インスタント・HERO ~180秒で世界を救え!~   作:トクサン

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青年は飛翔する

―逃がすだけなら簡単だ。

 

 僕単身だけで乗り込むならば、恐らく最低二人は救出出来る、そう思っていた。

 敵の能力探知は三十秒に一度の間隔で発動し、その効果範囲は凡そ五百メートルと言う。能力者二人を抱えて跳躍を繰り返せば三十秒以内に探知範囲から逃れる事は容易い。

しかしその場合、確実に一人を救出し損ねる。

 僕が二人の能力者を安全地帯まで運んでいる内に、殺害されるか拘束されるのが山だ。

 それに僕自身の制限時間がある、三分以内に全てを終えられるかと聞かれれば、正直厳しいという他ない。

 だから本当の所を言うと、僕は詰みかけていた。

 

「………」

 

 玄関を開いて家の中に戻るとき、僕の頭の中は「どうするべきか」という答えの無い選択肢で埋め尽くされていた。俯き、焦燥の中で最善を模索する僕はさぞ陰鬱な表情をしていたに違いない。 

 だから一瞬、気付くのに遅れた。

 

「雪那」

 

 はっと顔を上げた時には、もう遅い。

 どこか怒ったような、悲しそうな、そんな表情をした幸奈が僕の目の前に立っていた。玄関先で僕を待っていたのだろう、その眼はまっすぐ僕を見る。

 しまったと、僕は後悔の念を覚える。

 けれど言い訳するには余りにも暗すぎる表情で、慌てて手で口元を覆うけれど、それが何の意味もない事を僕が一番分かっていた。

 

「……さっきの電話、友達からじゃないよね?」

「………」

 

 答えられない。

 幸奈の問いに僕は何も言い出せなかった、反論は愚か良い訳さえも。この口を開けば要らぬことを喋ってしまうと、そんな確信に似た予感があった。

 僕と幸奈の間に沈黙が降りる、僕は何も答えられず、幸奈は何かを堪えて口を(つぐ)んでいた。

 そして僕が絞り出せた一言は。

 

「……ごめん」

 

 友人からの電話でない事を認めた上で、謝る事だった。

そんな僕の態度に幸奈が一度面食らって、「何それ」と呟く。

次の瞬間には幸奈が目を吊り上げ、大股で詰め寄って来た。

 僕の目の前まで歩みを進めた幸奈は、僕の両肩を掴み、大きく揺さぶった。

 

「ねぇ、私って、そんなに頼りなく見えるの? 何で頼ってくれないの? 澪奈の時もそう、雪那は一人で何とかしようとする、どうして? 私にどうして何も言ってくれないの?」

 

 目の前で僕の肩を揺すり、一瞬たりとも僕から目を逸らさない幸奈。それは彼女の感情が爆発した瞬間だった。

僕は彼女に何か弁明しなくてはと口を開けるも、けれど直ぐに閉じてしまう。何を言えば良いか分からなかった、もし全てを話すのであれば弥生の事から説明しなければならない。

 それは駄目だ。

 その感情は幸奈に軽蔑されたくないとか、僕の醜い面を見て欲しくないとか、そういう自分自身の情けなさから来るモノもあったけれど。

 何より、彼女達にはそんな、裏の事情と関わって欲しく無かった。

 両肩に掛かった幸奈の手をそっと掴んで、「ごめん」と僕は再び謝罪する。それは彼女自身を巻き込んでしまった謝罪と、何も言えない事に対する償いだった。

 

「今は時間が無いんだ、少し出掛けて来るから、戸締りをちゃんとして留守番していてくれ、大丈夫、すぐ戻るから……」

 

 そう言って素早く幸奈の脇を通り抜けようとする、けれど通り過ぎる瞬間、幸奈が僕の腕を強く掴み「雪那っ!」と叫んだ。

 

「何で、何で!?  どうして頼ってくれないのっ、頼ってよ、私、まだ何も貴方に返していないッ!」

「幸奈」

「こんな幸せな毎日を送れるようになったのも、澪奈と一緒に笑って過ごせる様になったのも、美味しいご飯も、暖かい寝床も、何かに怯えなくても良い安寧(あんねい)も、全部全部貴方がッ――」 

「幸奈ッ!」

「っ!」

 

 顔を赤くして、今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ幸奈に、僕は静止の声を上げる。振り返って視界に映った幸奈の表情は、今にも崩れてしまいそうな顔だった。ぽろぽろと涙が零れて、彼女の口がぎゅっと結ばれる。

 そっと幸奈の顔を挟む、その柔らかい頬を(てのひら)で包みながら、じっとその瞳を覗き込んだ。彼女は巻き込めない、二人を助けた時点で僕には彼女達を守る義務がある、それを(みずか)(おか)(なん)てのは。

 僕の【正義】に反する。

 

「僕は、死なない、捕まらない、絶対に……絶対に二人のいるこの場所に帰って来る、約束だ」

 

 ポロポロと涙を零して、今にも決壊しそうな彼女の堤防を修復する。こんな口先だけの男に何を想うか、そんなのは分からない。けれどこれは僕なりの誠意だ、何も話せず、明かせず、けれど信頼しろと、虫の良い事だとは分かっている。それに必要な時間を僕たちは共に過ごしていない。

 けれど、それでも連れて行くことは出来ない。

 

「約束」

「あぁ、約束だ」

 

 幸奈が呟く、僕はすかさず頷いた。

そして彼女の頬に添えていた手を放し、そっと背を向ける。

「あっ」と幸奈が声を上げ、僕に手を伸ばす。けれどその指先が背に触れるだけで、掴む事は叶わない。僕は幸奈に背を向け駆け出し、そのまま二階の自室へと飛び込んだ。木製の扉を強く閉め、鍵を掛ける。

 

「………」

 

 不甲斐ない。

 そう思った。

 

 自分のデスクの上に鎮座するショルダーバッグ、少し大きめのそれをひったくる様に持つ。必要なモノは全部この中にあった、賭けに勝った場合必要になるとこの一週間で密かに買い集めたのだ。

 そのまま窓を全開にして、縁に足を掛ける。

 

「―変身」

 

 光が僕の体を包み、そっと窓枠を壊さない力で飛び出す。それでも十分な跳躍は果たされ、一足跳びに木々の生い茂る場所まで跳んだ。着地は土と落ち葉によって軽減され、殆ど無音に近い。

 地面に接地した瞬間に葉が舞い上がり、頭上の葉傘が揺れる。僕はショルダーバッグを叩き付ける様に地面に下ろした。変身を解除して三秒、僕は己の中にある感情に蓋をする。

 自己嫌悪も、後悔も、申し訳なさも、幸奈や澪奈に関する感情全て。

 幸奈の泣き顔が瞼の裏から離れない、自分の胸をナイフで抉り、心臓を引き摺り出された気分だ。血の気が引き、深い深い後悔が足元から僕を呑み込んでしまう。けれどそれも、多大な労力を費やして鎖を掛ける。

 今の僕は藤堂雪那では無い。

 そう言い聞かせた。

 

「……やってやる」

 

 声を上げ、ショルダーバッグのジッパーを開ける。開いた口から覗くのは、不気味なペイントの施されたマスクと、フード付きのパーカー。僕が藤堂雪那である事を隠す為に必要な道具、そして――

 その下に隠された容器が二つ、試験管の様な細長い形。中身の液体はそれぞれ青色と無色。

 【懐能液】と【防壊液】

 幸奈から手渡されていた二本、それを頑丈に作られた保管ケースに入れ腰のベルトに固定する。最悪の場合を考えた保険、必要ならば使う事に躊躇は無い。マスクを被り後頭部を金具で固定、パーカーの中にプロテクターを着用する、膝や肘各所にも。フードを被れば僕はもう雪那だとは分からない。

フードを固定し口元まで隠す、ふと近くを見渡すと水溜りがあった。

 二日前に雨が降ったのを思い出す、空を見上げれば灰色が世界を覆い始めていた。

もう一雨来るかもしれない。

 落ち葉の浮かぶ水溜りに近付いて、そっと中を覗き込む。

 水面の波紋に(ゆが)められて(うつ)るのは、真っ白な色に(いびつ)な笑みを浮かべ、右半分に真っ赤な華が描かれたマスク。くり抜かれた目元からは、鋭い眼光が見え隠れしている。

 まるで犯罪者だ。

 いや、実際僕は今から犯罪を行うのだから、犯罪者で間違い無い。

 水溜りから目を逸らして僕は空を見上げ、それから時計に目を落とす。

 あの電話から五分と少し、そろそろ行かなければ突入が開始されるかもしれない。

 電話を切った直後に襲撃されているとは思わないけれど、早いに越したことは無いのだから。

指紋対策用に購入した手袋、それでマスクを一撫(ひとな)で。

大きく息を吐き出す、体内に籠った熱気が外に消えた。 

 

 覚悟は決めた、なけなしの勇気もある、苦い正義も、少しの力も。

 あとは、そう。

 

 実行するだけだ。

 

 

 

 

 

 

朱音(あかね)ッ!」

 

 声は響いた、けれど目の前で戦う友人には届かない。長く黒い髪を靡かせながら戦う友人――朱音は、耳から血を流して表情を強張らせていた。

 鼓膜(こまく)をやられたんだ。

 私は対峙する能力者を睨めつける、中肉中背の男。これと言った特徴は無く、私達と同じ(カラード)に繋がれた超能力者。恐らく能力は【音】に関するモノ、対峙する朱音の鼓膜が破られ、同時に朱音の放った【雷撃】が男の体を奔り抜けた。

 

「がグぁッ!?」

 

 バチィッ! と閃光が瞬き、男の体が大きく震える。朱音の電撃は男の体を麻痺させ、その眼がぐるんと白目を剥く。毛が逆立って倒れる様は酷くスローモーションに見えた。そして朱音も男と殆ど同時に膝を着く。

 

「朱音っ、大丈夫か!?」

 

 私は朱音の元に駆け付けると、その顔を覗き込む。朱音は脂汗を滲ませながらも、「だ、大丈夫」と頷いた。けれど耳から流れる血は如実(にょじつ)に負傷を訴えており、少しも大丈夫そうには見えない。

 

「左の耳をやられただけ……っ、右は、大丈夫、ただちょっと、三半規管を揺らされた、かも」

 

 フラフラと体を揺らす朱音の言う通り、どうにも立ち上がれないらしい。そして口元を抑え、吐き気を堪えていた。

 

「一端、部屋に戻ろう、あそこで籠城(ろうじょう)するしかない」

「駄目……それだと、由愛(ゆめ)が」

「馬鹿ッ、そんな事言っている場合じゃないっ」

 

 朱音に肩を貸して立ち上がる、平衡感覚の戻らない朱音は私に大半の体重を預けていた。どう強がっても足が笑っている、これで大丈夫な筈がない。私は周囲を注意深く見渡す、窓の外、隣接する建物、屋上、錆びた非常階段、見下ろせる小さな駐車場、人影は無い。侵入して来た音響使いの能力者を一瞥し、朱音と自分を対象に能力を発動した。

 

【迷彩】(クローク)

 

 粒子反転による完全迷彩効果。

 私の体が足元より消えて行く、実際には表面に薄い粒子を纏って姿を隠しているだけ。

 今私と朱音は、文字通り透明人間と化しているだろう。消える瞬間に注視していなければ其処いるとは気付けない、熱探知だろうが何だろうが遮断する。唯一の例外は能力探知による粒子視覚化、けれどその能力者以外に感知する事は不可能。

 探知能力者以外であれば目を(あざむ)くには十二分。

 しかし、たった今例外の一つが追加された。

 

そのまま寂れた廊下を進み慎重に歩を進める。何度か角を曲がり周囲に人が居ない事を確かめ、とある角部屋の前に立った。一度だけノックをして扉を開けて中に入ると、室内の張り詰めていた空気が霧散する。中は元々倉庫として使われていた為、埃を被った家具や本が積まれているが、比較的マシな部類だ。窓ガラスは使われていない陳列棚で蓋をし、その中央に寝そべる少女に目を向けた。

 

「お、お帰り、なさい」

 

 息が荒く、赤らんだ顔で笑う少女――由愛(ゆめ)

 薄い毛布の上に横たわって私達を出迎える彼女は、懐能液によって身動きすら出来なくなっていた。余りにも長く能力を使いすぎたのだ、その反動が今になって体を(むしば)んでいる。ノックは彼女の為、由愛はもし無抵抗のまま殺される位なら部屋ごと吹き飛ばしてやると息巻いていた。

 【迷彩】を解除すると、私と朱音の姿が露わになる。

 それを見た由愛が、どことなくホッとした表情を浮かべた。

 しかし朱音の負傷を見るや否や、表情が歪む。

 

「はぁ…ッ…朱音っ、ちゃん、その耳……」

「っ、ふふっ、大丈夫よ由愛、このくらい、ちょっと揺らされてフラフラするだけ、痛くも痒くもないわ」

 

 朱音を由愛の傍に座らせ、私は扉を閉める。そのまま入り口に長机を引っ張って来て、堤防とした。チラリと朱音と由愛を見るが、どちらも状態としては万全からほど遠い。由愛は勿論、朱音も暫くは休ませなければ。

 

「……由愛、体の方は?」

「はっ、はぁ……多分、能力は使えるよ、けど、動くのは……」

 

 申し訳無さそうな表情でそう言う由愛、無理をすれば能力は使える。けれど歩く事は出来ない、本来ならば能力を使う事さえ難しいというのに。ここで朱音の離脱は正直致命的だった、私の能力は直接攻撃出来るモノではない。能力者ならば背後からデッドボルドを狙えば何とかなるかもしれないが、相手には能力探知の異能者が居る。

奇襲は成立しない。

 

「くそっ……まさか、音響とは」

 

 私の【迷彩】が音響使いの能力者に看破されたという事実に、思わず舌打ちを零す。そこに体と言う物体が有る以上、音は反射するし、仮に吸収しても不自然に消失した音は能力者に物体の存在を知らせる。

 先制攻撃を許したのは、私が相手の能力を先に見抜けなかったからだ。

 

「秋、自分を責めないで……」

「いや、今だけは自分の愚かさが許せない、ここまで後悔したのは、研究所に収容された時以来だ」

 

 怒りに身を任せて叫んだり、拳を叩き付けたくなった。これは私のミスであり、今は朱音の言葉ですら自分を責める要因になりかねない。ここは私だけでも先行して、敵の能力を偵察した方が良いのではないか、ふとそんな事を考えた。

 朱音も由愛も既に戦える状態では無い、朱音は大丈夫だと言い張っているが超能力は精神にも強く左右される。みすみす友人を死地に送り込む事など、出来る筈が無い。

 私が単独で動こう、そんな覚悟を決めていた私の耳に【キィィィィ】と甲高い音が聞こえて来る。

 

「っ、来たか」

 

 周囲に木霊する高音、私が振り返るや否や物体を透過して浸透する粒子の波が現れる。それは超能力探知の異能者が放った粒子による探知行動、通常の能力者では見る事すら叶わず、粒子を作用させる能力者でなければ視認が不可能な光の輪。事実、朱音と由愛は顔を強張らせて身を竦ませるだけで、その粒子波に目を向ける事は無い。

 

粒子散布(ジャミング)

 

私は【迷彩】(クローク)の粒子反転を行い、この建物の広範囲に向けて粒子を放つ。

【迷彩】とは己の体を隠すだけの能力では無い、探知に対するジャミングもまた、私に課せられた役割の一つ。

散布された粒子に触れた粒子波は、触れた傍から消滅していく。

恐らくここら一帯に放った粒子波が、この周辺だけぽっかりと消失しているだろう。正直、この一帯が怪しいですよと叫んでいる様なモノだが、余り広範囲に粒子を散布出来ない私ではこれが限界。

仮にジャミングを行わなければピンポイントで私達の位置が割り出されてしまうのだ、ならば完全に場所を特定されないだけマシと思う他無い。

 

「秋、探知は……」

 

 朱音が不安げな顔で問いかけて来る。それに対し私は虚勢を張って頷いた。

 

「大丈夫、軸をずらして散布したから、まだバレないと思う」

 

 時間は刻一刻と過ぎて行く。今回は多分大丈夫だ、けれど最短で三十秒後にはまた粒子波が押し寄せて来る。次は誤魔化せるかもしれない、けれどその次は、またその次は?

 私達はこの場から動けない、幾ら軸をずらして誤魔化そうと数を重ねるごとに居場所の精度は上がっていく。先程の超能力者の様にこの建物に侵入してくる連中もいるのだ、既に半ば場所を割られていると言っても良い。

 倉庫内にある古びた時計に目を向ける、埃を被ってはいるがまだ動いていた。時間は彼に連絡してから八分と少し、このままズルズル時間が過ぎれば十分を経過する前に居場所が露呈するだろう。

使いきりの携帯電話を開けば、真っ黒な画面、既に電源は切れている。後はあの青年を待つだけ――

 

本当に助けなど来るのか?

 

そんな疑念が頭を過った。

 

「秋ちゃんッ!」

 

由愛が叫んだ、私は一瞬体を硬直させ、次いで何故大声で叫んだと怒りを覚える。しかし次の瞬間には後悔に変わった。

 甲高い破砕音、それは硝子がぶち破られ陳列棚が地面に倒れる音。振り向けば超能力犯罪捜査官の制服を着用した女が一人、部屋に飛び込んで来ていた。カーテンを引き裂きながら着地し、由愛のすぐ傍に転がる。

 

「朱音ッ」

「この……っ」

 

 突然の事に一瞬反応が遅れた朱音だが、座り込んだまま能力を発動させる。バチッ! と朱音と女の間に紫電が走る、けれど女が倒れる事は無かった。痙攣する事も、声を上げる事も無い。

 何故? 疑問が一気に頭を駆け抜ける、電撃を放った朱音も自身の攻撃か効かない事に驚きの表情で固まる。

それは余りにも致命的だった。

 

【護謨】(ゴム)

 

 地面に転がった女が朱音に手を伸ばす、朱音と女の距離は五メートル程離れていた。普通なら届かない、けれどその距離を一気に女は潰した。

グンッ、と腕が伸びて朱音の喉元を掴んだのだ。

凄まじい勢いで伸びた女の腕は朱音の首を掴み、そのまま壁に叩き付ける。

 

「がっ、あッ!?」

「朱音ッ! っ、【迷彩】(クローク)!」

 

 喉を絞められた朱音は呻き声を上げながら苦しそうに暴れる、能力によって雷撃を纏うも女は手を放さない。女の目が朱音から私と由愛に向き、まずい、そう思った。

次は私達を狙う気だ。

 その考えに至った瞬間、私は自分と由愛に【迷彩】を施した。一瞬で私達は風景と同化し、通常の方法では視覚化出来なくなる。

 

「ぉぉあぁァッ!」

 

 しかし、それでも女は行動を起こした。

 女が叫び、朱音を掴む逆の手が一気に伸びる。そして十二分に勢い付いた腕が部屋の中を薙ぎ払う様にして横断する、ソレを呆然と見ている事しか出来なかった私の体にグルンと腕が巻きついた。

 

「嘘ッ?!」

 

 勢い良く薙ぎ払われた腕は手という(おもり)によって勢い良く巻き付き、即席の拘束具となる。見れば女は手に鉄の球を握っていた、恐らくこういった使い方を想定していたのだろう。

 

「ぐっ!」

 

 女は腕を勢い良く引き、私は無様にも床に転がる。【護謨】(ゴム)の能力を持った異能者、体を自由に伸縮させ電気も通さない。朱音対策だろう、となれば先の【音響】は私への対策か。

 今に至って、私は(ようや)く連中が本気だと悟った。

 

「由愛っ、逃げろッ!」

 

 地面に這い蹲ったまま私が叫ぶのと、部屋の扉が破られるのは同時。

 扉の前に寄せていた長机が吹き飛び、反対側の壁にぶつかる。開け放たれた扉からは研究所の連中が三人現れた、制御官が一人と能力者が二人。

 制御官は若い男、能力者は男女が一人ずつ。

 制御官は部屋の中を素早く見渡すや否や、横たわった由愛を凝視した。

 

榊由愛(さかきゆめ)を逃がすなッ、拘束しろッ!」

 

制御官の声に反応し、能力者が二人由愛に飛び掛かる。

私は拘束から逃れようと足掻きながら叫んだ。

 

跳躍()べっ、早くッ! 逃げろッ、由愛ぇェッ!」

 

由愛の目が私に向く、一瞬の交差、その中に宿る感情は何か。

後悔、悲しみ、怒り、憎しみ、不安、焦燥、それらを一緒くたに纏めた色。けれど私はその色を見つめながら、無理矢理に笑みを張り付けた。

 

能力者の手が由愛に触れる寸前、彼女の体は忽然と姿を消す。

 由愛が跳躍した後には風だけが残り、空しく私の頬を撫でた。

 

「っ、クソ! 【跳躍】(ジャンプ)されたッ」

 

 制御官が叫び、「おい、探知急げッ!」と能力者に怒鳴り付ける。女性の能力者がその場に膝を着き、粒子波を生み出して周囲の探知を行った。数秒後、ゆっくりと首を横に振る。

 

「……能力効果圏内に粒子反応無し、既にかなりの距離を【跳躍】したものと思われます」

「役立たずがッ」

 

 制御官が悪態を吐き、その瞳が私を射抜く。ツカツカと歩み寄って来た制御官は、(おもむろ)に私の顔面を蹴り飛ばした。「ぶッ」と勢い良く顔が横に逸れる。頬に熱と痛みが走った。

 

「ちょ、何をしているんですかッ!」

 

 私を拘束していた【護謨】使いの捜査官が非難の声を上げる、しかしそれでも制御官は私の顔を蹴り続け、(あと)から続いて入って来た捜査官に無理矢理抑えられ、暴力はやっと止まった。

 

「落ち着いて下さいッ、伊藤制御官っ」

「世間様に迷惑を掛けた犯罪者に掛ける情けなど持ち合わせていませんねぇッ! 犯罪者を蹴飛ばして、何が悪いと言うのですかァ?」

「犯罪を行ったからと言って、蹴って良い道理はありません」

 

 羽交い締めにされて身動きの取れない制御官は、大きな溜息を一つ吐き出し。「わぁった、分かりましたよ」と両手を挙げた。それを見た捜査官は、じっとその表情を見ながら腕を外す。

 自由の身になった制御官は乱れたスーツを正し、私から数歩距離を取った。

 

「ッチ……一人逃げられました、例の超能力者です、ソイツはこっちで捜索するので、コイツ等を任せても良いですか?」 

 

 私と、既に気絶し壁に凭れ掛かっている朱音を指差して、そう口にする制御官。捜査官はどこか釈然としない表情をしながらもゆっくりと頷いた。

 

「それは構いませんが……【跳躍】使いなら人手が必要でしょう、何なら捜査官の中から何班か増援を――」

 

 「それには及びません」と言葉を遮る制御官。

 そこには警察に踏み込まれたくないという言外の威圧があった。

 

「所詮手負いです、そう遠くまでは行けない筈だ」

 

 それだけ言ってさっさと踵を返す制御官、最後に私を見下ろし、ポツリと呟いた。

 

「余計な手間を掛けてくれたな0862番、大人しくしていれば良いモノの」

 

―― 所詮、実験動物(モルモット)

 

「ッ、お、前っ!」

「それでは頼みましたよ、(とおる)捜査官」

 

 私の怒りを歯牙にもかけず、肩で風を切り部屋から退室する制御官。その後に二人の能力者が続き、私に(あわれ)みの視線を向けた後、扉の向こうに消えて行った。残ったのは四人の捜査官と私、そして朱音だけ。

 最後まで制御官と話していた捜査官―― 確か(とおる)と呼ばれていた男が後頭部を掻き、「何か、嫌な感じだなぁ」と呟いた。

 くるりと振り向き、私と朱音に目を向ける。そこには職務以上に、何か個人的な感情が含まれている様な気がした。

 

「取り敢えず護送車に、村上」

「はい」

 

 村上と呼ばれた女性が私に駆け寄って来る、その手にはシリンダー型の注射器を持っていた。中身は凡そ見当がつく、能力を使わせない様にするなら意識を奪うのが一番だ。ソレがゆっくりと私の首筋に当てられる。拘束された私に逃れる術は無かった。

 

 ここまでなのか?

 

 不意に涙が零れる、それは悲しさからでは無い、ただ悔しかった。

 自分に力が無い事が、仲間を守れない事が、何一つ成し遂げられない事が。

 

「由愛っ、朱音ッ」

 

 友の名を口にする。

 しかし無情にも、時は止まらない。

 私の目の前で朱音にシリンダーが押し当てられ、また私の皮膚を針が突き破――

 

 

「皆伏せッ」

 

 

 ボンッ、と。

 耳元で途轍もない音が響いた。

 それは爆音と表現すれば良いのか、音と共に凄まじい風圧が私の体を襲う。

続いて何か硬いモノを砕く音、壁に叩き付ける音、砂利を踏む音、人の呻き声が聞こえて来た。パラパラと天井から破片が降って来る。私は思わず身を竦ませて、目を瞑っていた。

 

 何が起きたのか?

 

 恐る恐る目を開いた私の視界に飛び込んだのは、散乱したコンクリート片と家具、粉砕された壁。先程まで光を嫌っていた室内は、しかし壁に空いた大きな穴によって部屋中に日光を受け入れていた。

 その光を背に受け、立つ人物が一人。

 先程の衝撃で皆が地面に伏せる中、ひとりだけ瓦礫を踏み砕き、佇む人型。

 

 その姿はテレビの中で見る様な英雄(ヒーロー)そのもので、近未来の強化外骨格(パワードスーツ)の様な、少年の考えたカッコ良さを具現化した様な、そんな姿で――

 

 

『助けに来た、後は任せろ』

 

 

 力強く、そう言った。

 

 

 




 


全然関係ないヤンデレ話



「ばっ……な、あッ……」

 好きです。

 その声は私の脳裏を一瞬にして焼き尽くしてしまった。
誰も居ない二人だけの空間、落ちて行く夕日に照らされて影がクッキリ伸びている。
私の目の前で頭を下げ、手を差し出す男の子が一人。
十七年間ずっと一緒に過ごして来た幼馴染、そんな彼が勇気を振り絞って私に告白を仕掛けて来た。
 校舎裏何てベタな場所だから半ば覚悟はしていたけれど、こうも簡単に変化の刻が訪れるなんて思っていなかった。
 だから思わず言葉に詰まる。

「…………」

 彼は何も言わない、手を差し出すだけ。
私は色んな事が頭に浮かんでは消えて、パクパクと口を開閉するだけだった。
胸中は、嬉しさで一杯だ。
歓喜を素直に現わせるならば、この場で跳び上がっているだろう。
けれど生来、私は自分の感情を素直に表現出来た事など片手の指で数えられる。
 
 本当ならば今すぐ「よろこんで!」とその手を取りたい。
けれど今も私は歓喜と一緒に、恥ずかしさを誤魔化したい衝動に駆られていた。
そして私はソレ抗う術を持っていない。

「ばッ、ばっかじゃないの!?」

 私は本当の気持ちと反対の言葉を叫んでいた。

「私が好きとか、そんなッ、あ、アンタと私じゃ、釣り合わないもの!」

 そんなの嘘だ。
 私は威勢よく言葉を吐き出しながらも、顔面を蒼白に染めて行く。
待って、止まって私の唇。
けれど止まらない、私は恥ずかしさを誤魔化そうと嘘の感情を吐露する。

 そうしている間に彼はそっと顔を上げて、小さく。

「……そっか」

 と、泣き笑いの表情を見せた。

「……あっ」

 さっと、私の中から血の気が引く。
無意識の内に組んでいた腕、その手にぐっと力が入った。
強烈に胸が痛む、私は何かを決定的に間違えた気がした。

「ごめん」

 そう言って踵を返す彼、此処で帰してしまったら誤解されたままだ。
引き留めて、早く。
そう私の感情が叫ぶけれど、体は動かない。その手に伸ばした手は無情にも虚空を掴んだ。彼との関係が終わってしまう。

「ま……」

 待って。

 その一言が出ない。
私は夕暮れの中、彼の背を見つめ続ける事しか出来なかった。


 翌日――


 朝は最悪だ。
起きてすぐ携帯を確認するけれど、メールも電話も通じない。
着信も無く、私は朝から陰鬱な気分になる。

「はぁ……行ってきます」


 玄関先。
いつも居る彼の姿が何処にもない、朝になれば律儀に家の前に佇み、「おはよう」と笑う彼が居ない。
それだけで私の心は強烈に後悔の念を覚えた。

「……よし」

 一晩考えた結果、私は彼に昨日の誤解を解こうと決めた。
昨日の事を謝って、私から彼に好意を伝えるのだ。
昨日とは違う、ちゃんと覚悟を決めた、だからきっと失敗はしない。
自分に気合を入れて学校まで歩く。
歩きながら、どう謝ろうかと考えたり、どうやって好きだと伝えようかと考えていた。

 そして不意に、見知った背中を見かける。

「あっ………」

 それは自分が今逢いたいと思っていた人物で、私の幼馴染で、今まさに頭の中を支配している人物で――

「と、藤――ッ!」

 叫ぼうとした声は、喉の奥に引っ込んだ。


 彼の隣に、知らない女子生徒が居た。


「えっ――」

 楽し気に会話する二人、片方は見知った幼馴染で、昨日私に告白して来た彼。
もう片方は後輩だろうか、2人は楽しそうに声を上げて笑いながら登校している。
その姿は仲睦まじいカップルにも見えた。
いや、カップルなのだろう。
二人仲良く、手など繋いでいる。

 その姿を見て、急速に私の中から失われて行く【ナニカ】

「なんで」

 知らず知らずの内に、ぎゅっと拳を握ってしまう。
あんな言葉を吐き出して、今更と思うか。
言い様の無い感情が蓄積する、自分からフッた癖にドロリとした黒い感情を覚えた。
胸の中に沸き出す感情は、嫉妬――

 私に告白したのに。

 昨日、私に、私に告白したのに!


 そこは、私の場所なのにッ―― !



 どうやって教室まで辿り着いたかは、覚えていない。






 幼馴染の事が好きで告白したけれど断られて、ショックで落ち込んでいたら部活の後輩が「先輩の為ならなんでもします、絶対に悲しませたりしません」と言って来て、言い寄られた結果付き合う事になって、ツンデレから告白を断った幼馴染が翌日謝ろうと思っていたら既に後輩と付き合っていた。

 みたいな小説が読みたいと思ったので自給自足しました。
 続きません。

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