検非違使隊の職務の一つに帝都内の警邏による治安の維持というものがある。
長官という一応は彼らの頂点に立っている私の役目としては指定の区域に必要な人員を配置するという言葉にすれば特に何という事も無いようなものなのだが、そこはそれ。そうは問屋が卸さない。
昨今このヤマトはお陰様で特に大きな戦争も無く、平和な毎日が繰り返されている。
自分の生活水準の維持の次には世界平和を求める私としてはこの平々凡々な日々は望むところなわけだが、ヤマト全体としてはあまりうれしくない側面も確かに存在する。
戦争というものは一般的に酷く面倒で野蛮でよろしくないような印象があるが、国単位で言うとそうではない。勝利すれば報酬として領土や資源、多額の賠償金が手に入るし国内の不満を敵国に向ける事で上層部や官僚たちの不祥事をよほど酷いもの以外は有耶無耶にする事が出来る。
そして、何より平時では不可能な人員の整理が余裕だ。邪魔な政敵を敵の仕業に見せかけて暗殺、自分達に従わない部族や属国を激戦区に向かわせて始末する。そういったことは戦時下ではよく行われているわけで、実際過去のヤマトでも帝の眼があるからこそ大々的なものは無いが、調べていくとそれらしい事例がいくつかある。
……というか、私らがそれだしね。戦争になると一番に突撃するのは上司の悪い癖だけど、それを知って敵軍の一番厚いところに向かわされたり、敗戦ギリギリまで補給を絞られたり……つまり、あの智将ぶってる奴絶対許さない!
ま、何が言いたいかというと。
今の平和なヤマトでは戦時下のような大規模な粛清や人民の削減政策が取れず、その国力限界まで民が増え続けている事で慢性的な職不足に陥っているわけだ。
かのウズールッシャほどでは無いとは言え、ヤマトも土地柄的には決して豊かとはいえず我が国が飢えないのは一重に現人神たる帝の御力あってのモノであり、それが無ければ我々も他の国々と同じく飢えを凌ぐ為に慢性的に他国に戦争を仕掛けなければならない。正直、今のヤマトはそれだけヤバい。帝が居なければ他国からの輸入も無くなり、現在の人口を考えれば半年ほどで自国の食糧を喰いつくしてしまう。
……そもそも、なんでそんな土地に帝都を作ったの? とか、国も大きくなったんだからさっさと豊かな土地に遷都しなよとかは言っちゃダメ。多分みんな一度は思うだろうけども、帝が居る場所が帝都だ! って勝手に納得しちゃうのが我が国だから。
良くも悪くも帝次第。それが我がヤマトの現状であり、聖廟がある限り遷都は有り得ないと思うので職に飢えた若者達は上京し、この帝都で最も容易且つある程度の地位を築ける職業に殺到する。
そう、検非違使である。
なんだかんだ言って、低級武官の位でもあるこの帝都の守護者達は実は平民でも簡単になれたりする。『帝都を守る意思があればよし! 未経験者歓迎!』と言った謳い文句を何代か前の体育会系の馬鹿が考えた結果、私の治めるべき組織は面接と簡単な身体検査で入隊できるある意味でとんでもないものになっていた。
このご時世と合わさりお陰様で小国程度なら数で押し潰せるほどの大組織の完成である。
しかも、下級と言えど一応は帝都の一武官。一人一人に対する給金はそこらの職よりも遥かに高く、中には本物の貴族の跡が継げない三男や四男などもいるため、平民出身者でも態度の大きいものが多く給金を少しでも減らせば暴動が起き掛ける始末。
長官室だけならず、私の屋敷にまで抗議の一団が来る始末。一体どっちが暴徒だと心から言いたい。
……その時はデコポンポ様の名前を出して、逃げだした奴は良し。舐めて向かってきた奴はしっかりと八柱将に対する反逆罪で全員檻にぶち込んでやったけどね! ああ、やっぱり権力って素晴らしい!
ってなわけで、肥大化したこの検非違使隊の本来の職務を円滑に進めるために私が御上に提案したのが完全交代勤務制であり、今までは基本は働く。余裕が出来たら休むの繰り返しで余分に人件費がかかっていたのを必要な人員を必要な分だけ働かせることで余計な出費を抑えてついでに私の懐に入れちゃおうという制度である。経理も視察係の文官もすでに掌握済みなので何も怖くない。
前置きが長くなったが、私が今何をしているかというと。
「この子を探しているんですが、どちらへ向かったか分かりますか!?」
「ああ、その子ならあちらへ―――って、文官長!?」
「この格好についてはお気になさらずに! ご協力感謝します!」
ボコイナンテのせいで逸れてしまったネコネ嬢を探すために、自分で帝都中に配置した検非違使達に即席で書いた似顔絵を見せて捜索中である。
「彼女はどちらに!?」
「あ、ネコネちゃんですか! 彼女ならこの路地を曲がった先に……」
「ありがとうございます! ―――――ああ、もう! なんでこんなにちょろちょろ移動してるんですかあの子は! 一体どこの皇女殿下だ!」
全てはボコイナンテのせいだ。
今日の日の為に私の立てた計画は奴のお陰でめちゃくちゃになってしまっている。このままネコネ嬢と合流するのが遅れれば…………私は恐らく殺されるだろう。あのシスコンと帝都五千人以上の『ネコネちゃんを愛でる会』の会員たちによって容赦ない断罪を受ける羽目になる。
最早地面を走るのも面倒で目撃証言を頼りに屋根から屋根へと飛び移り、時に風の呪法に乗って空を駆け、警邏をサボってお団子を食べていた隊員から武器を没収し装備を整え、船に乗るのも面倒なので水の呪法で強制的に引き起こした波に乗って川を渡り、やっとこさネコネ嬢を発見したころには日も暮れかかっていた。
「み、見つけた!」
一体どういう経路を辿ったのか。
辺りには人っ子は殆ど無く、で店も売れそうに無い禿げた親父のやっている飴屋が一つだけの寂れた路地にネコネ嬢はいた。
「へっへっへ、お嬢ちゃん。可愛いねえ」
「おじさんたちと遊ばないかい? 勿論後で家まで送ってってやるよ。生きてるかは知らねえけどな!」
「……右近衛大将オシュトルの妹 ネコネだな。お命頂戴する!」
「あいつもにゃ! あのチビさえ捕まえればあの場違いな田舎貴族に身の程を教える事が出来るもにゃ!」
「な、何なのですか! 貴方たちは!」
ものすごい数の刺客たちに囲まれる形で。
なんだろうこの状況。チンピラと刺客と悪徳貴族が同時に同じ獲物に出くわしたみたいな構図になっている。一応徒党を組んでいる線もあるが、それぞれの目的が強姦、暗殺、誘拐狙いだとすると相当纏まりの無い集団になる。ネコネ嬢でなくても彼らが一体何なのかわからないだろう。
「どうしよう、出ていきたくないなあ。面倒くさいなあ。でもなんかあの飴屋の親父こっち見てるなあ。出ていかないと後で殺されそうだなあ」
この場で唯一ネコネ嬢に敵対的では無い飴屋の親父は何事も無いように装っているが、ネコネ嬢以外に殺意剝き出しだ。全く以て隠しきれていない。隠れている筈の私に一番向けられているのは気のせいだと願いたいが、私が出ていかなければ悲惨な事になるのは間違いないだろう。
覚悟を決めるしかないようだ。
「全く、この場にいるのは幼い少女と飴屋の親父としがない文官だけなんですがね。それでどうしてこんな荒事をこなす羽目になるのか」
「だ、誰だ!」
「名乗ってもいいですが、貴方達の結末は変わりませんよ? 少しだけ逃れようのない罪が増えるだけです」
高いところからの登場はどこかの自称いい女と被るのであまりやりたくはないが、戦略的に高所を取るというのはとても有効であり、この機会を逃す手は無い。
「べ、別に名乗りたいから昇ったんじゃないですからね?」
「……何を言っている」
「もう、ヒトがお話している時に邪魔したらいけませんと教わらなかったんですか?」
誰かは知らないけど見られたからには殺す、と言わんばかりの勢いで私のいる建物の屋根まで一息で登ってきた刺客を道中で拝借してきた検非違使隊正式装備の刀で軽くいなし、そのまま着物の袖の部分にあった札を押し付けて元居た地面に叩き付ける。
「この吾輩を見下ろすとは無礼もにゃ! 貴様、吾輩を誰か知っての狼藉もにゃか!」
「もにゃって……。いや、どこのどなたか教えてくれるならありがたいですけど。別にもういいですよ。結果的には同じなので」
まさか貴族本人がやってきてくれるとは思わなかったし、口調を見る限り身内っぽいがこの際どうでもいい。既に先制攻撃を加えられた以上、彼らを権限で捕える事は出来るし、そこからは私の領域だ。この国の貴族で私の上司より上の立場の者等殆どいない。相手がどこの有象無象だろうと私に手を出した以上もうすでに終わりなのだ。何故なら私は…………。
「我が名はアトリ! 八柱将デコポンポ様の二番目位の忠臣にして、金銀財宝をこよなく愛すもの!」
一応襲撃については予想通りで関係各所と秘密裏に連絡は取っていたけど色々連れ過ぎてやる気の無いアトリ。
アトリを困らせようと歩き回ったつもりがいつの間にか誘導されて囲まれていたネコネ。
陰ながらネコネを監視しつつ猛スピードで屋台を引きずりまわしながら帝都中を駆ける飴屋の親父。
次回は殿学士としての研究成果です。