インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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そうして私は

 誰かを心の底から信じられるほど、私は何を知っている訳では無い。

 

 

 想えば私の人生は、後悔と裏切りと、苦しみで出来ていた。

 生まれてから研究所に入所するまでは、平穏だった。

 好きな食べ物はハンバーグ、性格は至って温厚で、趣味は本を読む事。

 頭が良かった訳では無い、特段人格に優れていた訳でも無く、平凡とは言わないけれど、それなりに楽しくて、それなりに恵まれていて、それなりに笑っていられる人生だったと思う。

 厳しいけれど優しく温厚な父が居て、いつも微笑んで私を抱き締めてくれた母が居て、天真爛漫で時に喧嘩し、時に笑い合った友人達が居た。最低だと吐き捨てる環境では無く、今思えば十分すぎる程に恵まれた場所だった。

 私もまた、そんな環境に埋もれてしまう、世間一般から見て何の特色も無い少女だったに違いない。そんな何かに秀でていた訳でも無い私に降り掛かった災厄は、【超能力】という才能だった。

 

「おめでとうございます、貴女は優位能力者です」

 

 機械的な言葉だった事は憶えている、無感情で、無感動で、無色透明な顔色。

 小学校の時に行われた全国一斉超能力発現検査、その検査にて私は超能力の発現が認められた。白衣を来た男性の前で手を(かざ)し、ボールが左右に激しく揺れた時は自分でも驚いた。

 能力は【振動】

 触れた物体を振動させられるという能力らしいが、当時の私は正直そんなモノ何の役に立つのだと思ったのを覚えている。きっと私には想像もつかない、凄い使い方があるのだろうと、子供らしい大人への無条件の信頼で片付けていた。

 私の周りの仲間達は「幸奈ちゃん凄い!」と私を持ち上げ、担任の先生もどこか驚きの表情で私を称賛した。その日の検査で数人の能力発現が認められたけれど、優位能力者として認定されたのは私だけだった。

 それはそんなに喜ぶ事なのだろうか、私の心境を語るならば正に宝くじに当たった様な感じだった。それで褒められたって、なんだか釈然としない。

 

「貴方には研究所への入所が義務付けられます」

 

 研究所の関係者だと思われる男性は私にそう告げ、淡々と研究所への入所手続きを行う。発現してその日の内に書類を持って、彼らは私の家に押しかけて来た。黒服が数人と白衣の男性が一人、その時私は「何か、ドラマみたいだ」と少しだけ胸を高鳴らせた。

 当事者意識など欠片も無く、どこか他人事の様に思っていたから。

 自分の娘が優位能力者に認定される程の超能力を発現したという事実に、驚きを覚える両親。そして話されるのは私の待遇、超能力研究所の理念、研究内容、etc….

 私には何も理解出来ない言葉の羅列、少しだけ期待していた私は直ぐに飽きた。リビングのソファに座りながらテレビを眺める私は、いつまで話が続くんだろうと船を漕ぐ。テレビの内容は今流行の美少女魔法戦隊、友達が楽しいからと勧めてくれたDVD。部屋の中から聞こえてくるのは甲高い少女のアニメ声と、静かな大人達の交渉。

 時計の針が何周しただろうか?

 不意に父が怒鳴り声を上げた。

 

「ふざけるなッ!」

 

 それは厳しいけれど温厚な父の、初めて上げた怒声だった。

 思わずビクリと体が震えて、父の方に顔を向ける。酷く歪んだ表情に、ギラリと光る眼光は研究所の人を射抜いていた。対面する男は淡々と、「これは国の定めた法です」と答える。

 母が父を(なだ)め、私は一体何だと目を白黒させる。

 そうこうして成り行きを見守っていた私に、母と父は何か思いつめた様な視線を向けていた。

 正直、私は明日からも同じような日常が続いて行くんだと思っていたのだ。

 先程も言ったが、当事者意識など存在しない。

 朝起床して、眠い目を擦って登校して、友達と駄弁って、勉強して、運動して、帰り道にちょっと寄り道とかしながら。

 そんな平穏で、退屈で、楽しい毎日を、これからも続けて――

 

「娘を……宜しくお願いします」

 

 けれど私の人生はその日、確かに終わりを告げた。

 

 

 

 

「あァあぁァアあァぁあァあぁァああぁあァアッ!」

 

 振動する肉体、揺れる脳味噌、枯れてガラガラの声、出し尽くした涙、揺れる視界、零れる唾液、止まらない鼻血、私は立っている、立っているのだろうか、立っているに違いない、いや座っている、世界は平らだ、平、いや○、丸じゃない、たいら。

 

剪断(せんだん)応力の減少確認、砂粒子の液状化、目標達成》

 

 アナウンスが聞こえる、聞えるけれど聞こえない。私は立っていた、いや今は座っていて。両手の皮が擦り向けている、何度も能力を行使したからだ。頭が痛い、ガンガンと鈍痛を訴えて来る、揺れに慣れ過ぎた、今は揺れている、いや揺れていない。能力の強制発動は既に止まっていた、だから今は揺れていない、揺れていないだろう、揺れていないはずだ。

 

『基礎能力はセクタE【Ⅱ】相当ですけれど、投薬α(懐能液)との相性が素晴らしい、副作用の比較的抑えられるβ、或はγでも【Ⅳ】は超えるでしょう、Δ(原液)であれば【Ⅴ】入りも果たせますが、正直副作用で植物状態は免れません』

 

『βかγでの能力使用データが必要だ、管理局からの許可は出ている、α分の作用も見込んでβの使用が望ましいな、確か前日に【風力】の能力者にβを投与した筈だ、同じセクタEだったと記憶しているが』

 

『えぇ、えぇ、被検体E-0021ですね、彼には三日前にβを投薬し能力使用をモニターしました、詳細は情報局に送ってありますのでそちらを、基礎能力はセクタE【Ⅰ】でしたが、彼も中々素晴らしい、最終的にはβ投薬で【Ⅲ】のラインを超えました、竜巻の生成は出来ませんでしたが、【ダウンバースト(down burst)】を確認しましてね、広範囲型ではなく4km未満でしたので【マイクロバースト(micro burst)】ですが、並び立つ木々を容易く薙倒しましたよ』

 

『ほう、災害規模か、βにも期待が持てそうだ、しかし彼女の場合は【振動】だからな、人工的な地震発生は勿論津波による二次被害も期待出来る、これ以上ない兵器だ』

 

 私の頭上から声が聞こえる、あの男達だ。いつも私を見下ろして楽しそうに会話する、あいつ等。私は座ったまま拳を握る、頭上から聞こえて来る声。呑気で、忌々しい。

 この力をそのまま、あいつらにぶつけてやる。

 

《実験終了確認、被検体に投薬を開始します》

 

「あッ、ぐガッ」

 

 動き出そうとして、けれど私の首筋にプシュッと針が埋まる。その痛みを感じた瞬間に私の視界が白く染まった、思考が吹き飛ぶ、目が、頭が、私、ま、し。

 

『本当なら連続した投薬は肉体的な負担が大きいのですが……まぁ上限値も上がりますし、多少の無茶は若さで何とかなるでしょう、このままβを投与します、準備を―』

 

 揺れて、揺らして、溶けて、溶かして、痛くて、辛くて、気持ち悪くて、悲しくて、悔しくて、泣いて、怒られて、殴られて、怒鳴られて、意識を奪われて、何も出来なくて、寝て、起きて、絶望して、自殺しようとして、死ねなくて、回って、回して、流して、流されて、実験して、実験されて、食べて、吐いて、洗って、寝て、起きて、食べて、お父さんが居なくて、泣いて、実験して、食べて、寝て、洗って、お母さんが居なくて、痛くて、溶かして、溶かされて、痛くて、辛くて、悔しくて、誰もいなくて、流されて、回って、回されて、殴られて、怒られて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたす――

 

 何度も死にかけて。

 何度も死のうと思って。

 何度も生き残って。

 何度も狂いかけて。

 何度も壊れて。

 何度も治されて。

 何度も何度も何度も。

 

 

 何度も 人に、能力に、友に、父に、母に、私に、世界に裏切られて。

 

 

 

 

 そうして  私は此処(ここ)にいる。

 

 

 

 

 

 世界は色を失っていた。

 暗闇と灰色が支配する世界、音のする方へと駆けていた私が道路に飛び込んで見た光景。ビルに突き刺さった自動車、転がる捜査官の死体、首の折れ曲がった者、腕の無い者、潰れた者、下半身だけの者、その惨状の中心。

 澪奈は大丈夫だと言っていた、そう言って、けれど少しだけ不安そうで。私はその表情に言い表せない黒色を抱えていた。

 その漠然とした黒色は、的中した。

 

「雪、那……?」

 

 雨が降り始めていた。

 雪那が家を出た時から曇り気味だった世界は、今灰色一色に染まっている。

 アスファルトを叩く雨音は私を覆いつくして、瓦礫に塗れたこの場所を隠そうとする。 だから私は立ち尽くしたまま一歩前に出て、その光景を目に映す。私の声は雨音に掻き消されて彼に届いていない様だった。

 だから彼は倒れたまま答えない、だって聞こえていないのだから、仕方ない。

 

「雪那?」

 

 声を上げる。

 先程よりも大きな声だった。

 けれど返事は無い。

 まだ聞こえないのだろうか。

 雨音は先程よりも激しさを増している、ほんの少し先も見えない程強い雨だった。人の声など全然聞こえない、あぁこれでは彼に届かない。

 

「雪那……ッ!」

 

 声を上げた、強く。

 けれど彼は答えず、そのまま仰向けに転がっていた。

 内緒で追ってきた事に腹を立てているのだろうか? 

 ごめんなさい、貴方の能力の事は澪奈から聞いていた。

 けれどこの目で見るまでは信じられなかったのだ、だから、そう、どうか怒らないで返事をして欲しい。

 

「雪那ッ!」

 

 張り裂けそうな声だった。

 声を上げながら駆け出して、雪那の元に(ひざまず)いた。胸から立ち上がる煙は雨によって消火されている。服の胸部にはぽっかり穴が空いていて、そこから黒ずんだ肌が見えた。

 酷い火傷だ、いや、火傷なんて言葉じゃ済まされない。

 彼の胸は、殆ど炭と化していた。

 

雪那(セツナ)……?」

 

 雪那の前に佇んでいた男が、不意に声を上げた。

 その両腕に炎を灯して、私が姿を晒した時から警戒したまま、拳を構える。その熱量は触れた雨が一瞬で蒸発してしまう程、こうしているだけで汗が額に流れる。

 けれど私が彼の名を呼ぶと、どこか訝し気な顔をした。

 

「おい、お前は――」

 

「ねぇ、雪那、起きてよ、ねぇ、ねぇってばっ!」

 

 男を放って、私は一心に声を掛け続ける。

 忘れたとは言わせない。

 まだ一時間と経っていない。

 帰ってくると。

 死なないと。

 そう言ったのは貴方の筈だ。

 

「ねっ、ねぇ雪那、起きてよ、返事してってばぁ、雪那ぁッ」

 

 彼を揺する手が、力なく震える。

 これだけ大きな声で、雨音に負けない声で呼びかけていると言うのに、彼は全く答えてくれない。聞こえていない筈が無いのに、怒っている様子も見られないのに。

 彼は目も開けず、ただじっと空を仰ぐ。

 ずるりと、私の手が雪那の上から滑り落ちてしまった。

 そのまま冷たいアスファルトの上に落ちる手。

 揺すりたいのに、まるで体に力が入らなかった。

 どこか私の中でごっそりと、命の源が削り取られてしまったかのよう。

 アスファルトに落ちた手が、何かを触った。

 視線をそちらに向ければ雪那のベルトポーチから転がったのであろう、細長い筒が視界に入る。

 試験管の様な特徴的なフォルム、その中に入っている薬品は。

 無色透明で、見慣れた色で、既に何度となくこの身を流れた液体。

 

懐能液(かいのうえき)

 

 それが私の手の傍に転がっていた。

 雪那()は目を閉じている、起きる気配は無い。

 私は無意識の内に、ソレ(懐能液)を握りしめていた。

 既に冷め切った手で、彼を揺すっていた手で。

 

「……おい! 聞こえているんだろう!? お前は――」

 

 目の前の男が何かを言おうとする。

 けれど耳に入ってこない、入れたくも無い。今の私は抑えが効かないのだ、今はもう、もう、ダメだ。

 世界から音か遠ざかる、何も聞こえなくなる、段々と無音になる世界。私と彼以外は居ない、二人だけの甘美な世界。

 目の前には横たわった雪那。私を射抜いていた眼光も、優しい言葉を紡ぐ唇も、今も目にこびり付いている笑顔も、もうない。触れる(てのひら)は冷たくて、私の頬に触れていた温かみはない。雨に濡れて横たわる姿は退廃的で、人形みたいだと思った。

 そして人形となった彼は、鼓動すら止めてしまったかのようで。

 不意に涙が零れた。

 そして私は漠然と理解する。

 この抉られた命の源は、もう取り返しのつかない、彼という存在によって埋められたモノなのだと。

 そうか、私はこんなにも、こんなにも彼を、彼の事を――

 

 大切だと思っていたのか。 

 

 

「人を助けるのに、理由が必要なんですか」 

「ひ……一目惚れです」

「僕は貴女を助けると言った、どうかそれを最後まで貫かせて欲しい」

「これからは仲間なんだ、仲良くなる機会なんて、沢山あるよ」

「そりゃあ、毎日作れば上達もするよ」

「僕は、死なない、捕まらない、絶対に……絶対に二人のいるこの場所に帰って来る、約束だ」

 

 

「あぁ、約束だ」

 

 

 

 嘘つき。

 

 

 

「ねぇ」

 

 緩慢な動作で私は腕を掲げる。

 雨に濡れた服は不快感の塊だった、水を含んだ布が少しだけ重い。けれど今は、今はそんな感覚どうでも良い。

手は首筋へ、親指がプッシュボタンに掛かる。

 見上げた男の表情は、何と表現すべきか。

 恐怖、怒り、憎しみ、後悔、何とも言えない、そう、何とも言えない表情だった。雨に濡れた男の顔は酷いモノで、まるで狂人だ。

 けれど私も負けてはいないだろう。

 きっと酷い顔をしている筈だ。

 醜く、汚く、見るに()えない。

 泣きながら笑っている。

 狂人。

 そんな顔。

 

()()雪那を殺したんだから」

 

 親指がゆっくりとボタンを押し込む。

 瞬間、カシュと音が鳴って私の首に針が刺さった。

 そこから流れ込むアツイ何か。

 ぐんぐんと体中に広がって体温が上昇する、手から離れた注射器が甲高い音を立ててアスファルトを転がった。雨が私の皮膚を叩く、その雨粒が蒸発して私の体から蒸気が吹き上がった。暑い、熱い、とても、とてもアツイ。

 けれど慣れた感覚だ、今まで何度と来た道だ、能力者はこの程度では死なない、死ねない。指先が燃える様だ、頭が破裂する、眼球が飛び出てしまう、内臓が溶ける。

 けれどまだ、大丈夫。

 血管が浮き上がり目が充血する、五感が敏感になった。

 その果てに湧き上がる全能感、快感、巡る脳内麻薬(アドレナリン)。薬物が私の中の黒色を突き破り、能力を限界まで引き上げる。頭を巡るのは圧倒的快楽(エクスタシー)、既に懐能液に適応した体は痛みを快楽へと変換していた。

 痛みも苦痛も辛さも後悔も悲しみも、全てが飲み込まれる快楽。

 研究所で壊れる恐怖と痛みに逃げ出した、私の道。

 

 けれど今は。

 今だけは。

 何よりも感じてしまう。

 

 喪失感。

 

 

「絶対に殺す」

 

 





僕はホモじゃありません(真顔)





感想、評価頂けたら狂喜乱舞します。

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