インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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 やっとメインヒロイン出て来た(白目)


『予定調和』

 人間なんてちっぽけな存在さと、吐き捨てたのは誰だったか。小学校の時の友人だった様な気もするし、高校の時の捻くれた先輩だったかもしれない。自分と言う矮小な存在を世界規模で見た時、その小ささに絶望する。それは俺にも良く分かる感覚だった。

 幾ら自分を変えようと、その本質は何ら変わらない。

 億単位の人間が国と言う集団を形成し、その中で幾ら一匹が泣き喚いたところで何も起きないし、どうにもならない。それを俺と言う存在は命を捧げてまでやろうとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 真夜中。

 時計は既に二時を回っていた。虫の声で少しの風音、それと隣から聞こえて来る澪奈の寝息。既に慣れたもので、澪奈を隣にしても俺は心乱される事無く安眠出来た。香る甘い匂いも吐息も、既に安眠を得る要素の一つに過ぎない。

だから夜中に目を覚ますのは、本当に久しぶりだった。

 瞼を開けば暗闇にうっすらと浮かび上がる木目、月明かりだけが頼りの部屋は静謐に満ちている。隣から感じる体温、少しの寝汗。窓の外には明るい満月が闇夜を照らし、うっすらと自身の手を翳す。今日はやけに月明かりが明るく見えた。

 

「……何だ」

 

 特に何をしたわけでもないのに、やけに目が冴えた。まるで見えない何かに引っ張られる様に、俺は隣の澪奈を起こさない様細心の注意を払ってベッドを抜け出す。ギシリとベッドのスプリングが鳴って、足が冷たい床に引っ付く。それがまた俺の神経を刺激し、そのまま澪奈を残して寝室を後にした。

 

 階段を降りてリビングの前に差し掛かる、何故目が覚めたかは分からないが水の一杯でも飲めば落ち着くだろう。そう思っていたが、リビングに人の気配を感じた。それは馴染みのある気配で、恐らく弥生か秋だろうと考える。

 こんな夜中にどうしたのだろうか、もしかして自分と同じく眠れないのだろうか? そんな事を考えながらリビングの扉をそっと開く。何故か明かりは点いておらず、開かれたカーテンの隙間から淡い月明かりだけが差し込んでいた。それがフローリングに反射して幻想的に室内を照らす。

 

「秋? 弥生?」

 

 呼びかけながら室内へと一歩踏み出す、しかし返事は無く、その気配は一ヵ所に留まり続けていた。見ればリビングのソファに誰かが座っている、月明かりが足元だけを照らし太腿辺りまで視認出来た。そしてよく見れば、それが秋である事に気付く。

 もしかして、寝ているのだろうか? 俺は思わず笑みを浮かべてしまう。

 大方、俺と同じように眠れなくなってリビングに来たものの、ソファで寛いでいたところに睡魔が襲ってきたと言った感じだろう。確定ではないが、どこか子どもらしい行動に勝手に親近感を抱く。見ればテーブルには飲みかけの水が一杯、そのまま置かれていた。予想は確信へと変わる。

まぁ兎に角、こんな場所で眠っていたら冷えて風邪を引いてしまう。

 だから俺は秋に近付いて肩を揺すろうとした。

 

「おい、秋――」

 

 ぴちゃりと、自分の足に何か生暖かいモノが触れる。

 同時に水の跳ねる音が耳に届いた。

 

「何だ……?」

 

 裸足の足に絡みつく水っぽい何か、もしや白湯でも零したのかと足元に視線を落とす。暗闇で見えないが、それは妙に生暖かかった。床に零したらなら、掃除しなきゃまずいだろと内心秋に苦言を呈す。

 そうこうしている内に月へと掛かっていた雲が揺れ動き、月光がカーテンの隙間から少し伸びた。その範囲に俺の足元も含まれ、淡い銀色が俺の足元を晒す。

 

 

 

 破れた肝臓、眼球、砕けた骨、裂かれた胃、零れる胃液、爛れた皮膚、肉片、小指、僅かに動く心臓、引き抜かれた様な背骨、血、臓物、骨、血、臓物、骨、血、臓物――

 

 

 

「は」

 

 一瞬、俺は頭の中のすべてが吹き飛んだ。自分の足元に散らばるそれらが理解できない、臭いもせず、あるがままで、しかし秋の気配はそこにあると言うのに。

 そして動く月が、さらに照らす範囲を伸ばす。それは足元しか見えなかった秋の全容を俺に見せつけた。

 

 半分砕けた頭、伸びきった舌、引き裂かれた喉、空洞になった胴体、唯一綺麗なままの下半身、腕は存在せず、右腕は俺の足元にぐちゃぐちゃになって転がっている。肋骨が露出し、あるはずの臓物はなく、肺が無機質な標本の様にあるだけ。

 

「あ」

 

 唇が戦慄いた、何か形容し難い感情が自分の中で爆発的に増大する。心臓が早鐘を打って視界が赤く染まっていく。

 やばい。

 壊れる。

 自分という存在が、雪那という人間が。

 のろのろと俯いて、視界に入るのは自身の足。

 

 自分の足が濡れている。

 これは何だ。

 血だ―― 誰の?

 秋の。

 秋は。

 秋は、何で――

 

 

 何で死んでいるんだ?

 

 

「雪那」

 

 声がした、知っている人間の声が。

 素早く振り返って、その目に見たのは弥生の姿。いつも通りの寝間着で、いつも通りの表情で。その顔に少しの微笑みさえ携えて。

 

「や、弥生……?」

 

 声が震えていた。いや、ここに来て少なくとも仲間に近い存在が現れる事によって、俺は思わず感情を爆発させてしまった。

 

「あ、秋が、弥生ッ! 秋がッ!?」

「大丈夫、大丈夫だから、雪那」

 

 微笑みを絶やさず、弥生は大丈夫と繰り返す。俺は首を横に振った、何が大丈夫なものか、秋が死んでいると言うのに! 俺の頭は赤く染まりながらも思考を止めない、誰がやったのか、何故殺されたのか。答えなど分かりきっているのに、それを認めなくない自分が居る。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、だって貴方は――」

 

 ふらりと弥生が揺れる、その表情を笑みで象ったまま。

 そして腹部からじわりと、赤色が広がった。それが何かを俺は本能的に理解する、遅れて鼻に届く鉄の匂い。ここ最近、嗅ぎなれた匂いだった。殺し、殺し、殺し続けて来たから。それが、何で弥生から、秋から全く感じなかったのに、だってそれは。

 

貴方は正しいもの

 

 

 

「ぶぁあああァアアアアんンゥンッ!」

 

 弥生の腹部から腕が生えた。骨を砕き、臓物を穿ち、皮膚を突き破る。勢いで飛び出した血液がピシャリと俺の頬に付着し、ついでに床も赤く染め上げる。比喩でも何でもなく、少女の様な細い腕が突き出てきた、それは真っ赤に染まったまま弥生を絶命に至らしめる。ガクンと弥生の体が力を失って、何度か痙攣した後に完全な脱力状態となる。その腕が引き抜かれると同時に床へと崩れ落ちた。瞳は閉じず、黒く濁ったまま俺を見る、まっすぐ、俺だけを。

 

「……弥生?」

 

 返事はない。死んでいるというより、眠っていると言った方が現実味があった。僅かに笑みを浮かべて、横たわっているだけ、そうだろう? なぁ。

 俺は倒れた弥生からのろのろと視線を上げる、そこに立っているのは捜査官の服を着崩し、その首に(カラード)を巻き付けた少女と言うべき年齢の人物。その片腕を真っ赤に染めながら、「イヤッホォ! 一発即死、ワタシはこれを【神の手】(ゴッドハンド)と名付けまぁす!」と(はしゃ)ぐ。

 

「いやでも、この人なんで超能力使って来なかったンですかね? ね、リューガイさん」

「……この女は能力を持ってない、元研究所の人間だって局長が言ってただろ」

 

 あれぇ、そうでしたっけ? なんて首を傾げながら、そいつ等はゾロゾロとリビングへと入ってくる。その数は十人以上。全員が首輪を身に着け、バラバラの恰好をしている。その唯一の共通点は、(カラード)

 研究所の連中だ、それだけは分かった。

 

「火傷の痕、コイツが捜査官殺しまくってる仮面(マスク)?」

「そうっぽいね、というか此処に居る時点で確定でしょう」

「……さっさと殺して終わろう」

「慌てんなよ、【予定調和】が崩れる事はない―― だろ?」

 

 小雪

 

 最後に一人、遅れてリビングへと入ってくる影が一つ。呆然と連中を眺めていた俺の目に、ソイツの姿が映る。連中と同じ(カラード)を身に着け、雪の様に白い肌、白い髪、整った容姿。月光に照らされたその姿は、神に愛されていると断言できるほど美しい。その女性と視線が交差し、彼女は俺を見るや否やゆっくりと笑みを作った。

 

「しかし、たった一人の為に【Ⅴ】を雑兵の如く使いやがって、今度局長に直談判してやる」

「いいじゃァないですか、ワタシなんて【Ⅳ】だから良いように使われてばっかりなンですよぉ?」

「捜査官になったのは流石に笑ったわ」

 

 和気藹々と雑談する目の前の連中、まるですべてが些事の様に。楽し気に、なんでもなく、平然と。

 

「お前ら」

 

 唇が、ようやく言葉を紡いだ。

 連中の雑音の中で俺の言葉はよく響く、俺の拳からは血が滴っていた。血が滴となって床に垂れ、秋の血液と混ざる。

 連中の瞳が一斉に俺を捉え、その中の一人、少女の様な外見をした奴が飛び上がって笑う。

 

「あ、お久ぶりですねェ、お兄サン、って言ってもワタシが一方的に知っているだけですケド、あのお姉さん、元気ですか~? ほら、あの、何て言いましたっけ、確か『幸奈』でしたっけ?」

 

 俺の目が発言者の姿を射抜く。

 捜査官の服を着ながら、その首に(カラード)をしたアンバランスなその少女―― いや、女。弥生を殺して真っ赤になった腕を振りながら、「あっ、違う、間違った」と自分の言葉を訂正する。

 

 その顔をぐにゃりと、歪に捻じ曲げながら。

 

 

 

「私が、殺したンでしたっけ、『幸奈サン』」

 

 

 

「おぉォマぇェエえェえエエええっッ!」

 

 もはや言葉ではなかった。

 憎悪を極限まで圧縮しぶち当てる様な、そんな絶叫。

 変身の韻を踏むことなく、俺の姿はヒーローへと形を変える。フローリングを踏み砕き、その女へと殴り掛かる。幸奈を殺したという()()に、弥生を目の前で殺した()に。最大限の怒りと憎しみを込めて。

 

【空間固定】(エリア・ロック)

【物質透過】(マテリアル・スルー)

 

 しかし俺の拳が女の顔面を砕く寸前、俺の体が急激に重くなる。全身に「動くな」と命令が行き渡っているかの様に、まるで水の中で拳を振るっている感覚。だがそれでも止まらない、拳はそれでも尚余りある破壊力で女の頬に突き刺さる。

 しかし、接触(インパクト)の瞬間、女の姿が目の前から消失し、俺の拳は宙を切った。そして拳が空振りした瞬間、女が再度出現する。

 

「コイツ、固定した空間の中で平然と動きやがるぞ」

「透過してなかった、アナタ死んでたわよ」

「うっひょォ、強いですねエ!」

 

 見れば連中の中の二人が、俺と女に手を翳している。どうやら能力を行使したらしい、けれどどんな能力だとか、どれだけの戦力差があるのだとか、そんなのを冷静に分析できる思考力が、今の俺にはない。目の前のコイツを殺す、何が何でも殺す、生きてきた事を後悔させてやる事しか、今の俺の頭にはない。

 

「殺すっ、殺す殺す殺すゥ、殺してやるッ、何度でも地獄を見るまで、お前のその顔面を砕いて、臓物引きずり出して殺してやるッ! 死ねッ、死にやがれッ! 死ねぇええエェエエッ!」

 

 水の中で腕を振るう、振るう、振るう。

 一発で鋼鉄を砕き余りある怪力、それらを何度となく女に叩き込むが、その度に女の姿は掻き消える。虚像を殴っている様な手ごたえ、だがそこに女は確実に存在しているのだ。俺が拳を振るう瞬間だけ、女は姿を消す。ならばもっと速く、女が消える前に拳を叩き込む。

 

「おい、ソイツ止めろ」

「はいはい……【厳罰禁則】(オール・ギルティ)

 

 殴る殴る殴る。けれど近くに居た童顔の男が能力を行使した瞬間、俺の拳が一ミリも動かなくなる。動かそうとしても、女を殴る寸前で腕が止まる。まるで女を殴る事が出来なくなったかのように。

 

「……この人、マジで人間? 【(カガリ)を傷つける事を禁ズ】って念じたのに、【拳で傷つける事を禁ズ】に書き換えられたんだけど」

「並みの精神力じゃねぇな」

 

 拳がダメなら足を使う。思考は素早かった、少なくとも女を殺すことに関しては。

 フローリングを砕き、轟ッ! と唸りを挙げて蹴りが女に迫る。だが最後の最後で、強力な能力が俺に行使された。

 

【指定加速】(アクセル)

 

 ズンッ! と自身の体が重くなる、それは嘗て味わった重力操作の加重すら凌ぐ、圧倒的重量。フローリングが砕けて、俺は半ば地面に埋まる形で動きを止めた。中途半端に足を振り上げた姿勢が災いした、そのまま微動だにしなくなる肉体。変身状態で完全に拘束されるなど、初めてだった。

 地面に這いつくばった俺を、連中が囲む。

 

「……君に掛かる重力を加速させた、今の君は一時間で掛かる重力を一秒に凝縮して味わっている、正直普通なら死んでるよ、君」

「ぐ……ぉォ、あァ、殺すッ、絶対にィ、何がッ、何でもぉォ!」

 

 手を伸ばす、だがそれすら叶わない。空間が固定され、重力による枷を付けられ、傷つける事を禁止された。【Ⅴ】の能力者が行使する異能は、全て今の俺に届き得るものばかり。一人だけならば殺せよう、だが数の暴力とは余りにも―― 惨い。

 

「クソ、くそっ、くそぉォオオ! 死ねッ、死ねよッ! 殺させろォッ、お前は、俺がッ、絶対に殺すッ! 殺す殺す殺すッ!」

 

 獣の様に喚き、爆発的な殺意だけを原料に体を動かそうとする。しかし、【Ⅴ】の能力多重行使は俺の能力と競合し、尚勝った。体に圧し掛かる重力、空間を凝縮し固定された状態、更に拳を禁じられ、正に雁字搦め。

 

「【Ⅳ】とか嘘でしょ、多分単独で戦ってたら死んでたよ、僕」

「【Ⅴ】の危険指定階級(エデンクラス)か、マジモンの化け物だぞコイツ」

 

 周囲を囲む雑多が何かを口にする、だが今の俺には届き得ない。怒りと悲しみ、後悔、殺意だけが全てを支配している。幸奈を殺した、弥生を殺した、秋も殺した。守ると違った人間が次々と、こうも容易く、易々と、簡単に。何が殺す覚悟だ、何が切り捨てる力だ、選ぶも何も、俺はまだ―― 

 

「――雪那?」

 

 声がした。

 場違いな、寝起きで、少し擦れた声だった。それは忘れもしない、聞き慣れた声だ。先程まで自分の隣で安らかに寝息を立てていた、澪奈の声だ。俺は素早くその方向を見た、澪奈がぼうっと立っていた、寝間着のまま俺を見ている。恐らく騒音で目が覚めたのだろう、だがそれは余りにも無防備だった。

 

「澪ッ――」

 

 澪奈、駄目だ、逃げろ。

 澪奈に戦う能力は無い、せめて彼女だけでも生き延びて欲しい。

 そう口にしようとした、口を開いた。

 けれど。

 

逃亡者(ハンザイシャ)、はっッけぇぇでぇェェすゥッ!!」

 

 それより早く、女が駆けた。弥生を殺した真っ赤な腕のまま、澪奈との距離を踏み潰した。澪奈の目には何も見えなかったに違いない、女は壁を蹴り、天井を駆け、そのまま澪奈の頭上に飛び出した。何も分からず、何も知らず、ただ俺を見ていた澪奈の首が――

 

「【剛力】イッパツッゥ!」

 

ゴキュッ、と音を立てて捻じ曲がった。圧倒的な怪力で、彼女の首が三百六十度回転したのだ。余りにも呆気ない最期だった、余りにも早すぎる動きだった。回転に耐えられなかった首が千切れ、首から骨が飛び出している。

 

「あ…ぇ?」

 

 捻じ曲がった首のまま、澪奈が声を上げる。けれど直ぐに瞳が濁り、飛び出した骨が血を噴き出した。そのままフラフラと体が揺れ、ゴトリとフローリングの上に横たわる澪奈。ジワリと血が広がって、もはや澪奈は物言わぬ屍になった。僅か数秒の出来事だった、その数秒で俺は、最も殺してはいけない人を、殺した。

 

「ぁ」

 

 言葉は無かった。

 最早枯れた。

 何を言おうとしても、喉が引き攣って、声が出なかった。

 

 幸奈が死んだ、秋が死んだ、弥生も死んだ、そして最後に―― 澪奈さえも、目の前で。

 守るべき人が、皆俺を置いて死んでしまった。余りにも呆気なく、そこにはドラマも、悲劇も、死ぬ意味すら無く、ただ淡々と無情に潰えた命だけがあった。それを回避する為に、それを実現させない為に、俺は、誓ったというのに。

切り捨てると覚悟したと言うのに、何を犠牲にしても生きて貰うと誓ったのに。その為に俺は、()でさえ切り捨てたと言うのに――

 

 違う。

 違う、そうじゃない、切り捨てるとか、切り捨てないとか、何を犠牲にするとか、そういう話じゃない。誓いだけでは変えられない、覚悟だけでも変えられない、内面が幾ら変質しようと、それは世界に何ら影響を与えない。与えられるのは()という極限られた世界(セカイ)だけ。

 簡単な話だ、幸奈が、秋が、弥生が、澪奈が死んだのは。

 俺は、俺が――

 

 

 【俺が弱いから死んだ】

 

 

 俺が全ての真実に気付いた時、時は無情にも百八十秒を数えた。

 

 瞬間、生身に戻った俺に圧倒的な重力が圧し掛かる。ただの人間には耐えられないソレは、容易く俺の脳を潰し、眼球を抉り、骨諸共臓物をフローリングと同化させた。痛みも何も感じる暇はない、ただ気付いた時には死んだ、それだけだった。

 

 余りにも呆気ない、正義を目指し、足掻いた一人の男の末路。

 

 

 最後に見た光景は、【予定調和】と呼ばれた【Ⅴ】の女が微笑む顔。

 そして、耳に届いた、最後の言葉。

 

 

『大丈夫です、此処で貴方が息絶える事すら』

 

 

 ―― 【予定調和】 ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっちゃんスゲー!」

 

 学校の裏庭、僕らが秘密基地として好むそこは放課後になると人の気配が全くなくなる。時刻は夕刻、太陽が沈み始め薄暗い視界の中で、ぱっと光が生まれた。

 目の前で指先に炎が躍る、それは変幻自在に形を変えて時にはマッチの様に小さく、時には渦を巻く様に、時には動物の形になったりして僕を楽しませた。

 指に炎を灯らせた少年は、「凄い凄い」と騒ぎ立てる僕を見て、それはもう嬉しそうに笑う、そして最後に一際大きな炎を見せると、ぐっと拳を握って炎を消し去った。

 

「先生が言うには、えんねつ? 系の能力なんだってさ、上手く行けば『ゆーい能力者』っていうのにもなれるって」

「すげぇ! 良く分からないけど、かっこいいね!」

 

 小学生の時期。

 一番最初の全国一斉超能力発現検査―

 それによって能力を発現した、かっちゃんの姿。

 

 相変わらず、この頃の僕は語彙力に乏しかった。

 けれど僕なりに凄いって事を伝えたくて、少し大げさなくらいに喜んで、声を上げて、我が親友に笑いかけていた。その目の前の親友は、僕の喜びように頬を緩ませて満更でも無い笑みを浮かべる、そこには超能力を発現した嬉しさ以上に、僕との絆を強く感じられる笑みだった。

 能力は【炎熱】、単純に炎を操れる能力、個人差によって火力は異なるが、かっちゃんの場合は中の上と言った所だった、ギリギリ優位能力者に認定される熱量。けれど危険種と判断される程では無く、成人するまでは自由に進路を決める事が出来るとされていた。

 

「でも、超能力って、本当にあったんだね」

 

 自分でも驚きだよと、未だに信じられないと自分の掌を見下ろすかっちゃん。そんなかっちゃんに僕は、「いいなぁ、いいなぁ」と体を左右に揺らした。

 

「僕も欲しいよ、かっちゃんみたいなの」

「んー……でもさ、こんなの、お風呂沸かすとか、料理するとか、そんなのにしか使えないと思うよ?」

 

 小学生の考える火の使い方に、僕は「そうかー…」と考え込む。そしてふと、「どんな能力だったら、かっちゃんは嬉しい?」と問うてみた。

 

「そうだね、とー君と楽しく遊べる様な、そんな能力が良かったなぁ」

 

 炎は危なくて、あんまり使えないし。そう言ってかっちゃんは肩を落とす、僕は必死に「そんな事無いよ!」と先程の衝撃を体全体で表現した。この頃、純粋な炎など目にした事が無かった僕は、その美しさに見惚れていたと言っても良い。

 

「なら、あれだ、僕が能力を『はつげん』するよ!」

「とー君が?」

「うん! そうだなぁ……」

 

 かっちゃんを元気付ける為に、考えて考えて、思い立った僕は近くの古びた長椅子によじ登り、その上でテレビの向こう側と同じポーズを取った。口で「シャキーン!」と効果音も付けて、ぐっと顔は笑みを象る。

 

「【正義のヒーロー】になれる能力! とかどうかな!?」

 

 正義のヒーローになって、悪者をやっつける。そういう遊びを僕らは幾度となく繰り返して来た、悪者は僕らの想像の中、そんな奴らを蹴散らして僕らは世界で一番強く、カッコイイヒーロー。

 椅子の上に立ってポーズを決める僕を、かっちゃんはどこか眩しそうな、嬉しそうな目で見つめて、大きく「うん、良いね、それ!」と頷いた。

 

「待ってろよ、かっちゃん! すぐに能力が『はつげん』して、一緒に遊べるようになるから!」

「うん、待ってるよ! ずっと待ってる!」

 

 僕が変身ヒーローで、かっちゃんは『えんねつ』系ヒーロー。

 姿はどんなので、名前はこんな感じで、必殺技はどういうのが良いか。

 僕らはまだ見ぬ想いを馳せて、見回りの教師に見つかるまでずっと話し続けていた。

 

 

 

 それから九年、結局僕は能力を発現させる事が出来ず、かっちゃんは高校卒業と同時に『超能力犯罪捜査官』となった。

 

 炎熱系の能力を使って、超能力犯罪を少しでも減らすらしい。

 それが彼なりのヒーロー、【正義】への道だった。

 

 僕は超能力を発現させる事が出来なかったけれど、かっちゃんはそれでも僕と普通に接してくれた、ずっと親友で居てくれた。

 あの時の約束は既に色褪せてしまったけれど、彼は未だに諦めていない。

 

「待ってるから、とー君」

「……うん、待って、必ず、追いついて見せるから」

 

 能力が無いからなんだ、能力者だからなんだ。

 僕らはこうして、手を取り合って生きていける。

 何も正義を行うのに能力は絶対じゃない、僕は僕なりの道を、かっちゃんと一緒に歩ければそれで良いのだ。

 

 それで良いのだ―

 

 

 

 

 

 

 

 良いわけ、無いだろう。

 

 

 





【予定調和】

 別名『完全予知』
未来のあらゆる出来事を予知できる能力、それを覆す事は不可能。
予知された時点でその未来は『絶対不変』となる。
 仮に他の予知能力者等が、彼女の能力によって未来が改変した事を理解し、未来を改変した場合。
 正史に戻すため、時間が巻き戻る。
 その未来が『能力者が予知した通り』になるように、何度でも何度でも。

 故に【予定調和】

 現状、時間が巻き戻る事は能力者本人以外、誰も知らない。


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