私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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リフレッシュに行きましょう

 オシュトルが旅立ってから一週間と少し。

 あちらはクジュウリに到着したころだろうか。今頃、歓迎会の最中であると予想される。

 

 一応最短で一月ほどで帰るといってはいたが、所詮そんなのは夢物語だ。仮にも八柱将の一人である(オゥルォ)直々の指名であり、右近衛大将の代理…………つまりはオシュトルが最も信頼する者として任に就くのだ。到着してすぐに出発なんて事にはならないだろう。控えめに言って三日三晩の酒池肉林の宴が繰り広げられているはずだ。骨抜きになっていないといいが。

 

 オシュトルは何の疑問にも思っていなかったようだが、護衛任務はあくまで建前でありあの指名は貴族的に言うと”内密の話があるので来ていただけないですか?”という訳が正しい。要はクジュウリの(オゥルォ)であるオーゼン皇はオシュトルと親交ないし、取り込もうとしていたわけだ。

 そして、貴族の世界で繋がりを持つ際に一番手っ取り早いのはやはりというかなんというか血族同士の婚姻となる。貴族の世界の結婚に愛や恋なんてものは存在しない。結婚とは自分たちの地盤を固めるための手段であり、身分の低い者は基本的に自分達より身分の高い者からの誘いは断れない。もし、馬鹿正直にオシュトルが行っていればなし崩し的に契りを結ばされていただろう。もしかしたら今回来るルルティエ姫がそのお相手だったのかもしれない。

 

 ……いまだに独身で優良物件ですからね、アレ。流石にオシュトルの信頼の厚い人物(本人)とはいえ、どこの馬の骨ともいえない男に自分の娘を与えるほどオーゼン様も外道では無いとは思いますが、自身の親族との縁談位は進めるかもしれませんね。

 

 今現在、オシュトルと婚姻による繋がりを持つ手段は本当に少ない。

 親愛を持つべき者はだれかと聞かれたら”全ての民だ”とか答えるような胡散臭い男だ。同郷のモノで帝都にいるのは妹のネコネ嬢くらいだし彼女もまだ結婚するには幼い。弱みもとい繋がりを持つに適した人材がいない以上、どうしても本人に話が行くのだ。コレばっかりはどうしようもない。

 

「でも、させませんよ。私より先へは行かせません。ええ、独身卒業なんてさせるもんですか!」

 

 そう、私には必殺の策がある。

 これにより、私の婚期は確実に遅れるが、ぶっちゃけ右近衛大将に八柱将の後ろ盾など持たれると私の陣営は滅びへの坂道を転げ落ちるので背に腹は代えられない。

 

 …………作ろう。既成事実! 

 

 別に私はただ情報収集と未来の仇敵の育成の為だけにこの屋敷を訪れている訳では無い。

 こうして、一か月ほど彼の家に入り浸る事であたかもそういう関係であるように見せかける超高等技術。原則として一夫多妻制が認められていないこの国ではそういう相手がいると匂わせるだけで周りが勝手に外堀を埋めてくれるのだ。

 難点はそういった事実は一切ない事と、全てが終わった後特にこちらに特別な気は無かったのに「残念だったな」と、優しく声を掛けられる確率が高くなることくらいだ。

 

「――――ふふふ、ネコネ嬢私やりましたよ。貴女の兄上を婚姻という人生の墓場から救い出しました!」

 

「…………何を一人で言っているのですか。課題、出来ましたよ」

 

 我が人生に幸せな結婚生活など存在しない。

 だって、もれなく”アレ”が親族として付いてくるんだものプライスレス。

 

 言い寄ってくる男性が金目当ての屑か脂ぎった叔父様ばかりとかやってられませんって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二週間目。

 ネコネ嬢が裏帳簿の作り方という名の他人の不正を暴くコツを覚えたところで今日の授業は終わり。

 基本的に見当違いの期待と羨望の眼差しと敵意と悪意の視線にさらされ続ける文官長室よりも居心地がいいので本格的に自分の仕事を持ち運び始めている今日この頃。最近ではイリーチャも姿を隠すことなく普通に押しかけてくるようになったので彼女にお茶汲みや家事全般を任せ、私はネコネ嬢に自分の仕事を教える風を装って手伝わせる毎日を送っていたら気付けば一日二十時間労働になっていた。

 

 最初の数日は文官ならこういう事もあるんですよ、と特製の栄養剤を渡しながら無慈悲に働かせ続けたが、流石に三徹ともなるとネコネ嬢の目の色が死んできてそろそろ暗黒面に落ちそうだったので午後からは休暇にしようと思う。

 

 道の真ん中で寝られると困るので机に突っ伏すように寝落ちしているネコネ嬢を寝台に映し、私も少々仮眠をとる。

 皇女殿下の生誕祭や大々的な祭り事のシーズンになると本当に寝る暇も無く酷使されるので一流の文官になるにはこういう経験も必要だ。どうしても限界で仮眠をとるときのコツを教えておくと睡眠中は夢の中でも寝るように心がけるといい。これで二倍の睡眠時間が取れるような気がする。

 

「お嬢様……そろそろ」

 

「ああ、そんな時間ですか」

 

 アトリ式睡眠法を実践していると時間になったら起こしてほしいとあらかじめ頼んでいたイリーチャに起こされる。イリーチャの起こし方は中々奇抜だ。声を掛けられて眼を開けると毎回首筋に刃物を突き付けられている。本人曰く、寝相の矯正と貴族としていついかなる時も誰かに狙われているという心構えを鍛える者らしいが、私以外もみんなこういう起こし方をされているのだろうか?

 イリーチャはとても忠誠心が強く、私の主であるデコポンポ様の事も実の主の様に思っているらしく。一度でいいから起こしてみたいとよく私に訴えかけてくる。確かに寝相や寝起きが悪く、無理やり起こすととんでもないことになるあの方の起床当番に立候補してくれるのはありがたいが、もし万が一気に入られでもしたら大変だ。

 イリーチャはとても優秀な私の部下であり数少ない気の置ける相手だ。取り上げられるのは困る。本人は「大丈夫です。失敗はしません。一度で決めます」とは言うが、私は自分の大切な部下を渡すつもりはないので今後も許可はしない。

 

「さて、と」

 

 ひんやりとした刃物のお陰で一発で完全に目が覚めた私は未だに眠っているというお寝坊さんの元へと足を進める。すやすやと涎を垂らしながら熟睡しているネコネ嬢をイリーチャ式はまだ難易度が高いので私なりに起こす。

 布団をガバッと外して、両脇を抱えて垂直に立たせる。仕上げは威力を極小に加減した水の呪法を顔にかぶせて終わりだ。

 

「えいっ、水よ!」

 

「ぷはっ! な、何をするですか!」

 

 私が立たせた後寝ぼけ眼で眼を擦ろうとしていたネコネ嬢はモロに顔面に水を被ることになり、気道に入ったのか若干むせる。

 

 ……あー、眼と鼻と口を塞いでくださいというのを忘れていました。

 

「大丈夫です。呪法で発生した水はすぐに消えるので、床がびしょぬれになるようなことは有りませんよ」

 

「そういう問題じゃないのです!」

 

 私が気を使って刃物を突き付ける事は勘弁してあげたのに、何故かネコネ嬢はご立腹で詰め寄ってきた。

 水で涎も洗い流してあげたというのに何が不満なんだというのだろう。水飲み場に態々顔を洗いに行く手間も省けるのでこれが一番早いのだ。

 

「ま、いいです。それよりも街へ行きましょう!」

 

「い、一体どういう風の吹き回しなのですか!?」

 

 リフレッシュに誘ったら物凄い警戒された顔で後退れた。

 自分の教育は実を結んだと喜ぶ半面、こんな幼い子供に警戒心剝き出しで対応されるという事実に少々唖然とする。

 

 …………やめてくださいよ。そんな顔されたらそそるじゃないですか。

 

「言葉通りの意味ですよ。あんまり缶詰になって根を詰めすぎるのもよくありません。それに、文官の仕事は机に向かうだけじゃないんですよ?」

 

「これ以上に何かやらないといけないのですか!?」

 

 私の言葉にネコネ嬢はやや興奮しながら机の上に束になっている書類を指差す。

 教育用に私が色んな部署から引っ張ってきたものだ。これが出来ればとりあえずどの部署でも役立たずと言われる事は無い。

 

「何を言っているんですか。教えながらなので時間がかかっているだけで、こんなの大した労力じゃないでしょう」

 

「そ、そうなのですか。一人じゃとても終わる気がしないのです…………」

 

「またまたぁ、ネコネ嬢は謙遜がうまいですねー」

 

「謙遜じゃないのですが」

 

 ネコネ嬢の反論に自分でも胡散臭いと思うほどの営業スマイルで答えておく。現実というのは何れ知る時が来るとはいえ、彼女はまだ幼い。辛い現実に直視するのはまだ早いだろう。具体的に言うと後半日くらい。

 

「さてさて、今日のお洋服はっと!」

 

 気を取り直して私は室内に持ち込んでいた自分の衣装棚からお気に入りの着物を何着か気分で抜き取る。

 

「着替えるのですか?」

 

「ええ、今着ている文官服は何かと目立ちますからね。日々の激務で酷使していても部下がしっかり手入れをしてくれるので基本的にはおろしたての様にピッカピカで街中を歩くのには適しません。こういった場合は出来るだけ目立たない服装がいいのですよ」

 

 街に出るだけなのに何故? というネコネ嬢にこれからの事も踏まえて説明する。

 確かに私は街へ出ると言ったが、ただ遊びに行くわけではない。

 

「貴女の兄上もよく言っているでしょう? 自分の立場じゃ聞けない話もあるって」

 

「……あぁ、アレなのですか」

 

 何か嫌な事でもあったのか。思い出したくないかのように一瞬遠い眼をしたネコネ嬢は納得したようにうなずく。

 大体見当はつくが、それはあくまで兄弟間の問題だ。私には関係が無いので相談されない限りは自分の仕事をやらせてもらおう。

 

 ……公式の場では普段使わない一張羅を出しますし、普段働くときは文官服を着るのでこういった物には実はあまり縁が無いんですよね。

 

 用意されているのは街中に出ても周囲に溶け込めるように色合いや品質をある程度抑えられたもので生活感を出すために少しだけ汚れているように見える細工をしている。

 その中でも今日はこれかな、と自分の直感にビビッと来るものを選び長年培った早着替えの極意を以て着付けを行う。

 

「今回のポイントは袖下に護身用のアイテムを隠せるようなスペースがある点とやはり何といっても頑丈さですね。途中で破けたりしないようなところが素敵です」

 

 女人として、何か決定的に間違っているという声が聞こえてきた気がするが私は基本的に華びやかさよりも実用性を重視する人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、これ二つもらいますねー」

 

「あいよ! 嬢ちゃん達は美人さんだからこいつはおまけだ!」

 

 帝都にはちゃんとした屋根のある店の他にもいつでも戸締り可能な屋台が複数ある。これは帝都の形状どうしても似たような街並みが続くので住民でも道に迷いやすく、目的の道に辿り着けなくなったりするため、商売人達が常に人気の多い場所に店を構えるための知恵らしい。

 

「一本ずつ多く貰いちゃいましたねー。はい、ネコネ嬢もどうぞ」

 

「手慣れているのです。これで三件連続なのですよ?」

 

「ま、職業柄こういうのは得意ですからね」

 

 お礼を言いながら私を怪しむように見つめてくるネコネ嬢の視線に徐々にでも私の教育が浸透してきているという実感を覚えながら答える。

 別に偶々おまけしてもらったわけではない。数ある屋台の内、気前が良さそうで計算高そうな店主を選んで声を掛けただけだ。今の私は普通の町娘と言った格好だが、ネコネ嬢には普段通り若干周囲とは違う所謂貴族風の服装をしてもらっている。そんな私達があの店でおまけしてもらったというように言い回れば先程まで閑古鳥が鳴いていた店にも人だかりができる。

 

「ま、一度おまけした以上他の客の時も同じように対応しないといけないですが、元々二本で一纏めだったものを一本で買っただけですからね。あっちもそれを理解して値段を釣り上げていましたし、それほど問題は無いでしょう。多少安売りにしてでも在庫が余るよりはマシですからね」

 

「それも文官に必要な事なのですか?」

 

「そうですよ。この一本の串焼きだって、三軒回りましたがその値段を平均すると大体今の相場がわかります。あらかじめある程度値段が決まっている料亭とは違って彼らの商品は基本的に時価ですからね。景気の良し悪しに直結しますし、先日来た時とは違い売れていないのにもかかわらずあれだけ焼いていると言う事は流通ルートに何か変化があったと考えられます。で、そうやって辿っていくと最終的には私達の仕事に行きつくわけです。個人個人の商人のやり取りとは言え、物を運ぶ商人達だって大まかに見れば他国との貿易の一端を担っているわけです。今の帝都がどこの国と密接に関わっているかは私達に届く文書に書いてありますが、実際どう影響があるかなんて調べてみないと分からないですから」

 

「…………」

 

「どうかしましたか?」

 

 私の一本の串焼きから始まる壮大な物語にネコネ嬢は信じられないものを見るかのように息を呑む。流石にこの反応は予想外だ。怯えられたり、敵意を向けられたりするのは慣れてきたが、こうしてただ純粋に驚かれると私もどうすればいいのか悩む。

 

 ……どうしたんだろう? まさか、宗教的に食事中はおしゃべりできないとか? で、でも、オシュトル殿とか普通に酒の席で大爆笑とかしていましたけど!? ハッ、もしやこの場でこういう話をする私は常識が無いのかも!

 

 私は幼い頃の教育と今の主に引き取られてからの生活、更には多種多様の職場を短期間で経験したことによって若干一般の常識感覚に疎いとイリーチャに指摘されたことがある。周囲との常識をすり合わせるための学術院は当時から仕事を複数抱えてたので忙し過ぎてまともに同年代と付き合う事無く半年で課題を終えて卒業してしまったし、今も対等と呼べる人間が奇人変人しかいない。

 

 ……唯一学術院で仲が良かったといえる姉弟は家が没落して今は盗賊やってるし、他の仲がいいといえるのは……駄目だ。ヒトより蟲を愛する変人しかいなかった!

 

 そう考えると、やや年下だがちゃんとした貴族の出であの正義感の妹であるネコネ嬢はある意味私の中で常識の見本というべき存在。そんな彼女に非常識と指摘されると私の中の常識は脆くも崩れ去ることになってしまうわけだが。

 

 私の不安をよそに、徐々にふるふると腕を振るわせていたネコネ嬢が私を見据え、堪えきれないというように叫び出す。

 

「な、何故兄様と同じことを考えているアトリさんがいながら()()はあんなんなのですか!」

 

 ……なんだそんな事か。

 

 一人憤慨するネコネ嬢とは反対に自分の常識が守られた事に安堵する。

 実名を出さないので確証はないが、アレとはまず間違いなく私の主のアレだろう。

 

 で、先程私が行ったようなことをオシュトルがネコネ嬢にもいったことがあるという訳だ。

 よかったよかった。

 

「あのですね。世の中にはどうにもならない事があるんですよ。私なんかがどう思っていたって、あの方が自分の意見を変える事なんてありえないですよ。私に出来るのは精々話の方向性を徐々に変えて有耶無耶にする事くらいです!」

 

 個人の思想は自由だが、それで世の中どうなる訳でもない。

 それに、ネコネ嬢には悪いが例え私とオシュトルが考えている事は同じでも向いてる方向性が違う。オシュトルは民の為に色々考えて世の中をよくする人、私は自分の為に色々考えて生活水準を保とうとする人だ。

 

 ネコネ嬢はあんなんだとかいうが、私の主はあれはあれで金儲けと悪巧みについては天才的に上手い。

 芸術品や美食についての目利きはヤマトどころか世界に誇ってもいいといえるレベルだし、他の八柱将と違って帝への忠誠心が色んな意味で吹っ飛んでいるので側近としての待遇は悪くない。

 

 ……帝一の忠臣だから帝と同じことをするべきだとか言って、本来帝しか持てない筈の南国の果実を育てるための温室を作る許可をくれるのなんてデコポンポ様だけです。学士としての知識と遺跡から得た技術を使ってそれを作る私も私ですが、お陰で好きな時にあの甘い果実を食べれる生活やめられませんって。

 

 基本的に私の夢は平和な世界で贅沢に過ごしたいなので、オシュトルとは全く違う事を説明しておかなければならない。

 

「ネコネ嬢。貴女は勘違いをしています」

 

「勘違いですか?」

 

「私は確かに貴女の兄上と同じような事を言ったかもしれませんが、得た情報まで同じように使う訳ではありません。なので私とオシュトル殿は違います」

 

 ……今回得た情報だって、基本的には私に上がってくる報告書の内容が間違っていないか裏取りをし終われば仕分けをして上に報告、その後デコポンポ様の慧眼を以てお金になりそうなものを選出し、もう一人の側近が…………。

 

 場を整えると心の中で考えようとしたところで、突如私の背筋に嫌な汗が流れだす。

 この感覚には覚えがある。

 

「…………話は終わりです。ネコネ嬢今すぐこれを以てこの場を離れてください。何かあったらそれを地面に叩き付ければいいですから」

 

「なっ、私の話はまだ終わっていないのです」

 

 残念ながらその話をここでする訳にはいかない。

 緊急時用に私が作った道具を手渡し、半ば裏路地に蹴り飛ばすようにしてネコネ嬢をこの場から排除する。

 

 全身の毛と耳と尻尾が逆立つような感覚の中、せっせと()と相対するために身だしなみを整える。私の予感が正しければもうすぐこの場に来る相手には一瞬の隙が命取りになる。ネコネ嬢と一緒にいるなどもってのほかだ。

 

 なぜなら、その相手とは私がこの世で最も苦手とする天敵。

 

 その名は。

 

「おお、そこにいるのはアトリではないか!」

 

 ……ひぇ、ボコイナンテ!!

 




 アトリは今までの人生から常識がおかしな事になっています。傍から見ればネコネを酷使しすぎですが、本人は休憩を与えるなど手加減しているつもりです。

 次回は、ボコイナンテ!

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