私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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休暇くらいはゆっくり過ごしたい

 大陸でも随一の国力を誇るヤマト。

 

 この国でもそこそこの上流貴族に生まれた私は物心付くまでは貴族として国の中枢に携わるに相応しい者になる様に教育を受けてきた。

 民達よりも安定した生活をする代わりに彼らを守る義務がある。そんな事を言っていた両親はきっと真っ当な人間だったのだろう。幼い私はその意味をよくわかっていなかったのでそういうものなのか、くらいにしか思っていなかったけど。

 

 朝は屋敷に仕える使用人が起こしてくれ、毎日両親が言うような人間になるために遅くまで学術や呪法、更には貴族としてのマナーやいずれ行くであろう殿中でのしきたりなどをみっちりと教え込まれた。その時はそれが当たり前だと思っていたし、別に苦ではなかったので特に不自由のない生活だったと言える。

 

 しかし、そんな日常もある日、両親が事故で死んでしまってからは状況が一変する。

 突然の事で右も左もわからない当時の私には有り難いことに色々な人が手を差し伸べてくれた。亡き両親にお世話になったという人、先祖代々私の家に仕えていたという者、更にはこの国の帝まで援助してくれると言っていたらしい。

 

 今ならその有難みがよくわかる。

 厚意を甘んじて受け入れ、その上でお家の再興の為に尽力すれば私の人生は少しはマシになっていたことだろう。

 

 周囲が悪かったとは言えない。

 確かに育っていた環境もあるだろうが、その環境に胡坐をかいてぬくぬくと育ってしまっていた私は当時何も考えずにこう言ってしまったのだ。

 

「よくわからないので、取り敢えず一番お金がありそうで贅沢できる人のところでお願いします」

 

 思えばこれが私の人生で最も重要な転換点だったのかもしれない。

 あの日、馬鹿な事を言った私を見て何とも言えないような表情をした周囲の大人達の顔が今でも夢に出てくる。

 

 言い訳をさせてもらえば、両親の言葉からこんな自分に手を差し伸べてくれる人でその中でも最も裕福な相手こそ貴族の中の貴族。つまりは、私が目指すべき存在だと思っていたという部分も一部あったのだと言いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が今の主に拾われてから早十数年。

 色々あって、このヤマトでもそれなりの地位にいる私は自分に宛てがわれた部屋で一心不乱にツボを磨いていた。

 

「ああ、お金が欲しい。お金が欲しい。あとは適度な休暇と世界平和」

 

 先日、異国との貿易で手に入れたこのツボは願いを言いながら磨くと叶うというもので最近は暇を見つけては新品の布を取り出して磨いている。

 こんないかにも迷信そうなものを信じていると知られれば周囲からの視線が痛くなるが、このツボの値段が私の半年分のお給金と同じと聞いた段階でそんなことを気にするのをやめた。例え迷信だとしても信じる分には自由だし、何かあった時に生活費の足しにできるのでちゃんと手入れをしておくことに間違いはない。無いったら無いのだ。

 

「アトリ様、アトリ様は居られるか!」

 

 私は面倒事は嫌いだ。出来ることならこのままツボを磨きながら生涯を終えたいとすら思っている。

 だから、そんなツボを磨くことが生きがいな窓際役人な私を呼ぶ声が廊下中を響いたとしても、律儀に受け答えることは決してしない。

 

「…………聞こえない。聞こえない。私はツボを磨いているだけ。私はツボを磨いているだけですから」

 

「アトリ様!こんな所に居られたか!」

 

 勢いよく扉が開かれ、入ってきたのは私の同僚兼部下の男だった。

 

「こんなところって、一応私の部屋なんですが」

 

「部屋? これが、か?」

 

 男は室内を見渡し、その乱雑ぶりに眉をひそめる。

 仮にもヤマトの役人の部屋とは思えないほど私物であふれかえっており、色々と便宜を図りたい貴族たちから送られた黄色いお菓子を隠すためとはいえとても婚姻前の乙女が生活する環境には見えないだろう。

 

 ……いいんです、いいんですよ。こっちは普段帰ってこない上に寝るのは基本的に別の部屋ですから。例え、贈り物の骨董品や何に使うかわからない不思議アイテムが置いてある倉庫でも構わないんです。だから、私を片付けられない女みたいに見ないでください。

 

「こ、こほん。で、要件はなんでしょうか?」

 

 これ以上探られるのも面倒なので、話題をそらす事にする。

 男も呆気にとられていたのか私の声で正気を取り戻し、慌てたように身を乗り出してきた。

 

「そうだ。一体どういうことですか!」

 

 そこから続く言葉は予想が付いていた。

 

 男の手には先日の取引に関するおかみからの問い合わせの書が握られており、そこにはバッチリと不正の証拠となり得る情報が記されていた。

 随分と前から準備されていたのだろう。こちらの言い逃れが出来ないように完璧なまでに裏取りが為されているようで、相手方の努力の程が伺える。

 

「あ、その件私は関係ありませんよ。密輸とか私が知るわけないじゃないですか」

 

「し、しかし、あの方は「全てアトリがやった。ワシは何も知らんにゃも」、と」

 

「いや、なんであなたもそんな言葉信じるんですか。典型的な蜥蜴の尻尾切りじゃないですか」

 

 ため息混じりに同僚達のある意味での純粋さに驚く。

 

 そもそもの原因を考えると、どう考えても完全なまでの責任転嫁であるが、別に激昂することもない。何せ、こういう事はよくあるからだ。

 私を拾ってくれた貴族は確かにこの国でも有数の金持ちだった。このヤマトで絶対者である帝とその血族に次ぐ八柱将の一人。古くからの貴族たちの元締めで彼らからの信頼も厚いある意味でこの帝都の覇権を握っているとも言える豪族。

 これで貴族達がもう少しまじめに働いて、思慮深く優秀であれば本当に良かったのだが残念ながらこの国の貴族は完全に腐りきっているのでもう救いようがない。私のその上司も同じ。というより、この国で最も腐っていると言っても過言ではない。

 

 まず、ケチだった。

 金をそれこそ腐るほど持っているというのにどうしようもなくケチだった。

 「他人の物はワシのもの。ワシのものはワシのもの。寧ろ、なぜワシがそこらの馬の骨に施しなどやらにゃならんのだにゃも」とは本人の弁。当然民どころか同じ八柱将からも評価は最低どころかマイナス。

 

 次に、無能だった。

 戦の経験などないどころか常に数任せで敵を蹂躙するので間違った経験の積み方をしてしまい、戦では役に立たないどころか味方の足を引っ張るばかり。

 それでいて下手に帝への忠誠心が高いうえ、すぐに手柄を欲しがって暴走するのでタチが悪い。

 

 そして、しぶとい小悪党だった。

 蜥蜴の尻尾切りは当たり前。他人の意見なんて聞かないくせに、失敗した時のためだけに進言役などを連れまわす。贈賄、密輸は当たり前。ヤマトで禁止されているご禁制の品々も金になるという理由で平気で扱う。その上、やばくなれば顧客すらも囮にして自分だけは逃げおおせるので誰も彼のやっている事を薄々と勘づいていても尻尾を掴めないという有様だった。

 

 そんな事実に私が気づいたのは拾われてから暫くしての事だった。

 気づいたときには私の両親が残した遺産は殆ど食い散らかされていて、残された私もいつ売り飛ばされてもおかしくない状況だった。

 だから、必死に勉強してこの国の国家資格である学士免許を取り、自分の有能さを売り込む形で何とか取り入り、今こうしている。

 

 我ながら自分の境遇に泣きたくなるが、これはこれで美味しいものやツボ等がもらえるので仕方ない。

 切り捨てられないようにうまく立ち回るだけだ。

 

「ふう、わかりましたよ。わかりましたとも。で、今回は誰に勘付かれたのですか?」

 

 こうして泣きつかれるのはだいたい不正の事実などがほかの役人に掴まれてしまった時だ。

 傍から見なくてもこっちが悪者で、あっちが正義のお役人なのだがそれはそれ、これはこれ。私の生活の安定の為に余計なことを知ってしまった人には口を閉じてもらわねばなるまい。

 

 ……何、これでも私はこんな事を何年も続けて未だにここにいるので多少の相手なら問題ないですよ。寧ろこれほどの執念のある相手、陥落させ甲斐があるってもんです。色々と情報も得られるでしょうし、もしも上手く味方に引き入れられれば今後もいろいろ動きやすくなりますからね。さあ、どんとこい!

 

「そ、それがオシュトル様でして」

 

「えっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 最悪の相手に見つかってしまった。

 

 このヤマトの権力図はまず頂点に帝とその血族である皇女殿下。

 その下にヤマトの中枢である八柱将とヤマトの武力である二大近衛大将が存在する。

 

 オシュトル様というのはその二大将軍の片割れだ。

 

 右近衛大将オシュトル。

 地方の下級貴族出身でありながら、帝のお気に入りで文武両道清廉潔白。その上民からの信頼が篤く、私生活においても非のつけようの無い人物。つまりは私の上司の天敵だ。真逆の存在といっていい。

 

 そんな彼が不正の象徴とも言える密輸の情報を掴んで黙っているはずもなく。

 

「聞けば休暇中だったというのにすまないな、アトリ殿。たまたま近くを通りがかったものでな」

 

「お、お久しぶりです。オシュトル様」

 

 たまたま通りがかったなど、白々しいにもほどがある。

 本来の私の職場ならともかく、この屋敷はオシュトルのようなものが近づくことさえ憚れるであろう場所。つまりは腐った貴族の住む腹の中である。

 

 一体いつからタイムスリップしてきたと言いたくなる時代錯誤の風習と後の事などまるで考えていない倒錯的な生活をする貴族達等、この武人からすると近づきたくも無い存在だろう。

 

 顔の上半分を覆う白い仮面からは表情は読み取れないが、目の前の御仁は相当怒っていらっしゃるに違いない。

 基本的に今回もいつものように権力でゴリ推して揉み消すつもりだったが、相手が悪すぎる。寧ろそんな事をすれば私の存在が物理的に消し飛ばされる。

 

 ……どうしよう。

これ、いきなり悪即斬とか言って斬り掛かられたりしないですよね? 一応この屋敷にも人ではいますけど、正直この人を止められる人なんていないですよ。というか、そんな事出来る人がこのヤマトに何人いるかってレベルの怪物ですし。

 

 一応、一撃くらいは防げるように部屋の中に取り付けた護身用のカラクリをいつでも起動できるようにしていると、突然オシュトルが私に向かって頭を下げ始めた。

 

「先日頂いた茶だが、やはり貴殿の見立てに間違いはないな。妹がとても喜んでいた。改めて、礼を言わせてもらいたい」

 

「いえいえ、丁度いい茶葉が手に入ったので日頃お世話になっているオシュトル様に是非に、と」

 

「そうか。私はああいったものにあまり縁がないのでな、いつも助かっている」

 

「あはは、私程度で役に立てるならいくらでも協力しますよー」

 

 突然世間話をし始めたオシュトルに私の全身の器官が悲鳴を上げる。

 

 ……何!?

一体何が目的なのこの人!? 私に一体何をしろと?

 

 既に重大な証拠を握られていると分かっている以上、多くの人を引き付けているだろうオシュトルの笑顔が酷く不気味に見える。

 心臓に刀でも差し向けられているような状況に辛うじて笑みを浮かべて耐えているとオシュトルは突如表情を変え、懐に手を入れ始める。

 

 ……こ、殺される!

 

 次の瞬間起こるであろう出来事に私が身構えていると、目の前に一枚の書状が差し出された。

 

「これは?」

 

「今回は貴殿に折り入って相談があってな」

 

「……相談ですか?」

 

 脅迫の間違えでは? と言いかけた私を褒めていい。

 この状況でそんな事を言われて断れる筈も無い。一応は敵対派閥の相手。お互いプライベートでこうして話す事さえ本来は難しい立場だが、先ほど同僚が持ってきた書から既に周囲では私の失脚が決定していると思われているみたいで巻き込まれたくないとばかりに普段なら聞き耳を立てるであろうこの状況で誰一人として部屋に近づこうという気配はない。全く薄情なものである。

 

 結局為す術も無くオシュトルの相談に乗ることになってしまった。

 

「クジュウリの姫様の護衛ですか。そういえばそんな時期でしたかねー」

 

 このヤマトでは政策の一つとして周囲の領主達のご子息を帝都に招き入れ、貴族としてふさわしい教育を施す事になっている。

 地方では学べない作法や知識を得られると言えば聞こえはいいが、実際は属国に対する人質としての面が強く、領主たちが何よりも大切な跡取り達を帝都に住まわせることで領主達に変わらぬ忠誠を誓わせているに過ぎない。

 

 今回もその一環としてヤマトの西方に位置する小國であるクジュウリから領主の一人娘がやってくるらしい。

 年頃から言ってルルティエ様当りだろうか。以前クジュウリに仕事で向った際に父親に連れられているところを見かけたが、とても奥ゆかしく気の弱そうな少女だったと記憶している。

 

「うむ。この帝都までの護衛をとの命を受けたのだが、どうしたものかと思ってな」

 

「そんなの部下に任せればいいじゃないですか」

 

「そう、なのだが、な」

 

 オシュトルにしては珍しく歯切れの悪い返事に全く以て興味は無かったが、少しだけ今回の件を真剣に考えてみる。

 

 人質となるご子息達が帝都入りする際、帝に対する献上品として様々な金品が運ばれるのは割と有名だ。

 何しろ、これから自分の大切な跡取りが親元を離れて生活するのだ。基本的に親バカが多い領主達は子供達が何不自由なく生活できるために出来る限りの手を尽くそうとする。稀に献上品が人質自身だったりする例もあるのだが、今回に限っては無いだろう。

 

 その関係上、道中の護衛が雇われることは珍しくなく、帝都からも微力ながら人員を派遣する事もある。

 特に今回のクジュウリは領主を務めるのが八柱将の一人であるオーゼン様だ。どこぞの小物と違って正真正銘の名君であり、人望も厚く元々は人も住めない荒地だったクジュウリを開拓したという実績もある。

 そんなお方の娘の警護となればそれこそオシュトルに話が回ってくるのも分からなくはない。

 

 が、仕事が回ってきたとしてもそれを必ずしも自分がやらなければならないという訳では無い。

 確かに今回の任務は失敗の許されないものだが、このヤマト国内で右近重大将の旗を付けた集団など、盗賊でも襲わない。そんな事をすれば直ちに国中から袋叩きに遭う事はわかりきっているので、そんな危険な相手を襲うより細々と旅人でも襲っていた方がよほど経済的だ。

 魔物にしても、帝都の兵は割と鍛えられているので相当な数で襲われでもしない限り負けはしないだろう。

 一体何が問題なのだろうか。自分の旗印を部下に任せて自分は帝都で悠々と到着を待つ。それが権力者に与えられた特権だろう。少なくても私はそうするし、私の上司だってそうする。

 

 と、そこまで考えたところでふと、とある可能性に思い至る。

 ヤマトが誇る右近衛大将ともあるヒトに限っては有り得ない事だが、一応聞いてみる事にする。

 

「まさかとは思いますけど、任せられるような腹心の部下がいないなんて事は無いですよね? それでご自分で行こうとか思っているんじゃ……」

 

「そこで相談したいのだが」

 

「えーと、馬鹿じゃないですか?」

 

 ……おっと、つい本音が漏れてしまった。

 

 

 

 

 


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