私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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現実逃避、したいなぁ

 それはもう完全には思い出せないほど遠い記憶。

 

 かつて私には兄が居た。

 私よりも一回りほど年上で文官を輩出することの多かった一族の中では珍しく武官として出世し、優しいながらも頼りになる自慢の兄だった。

 

「アトリは何になりたいんだい?」

 

「何になりたいか、ですか。そうですね、アトリはお兄様の様になりたいです」

 

「僕のようにかい? それはうれしいな」

 

 兄の仕事はヤマトの平和を守ること。

 それだけは知っていた私は幼いながらも兄の行動を分析し、どうすれば兄のようになれるか考えていた。

 

「はい、お兄様の様に文武両道であり、人心掌握に優れ、外敵をものともせず、己の道を進むために引くことなど考えない存在にアトリはなりたいです」

 

「よし、ちょっと待とうか。それじゃ僕は悪役だよ!?」

 

「いいえ、お兄様は正義の味方です」

 

 武官でありながら優秀な頭脳を持ち、多くの部下に慕われながらも胸に秘めた理想の為に真っ直ぐに突き進む兄はまさしく私にとって正義の味方であり憧れの存在だった。

 

 でも、どうしようもないほどの憧れだからこそ遠い。

 年の離れた兄妹である私達では周囲の接し方も違った。兄の様に武官になりたいといえば、両親やお世話役のモノから女の子なのだから文官を目指しなさいと言われ、文官を目指しながら武芸を極めようとすればそんなモノより貴族として舞や楽器を覚えろと言われる毎日。

 

 憧れはどうしようもなく遠かった。

 

「アトリは、どうすればお兄様のようになれますか?」

 

「…………アトリ、こっちへおいで」

 

「はい」

 

 私が行き詰まり、進み方を迷っているといつも兄は困ったような表情を浮かべながら手招きしてくれた。

 そうして、私の目線に合わせるとその大きな手を私の頭に乗せてこういうのだ。

 

「アトリはアトリのままでいいんだよ。僕を目指すんじゃなくアトリなりのやり方で進めばいいんだ。僕よりもアトリの方が優れているところは沢山あるんだから」

 

 私はこの手が好きだった。

 いつも傷だらけで、決して順風満帆な道のりだったわけではないと一目でわかるこの手で撫でられるのが好きだった。

 

 だから、いつも私は質問する。

 この手に甘えないように、立ち止まらずに前へ進めるように。

 

「では、例えばアトリはどのような部分がお兄様より優れているのですか?」

 

「そ、それはええと…………手段を択ばないところとか?」

 

 兄はどうしようもなく嘘が下手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ッハ! 目の前の現実を直視したくなくてついつい楽しかったころの思い出を振り返ってしまった!

 

 嫌な事からは目を逸らすに限るが、そろそろ現実に向き合わねばなるまい。

 

 私の所属するデコポンポ陣営には私のほかにもう一人幹部が存在する。

 それが目の前の彼、ボコイナンテだ。

 

「アトリではないか! 珍しいであるな、こんなところで会うなど!」

 

「……ええ、本当に奇跡でも起こったくらい珍しいですね、ボコイナンテさん」

 

 ……貴方普段街なんかに降りてこないでしょうが!

 

 カックカクの角刈りに見ているだけで背筋が居たくなるような驚異的な姿勢の良さ。

 旗印であるデコポンポ様に続いて二番手でもある相手だが、実直に言わせてもらえば私はボコイナンテが苦手だ。天敵と言ってもいい。

 

 私や大多数の士官とは違い、デコポンポ様への忠誠心は本物で、文字通りあの方の為なら何でもするある意味では忠臣なのだが、基本的に主に対しては否定的な意見は言わず褒めたたえるので、デコポンポ様の暴走をさらに引き立てる結果になる。

 

 デコポンポ様とボコイナンテが揃ってしまえばその奇抜な発想に誰一人ついてゆけず、予想不能・回避不可能の事態へ陥ったことも一度や二度では済まない。

 

 だが、私が彼を苦手にしている理由はそんな事では無い。

 

「実はデコポンポ様が近々この通りを通過するのでな、危険物が無いのか確認していたのである」

 

「近々ってもしかして生誕祭の時の事を言っているんですか?」

 

 生誕祭とは帝の御息女、つまりはこの国の皇女であらせられるアンジュ姫殿下の生誕を祝って開催される催し事でヤマトに属するほぼすべての貴族がこの帝都に集まる一大行事の事だ。

 嘗てはヤマトの支配力を高める意味合いで周辺の有力者を集める意味合いもあったが、今となってはそれも形骸化し基本的に宮中から出ることの無い姫殿下を一目見ようと集まってくるものが殆どである。

 

「然り! 生誕祭は八柱将全てが集結するであるからな! その中でも随一の貴人であるデコポンポ様の通る道に小石一つでも落ちている事など有ってはならないのである! もしも躓いてデコポンポ様のお身体にお怪我でもつく事があればこのヤマトの一大事であるからな!」

 

「……あの体格で転んで怪我したところでどうってことない気がしますが」

 

「なにかいったであるか?」

 

「いえ、何でもないですよー。……えーと、お仕事に熱心なのはいいですが生誕祭って二か月後ですよね?」

 

 警備状況の確認は大事だが、そこら辺は一応は検非違使隊の長である私の管轄だし、帝都中を移動するのは姫殿下を乗せた御車だけだ。八柱将は全員最終地点である聖廟前で立ったまま数時間待機である。

 

 もっと言えば、そもそもあの方こういった催し物自分で歩く事とかないので基本的に小石で躓く事など有り得ない。ご移動は荷車で出荷が基本です。

 

「何を言うか! いついかなる時どんな事が起きても対処できるよう動くのが我々文官の務めであろう!」

 

「む」

 

 正論だ。

 私も常日頃からその精神は忘れていない。周囲がどんな失敗をどれだけしても首の皮一枚は繋がる様に方々に手を打つことが生き残るコツだと私は思っているし、その為ならどんな手段でも使う所存だ。勿論、今回のボコイナンテの様に事前に何か起きるかもしれない会場の調査も大切で、何を隠そう今回もその一環であったりする。

 だが、一つだけ言わせてほしい。

 

「ボコイナンテさん、ボコイナンテさん」

 

「なんであるか!」

 

「……貴方何時から文官になったんですか?」

 

「我が魂は常に貴人たるデコポンポ様の為にあるのである。デコポンポ様が文官と言えば文官となるのは当たり前であろう!」

 

「いやいや、そんな簡単に変えるものでも無いですから」

 

 ボコイナンテは文官では無く、元々武官。これ重要なり。

 

 普段から主の傍を離れず、こちらが主催の宴会などがあった場合は一番に動き、戦場では様々な助言をしているが、私の記憶が正しければ彼は別に文官でもなんでもなくバリバリの武官だったはず。

 基本的に企てた計画や策が裏目に出て、失敗する事が多く無能のボコイナンテなどと陰で囁かれたりしているが、彼自体の単純な戦闘力は相当高い。ハッキリ言って私など武力で争えば瞬殺される程度には化け物級と言ってもいい。

 

 そもそも、この国の古くからの豪族達は優秀な遺伝子同士を組み合わせてその血をより強力なものにするために心血を注いだいわば完全養殖の天才達なので基本的な身体機能はかなり高い。

 その中でもボコイナンテは代々脳筋の家系と呼ばれるほど武芸者の血が濃く、例え本人が使うものがまるで基本のなっていないデタラメな剣術だったとしてもその一撃は岩をも砕き、大地を抉る。

 

 何年か前の御前試合では途中で乱入してきたヤクルト何とかという剣士が居なければ最終的に身体能力のごり押しで彼が優勝していた可能性も高い。

 ま、結局は歴戦の強者と言ったその剣士に散々いなされた末に大敗を喫し、帝の前で大恥をかいたと憤るデコポンポ様を宥め、責任を取る為切腹しようとするボコイナンテを何とか落ち着かせようと殿学士に受かりたての私が夜通しお酌して回ることになったわけだが。確か当時の私は今のネコネ嬢よりも一つか二つ年上なくらいで完全に朝方まで続いた宴はものすごく眠かった記憶しかないが、今思えば自分の倍以上も年上であるおじさんの愚痴を延々と聞きながら死んだ眼でお酒を注ぎ続ける子供の光景はかなりシュールだ。

 

「全く、当日の会場の警備は私がやりますからボコイナンテさんは安心してデコポンポ様のお隣にいてください」

 

 ……正直、この調子だと生誕祭までにこの通りの店全部締めろとか言いだしかねないんだよね。

 

 どんな理不尽な命令でも帝の信頼を受けた八柱将直々のモノとなると断れないのがこのヤマトの常識。多少面倒事を背負う事にはなるが、担当的には検非違使達の仕事になるので適当に割り振れば問題ないだろう。

 そう思っていたのだが、当のボコイナンテは面を喰らったような表情で私を見つめていた。

 

「何!? アトリはデコポンポ様のお隣に立てなくともよいというのか!?」

 

「何がです?」

 

「偉大なるデコポンポ様のお隣に立てるのは我らヤマトの民にとって至上の誉れ! それも生誕祭ともなればあの場に立っていられるものこそが八柱将であるあの方の右腕と呼ぶにふさわしいものである! つまりはお前と私、どちらがデコポンポ様の一番の忠臣なのか雌雄を付ける時だと思っていたのであるが」

 

「…………」

 

 ……何言ってんだろうこの人。どうしよう、私いつの間にかデコポンポ様大好き仲間認定されているよ!

 

「アトリ、遠慮せずともよい。お前のデコポンポ様への忠誠心はよく理解している! お前が依然デコポンポ様の為なら命など惜しくは無いといった事を忘れてなどいないのである! ささ、ここは正々堂々勝負と行こうではないか!」

 

「命など惜しくは無いって……。あれは自分の主の為に何を掛けられるか聞かれたから命位なら、と答えただけですし……」

 

「同じである! 帝や他の八柱将のいる中あれだけの事を言ったお前に私は心を打たれた! 同じ主に仕える者同士よき好敵手として認識したのである」

 

「いや、しなくていいですよぅ」

 

 どうしよう話を聞かない。

 私はボコイナンテのこういう所が苦手なのだ。

 

 命を懸けるという話も、八柱将であるデコポンポ様が処断されるような状況になるとついでの様に血縁関係を結んでいる私もまとめて連座で処分される可能性が非常に高いからであり、そうなるくらいなら命懸けでそういったことの内容に立ち回るという意思表明をしたに過ぎず、別にボコイナンテのように心から命をかける訳じゃない。

 どうもボコイナンテには切腹を思いとどまらせたあの晩から気に掛けられているようで、別に隅っこの窓際でもいいのにまだ幼く、周囲からの信用の無かった私を一定の地位まで上げてくれたのもボコイナンテだ。そういう意味では感謝しているのだが……。

 

「勝負である!」

 

「いーやですよー。私今忙しいんですから―」

 

 ……こんなところで道草繰っている場合じゃないんだよ! あぁ、計画がどんどん崩れていくぅ!!!

 

 以前は同じような理由で互いに主のいいところを出なくなるまで言いあうという誰の得にもならない勝負を挑まれて、一日丸々を費やされたのだ。よくもまあ、あれほど出てくるものだと感心すると同時に最早忠誠心というよりも崇拝の域にまで達しているという事実に戦々恐々とし、最終的には実物とかけ離れた評価に実際眼にしたことの無い人が確実に勘違いするだろうという人物像になってしまった。

 ボコイナンテは朝方になると満足したかのように帰っていったが、私の方は二百個目を超えたあたりで金の事しか出てこなくなった挙句、それから一週間くらい夢の中にバラの花を咥えて向かってくるデコポンポ様の姿が出てくるほど心に深い傷を負ってしまった。

 

 あれ以来、私は何よりもボコイナンテが怖い。本当に怖い。

 

 

 




 一応この作品内ではボコイナンテは文官の仕事もやりたがる武官という設定です。
 一方アトリは武官よりの文官。似ているようでまるで違うデコポンポ様の側近です。


 次回は、放置されていたネコネがピンチ! アトリの実力が明らかに?

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