私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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 今回はネコネとのお留守番です。
 


貴女の兄と財産共有の手続きをして来ました

 仕事に対するモチベーションを上げる際、普段と何か別のモノを見つけるようにするといいと何かの本で読んだことがある。

 

「とりあえず机の上は…………キッチリ整理整頓していますね。性格が表れていると言う事ですか。いや、毎日仕事がどっしり溜まっている私の机が汚いから性格も汚いなんて事は無いですけどね!」

 

 気を取り直して棚を物色。

 ここも机と同じく資料が分類分けされ、年代別に並べられている。

 

「おっと、不自然な隙間を発見! これはまさかまさかの桃色文集的なあれかー? いえいえ、私一応そこら辺の理解はあるつもりですよ。具体的には職場で見つけたらじっくり観察した後、持ち主をあらゆる権限で探し出し後日耳元で感想を言ってあげるくらいには!」

 

 ワクワクしながら仕掛けの施された棚を探る。

 割と難解な仕掛けだが、文官として、貴族として古今東西あらゆる仕掛けに通じている私の敵ではない。さした苦労も無く、一重二重に閉ざされた隠しスペースを開けるとそこには。

 

「お宝お宝、御開帳! って、なんだ酒か。ま、銘柄的に中々な代物なので成功報酬として貰っておきましょう。それにしてもこんな風に隠しているのがお酒なんてつまらないですねー」

 

「何がつまらないなのです! ヒトの屋敷に勝手に入り込んでおいて泥棒紛いの行為とは! ここは兄様の部屋なのです!」

 

「おや、これはオシュトル様の妹君のネコネ嬢では無いですか。お茶汲みご苦労様でーす!」

 

 ……はい、本日のお宅訪問は右近衛大将オシュトル様のお屋敷からお送りします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オシュトルは旅立った。

 私に大量の仕事を残し、悠々と旅立ってしまった。

 

 但し、それはあくまでオシュトルとしてではなく別の形でである。

 人望に厚く、立場的にもおいそれと一人で外出できないあの御仁が他国の姫の護衛任務に就くとなれば大騒ぎになる。当然、彼を面白く思っていない者達の耳にも入り、色々と妨害が行われることが予想されるがそこは意外と問題ではない。

 

 右近衛大将として任に就く事さえ出来ればその護衛としての人員も連れていくことができ、少々大軍勢となってしまうが敵からの襲撃などハッキリ言ってどうにでもなる。何せ、動くのは事実上ヤマトでも一二を争う大軍勢だ。同じヤマト国内の勢力で対抗できるのはそれこそもう一人の将軍か八柱将の軍勢くらいだろう。

 

 寧ろ、問題となるのは皮肉な事に彼を信奉する者達の方だ。

 ハッキリ言ってオシュトルが右近衛大将として動けば、彼の為に帝都の戦力の殆どが動こうとする。人望が有り過ぎるのも困ったことで、例え実際に動くのが少数でも分母がおかしいので一割でも小国とやり合える数になる。しかも断ろうにも殆どが好意からくるものなので、気持ち的にも立場的にも断りにくい。武人としても貴族としても自分について来てくれるものが居るというのは誇るべき事なのだ。無碍には出来ないらしい。

 

「と、言う事で私がここに来ることになりました」

 

「………一体どういうことなのです?」

 

 一連の流れを話しても問題ない範囲でネコネ嬢に説明すると彼女は幼いながらも聡明なその頭脳で考え、結局理解できないかのように私を怪しむようにジト目で睨んできた。

 

 ……やめてくださいよ。可愛いじゃないですか。

 

 ネコネ嬢は右近衛大将の妹君という立場に恥じぬように努力している頑張り屋さんだ。

 私も日々()()方の部下だとか、一身上の都合で身内になってしまっているので隠し子説や愛人説など謂れのない視線を受けている者として彼女には同情している。

 

 有能でも無能でも目立つ身内が居るというのは大変なのだ。

 

「だから、言っているじゃないですか。先日の貴方の兄上との取り決めによりここにあるものは私と彼の共有の資産になったんですよ」

 

「私は聞いていないのです!」

 

「それはそれは。まさか身内にも話していないとは。余程秘密にしておきたかったんですね、彼。ま、私達は敵対する派閥同士。一緒になるには弊害が大きすぎますし、共同作業なんて中々できるものでは無いですからねー」

 

「共同作業…………」

 

 何やら驚いて顔を真っ赤にしているが、別に嘘は言っていない。

 私とオシュトルの間に交わされた取り決め上致し方ない事である。

 

 あの日、右近衛大将が動くことで困る私と張本人のオシュトルはその際の混乱を避けようと策を練った。極論を言ってしまうと護衛の任務に出たオシュトル達は帝都を出るときは問題なくともクジュウリ側の護衛やその他諸々を追加したその軍勢の数を見た者達から「侵略行為だ!」等と難癖を付けられる可能性がかなり高い。

 本人にその気は無くとも周りはそうは思わないというパターンの典型だ。

 

 実際、私も今回の話を事前に聞いていなければオシュトルのいない一か月の間で人員をまとめ上げ、各種関係機関との交渉で外堀を埋め、戦力を整えて迎え撃っていただろう。

 私達の関係はあくまで敵対派閥同士。別に形だけという訳じゃない。私兵を持たず、勝手に私の部下である検非違使を連れていく(付いていく)ような事をされるのは正直困る。

 基本的に排除する方がリスクが高く、後々面倒なのでしないだけで。『確実に勝てる』、『後々まで禍根が残らない』、『こちらに利益が発生する』の三拍子が揃いさえすれば動くことも吝かではないのだ。

 

 ……ま、それらが一か月相手が不在で何とか揃うかもしれないってレベルでもう既に現実的じゃないんですがね。

 

 残った相手の派閥の粛清、事後に想定する信頼した部下を失った帝からの追及に対する言い訳と身代わりの準備、更には民草のケア等を考えると中々に難しい。

 

 それらを吟味し、後々に起こる混乱を避けるため、右近衛大将には帝都に留まってもらう事にした。

 彼には右近衛大将オシュトルでは無く、別のオシュトルからの信頼が厚い御人という立場で旅立ってもらった。自分の一番信頼している人物が変装した自分自身ですというのは何とも間抜けな話だが、私の知る限りこの帝都で彼が特別に親交のある人間など「マロ」だとか「おじゃる」とかいう下級貴族寄りの中級貴族と身内位しかいない。というか、屋敷に最低限しか人間が居ない。

 普通は部下にやらせるべきお茶汲みを実の妹にやらせているのがその証拠だ。試しに私の好むお茶の銘柄を知らせると何の迷いも無くそれに合うお茶菓子とセットで持ってきたことを考えると普段から行っているだろう。手慣れ過ぎている。率直に言って我が家にもほしい。

 

 ウチにいるのは野心に満ち溢れた監視目的の家臣と仕事ジャンキーやお小言の五月蠅い側近だけだ。私とオシュトルの好みとする茶の種類が同じだったと言う事も含め、知りたくなかった現実である。

 腹いせに奸計に嵌めてやろうかと思うが、なんか部下達からの叛逆が怖くて精々いない間に引き抜きをかけて勢力を拡大する事しか出来ない。

 

「貴族たちの方は野心アリで殆ど説得完了なんですがねー」

 

「何が説得完了なのですか?」

 

「いえ、こちらの話です」

 

 知らずの内に漏れていた愚痴を聞かれてしまった。

 一時は思考放棄の段階までいっていたようだが、ネコネ嬢が回復したようで何よりだ。…………しきりに「私は認めないのです……」と言っているのは少々気になるが、これからの作業にはあまり関係が無い。

 

 そう、これから私は仕事をしなければならないのだ。

 

 オシュトルは別の立場で旅立った。

 それはつまり、この帝都には依然として右近衛大将オシュトルが居ると言う事だ。休日でも仕事は溜まっていくようにこれくらいの立場になると一か月の不在はデカい。下手をすると小国の一つや二つが滅びかねない案件だってある事にはあるのだ。それを表向きにはいたというのに何も行動しなかったとなれば身分を隠して帝都から離れていたオシュトルの名は地に落ちる。

 

 そこで私だ。

 私は一応隠密としての訓練も受けている。

 中でも身代わりとしての仕事の出来には少々自信がある。忙しい時、時間の無い時、都合の悪い時、面倒くさい時、私は上司の身代わりとして政を執り行っている。流石に八柱将全員が揃う公式な舞台や報酬を賜るような場所ではあまりないが、それ以外では服に詰め物をして声帯を変え、カツラを被り特殊な化粧で顔の形や体の大きさを変えて私は上司の代わりに職務を行っている。

 

 あの本当に直立二足歩行が出来るんですか? と言いたくなるような体系に比べれば男性としては比較的細身で私よりも少々背が高い程度で普段から仮面で顔を隠しているオシュトルの身代わりになる事など造作も無い。問題があるとすれば、彼にも帝から直接賜った仮面をニセモノとはいえ複製する行為が不敬罪に当たるくらいか。ま、バレなきゃ問題が無い。

 

「さて、何から片付ければいいのやら。正直言って将軍様の仕事とかやった事無いですからねー」

 

 私がやった事がある中で一番身分的に上位の仕事は八柱将の実務全般である。それよりワンランク下がるとはいえ、目下の者の方が上司よりも高度な仕事をしているというのは珍しくない。

 事情は説明したが、ネコネ嬢は私を警戒して動きが鈍いしなんともやりにくい職場だ。少し前の長官室を思い出す。

 

 ……「貴方のお兄さん狙われています。あ、私は敵対派閥の人間です」等とは言えないのでネコネ嬢には「今日からお兄さんと財産(仕事)を共有管理することになりました。勝手に家にも入るけど、よろしくね?」といった程度の説明しかしていないけどねッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 机に座り、自前の墨をすりつつ、最近の過去の文明の研究から復活した視力矯正具(メガネというらしい)を装着する。別に視力は二か月前の狩猟大会の余興で馬上から兵士の頭の上に置いた果実を三連続で射貫ける程度には悪くないが、これを付けるとできる女みたいに見えて周囲からの評価が高くなる傾向にあると最近分かった。

 

「ふむふむ、大体は検非違使隊長官である私の所に上がってくるものと同じですが、なんか報告書が丁寧ですね。これが人望、か。後は、成程こういう動きがあるのですか」

 

 自分の立場では知れない事がいくつかあり、処理と同時に頭の中にも書き写していく。

 文官にとって情報は武器だ。いついかなる時も相手にとって効果的な手札を用意しておく事は我々にとって兵士が日々の鍛錬を積む事と同じように大切な仕事の一つであり、武力で勝てない相手にも情報次第では封殺できる強力な力になり得る。

 その為、文官にとって情報収集というのは死活問題であり、私の場合は担当者が武官時代だった頃は不要だった検非違使隊の形骸化していた情報の共有制度を復活し、どんな些細な情報でも私にまで直接上がってくるようにした。その他にも勿論色々やっているお陰で今日まで生きてこられたわけで情報の優先度はかなり高い。

 

 当然味方以上に敵が多いオシュトルの方でも独自の情報源があり、今回の件も彼の行っていた諜報活動というか、趣味らしきものが役に立った。

 

 だから、これは報酬らしい。

 

「不在の間は無条件に手札を晒してくれるというのはありがたいですが、その代わりこの量の仕事が増えるのは割に合わないですよね、やっぱり」

 

 右近衛大将として得られる情報が今回の私の報酬であり、その為の対価として影武者と日々の業務の処理が課せられている。結果として、休暇が終わったら仕事が倍に増えた。何故だ、解せぬ。

 

「ちょっと、ネコネ嬢。ここ、私ではわからないのですがいつもオシュトル様はどうしているのですか?」

 

「兄様の事を様付けで呼ばないでほしいのです!」

 

 ……目上の人間を身内の前で様付けで呼んだら怒られたよ。どうしよう、今度から呼び捨てで呼べばいいのかな。

 

「…………では、オシュトルは普段どうしているのですか?」

 

「何故、兄様を呼び捨てにしたのですか!? まさか私への当てつけなのですか!」

 

 ……どうしろと!

 

 なんだろう、段々面倒になってきた。からかうのは楽しいが、これ以上仕事に差し支えがあると長官室に置いてきた面々を呼んで来たくなる。彼らには私が居ないせいで滞っていた業務を私が確認したものから処理する許可を与えているのだ。後半日は机に張り付いていないといけないだろうがそれでも仕事が無くなると仕事を探し出す連中のなので呼べば何人か来てくれるだろう。いや、呼んだら呼んだでまた揉めそうだ。というか、この情報を例え部下でも第三者へ渡すのは流石に不味い。

 

「じゃあ、オシュトル殿です。オシュトル殿にしますから教えてください!」

 

「殿……。殿なら、まあしょうがないのです。ですが、私が出来ることは有りませんよ?」

 

「出来る事が無い? いや、別に難しい話じゃないですよ? 一応仕事のやり方にも色々と個性が出るのでオシュトル殿のやり方がわからないと動けないだけです。妹君でいつも彼の傍でサポートしているあなたなら分かるでしょう?」

 

 貴族社会で妹弟が兄達の手伝いをすることは珍しい。

 一族の為に協力することは有っても蹴落とせばその殆どを自分の手とする事が出来るのだ。自分の職務を犠牲にしてまで雑用であるお茶汲み等をすることは殆ど無い。貴族とは庶民とは隔絶した財産を得る代わりにドロドロとした骨肉の争いを水面下で繰り広げなければならない宿命の生き物なのだ。

 

 だというのにネコネ嬢にはその気がほとんどない。それどころか率先して兄を立てようとしている。これは間違いない。彼女はアレだ。貴族社会では絶滅危惧種のアレに間違いない。

 

 ……さあ、今こそブラコンとしての力を見せるのです!

 

「……兄様は私に自分の仕事を割り振っては下さらないのです」

 

 ……果て、今おかしな言葉が聞こえたような。

 

「ちょっと待ってください? 今、何て言いました?」

 

 流石に聞き間違いだと思いたい。

 ネコネ嬢はまだ幼いが、学士でも最難関とも呼ばれる殿士の筆記試験を突破するほどの才女である。当然、文官としても何か決定的な欠点さえなければ最高クラスの人材だ。

 

 そんな彼女が、兄のお茶汲みの専属を譲らないほどのブラコンが兄の職務の手伝いをしていない? そんな馬鹿な。

 聞き間違いだと言う事を信じてネコネ嬢を見つめると、彼女は悔しがるように口にした。

 

「私が手伝おうとすると兄様はいつも「ネコネにこんな事をやらせる訳にはいかん」と手を出させてくれないのです…………」

 

 どうやら私は一つ勘違いをしていたようだ。

 右近衛大将オシュトルは民草や帝からの信頼の厚い武人だと勘違いしていた。

 あの方は、あの男は、あの野郎は、有能な好人物などで無く、ただの。

 

 …………あの、シスコンがアアアアアアア!!!




 アトリは独自の情報網でウコンの正体を知っています。
 本編キャラとの相性は、
 
 オシュトル 立場上協力は出来ないが、状況によっては手を組む。
 ウコン 正体さえバレなければ問題ないので飲み会で普段いえない愚痴を言いあう程度には関係は良好。
 ネコネ 立場的に同情しているし必要なら兄と違って全面的に協力してもいいと思っているが、向こうからは一方的に敵視されている。
 ハク 同じ怠け者なので気が合う。
 クオン 身分的、性格的、ボッチ的にも相性は最悪。
 マロロ 名前、覚えてない。

 となっています。

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