私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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みんな大好き視察のお時間です

「全く、これだから兄様は。本当にしょうがない人なのです!」

 

「……むぅ」

 

 朝方に早馬でオシュトル達がクジュウリを立ったと知らせる文が届いたのをきっかけにしてネコネ嬢は随分と機嫌がいい。口では予定より時間がかかっている事に文句を言っているが、尻尾をぶんぶんと振っているせいで何を考えているかはまるわかりだ。

 

 それに対し、私は先日の襲撃者達が毒殺されたと言う事で代わりに遺体の検分に行ってもらったイリーチャからの報告書を読みながら考えに耽っていた。

 

 ……毒物は食事に混ぜられていた、と。内側に敵がいるのは確定ですかね。

 

 どうやらあちらでは酔っ払いに対応するかのように普通に食事を与えていたらしく、毒を仕込む事などいくらでも出来る状況だったらしい。私の認識だとこういった場合、口封じされる事など分かりきっているので食事は与えないか本当に気を使って摂取させるべきなのだが向こうにとっては違ったみたいだ。

 

「肝心の貴族については偶々手元にあった水の殿学士お手製の「死にたくても死ねない薬」を与えてたので九死に一生を得たようですが、余計な借りを作っちゃいましたね。便利なんですがあまり使いたくないんですよ、アレ」

 

 貴族というのは本当に厄介なもので、罪状が確定し刑によってその位が剥奪されてからでないと死亡時の葬儀やらなにやらで色々面倒なことになる。あの日しっかりと持ち帰っていれば速攻でその処理が出来たわけだが、あくまで一支部でそんな事が出来る訳も無く、今頃は一人生き残った牢の中で薬の副作用と別に無効にできた訳では無い毒による想像を絶する苦しみで悶えている事だろう。

 

 先日のイナウだけではないが、検非違使隊の中ではいまだに長官という立場の人間は信用ならないらしい。今までの慣例によって直属の上司である長官よりも緊急時に自分達を使役するオシュトルやもう一人の将軍であるミカヅチ達の方を主だと決めつけている輩が多く、とにかく反発が多い。

 それもこれも前任者達がすべて悪いのだが、彼らは例え率いるのが将軍達でも上への報告書や始末書、死傷者への対応は私の仕事だと言う事に気付いているのだろうか。あくまで人員を貸し与えているだけであって別に将軍の直属の部下という訳では無いのだが。

 

 ……因みに、要請をこちらから断る事は出来ません。両将軍共に私やその上司より人気があるからね。下手に断ろうものなら周辺から袋叩きに遭うのは確実。それを知ってか知らずか自分の個人的私兵を持たずに毎回貸出要求をしてくるオシュトルには困ったものだ。これは長官と将軍で溝が出来るわけだ。

 

 取り敢えず、イナウのいた支部には「残念だったね。でも、気にしてないし特に処分もしないよ! だって最初から分かっていたことだから!」と言った励ましの文を送っておいたが、届いただろうか。

 

「それにしても、そろそろ意識改革が必要ですかね。ね、ネコネ嬢」

 

「全く、兄様はしょうがない人なのです!」

 

 話聞いてないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで。

 久々の現場作業である。

 

 基本的に平時の検非違使の仕事は帝都内の治安の維持という名目の近所間の諍いの仲裁や酔っぱらいの対処が殆どだが、当然それ以外にも仕事は存在する。

 途中件の支部に寄ったところ責任者が顔を青ざめながら警備の担当者と今回私に突っかかってきて間接的な原因となったイナウを処分すると言ってきたのでそこまでする事ないと止め、どうせ処分するつもりだったならと彼らを本部預かりとして引き取る事にした。

 ヒトというのは重要な資源だ。おいそれと処分されたら困る。今は人が余っているから特に問題は無いとは言え、代わりの人材を用意するのもそこそこ手間なのだ。

 

 ……それに、私に直接意見してくるようなのは貴重ですからね。精々こき使わせてもらいましょう。やったね、イナウ君。出世だよ! 給料は据え置きだけどね!

 

 本日のお仕事はみんな大好き抜き打ち視察だ。

 イナウ君を含め、連れてきた部下達には私があらかじめ確認するべき点を記した用紙を配布しており、各支部に問題は無いかしっかりと調査してもらっている。

 

「時間は有限です。一日で広い帝都全てを視察し終えなければならないので最初の一か所が終われば数人で班を組んで各支部へ飛んでもらうことになるので今の内に特に注視するべき点を覚えておくように。何か質問は?」

 

「はっ!」

 

 私の言葉に各々自分の担当区域を確認しようと動く中、真っ直ぐとこちらを見据える黒い眼が声を上げる。

 

「はい、イナウ君。何でしょう?」

 

「帝都内の検非違使隊の支部は全部で二百六十三だと記憶しています。本当に一日ですべて終える必要があるのですか?」

 

「正確には二百五十八ですね先日五つほど取り壊しました。質問の返答ですが、自分が視察される側だとして一番困る事は何ですか?」

 

「自分には恥ずべきことは何一つありません。よって困る事は何もありません!」

 

 私の質問に真っ直ぐに答えてくるイナウ君。

 その答えを今度自分が居た支部の元上司に行ってあげるといい。私が行った時には既にせっせと証拠の隠滅と今回の責任を部下に押し付けるための工作に取り掛かっていたから。

 

「では、質問を変えましょう。帝都を守る検非違使にとって最も必要な事は何ですか?」

 

「規律と正しき心です!」

 

「そうです。逆に言えば検非違使である以上全員がその条件を満たしているのが好ましい。実際、私もそう思います。視察というのは規律を守るためにどうしても必要な事ですが、仲間を疑うのはとても心苦しい事なのです。私も出来ればそんな事はしたくはありません。ですが、これも規則。ならばせめて一日で終わらせたいと思うのは間違っているでしょうか?」

 

 瞳に涙をため、出来るだけ悲しそうに見えるように目を伏せる。

 

「文官長様…………」

 

「イナウ君。いやな役目を押し付けてしまってごめんなさい。きっとこの仕事を多くの人々から疎まれるでしょう。ですが、帝都の平和を守るための検非違使隊内でもしも何か不正があっては人々は安心して夜も眠れなくなります。我々が清廉潔白であるという事実を人々に公開すること。それこそがこの帝都の平和を維持するために必要な事だと、少なくとも私はそう信じています」

 

 イナウ君の感情が揺れているのが手に取るようにわかる。なるほどなるほど、こういうのに弱いのか。

 

「手を貸してくれますね?」

 

 心優しい少女に見える様に維持しながら、私は二コリを微笑む。その笑みに懐疑心を向けられるだけの腹の黒さはイナウ君には無かった。

 

「お任せください!」

  

 これでも私は貴族の端くれ。自分の感情を律して役を演じるのは得意中の得意だといっていい。正義感が強いだけの若者を操るなど朝飯前と言えよう。

 

 ……よし、これで敵対派閥は一掃完了っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の視察の目的は検非違使隊内部に潜む私とは別の派閥の者達の一掃である。

 

 先程イナウ君を説得したように一人一人が帝都の平和の為に汗水たらして働いてくれるなら何の問題も無いのだが、現実問題そんなのはただの理想でしかない。ヤマトの中心であり、各地の有力者たちが集まるこの帝都で検非違使というのはとりあえず囲い込んどけと言われるほど権力者たちにとってはお手軽な小間使い達という扱いを受けている。下級士官とは言え、彼らが一生をかけて稼げる給金など帝都に集まる各地の皇や上級貴族達にとってははした金でしかない。隊士達がまともに働いても手の届かないほどの大金を目の前にちらつかせ、この帝都で融通を利かせるというのは古くから続く政策によってこの帝都に人質としてくることになった各地の皇子や皇女達が後ろ盾がないこの帝都で好き勝手するために一番手軽な手段という訳だ。

 

 今は人質なんてものは形骸化し、奉公という形で来るわけだが、自分達の領地で蝶よ花よと育てられてきた連中がまともに働く訳が無い。大体は親の目の届かない地でちょっとした旅行気分で権力を振りかざし、やり過ぎて捕まるも抱え込んでいた検非違使達によって事なきを得る。それで段々と味を占めてこの帝都に永住し始めるというのが約七割くらいいるわけだ。人質として送られてくるのは王の子息と言っても大体が跡取りとは関係の無い三男や四男や帝都で繋がりを作るために婚姻用の家財道具一式を持参した皇女達だ。別に任期が済んでも戻らなくても問題ない。というより戻ったところで居場所が無いというのも少なくはない。彼らの帝都で過ごす数年間はそれだけ大きいのだ。戻ったら兄弟達に臣下を根こそぎ取られていたとかは珍しくない。

 それを恐れて好きなくとも自分達に冷たく当たる事は無い帝都で一生を過ごそうという考えを持つものが多いこと多いこと。我々からしたら迷惑この上ない。

 

 いい加減面倒なのでそういう勢力を一掃しようとオシュトル()の居ぬ間に今回の視察を計画したわけだが……

 

「……取り敢えず、ここに盗難された物品の目録とどのあたりで襲われたのか大体でいいので書き出してもらってください。――地図を忘れずに」

 

「っは!」

 

 その視察の中心になるべき私は何故か盗難事件の処理に追われていた。

 

「身元の保証になるものは……。ないですか、そうですか。ふむふむ」

 

 先に話を聞いていた隊士の報告を受けながら、事務的に処理をしていく。こういうのは得意だ。

 

「も、申し訳ありません。本来ならこのような事でアトリ様を呼び止める事などしたくは無いのですが……」

 

「いえ、いいですよ。仮にも相手は貴族。下手に対応して後で酷い目にあるというのは理不尽ですからね。正しい判断です」

 

「そう言ってもらえて助かります」

 

 この帝都唯一の入り口である正門を管理する隊士と軽く会話しながら大体の事情を聴き終る。

 

 本日未明。

 帝都周辺で一件の盗難事件が発生した。周囲を警邏していた隊士が一人で彷徨っていた被害者を保護。その後事情を聴きながら安全を確保するため被害者を連れて正門へ引き返したのだそうだ。

 ここまではよくある事件だ。いくら帝の御膝元とはいえ、少数だが盗賊という輩は存在する。その対応として警邏を行っているわけだが、帝都で不自由なく生活している隊士達と、生きるために奪う事を生業とし土地勘もある盗賊達ではやはり気持ちに差が出るようで正直言って対処は追いついていない。大規模な盗賊狩りをするとして、その費用は一体だれが出すの? と、言ったところで特に被害に遭っていない貴族達は一斉に目を背けるわけだ。

 

 しかし、今回は少し訳が違う。

 

「ふむ、被害者の名前はルハナ。マルルハの姫ですか」

 




 捨てられそうだったイナウ君を拾っていたせいで姫様までいけませんでした。
 イナウ君は懲りていないように見えますが、内心かなり来ています。失態は仕事で取り返すという姿勢で盛大に空回っていますが。


 次回はマルルハの姫です。

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