変化形の能力だろう、優位じゃなくてもソコソコ使える」

 

 それのどこが良いのだろうか、全く以て理解出来ない。能力があるから生き永らえると男は言った、チラリと黒く濁った瞳のまま棒立ちの女性を見る、優位能力者を従えた一般人。

ならコイツらはー

 

「国家超能力研究所……」

 

 僕がそう呟くと、男がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 

「流石難関大学に合格するだけはある、一通りのお勉強はしたってか」

 

 どこか小馬鹿にした物言いに腹が立つ、けれど今の僕は余りにも無力で地面を舐める事しか出来ない。それよりも余りに理不尽な現実に、僕は目の前の男を怒鳴りつけた。

 

「何で、何で国の超能力機関が、こんな人を殺してッ……僕みたいな一般人に危害を加えるのさッ?!」

 

 当然の疑問だった、国に雇われている人間って事は要するに公務員って事だろう、消防でも警察でも良い、そんな組織の人間が市民に手を出す何て、そんなの。

 

「何言っているんだ、お前?」

 

 けれど僕の叫びは、男の全く理解出来ないといった表情によって消し去られた。「ぁ……」と小さな声が僕の口から洩れる。

 

「聞けば当然答えが返って来ると思っているのは気に食わないが、さっきの言葉は撤回しよう、お前は夢見がちな坊ちゃんだ、こんな【化け物】相手にして綺麗ごとで済むと思っているのかよ」

 

 そう言って男が僕の頭を踏みつける、ゴリッと踵が頭を擦って一層強く地面に顔が食い込んだ。尖った石が皮膚を突き破って、鈍い痛みが走る。視界の先に短くなった煙草が落ちて来た。

 

「特別に答えてやるよ、国の超能力機関だからこそ、こんな事をしているんじゃないか」

 

 国の超能力機関だから?

 それ以降男が口を開く事は無い、少なくともペラペラと情報を喋ってくれるほど男は簡単な奴では無かった。半ば蹴飛ばす様な形で僕から離れ、棒立ちになっている女性の頭をグリグリと揺らす。それを僕は這い蹲って見ているしか出来ない。

 

「原理不明なトンデモ能力、瞬間移動に念動力、おまけに自分の姿を変えるやら毒素振りまくやら、人間辞めた奴が多い事、多い事、けれど才能と同じだ、選ばれた奴だけそういう力を手に入れて他の連中は見向きもされない、分かり易い形で差を見せつけてくれる超能力(コイツ)、頭のネジが飛んでる研究者が食い付かない筈がないだろう」

 

 説明はそこまでだった、けれどそれだけで十分だった。

 思わず、僕の近くで未だ燃え盛る死骸に目を向ける。じゃあ、この女性(ひと)はー

 

「研究所からの脱走者だ」

 

 僕の目線を追った男が応える。

 自分の中から、何か大切モノが抜け落ちた気がした。

 

 最早小さな炎しか残っていない死骸、それは全身が真っ黒に染まって凡そ人の死に方とは思えない姿だった。この人も能力者だからこうなったのだろう、優位能力者だったのか、そうじゃないかは分からない、けれど異能を持っていなければこうはならなかった筈だ。

 

― それは、かっちゃんも?

 

 超能力って言うのは有り触れたモノで、ちょっとした才能の上位互換みたいなモノで、それを持っただけで劇的に人生が変わるなんて考えていなかった。ましてや僕の能力なんて、ヒーローのコスプレをして満足するだけの、そんなしょうもない様な能力だから。

 だからー

 

 だから助かるとか、そういう事を、僕は思っているのか。

 

「ふぐぅッ!」

 

 両腕の筋肉が感じたことの無い熱を発した、それは自分の限界を超えた体重を持ち上げようとしているから。腰から、足から、全身の筋肉から熱が生まれる。骨が軋んで口から吐き出す吐息は熱を帯びる。

 

「……おいおい、やめとけよ」

 

 立ち上がろうと足掻き始めた僕を見て男は呆れたようにそう言った、まるで諦めの悪い出来損ないを窘める様に口を開く。

 

「ガキ、今お前の体重は五倍近い筈だ、仮に七十キロの体重だとしても単純計算で三百五十、下手をすると両腕が折れるぞ」

「う、るさ、い」

 

 男の忠告を一蹴、それは僕の執念にも似た想いだった。

 最初は宝くじに当たった様な感覚だったのだ、たまたま能力が発現して、優位能力者にはなれなかったけれど、この平々凡々とした日常に少しの刺激が出るんじゃないかって、あわよくば約束が果たされるんじゃないかって。

そんな俗物的で、馬鹿みたいで、頭空っぽな考えだったのだ。

 だけど超能力(ソレ)が、こんな辛くて、人として真っ当に生きる事も許されなくて、優れた能力を持ったって言うだけで、こんな惨い最期を迎えなければならないっていうのなら、そんなのは絶対ー

 

 僕は何でヒーローに憧れた?

 こんな理不尽と糞に塗れた世界で、単純明快で、光そのもので

 絶対に曲がらず、折れず、自分を貫き通し、そして最後には…

 最後には必ず皆を幸福にする。

 

 そんな、誰もなれない、格好良くて、優しくて、強くて

 誰もなれっこない超人だ

 なれないから憧れた

 でも今は、形だけでも、姿だけでもー

 

 

僕は、正義のヒーローになりたい。

 

 

― 待ってる

 

 僕を待ち続けている、親友(ともだち)を守りたい!

 

 

― 【変身】

 

 

「はっ?」

 重力を振り切った感覚だけが残った。

光に包まれた次の瞬間には足がアスファルトを踏み砕き、下から掬い上げる様に拳を振り抜く。空気の壁を貫いて、ボンッ! と手首から爆発にも似た音が鳴り響いた。否、それは確かに爆発だった、僕という感情の爆発を燃料に、蒸気を吹き上げた腕がロケット砲の如く男の顔面をぶち抜く。

 避ける事など許さない、認識する暇さえ与えない。

 男が理解する事は、自分の目の前に突如迫った鋼の様な拳と、自分の頭部を粉砕する暴力の味だけだ。

 

「アァァァアッ!」

 

 膂力にモノを言わせて振り抜いた拳は男の眼球、頭蓋、脳髄諸々を吹き飛ばしながら止まる。その風圧で近くに立っていた女性が思わず竦み、頭部を失った男の体が塵の様に転がった。暴力の嵐、腕の一振りで大の大人が一人、肉塊と成り果てた。

 呆然とした表情で僕を見る女性、後に残るのは地面に散らばった男だったモノと、拳を振り抜いたまま固まる僕。自分の拳に付着した血が、ねっとりと地面に垂れた。

 ただの変身する能力、その筈だった、その筈だった、だろう。

 

「僕はー」

 

 もう両肩に圧力は感じない、けれど足元を見てみれば、道端にあった石がパキリと割れた。

 

 僕はこの日、人としての一歩を踏み外した。

 

 そして、超能力者としての一歩を踏み出す。

 

 


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