私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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 お久しぶりです。
 
 二人の白皇の発売が迫って若干焦り気味の今日この頃です。

 今回は殿学士の一人が登場します。


誰ですか、この子を連れてきたのは

 ギギリという生き物について説明しよう。

 

 まず、ギギリは何でも食べる。

 我々ヒトと呼ばれる種族が生まれる以前からその土地その時代にあった進化をしながら生息してきたと思われる彼らには他の種族と違いおよそ好き嫌いや取り込むと危険な食物というものは存在しない。

 仮に、捕食した生物に毒性があったとしても自分達が持つ個別の毒によって分解してしまうし、かたい殻を持つ果実などもその強靭なあごの力で噛み砕いてしまう。

 

 そんなギギリにとって最も好物といえるものはズバリ肉。それも腐りかけもしくは完全に熟成され、並の生物なら匂いを嗅ぐだけで強烈な拒否感を持つようなそんなお肉が彼らの大好物。

 毒さえ効かないギギリにとってはその強烈な臭いは大変食欲をそそる物らしく、また基本的に無駄な費用を使いたくない私にとっては部下に命じて町などで食べ損ねて色々と危なくなった肉を掻き集めさせるだけで済むので両者の利害は一致しているというもの。

 

 基本的に高貴な身である我々は直接罠づくりには関わっていないが、ギギリ用の罠は腐肉を煮込んだものに勝手に食い漁られないように網を張り、警戒されないよう待つだけ。お酒を撒くとなおいい。発酵具合が進むらしい。

 今回も樽に詰められた大量のお酒を名残惜しそうにばら撒く部下達の姿が哀愁を誘った。別に予算的に言えば問題ないが、折角なので彼らの晩酌分から差し引かせてもらっている。これできっと本番の退治の時も士気が上がるだろう。

 

 準備は万端。

 後は餌に釣られてやってきた蟲達を囲んで叩くだけだ。何も問題ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、思っていた時期が私にもありました。

 

 罠の成果は上々。

 臭いを避けるため、口元に布を撒いた我々が目にしたのは無数のギギリが罠に引き寄せられ、逃げられないように網で拘束された姿。酔っぱらっているのかそれぞれの動きは遅くこれなら兵達も大した被害を出さずに討伐できるだろう。

 そして、ギギリ達の中央には本命であるボロギギリと呼ばれる個体が居た。他の個体よりもはるかに大きい身体にこの地方特有の進化によって大きく発達した一対の大鎌。まともに相対すれば無事では済まないであろうことが問う眼からでもわかる強敵だ。これがもし村にまで降りてくれば被害は免れないだろう。

 

 ただ、今回は繁殖期と言う事で自らの子孫を生むために著しく成長したこの個体が出てくることはわかっていたのでこちらも準備は万端だ。具体的には私が呪法で身動きが取れなくしている内に周囲を囲んで冷を浴びせて蒸し殺す。昔から蟲退治といえばこれに限る。単純な火力で焼き殺してもいいのだが、普通のギギリならともかく他の個体よりも強固な外皮に守られているボロギギリ相手だと取りこぼす心配があるので周囲の近くを少し弄って罠を囲むように天然の蟲が間を作って蒸すのが今回の討伐方法だった。

 

 そう、本来ならこれで終わりだったのだ。

 前日に窯を作る位置には呪符を仕掛けていたし、罠には燃えやすい酒や煙の出やすい草などを使っていた。

 そして、いざ討伐せんとした我々の前に彼女が現れた。

 

「やめてーー! これ以上みんなを傷つけないで――!」

 

 緑がかった髪にリス科を思わせる尻尾。

 まだ幼さを思わせる顔立ちは私の連れている姫達とそう離れている訳では無いと思われる。しいて言えば彼女達よりも若干野性味があるといったところか。

 そんな少女が我々の前に立ちふさがっていた。

 

「…………うわぁ」

 

 面倒なことになった。

 そう思わずにはいられない。

 

「あ、アトリ様。あの方は―――」

 

「ああ、地方から来ているルハナ姫はご存じないかもしれないですね。彼女は、」

 

 ―――私の同僚です。

 

「風の殿学士様だ」

 

「あれがあの有名な」

 

「な、何故あの方がここに? まさか応援に? 過酷な任務に就く我らの為に殿学士様が直々に応援に来てくださったのか!?」

 

 ようやく。

 自分達の前に立ちふさがった少女の正体に気付き始めた兵たちが口々に声を上げる。学士という生き物は今の世の中では割と貴重な存在だ。基本的に文官職に就く者以外は必要最低限の読み書きと簡単な計算が出来れば生きていける状況でその知識だけで生計を立てる学士などは総じて世間から物好きとして認識されている。

 但し、その知識が役立つ場面も多い訳で特に今回のように人以外との戦いが予想される任務では学士が同行しているかいないかで被害や成果が大分違う。

 

 ……でもね、皆さん知っていましたか? 私も一応学士なんですよ? 昨日もいつ何を聞かれても答えられるように準備していたのに全員ネコネ嬢のところ行きましたよね。私、一応今皆さんが注目している娘と同じ数少ない”殿”学士なんですよ? ついでに言うとソレ、我々の応援に来たとかそういうんじゃないですから。

 

 後で口裏を合わさせないように個別面談をすることは決定だが、一応彼らの反応について補足すると目の前の少女は学士の中でも今回の任務に適しているからだと言っておこう。

 

 風の殿学士レラ。

 ギギリ研究の第一人者で、現在最年少の殿学士。

 その容姿と明るさから民たちの人気も高く、ギギリ達の生態図鑑を書きだした事から主に今までギギリによる被害が多かった地方の者達から絶大な支持を受けている。

 正確な数字は出せないが、少なくともあの図鑑が各領地に配られたおかげで分布ごとの個体の特徴や対処法、解毒薬などが確立されギギリによる被害は十数年前の十分の一以下に抑えられている。

 他の殿学士と違い、基本的に聖廟から出て町に繰り出している事が多く、殿学士として貴族達と同じ身分が与えられているにも拘らず誰に対しても分け隔てなく接する事も人気の秘訣だろう。

 私の調べによると帝都内では八柱将のムネチカ様や右近衛大将の妹君でありとある層から人気であるネコネ嬢などに次ぐ人気で個人的な後援会が作られるほどだとか。

 

 私も友人の一人としてムネチカ様、ネコネ嬢の後援会副会長と兼任しつつ会計として籍を置かせてもらっている。因みにネコネ嬢の後援会の名誉会長には開設当初からたびたび多大な寄付をしてくれたさる左のお方が付いている。そして、何を隠そう今回の任務にはネコネ嬢と帝都到着後から猛烈な勢いで勢力を伸ばしつつあるルハナ姫が事前に告知されており、彼女達との交流や森林部を共に散策できる数日間の任務は相当な競争率だったとか。

 中には貴方単独でギギリ殲滅できるじゃないですか。という者もいたくらいで、各後援会を実質的に仕切っている者達から悲鳴の声が聞こえたくらいだ。勿論、彼女達は知る由も無い事である。

 

 そんな二人に続いて人気のあるレラまでついて来てしまった。

 兵達の興奮も相当なものだろう。だが、今回だけはマズかった。

 

 「誰ですか。彼女を連れてきたのは」

 

 どうやら自分達の応援に来たわけじゃないと気付き始めた兵達を睨み付ける。

 事前の参加者名簿には載っていなかったはずだ。いたとしても私がどんな手を使っても排除している。つまり、共犯者がいるわけだが。

 

「普通に馬車に乗っていました」

 

「どこに行くのかと聞かれたのでギギリと答えたら私も行くと―――」

 

「専門家なので当然ついてくるかと思いまして」

 

「アトリ様のお知り合いとおっしゃるので、わたくし……」

 

「てっきり私は知っている者と思っていたのです」

 

 ……どうやら全員共犯者だったらしい。

 一番安全な中央の馬車に乗っていた私達とは違い、兵達の武器を積んだ比較的後方の馬車に乗っていた彼女はこの近くに付くと探索に行くと出かけて夜に帰って来ては兵達と一緒に食事をとっていたとか。兵達も専門家だと思い、心配しながらも特に何も言わず夜には戻ってきたので私にも報告はしなかったとか。

 何より、私の知り合いと言う事が効いたという意見には納得がいかないので無視した。私だって友人はいる。知り合いだからといって無条件に受け入れられるほど私の交友関係は狭くない。

 

「貴方達、夜道には気を付けてくださいね。私の知り合いには物騒な人が多いですよ?」

 

「っひ!?」

 

「ははは、冗談がうまいですね。じょ、冗談ですよね? た、隊長?」

 

「……アトリさんはヤるといったらヤるのです。多分、もう手遅れです」

 

 よくわかっていますね、ネコネ嬢。

 でも安心してください。貴方も私の話し合いリストに入っていますから。ルハナ姫に頼んで苦手な野菜を三食食べさせてやる。

 

 一人一人どうしてやろうか考えるのも楽しいが、取り敢えず目先の問題に取り掛かる事にする。

 立ちはだかる少女四属性の中で風の異名を持つその殿学士はどよめく兵達には目もくれず責任者である私をその真ん丸な目で睨み付けていた。

 

「アトリちゃん!」

 

「はい、アトリです」

 

 普段は陽気な少女の珍しく怒った姿にこの先起こるであろう面倒事に胃を痛めながら応対する。

 

 この少女の一番厄介な点は本当にギギリが大好きな事である。

 それはもうヒトなんかギギリに比べれば剥き終った果実の皮のようなレベルで。多分ギギリかヒト、どちらかが滅亡すると聞いたらギギリ側に付く。そんな彼女がこの現場に居合わせればどうなるか。そんな事は一目瞭然だった。 

 

「一体何をしてるの? みんなと仲良くなろうってわけじゃないよね?」

 

「ギギリ退治ですよ。見ればわかるでしょう?」

 

 話し合いには互いの目的を明かすことが大切だ。これが交渉なら最初は本音を隠して手札を温存する事も考えなければならないが、今回は相手が相手なので余計な腹の探り合いはしない。

 直球勝負だ。

 

 後、これは任務です。と付け足すのを忘れない。

 

「みんなが何をしたっていうの!? どうしてこんなひどい事が出来るの!?」

 

「いえ、それ害蟲ですし。ほっといたら被害が出ますし」

 

「そんな!? まだこの子たちは何もしてないんでしょ?」

 

「確かにそうですが―――」

 

 チラリと、罠により拘束されているギギリ達を見る。

 

 ……うん、ダメだアレ。私たち食べる気満々だ。全員こっち向いてるし。

 

 純度百%の食欲によって構成された彼らの視線はこう、胸に来るものがある。恐怖というよりも育てたら大きくなって売れそうだな的な意味で。

 が、それはそれこれはこれ。今回の任務はギギリの討伐である。

 

「そこをどいて下さい。余計な怪我人を出したくありません」

 

「やだッ!」

 

 即答だった。

 怪我人を出したくないのは本音だ。

 

 今回はあくまで繁殖期のギギリの事前の討伐。まだ実際に被害は出ていないものの、近いうちに被害が出るであろう案件だ。しかし、レラの言っている通りまだ被害が出ていないのも事実。自分達を庇うレラの姿にギギリ達も心を開きつつあるようにも見える。

 それを見て、兵達の中には武器を降ろす物も散見される。ルハナ姫などは人とギギリ、異なる種族同士が手を取り合う光景でも見えているのだろうか。うっとりと涙を浮かべながら見入っている。

 

 だが、待ってほしい。

 確かに今回の件、怪我人どころか死者を出せば出さなくていい兵力を出して勝手に被害を出した者として叩かれるのは私だし、殉職者の家族に「貴方の大切な人は特に被害の出ていないギギリ討伐に出かけて死にました」というのも私だ。しかし、この地域は一見人口も少なく廃れているように見えるが事実マルルハを含む地方と帝都を繋ぐ交通の要所である。帝の方針から大々的に自然に手を加え、道を整備する事を控えている現在、帝都を行き来する商人や各国の皇族がギギリ達に襲われる危険性は極めて高い。特に今はウズールッシャとの戦争が控えている補給部隊が襲われたとなればその責を問われるのはこの地を治めていることになっているデコポンポ様―――では無く、私である。

 

「き、聞き分けの無い子ですね! いい子にしてたら後で標本位はあげますよ?」

 

「え、本当!? じゃ、じゃあ」

 

 お、揺れたみたいだ。

 流石、蟲好き。研究室が標本で埋まっているだけある。

 

「いいのですか? ……それでは後ろのギギリ達は殺されることになると思うのですが」

 

 ……ネコネ嬢、し―っ!

 

「――――あ、ダメだよ! この子たちは殺しちゃダメ!」

 

 あ、気付かれた。

 

「だ、騙されないからね! そうやってアトリちゃんはすぐボクを騙すんだから!」

 

「今のは言葉のあやですよ。この場にいるギギリ達を標本にする訳ないではありませんか。私がそんな外道に見えますか?」

 

「そうだよね! アトリちゃんはこんなにかわいい子達を殺すなんてひどいことしないよね!」

 

「そうですよー! 私がそんなことするわけないじゃないですか!」

 

 ……蒸し殺す気だったからね。標本にするときに崩れるかもしれないし、流石に蟲の死骸に触る気にはなれませんから。

 

「だよね! あ~あ、心配して損した」

 

「全く、貴女はいつも後先考えずに行動して困った人ですね」

 

「あはははは」

 

「ふふふふふ」

 

 二人で笑顔で笑い合う。

 これくらいはよくある事だ、と周囲が思うには十分な時間。

 心配そうに成り行きを見つめていたルハナ姫が近づいてくるのがわかる。

 

「アトリ様。わたくし感動しました! これが友情なのですね!」

 

 この頭にお花が生えているお姫様は何を言っているんだろう。

 私とレラは互いに背を向け合って笑いあっている。この意味が解っていないのは恐らく彼女だけだ。私が色々と連れまわしたネコネ嬢は勿論、一応は正規兵である為かはたまた多少なりとも私の人間性を知っている兵達は私達が少しずつ距離を取りつつあることに気付いている。恐らくちょうど私の表情が見える位置にいるであろう彼らにはわかっているはずだ私の眼が全く笑っていない事を。

 

 そして、当然それは私という人間を同僚として良く知っており、つい先程まで向かい合っていた彼女もよく理解している。

 

 ゆっくり歩いて丁度三十歩。

 兵達の中央まで後退した瞬間、短く呟く。既にこの三十歩の間にすれ違った兵一人一人の耳元でゆっくりと呟いた言葉が震える彼らを伝って伝染した事で兵達の人心は掌握し終えた。

 

 そして、それはあちらも同じ。

 なら、やる事は一つだ。

 

「―――――やれ」

 

「アトリ様!?」

 

 振り返り、指示を出す。

 一瞬何が起こったか理解できかったようなルハナ姫が悲鳴を上げるが、もう遅い。

 一斉に矢が放たれ、罠に掛かったギギリ達に降り注ぐ。

 

 まずは身動きの取れないものを確実に仕留める。

 ボロギギリに矢など効かないし、間違ってもヤマトの貴重な殿学士を傷つける訳にはいかない。決してその判断は間違っていなかった。

 

 だが、その決断に対する成果は得られない。

 

「甘いよ、アトリちゃん!」

 

 ―――風が吹いた。

 

 それは一陣の風。

 但しそれは我々にとっては破滅の風に等しい。

 

 突如吹いたそれは降り注ぐ矢を一つ残らず弾き飛ばし、そのままギギリ達を拘束する網を切り裂いた。

 明らかに自然のものでは無いその力を振るったのはたった一人の少女。風の殿学士の異名を持つレラに他ならない。

 

「みんな、逃げて―!」

 

 レラの号令にまるで呼応するようにギギリが――――あの巨大なボロギギリでさえも一斉に散り始める。

 

「た、隊長! ギギリが逃げます!」

 

 副隊長の男の悲鳴に似た叫びが聞こえる。おっと、私に言ったのか。どうも隊長という響きは慣れない。

 

「包囲を一度緩めなさい」

 

「しかし、それでは逃げられます!」

 

「元々大した戦闘の用意が出来ない者達では無駄に被害を出すだけです。少なくとも、ボロギギリと風の殿学士とだけは戦闘しないように。包囲を緩めつつ、通常のギギリだけを各個撃破してください」

 

 恐らくレラとボロギギリは一緒に行動する。今回のボロギギリは予想していたモノよりもはるかに大きく、当然力も強い。それに今は繁殖期。相当気が立っているはずだ。

 それを止められる者等ヤマトでも数えるほどしかいないだろう。

 

「彼女達は私が相手をします。散ったギギリ達に対応するものを残して私に付いて来て下さい」

 

 元々、ボロギギリを拘束できなかった時点でまともに相対すれば被害は避けられない状況だった。寧ろこの状況は好都合だといえよう。

 それにレラはこういった。「にげろ」、と。ならば迷う事は無い。存分に兵達には練度を稼いでもらおう。

 

「さあ、狩りの時間です。皆さん、張り切っていきましょう!」

 

 

 

 

 




アトリ「ギギリの血は何色じゃ―!」

 傍から見ると罠に掛かり傷付き、倒れるギギリ達を庇う某谷の少女リスペクトのレラとそんな事どうでもいい取り敢えず害虫を始末してから話し合いましょうと端から話し合う気の無いアトリ。そして、一瞬分かり合ったと思い特に意味も無く涙を流すルハナ姫。

 兵達の耳元でネコネやルハナ姫のマル秘情報を呟き始めるアトリ。一方ネコネは段々とアトリの思想に染まってきたことに愕然としています。

 狩りの始まりです。
 次回は、アトリのメイン武器が登場。普段は呪法で大体終わらせる彼女ですが、強敵相手だと専用の武器を使います。さて、なんでしょう。
 ヒント とてもアトリらしい武器です。

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