私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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駄目だ、この部隊変人しかいない

 ギギリには毒がある。

 それはこの国でギギリと関わる事のあるヒトなら誰でも知っている事実であり、当然こうして狩りに出る場合は専用の解毒薬を持参する。今回も抜かりは無かった。実家では毒味役をやっていたとの事でやたらと毒物について詳しいルハナ姫を酷使し、無駄な出費なく必要数以上の薬を用意していたわけだが、戦闘が長引くにつれその貯蔵も見るからに少なくなっていた。

 

「左翼、増援が来ています警戒を! 右翼はこのまま迎撃、正面は私に続きなさい」

 

 そう、戦闘である。

 狩りでは無く、戦闘。

 

 ギギリの社会は基本的には群れの長を頂点とした縦社会だ。長とは子を産む母であったり、群れで最も強いものだったり様々だが、ギギリ達は長の為なら何だってすると言う事は共通だ。

 母親が出産の為に夫を食い殺したり、大量に生まれた子供達が餌を求めて自らの兄妹を食べたりする彼らの世界では上位者とはすなわち自分以上の存在であり、命よりもそも命令は絶対らしい。

 

 とは言え、所詮は蟲である。

 命令といっても縄張り内で餌をとってこいだとか、出産時期は普段より餌が大量に必要なので囲んで倒せだとかが精一杯。彼らよりも知能が発達していて武器を使い、戦いの際は作戦や的確な連携を取る事の出来る人には勝てる筈も無い。仮に数で勝ってもヒトの英知の生み出した罠に引っ掛かって退治されるのがギギリという生き物なのである。

 但し、もし仮に群れの長が通常のギギリよりも知能が高く人並みの知性があるなら話は別だ。特に、ヒトの中でも有識者である学士から暇つぶしついでに色々と戦術を教え込まれた者だったりすると話は別だ。

 

「こ、こいつら仲間の死骸を盾に!?」

 

「……教育間違えた」

 

 現在ギギリは自滅覚悟の特攻により自分達の体液――すなわち毒をあえて撒き散らす事でこちらの行動範囲を狭めつつ、遠距離攻撃を自分達の死骸に紛れてやり過ごし、出来る限り近づいてから倒されることにより確実にこちらの行動範囲を狭めてくるという普通の戦争だったら後世まで語り継がれるレベルの非人道的作戦に出ている。

 

 効果の程は抜群。

 当然だ。何せこれは以前、焦土作戦の時立て持った兵士に爆弾担がせて確実に敵を追い込めないかな、と思い付きで私が口にした作戦の応用だ。

 あの時はそこまで爆弾の技術が発達していない事と、人材の消耗が激しいこと、そもそもそんな事しなくても他に良い作戦があるし負けそうになっていたとしても戦後を考えるとこんな非人道的作戦は交渉の際確実に足を引っ張るので使わないだろうと言う事でお蔵入りになったが、真面目な顔で頷いていた生徒にはそれは関係なかったらしい。

 

「死ぬのが怖くないのか!?」

 

「倒しても倒してもきりがない!」

 

「ふ、増えてないか、これ?」

 

 彼らの疑問に答えよう。

 彼らは死に対する恐怖などないし、実際に増えている。

 

 先も言った通り、ギギリにとって優先すべきは群れの長、もっと言えば種の存続である。そういう意味では自分達を根絶やしにしようとしに来た我々は何を犠牲に払っても戦わなければいけない相手だし、存続という意味ではあまり多すぎてもいけないので適度に減らせるなら好都合だ。ギギリが一度に産む卵は数百個。その全てが孵る訳では無いとは言え、繁殖期が終われば基本的に餌を奪い合う仲。食い扶持が減る事には問題が無いらしい。

 

 そして、彼らの今の長は色んな意味で実績のある強者だ。過去に巨大な群れを先導してヤマトを大混乱させ、討伐隊が編成されるも尽く追い返し、遂には八柱将の一人が派遣されても割と奮闘した猛者である。

 あの時は思い出したくも無い。いくら国内に戦下手が知られているとはいえ、討伐隊を何度も撃退した相手を只の蟲と侮って無茶な指示を出しては、負けそうになると誰よりも早く逃げだした上司のお陰で私は残された部下となけなしの資材で戦わなければいけなかったのだ。

 

 今現在群れを指揮する彼女の元には続々とかつての悪友が集っている事だろう。何だろう、かつて伝説の英雄と謳われた老兵が悪政に対し立ち上がった物語に似ている。私、善か悪かで聞かれたら悪だし。

 

「は、()()()だ! 上からくるぞ、気を付けろ!」

 

 地上からの休みの無い進撃の次は空からの奇襲。あの時には使ってこなかった戦法に教え子の成長が見て取れる。それに対し、足並みも揃わずかつての上司の様にたかが蟲といって油断し、指示をしなければ今にも瓦解しかねないこちらの体たらく。たかが、と侮っていいのは確実に勝てる算段が付いてからでしょうに。

 全く以て休む暇もありゃしない。

 

「ま、こちらも黙ってやられるわけには行けないですがね!」

 

 受け取った解毒薬を一口で飲み干すと獲物を片手に飛来する()()()を迎え撃つ。鞘から抜いた刀身は私の意思で動くかのように数珠状にバラけ、鞭の様に敵に接触しそのまま切り裂く。返り血もとい毒を受けないように()()()のギギリを処理した私は再び刀状に戻した自らの得物を確認し、待機していた部下に下げ渡す。

 

 蛇腹剣と呼ばれるこれは数年前、私がどうしても戦場に出なければいけない時に「服が汚れたら嫌だな」と、以前大いなる父時代の遺跡を調査した時に見つけた過去の時代の武器を参考に作ったものだ。何でも蛇の様に動き回り敵を仕留める様からそう言われるようになったんだとかいうこの刀は私の悩みを解決するのに十分だった。普段は持ち運びやすい刀として使い、戦闘時は出来る限り自分の手を汚さずに済ます事が出来る。少し問題があるとすれば少々使いづらく、変形機構が繊細なので鞭形態で刃こぼれとかすると二度と元に戻らない事くらいか。後、手間もかかっているので少々値が張るがこれは職人に対する技術料として妥当だし私は貴族であり必要なものには投資を惜しまない主義なので問題ない。

 

「次!」

 

「はっ!」

 

 敵を迎撃し、待機している部下の持っている物と得物を交換する。戦場では素手で戦うのは自殺行為であり、武器を失う事すなわち死を意味するが、私はあいにく武官では無く文官でもしまかり間違って戦場に出ることになってもその際に求められるのはどれだけ敵を倒したかという血なまぐさい戦果では無く、それなりの地位にあるものが最前線に立って戦うという味方全体の士気を高める為の意味合いが強い。

 そもそも文官の戦争時の役割は勝つための算段を整える事であり、そこから実際に勝つのは戦場で戦う武官の仕事。つまり、私は文官として絶対に勝つような舞台を用意した上で戦えばいい。民衆とは仮定よりも結果を重んじる性質だ。そこに内通者の存在やたまたま訪れた増援の存在などは結果を脚色するためのものでしかない。

 

 なので私は今現在、部下たちに囲まれた最も安全な位置から指揮をしながら時折目立つように飛び出しては友軍の射程外にいる敵を鞭状に変形させた刀で切り落としていた。

 

「報告します! 偵察の為に向かっていた者が遠方から近づくギギリの群れを捕捉!」

 

「ふむ、迎撃はせずにそのまま動向を確認するように。敵は情報の共有の為、合流を図る筈です」

 

「た、隊長! やられました! こ、コイツギギリの毒が回って! 帰ったらかわいい嫁さんと子供達が待っているっていうのに、俺を庇って!」

 

「ああ、はいはい。ルハナ姫お願いします」

 

「は、はい!」

 

 ギギリの毒に致死性は無い。

 基本的にギギリはその毒で弱らせた相手を食べるので精々死後の腐食が早まるだけで身体がしびれて動きが鈍る程度の毒である。後、痛い。すごく。

 

 まぁ、戦場で動きが鈍るというのは割と致命傷であるので本来なら戦力が減って頭を悩ませるところだが今回はその心配はない。

 毒を受け、意識がもうろうとしている兵士の元に駆け寄ったルハナ姫の手の平から透明なそれこそ混じりけの無いという表現が相応しいと思えるほど透き通った泡が出現する。モコモコと次々と増えたその泡を兵士の傷口にあてると同時に毒々しい色の液体がにじみ出てくる。そのままその液体を泡が包み込むとあら不思議、先ほどまで苦痛に歪んでいた兵士の顔がみるみると安らいでいくではないか。

 

「て、天使だ……」

 

「ふえ!? あ、あの念の為解毒薬をお飲みになって下さると助かるのですが。しょ、少々苦いですが効果はある筈です」

 

「貴女様の為なら喜んで!」

 

 ……うん、ちょっと元気になり過ぎですね。私が偵察に向かえと命じた時は小声で文句言ってたというのに。

 

 こうして文字通り毒気を抜かれた兵士が向かう先は既に行列の出来ているネコネ嬢の元だ。

 そもそもこの任務、ネコネ嬢を目当てに参加した者が八割だ。ルハナ姫の存在を知り、半数はそちらに流れたものの、今もその人気は健在で幼いながらも慣れない戦場でけなげに治癒を繰り返すネコネ嬢の姿を見て和む変態紳士の多いこと多いこと。因みに私の所に「そっけない! でもそれがいい!」といいながら治療を受けに来るのが後の一割である。残りは罰ゲームだとか、妻と喧嘩してしばらく家に帰れないものだとか、死に場所を求めてきたとか縁起でも無い事を言い出す者達だ。

 ハッキリ言ってマトモなものが居ない。優秀なのは回復薬のルハナ姫とネコネ嬢、こちらの指示も聞かずに敵に突っ込みそのまま戦い続けている狂戦士や危険や偵察任務に出かけては「また、死ねなかった……」と帰ってくる変人位のものだ。

 それでも辛うじて戦線がこちらに有利に傾いているのはなぜかといえば。

 

「い、痛くない?」

 

「回復したぜええ! これで俺は無敵だ!」

 

「逝ってくる。………ふ、まさか戦場でこうして帰って来ようと思えるとはな」

 

 まぁ、この通り回復手段が豊富な我が隊は負傷兵はその場で即時戦隊復帰が可能というなかば不死の軍勢へと変貌していた。ルハナ姫とネコネ嬢の腕前は確かなものであり、なんなら私もいるので即死で無ければ時間が経っていない事もあり、殆ど後遺症なく完全治癒が可能だ。

 しかも、それをいいことに治療を終えた者の中には「……無事に帰ってこれたら俺、伝えたい事が―――」等とルハナ嬢たちに言いながら特攻を仕掛ける輩も何人かいて、全員瀕死の重傷で帰って来ては「抜け駆けしやがって」、と意識のある者達に若干の怨念を込められては無傷の状態で積み上げられていく。回復の呪法は強制的に回復力を高めているだけなので傷は治せるが一度気を失われると疲れのせいで滅多な事では起きなくなる。正直言って戦力の無駄遣いなのでやめて欲しい。

 

 傷を与えたと思えば即座に戦線復帰し、時折特攻してきた者に瀕死の重傷を与えれば自分達で無造作に死体(生きてる)の山を築きだす。もし、敵が健全かつ常識的な判断力を持つ相手なら恐怖以外の何物でもないだろう。

 

「ギギリ刀の準備が出来ました」

 

 あぁ、私が服が汚れないという理由で重宝しているこの刀だが、一つ重大な欠点がある。

 

 そう、名前だ。

 

 武器の名前とは、普通その形状や逸話から取られるものであり、私自身そう凝った名前にするつもりも無かったので過去の資料と同じ蛇腹剣にしようと思っていた。その名の通り蛇の腹のようにうねり、獲物に絡みつく刀だ。由来としては問題ないだろう。

 しかし、そこである問題にぶち当たった。学士である私は当然知識として知っていたのだが、あまり蛇になじみの無い我が国では蛇の腹の様にという表現を使ってもイマイチ理解しがたいらしく、挙句の果てにこれを検非違使隊の正式採用装備にしようと左近衛大将の元に行った際、「馬鹿か、貴様。それはどう見てもギギリだろう」と言われてしまったのだ。

 

 奇しくも蛇の動きとムカデの動きには共通点が多い。ムカデを巨大化させたものであるギギリも同じだ。どうやら蛇を知らないこの国の人間にとって私の刀はギギリに見えるらしかった。後、私の提案はまるで当然のように却下された。解せぬ。

 

 かくして、戦場でのお披露目の場も今回と同じくギギリ討伐であったがために完全にギギリ刀として定着してしまった我が愛刀。その動きの再現度の高さからご丁寧にギギリの生き血を啜って創り上げた妖刀とかいう逸話まで付いている。……そこら辺にいる蟲の生き血を吸うだけで大量生産が可能な妖刀なら逆に喜ぶべきだと思うのだが。

 

「下がっていてください」

 

 実はそれなりに愛着を持っている愛刀を両手に受け取り、自陣から数歩前に出る。

 

「あ、アトリ様、危険です!」

 

 副官の男が駆け寄ろうとするのを制し、少しだけ真面目な口調で祝詞を唱える。

 

「我が名はアトリ! 八柱将デコポンポ様の二番目位の忠臣にして、火神の加護を受けるものなり!」

 

 迫りくるギギリを剣舞で蹴散らし、言の葉を唱え終わる頃には私の両手の刀は燃え滾るような熱を放つ炎を纏っていた。

 

「おお!」

 

 神の加護。

 私達ヒトは基本的に火神・水神・土神・風神と呼ばれる神を一人一柱宿している。母性遺伝がかなり強いようであり、さらに言えば水辺の元では水神が、熱帯地域では火神が多い傾向にある。基本的に日とは宿した神の加護を受け、時折その力を振るう者もいる。それが呪術師である。

 当然神は信仰すべき者であり、彼らを侮辱するような行いは合ってはならない。事実遠方の信神深い国ではこの加護について研究していた者達が処刑されたなどという話も聞く。しかし、我が国は現人神が治める国。かの御方を侮辱する行為には死を持って償いが必要だが、自分達に宿っている神については割と無頓着である。私自身、背信行為とかあまり気にしないので思う存分研究し、見つけた。

 

 何って?

 それは勿論。

 

「我が属性は火。全てを照らし、何物をも焼き尽くす火である! 今かの神は私にそのお力を授けてくださいました。これもすべて我らが帝が治めるこのヤマトが為! ならば私も答えましょう。このご加護を受けた以上敗北ははないと!」

 

「おおー!!」

 

 治癒が行き届いたのもあってか燃え盛る刀を掲げる私の宣言に部隊の士気が最高潮といえるまで上がる。折角上がった熱気を逃がさないように私は追加の舞を踊る。

 

「皆にも帝の加護を!」

 

「おお、これが!」

 

「俺達にも聖上の加護が!」

 

 実際には火神の加護だが、ここはこういった方が効果で気なのを私は経験で知っている。火神には気の毒だが、ヒトというのは自らの信じるものの為にこそ力を発揮するものだ。神もまた然り。舞一つであっさり加護をくれるあたり、実は相当信仰に飢えているらしい。

 

 ともあれ、これで反撃の準備は整った。

 元々演習の意味もあったので歯ごたえがあるのは悪い事では無かったが、私が直接出ることになるのは別だ。本来なら狩りは部下に任せて、適当に森林浴でもするつもりだったのだ。

 陣形の確認や連携の訓練、医療兵の重要さなどを教え終わった以上もうこの戦いを続ける意味は無い。

 

「さあて、少々お仕置きが必要ですね。野生児さん?」




 主人公の武器は蛇腹剣でした。
 感想欄での圧倒的鞭率に笑いました。
 
 おまけ 左近衛大将にお願いしてみた。

アトリ「私は常日頃から考えていたんです。戦場において武器はまさに命綱。武器を失ったたら大変ですよね?」

左近衛大将「なんだ藪から棒に。貴様、何を企んでいる?」

アトリ「いえ、深い意味は無いんですよ? ただ、沢山敵を切って消耗の激しい将軍様はどうしているのかな?って気になっただけですよ」

左近衛大将「ふん、俺の武器は刃こぼれなどせん」

アトリ「ああ、そうですよね。雷撃纏って突撃、相手は死ぬですもんね。そういう人外の体験談はいいんですよ。普通のごく一般的な兵士さんの話ですよ」

左近衛大将「俺の鍛えた部下に戦場で武器を無くす馬鹿はいないが、もしそういった状況に陥ったならば敵の武器を奪ってでも生き残るだろうな」

アトリ「ふむふむ、なるほど」


 後日

アトリ「戦場で武器を取られて嗚呼大変! そんな経験をしたことは有りませんか? そんな貴方にこのこの刀! 扱うには少々訓練が必要ですが、敵に奪われた時も安心! 今なら何とあの左近衛将軍のお墨付き! さあ、試しに一本どうですか?―――――大量大量。これはいけますね、すぐ壊れるから再購入必須ですし。いっそのこと一本目は訓練付きで無料で配布して、他の武器に戻れない程度にまで鳴らしてから有料にすれば………あ、オシュトル様お久しぶりです。 え、左近衛大将が呼んでる? ……あの、ネコネ嬢借りていいですか?」

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