私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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今回は短めです。


私は被害者ですよ

 不届き者達にたっぷりとお仕置きをしたのち、遅れてやってきた検非違使隊に身柄を引き渡して取り敢えずその日は帰宅することになった。

 今日は疲れたし最近噂の温泉宿で汗を流そうと肩を回していたのだが駆けつけた検非違使達はなぜか私の方を拘束しようとした。何故だ、私は被害者だ。

 こちらは無傷で対面している男達がボロボロになりながら生気の抜けた顔で必死に助けを求めている光景を見れば確かに何か勘違いしそうだが、生憎とそれはただの勘違い。それを説明しようとしたところ、私の言葉はキツイ表情をした検非違使に遮られ茫然としている隙に手に枷を掛けられ囲まれていた。

 

「え、あの、私被害者なんですが。もっと言えば貴方達の上司なんですが……」

 

「いいから、いいから。話は詰め所で聞くから。そちらのお嬢さんもご協力感謝します。これで今日も帝都の平和は守られました!」

 

「あ、あの、その人なのですが……」

 

 不覚だった。

 いつもの文官服ならともかく、今日は変装用の町娘の格好。そして、部下の名前と顔と家族構成は全部記憶している私と違い、普段顔を合わせる機会の少ない末端の隊士達は私の事がわからない様子。枷を外そうにもこれは人員はどうしようもないけど装備品は整えておこうと以前大金をはたいて作らせたもので私の力じゃどうしようもない強度を誇っているため脱出は不可能。

 一応貴族の格好をしているネコネ嬢に対しては紳士的な対応をしているので、一縷の望みをかけて助けを求めようと思う。私は自分が助かる為なら上司でも部下でも神様でも利用する人間だ。

 

「ね、ネコネ嬢、言ってあげてください。私が誰なのか! そして、さあ! 私を早く助けて!」

 

「…………」

 

 あっ、目を逸らされた。

 それどころか目を合わせてももらえない。検非違使達に無理やり立たされている以上背丈の小さいネコネ嬢に目を逸らされると目線を合わせる事も出来ない訳で、私の必死の叫びは聞き届けられるものもいないままずるずると詰め所に向けて遠ざけられていった。

 

 回復中暇だったので、囮にさせてもらった事について説明したのがマズかったのだろうか。厳重な警護態勢で首だけを後ろに回すと笑いをこらえているような飴屋の親父がネコネ嬢に貴族服を着たネコネ嬢と町娘の格好をした私がどう見てもお忍びできた貴族の娘が仲良くなった街の娘に色々質問して歩いているように見えなかったとか、途中から一人で歩き出した時は攫ってくださいと言っているようなものだったとか丁寧に説明していた。なんだか私を見る視線がどんどん冷たくなってきているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 取り敢えず、軽く懐き始めているようだが、その親父は貴女が最も恐れている人物ですよ、と説明するのはいつにしてやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、申し訳ありませんでした!!」

 

 詰め所に着いた後、流石に私の事を知っていた区画長が私に対して土下座をしていた。由緒正しい年季の入った土下座である。

 

 ……よかった。最初に器物損害と暴行の現行犯で引き渡された後、私の顔を見て暫く固まっていたからちょっと不安になったよ。

 

「いいですよ、そこまでしなくて。あの状況では勘違いしてしまってもしょうがないでしょうし、仕事熱心なのは悪い事では無いですから」

 

 誤解が解けた以上別にもう気にしていないと区画長に頭を上げさせる。

 因みに、全員の名前は私の心の手記に既に書き留めているのでもう手遅れだ。今からちょっとずつ情報や弱みを集めて出世してきたときにちびちび苛めてやろう。

 

 それよりも今は被害者側として私よりも丁重に連れてこられた連中についてだ。

 

「彼らの身柄は本部で預かります。尋問は専門のモノがするので手を出さないように、それと」

 

 テキパキと未だ低姿勢な区画長に指示を出す。

 早く帰ってお風呂にしたい。ゆっくりと湯船に浸かって百まで数えたいのだ私は。

 

「ちょっと待ってください! こちらで確保した者を何故中央に持っていかれるのですか!」

 

 そんな私の望みを打ち砕いたのはここまで私を連行してくれた中でも一際若い隊士だった。名前はえーと、そう、イナウだ。正義感が強そうな青年で、確か以前目を通した書類によると帝都では無く、近隣の小さな集落の出身だった気がする。

 私の若干濁りかけの赤い眼と違い、その黒い眼には正しい事しか映っていないようで、私の権力のごり押しに反発しているようだった。

 

 ……いるんですよね、こういう理想に燃えた若者って。私の近くにもいますよ、普段は仮面をつけていますがね。

 

「何故って、何かあったら大変じゃないですか。責任取れるんですか?」

 

「なっ。我々が彼らを取り逃がすとでも!? 有り得ません!」

 

 どうやら私の発言は彼の気分を害してしまったらしい。仕事に自信と責任を持っているのだろう。自分の自尊心を傷つけられたとでもいうように私に抗議してくる。先程の発言を訂正してほしくて仕方ないらしい。

 一方私はパサつく髪が気になって仕方ない。風の呪法で巻き上げられた砂や小石のせいだ。

 

「貴方達の事は信用していますよ。でも、捕らえた中には貴族もいますし、彼の実家から引き渡せと言われたら逆らえないでしょう?」

 

 腐っても貴族。

 同じ役人と言っても下級士官という位置づけの検非違使達では立場上彼らからの要求に逆らうのは難しい。私の問いかけに残像が見えるような速さで首を縦に振っている区画長がいい例だ。彼は私の素性も知っているので、この要求が半ば絶対の命令に近い事をよく理解している。検非違使隊に入隊するのは平民でも可能だが、一定以上の役職に就く者の殆どが貴族なのはこういう理由もある。役職とは別に固有の権力を持っておくのは意外と重要な事なのだ。

 

 しかし、私の言葉は頭の固いイナウには通じていないようで。

 

「我々は帝都の治安を守る検非違使隊です。権力には屈しません」

 

「そうですか? そこまで言うなら任せてもいいですが、くれぐれも間違って死なせないでくださいね?」

 

「死なせる? 文官長様は我々の職務を勘違いしているようですね。罪も定まっていないようなものを罰するなど。そのような事有り得ません」

 

「そうですか、ならいいです」

 

 いい加減面倒になってきたので取り敢えず、イナウに任せる事にする。

 区画長が死にそうな顔でこちらを見てきたが、部下の教育は上司の責任だ。何かあってもそちらで対応してほしい。私の上司はしてくれないけど。

 

「では、最低限の処置をしたら後は任せますね。頼りにしていますよ、イナウさん」

 

「……文官長様が心配するようなことは有りませんのでご安心を」

 

 そういうイナウを後にして、私は見捨てて先に帰っていたネコネ嬢を連れて汗を流しに温泉宿へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、詰め所に備え付けられた牢で刺客達が死亡したという報告を受けた。

 原因は毒死。三日後の出来事だった。

 

 ……だから言ったのに。




次回はこの作品のメインキャラになる予定の姫君が登場します。

大体この時期に本編の主人公が解凍されています。

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