私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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ギギリ退治に行きましょう

 ルハナ姫と美味しいご飯を手に入れて二日。

 情報が集まるのを待ちながら、暇だったので今日はルハナ姫とネコネ嬢を連れて部下達と一緒に狩りに出かける事にした。

 

「今回の獲物はギギリです。手元にある各地の蟲達の生態図鑑によると繁殖期に入っていると思われます。くれぐれも油断しないように」

 

「はっ!」

 

 ギギリというのは一言で言ってしまえば大型の蟲だ。

 各地の過酷な環境に対応するため独自に進化・巨大化したことで生態系で一定以上の地位を手に入れた者達で、私が殿学士として大いなる父(オンヴィタイカヤン)時代の生き物を調べたところ、各地で『ムカデ』や『サソリ』とかつて呼ばれていた者達に近い種が成長したモノらしく、これらを総称してギギリと呼んでいる。

 ギギリは普段は単独で行動し、時折散策に出かけた近くの村人を襲ったりすることがあるが、一匹位なら武装していれば相手をする事が出来る程度の脅威しかない。一応毒を持っている点にだけ注意すれば然程危険度は無い訳だ。

 

 しかし、何事にも例外がある。

 その一つが繁殖期だ。ギギリの中でも子を産むためにさらに巨大化したボロギギリと呼ばれる種が活発に行動を開始し、それを守るために多数のギギリが組織立った動きをしだす。この時ばかりは危険度は跳ね上がり、酷い時は村一つを壊滅させることもある。

 その為、繁殖期で周辺にボロギギリを見つけた際はこうして検非違使隊に出動要請が来るのだが、当然帝都から遠い地方は近くの大国に要請するか自分達で何とかしなければならず対応が遅れて気付いた時には手遅れでしたという場合も多い。

 

 そこで、活躍するのがこのヤマト全域のギギリ達の繁殖期や特徴を事細かに記された生態図鑑だ。

 

「しかし、風の殿学士殿も本当に大したものですな。お若いのにお一人でこんなものを書き上げるとは」

 

「まぁ、彼女はそれが生きがいみたいなものですしね。それのお陰でこうして先手を打てるのは事実ですけど、本人の前でそれを言っちゃだめですよ?」

 

「は、はぁ」

 

 腑に落ちないという様子の部下に深く説明はせず、手元にある図鑑に視線を落とす。

 風の殿学士が記したこの書の登場により、各地のギギリによる被害は大きく減少した。実際これがあの帝の眼に止まり各地の皇や有力者達に配布され、その功績で殿学士の地位を手に入れたようなものだ。ここにも今の話を聞き、自分とそう歳の変わらない彼女への憧れを隠さない殿学士候補生が居るが、そんな事を思ってられるのは彼女の実態を知らないからだ。

 

 そもそも、周囲の殿学士達への評価と我々実際に彼らと()()()()()()()()()()者達では認識に差が有り過ぎる。

 普段殿学士達は私のように他に職を持っている者を除いて皆、聖廟内に与えられた自分達の研究室に閉じこもっているせいで外との接触が殆ど無いためそのような事が起こっているのだろうが、そのせいで私だけが殿学士の中でも例外とかいうのは本当にやめて欲しい。

 

 現在この帝都にいる殿学士は私を除いて五人。

 それぞれ自分の得意とする属性から炎の殿学士、水の殿学士、風の殿学士、土の殿学士等と呼ばれており、後の一人は八柱将との兼任で女性向けに『男同士の友情』を記した絵物語を書いている。因みに私は金の殿学士とか言われている。

 

 それ以外の殿学士達は資格と研究費用だけ手に入れるとさっさと自分の知的欲求を満たすために旅立っていき、残った面々も例外なく帝都の方が捗るからという理由だけで残っている有様。

 彼らは自分の研究の為なら何だってする。

 時間が足りないからという理由だけで不老不死の研究に手を出したり、たまに出てきたと思ったら帝に直接研究費用をせびりに来て近くに控える八柱将の面々の表情を修羅に変えたり、たびたび聖廟内でなければ帝都が軽く吹き飛ぶ威力の大爆発を起こしては「ごめん、間違えた」の一言で無かったことにしたりと事実を知っている面々からは実は報奨として与えられる研究室は隔離施設なのではないかと思われ、私も研究発表するたびにライコウ様辺りに「お前も入った方がいいのではないか?」的な嫌味を言われたりしている。

 

「それでも一応成果は出すので、何も知らない人達から見れば憧れの対象なんですよねー」

 

「何かおっしゃいましたか?」

 

「いえ、何でもないですよ。それよりそろそろ目的地です。罠を張りましょう」

 

 気づけば早朝に旅立った空は日が落ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれはアトリ様! ようこそおいで下さいました。一番いい宿を用意していますので、ささ、どうぞ」

 

「一番いいといってもどうせ一つしかないんでしょう?」

 

「はは、流石はアトリ様。お見通しでしたか」

 

 ギギリが出没すると思われる地点に罠を仕掛け、奴らが引っ掛かるのを待つために近隣の村によると知り合いの村長が暖かく迎え入れてくれた。

 

「アトリさん、随分親しいようですが、知り合いなのですか?」

 

「ええ、まあ、それなりにですね。ここら一帯は私達の担当なので」

 

「た、担当ですか?」

 

 荷崩しをしながら、道中仲良くなったのかネコネ嬢とルハナ姫が交互に質問してくる。

 

「ええ、知っての通り私の上司兼主であるデコポンポ様と左近衛大将ミカヅチ殿の兄上であり八柱将が一人『聖賢のライコウ』様は帝の名代として各地を治めています。ここら一帯はデコポンポ様の管轄なので、私が治めているんですよ」

 

「ちょっと待つのです! どうしてアトリさんが治めているのです!?」

 

「あ、あのアトリ様。そのお話だと、この地を治めているのはデコポンポ様なのではありませんか? それではまるでアトリ様がこの地の皇のように聞こえてしまいます」

 

 苦手な左近衛大将の名前が出た事でビクビクしながらもネコネ嬢は私の言葉を理解できないかのように詰め寄り、ルハナ姫もまるで主よりも自分が上だというような物言いをしている私の言葉を失言として彼女なりに嗜めようとしてくる。

 

「いえ、別に間違ってはいませんよ。私ここ以外にも一つ、二つ―――全部で三つの国を治める様に言われていますから」

 

「なっ!?」

 

「ふえぇぇ!?」

 

「普段の働きの対価としてくれたんですよ。なので、現在この地を治めているのは私で間違いありません」

 

 というか、あの上司がそんな馬鹿正直に統治なんてする訳ないだろう。

 一応八柱将としての役割だから請け負っているが、基本的に部下に任せて何かあればその部下のせいにして終わりだ。というか、名代ってそういう意味でしょ? 上から下へどんどん仕事を押し付けていくっていう。

 

「あ、アトリ様はデコポンポ様から信頼されておられるのですね」

 

 そうですねルハナ姫。でも、それを世間では押し付けというんですよ。

 

「ありえないのです。ありえないのです!」

 

 分かります分かります。私も今のネコネ嬢よりちょっと年上の時期にこんな仕事を任されて困惑しましたから。

 

 私の言葉にルハナ姫は驚きを通り越して羨望の眼差しを向けてくるし、反対にネコネ嬢は認められない事実を目の当たりにしたかのように俯いて何かつぶやき始めてしまっているが別に大したことじゃない。

 

「知っての通り、この近辺は作物の育ちが悪く、帝都が近いですからね。基本的に民達は皆帝都に流れてしまうので税を集めようとしても大した額にはならないんですよ。だから、皇といってもそんなに大げさな事じゃありません。やる事といってもわずかにいる住民の為に毎年決められた資金で援助をしたり、こうしてギギリや盗賊を退治するために兵を派遣したりするだけですから」

 

 土地だけは広大なのでそこそこ大変だが、普段は現地で徴兵した役人たちに任せているので特に問題は無い。

 しかも最近は私が検非違使隊の長官に就いた事で今まで要請していたのが任務としていくことにより、費用は国持ちになり大幅な節約になった。余ったお金はこうして各村々の増強に使われたり、道の整備や特産品の作成と色々使われることになっている。我々の懐に入るのなんて精々その六割くらいだ。

 

 ネコネ嬢は懐疑的な視線を向けてくるが、こっちとしても毎年割り当てられる資金は使わないと年々減らされてしまうので、しょうがなく、本当にしょうがなく私が上司達と国の為に使わせてもらったり、基本的に人口で割り当てが変わるので査察の期間だけ旅商人を招致もとい拉致をしたり、定期的に帝都で失態を犯した役人や諸々の事情で身を隠したい者達の居場所を提供して人口の水増しを図ったりと私も私なりに真面目に働いているのだ。

 因みに調べられても足が付かないよう細工は完璧で、現地の住民の不満が溜まらないようにこうして私自らが定期的に様子を見にきて住民の要望は可能な限り叶えてたり、こうして害蟲駆除を引き受けたりもしているのでとやかく言われる筋合いはない。仮に告発されて私が居なくなれば現地で雇った役人達との連絡手段は失われ、彼らは自動的に野生に帰りこの国は荒れるに荒れるだけだ。

 

「アトリ様はお忙しいのですね」

 

「そうですね。今帝都では私の部下が一斉査察の後処理をしていますからね。きっと苦情やら何やらで死ぬほど忙しいでしょう。今回はそれに加えてギギリの繁殖期という非常に厄介な案件が同時に発生してしまったので、部下思いの私としては忙しい彼らの代わりにこうして少人数でこの地へ繰り出したわけです」

 

「流石はアトリ様! お優しいのですね!」

 

「だまされちゃ駄目なのです。ただ単に面倒な後始末を部下に押し付けているだけなのです」

 

――ッチ、バレたか。流石に私が色々教え込んだだけはありますね。ですが、これもお仕事。別にサボっている訳では無いんですよね。

 

「心外ですねー。これでも大好きなお兄様の役に立ちたいと思っているけなげな少女の願いを叶えるために遠路はるばるこうして出張ってきたのに。あぁ、本来なら今日は屋敷でゆっくりおいしいご飯を食べている頃なのに。こんな仕事は本来部下の役割なのに。あぁ、折角の時間がー」

 

「う、で、ですが。アトリさんが楽をしようとしているのは事実なのです!」

 

「楽をしようとして何が悪いんです? 仕事なんてのは楽してなんぼでしょう?」

 

「そういう考えだから兄様と違って人気が無いのです!」

 

「あ、言ってはならない事を言いましたね! そういう子には激辛の具を沢山詰め込んだアマムニィをあげます!」

 

「い、いらないのです! やめるのです!」

 

 晩飯として出てきたアマムニィを自分なりに改良してそのまま風の呪法でネコネ嬢の口に放り込む。

 自動追尾式の呪法だ。どこに逃げようとも必ずその小さなお口に届かせて見せよう。

 

「ふふ、お二人は仲がよろしいのですね」

 

 私とネコネ嬢の戦いを近くで見ていたルハナ姫は一口サイズに整えたアマムニィを上品に食べながら楽しそうに笑っていた。

 

「ルハナ姫も同行してくださって感謝してますよ。こんな山奥の田舎来ないと思っていましたから」

 

「そ、そんな!? わたくしはアトリ様のお陰で何とか無事に帝都で生活できている身です。それに、マルルハでもよくこうして森に繰り出したりしておりましたから」

 

「森に? それまたどうして」

 

 ルハナ姫は仮にも一国の姫だ。本人の性格から狩りなどを積極的に行うとは思えないし、森という単語は彼女とは結び付きにくい。

 

「よく兄上たちに連れられて森の奥深くまで遊びに行ったのですよ。わたくしは兄弟の中でもどんくさいのでよく兄上たちからはぐれてしまい、その度に一人で帰る羽目になるうちに慣れました」

 

「ちょっと待ってください。森で迷子になるのはわかりますが、毎回一人で帰るんですか? 捜索隊は? 一緒に行った兄たちはどうしたんですか?」

 

「兄上達ですか? 兄上達はわたくしと違い優秀なのでいつもわたくしが帰る頃には夕飯を食べ終わっていて、わたくしが帰ってくると驚いたように出迎えてくれるんですよ。いつも「どうやって帰ってきた!?」と、心配してくれるのです」

 

 初めきょとんとして答えていたルハナ姫は故郷での出来事を思い出すように笑みを浮かべながら他にも兄達との思い出話を語っていくのだが、聞いているこちらは気が気では無かった。

 仮にも一国の姫が行方不明になっているのに捜索隊すら出されず、同行していた兄達は逸れた妹の行方が分からないのに呑気に夕飯を食べていた、と。しかもいざ妹が帰ってきたら慌てたように駆け寄って協力者の存在を探っている。

 

「アトリさん、これはひょっとして」

 

 私の教育を短期集中で受けたネコネ嬢も流石に気付いたようだ。口が目に見えるほど赤くなって変な汗をかいているが、表情は至って真剣である。

 

「ルハナ姫は何人兄弟でしたっけ?」

 

「わたくしですか? 兄が六人と姉が二人、妹と弟が一人ずつ居ります」

 

「九番目で『ルハナ』、ですか」

 

 国が作られるときその時代の皇の名前から名付けられることは少なくない。これは単純にその王の自己顕示欲が強い以前に周辺諸国等に誰がその地を統べるのか示すための意味合いが強い。つまりその地の名を持つと言う事は皇としていずれその地に住まうものを統べることを期待されていると言う事を意味し、継承権の低い者等においそれと付けられるものでは無い。

 そして、私の知る限りマルルハにはルハナ姫の他に王族の中でマルルハの名を持つ者はいなかったはずだ。

 

 ルハナ姫の容姿は土地がやせ細り、その影響で極端に水の神と契約する者が少ないマルルハでは珍しくしっとりとした水色の髪に瑞々しい肌を持っていて、神事にそれほど詳しくないものでもかの神の加護を大いに受けていると分かる。マルルハ王が自分達に与えられた神からの祝福だと思っても不思議ではない。

 ただ、何も知らない者達、特に彼女が生まれるまでは自分達が後継ぎだと信じていた兄達からすればルハナ姫の存在はどういうモノであるかは想像に難しくない。

 

「……頭痛くなってきました」

 

 ニコニコと過去の思い出話に花を咲かせる天然姫を見ながら、マルルハの実情とそこに最悪の場合関わらなければならない今後を考え頭を悩ませる私だった。

 

――取り敢えずは、捜索の件、身内の線も当たってみるか。

 

 

 

 




 傍から見るとアトリに貢ぎまくっているデコポンポ様。
 
 結婚相手は自分の年収以上と決めているアトリ。余計な贈り物をしてくる上司のせいでどんどんハードルが上がっています。

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