私の上司はデコポンポ   作:fukayu

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裏取引も楽じゃない

 世の中で最も恵まれた人生の条件とは一体何だろうか。

 

 第一に食いはぐれないこと。

 これは絶対。恵まれた人生に餓死という死因などは存在してはならない。

 

 第二に円満な対人関係だろうか。

 ヒトは一人では生きてはいけない。誰かと寄り添っていかなければ順風満帆な道のりだとしても華やかであるとは言えないだろう。

 

 第三にやはりお金と権力。

 前に言った二つの条件を簡単に満たしてくれる素敵なお宝。この二つさえあれば美味しいものは食べ放題だし、ヒトも寄ってくる。

 逆に言ってしまえば世界平和を願っていてもお金が無ければご飯は買えないし、どれだけ優れた人格者でも権力が無ければ周りに押しつぶされてしまう。

 

 この世に必要なのは愛や正義では無く、金や権力なのだ。

 

「そう、思っていた時期もありました」

 

「―――――。――――?」

 

 目の前の馴染みの無い言語を使う異国の貿易商から貰ったリストを確認しながら、自らの境遇を呪う。

 

 自分なりの恵まれた人生の条件を満たすため、色々と努力してきた。

 自分の周囲からの価値を上げるため、必死に勉強して学士免許を取り、少しでも高い地位を得るために下げたくも無い頭を下げ、権力者達顔色をうかがう毎日。

 そんな日々に耐え、やっと官職に付けたと思ったのに。

 

「これ、完全に法律ギリギリどころか真下を滑り込んでいますよね。完全に密輸です、はい」

 

 権力者に媚びへつらい、ある時は黄色いお菓子を、ある時は彼らの手柄になるような情報をかき集め着々と彼らの好感度を上げてきた私はどうやらものの見事に彼らを攻略完了してしまったらしい。

 

 あれはいつだったか。

 彼らが目の敵にしている政敵を私がたまたまやり込めてしまった時、何故か次の日私のポストはその政敵を牽制できる位置に移動していた。かの政敵はこの国でも相当のやり手。その対抗馬になり得る地位に一介の女性士官を押し込むなど一体どれだけの権力が動いた事か。当時の私はこれで楽が出来る。ラッキー程度にしか思っていなかったが、今考えればとても恐ろしい。

 

 その日以来、私の手にした地位を使ってアレを揉み消せだの、アイツが目障りだのと言って色々と探りを入れさせられたり、なんか最近距離感近くないですか? と、思っていた矢先今日の仕事が舞い込んできた。

 

「―――――。----!?」

 

「ああ、いえ、こちらはこの値段で。え、相場が違う? そう言われましても、我が国では相場も何も我々しかそちらと取引していないので―――――」

 

 前任者が蒸発したとのことで回ってきたこの仕事。

 取引先は聞いた事も無い国で、明らかに国同士の付き合いまで発展していないような未開の土地の品を持ってきた。我が国で貿易する場合は一度然るべき所に話を通して色々と制約を決めてからというのが常識。それをせずに勝手に取引などすれば当然バレればお役所のお世話になる事間違いなし。前任者とか言う人も足が付きそうになって蒸発という名のトカゲの尻尾斬りにあったのは想像に難しくなく、その後任である私も当然待っている未来は彼又は彼女とそう遠くないものだというのは目に見えている。

 

 そんな絶望の未来を回避するために失敗は許されない状況なのだが、状況は芳しくない。

 今回運び込まれたのはわが国で製法の確立していない陶芸品が主であり、私はその代金を相手方に払わないといけないわけだが、これが厄介。

 基本的にこの手の芸術品というのは同じようなものに見えても価値が全く違う場合があり、贋作を掴まされると嗚呼大変。こちらの大損だけではなく、私の首もどこぞの誰かに差し押さえられてしまう。違約金だ慰謝料だなんだと言おうにも発覚したころには相手は遠い海の彼方であり、完全にグレーゾーンを突っ切って真っ黒である我々は国にも届け出る事は出来ないと。

 

「この状況で出来るだけ値切れとか何考えてるんでしょうね。全く」

 

 そんな綱渡りの方がよっぽどマシな状態の私に下った命令はまさかの値切れ宣言。出来るだけ安く、こちらの懐を傷めないように、私腹を肥やせと。

 相場も何もないこの状況で値段を決めるのは私たち自身であり、上手くいけば大儲けが出来るというのが上の考えなのだろうが、実際に現場に立っている私からすれば冗談ではない。

 

 相手方の割とそれ何処の常識? と、問いかけたくなる無茶な金額設定から私の前にこの仕事をやっていた人は相当足元を見られていたみたいなのが何となく想像でき、一度甘い汁を吸った人間っていきなり値段を適正にしろと言ってもなかなか聞いてくれないのだ。因みにこれは経験則である。

 

「とりあえず商品を見せてもらわない事にはなんとも。は? お前に価値がわかるのかですって? あれー、通訳間違ったかな。なんか今凄い事言われたような気がするんですが」

 

 馬鹿にしないでほしい。

 これでもウチの上司はこういう芸術品と食べ物の価値だけはわかる御人なのだ。というか、それを取ってしまったら本当に逃げ足くらいしか取り柄が無いのでその部下で近くでそれら一級品を見てきた私を通して否定されると流石にかわいそうなので止めてあげて。

 

 ……どれどれ、うわっこれって。

 

「あの、失礼ですが、我が国の事どこまで理解していらっしゃいます?」

 

「――――? ――――」

 

「ふむ。どうやら見通しが甘かったみたいですね、お互いに」

 

 商人の言い分を聞いて、何となく前任者がやってしまった事についてわかってしまった。

 円滑な商売は互いの信頼関係があってこそのもの。それはある程度対等でなくてはならない。買い手が売り手に対し、お金をチラつかせて優位に立つことは確かにある。あくまで売り手は商品を買って貰わなければ話にならず、それに対して買い手はあくまで買うかどうかを決める権利が存在する。そんな互いの立場というのがあるので買い手がある程度取引において優位に立つのは仕方がない。

 

 だが、その逆は無い。

 買い手が売り手の顔色を窺って買い物をするという状況は絶対に有ってはならない。

 ましてや、これからも取引を続けるために相手に勧められたものを価値も確かめずに全て買い付けるなどとした日には信頼関係などすぐに破綻する。

 

 前任者はそれが理解出来ていなかったんだろう。

 手当たり次第に相手の言い値で商品を買い取り、対等な取引先から与し易いカモへと相手方からの認識を変えてしまった。

 

 その結果がこれだ。

 今回運び込まれた商品三十点余りの内、半数が出来のいい贋作で残った内のもう半数が素人目に見ても分かるほどの出来の悪いガラクタ。

 舐めに舐められまくった結果、我が国は友好条例すら結んでない異国の商人に詐欺行為を働かれましたとさ。笑えないですね。本当に笑えない。

 

 ……これ、物の出来も確かめずに取引してたらどうすればよかったんでしょう? 出来のいい贋作はそこそこの値段で横流しできるでしょうが、ガラクタの方は…………。やってられん。

 

「ま、今回はこちらの不始末ですし、真っ当なものは取引しますが、次回以降の取引は無しですねー」

 

「――――!?----!!!!」

 

 「突然どうした? 話が違うぞ!」等と言ってくる商人に「いや、これじゃあ自分で同じ値段で買い取って下さいよ」と言ってやりたいところだが、ここは無理やりにでも納得してもらわなければならない。

 この取引を任された以上は私にも諸々の責任が生じているのだ。

 

 ……なので、今回はちょっと強引な手段を用いてでも――――っと、誰かが走ってきますね。あれは確か、今回の取引で使うように言われた私の部下ですね。

 

「あ、アトリ様!」

 

「なんでしょう? 一応今大事なお仕事中なのですが」

 

「――、―――――――!!! ――――。―――――!!」

 

 慌ててやってきた私の部下にすかさず私の隣の商人も何事だと騒ぎ立てる。

 「おい、早くこの○○でピーな女を下がらせろ!!! 何ならウチで買い取るぞ。身の程を教えてやる!!」、と言っている。一応私は通訳を通しているが、そちらの言語を話せない訳じゃないだけど。

 

 ……全く、一体どうしてくれようか。

 

 因みに、全く商人の言っている言葉がわからない部下は相手の機嫌を損ねたのかとビクビクしていたけど、直ぐに自分の立場を思い出したようで背筋を伸ばして私に向き直り。

 

「し、失礼しました! ですが、どうしてもご報告しなければならない事が」

 

「いえ。いいですよ。それがあなたの仕事ですしね。で、なんでしょう?」

 

「それが、現在こちらに検非違使隊が向かっているとの報告が」

 

 検非違使隊。

 この国の帝都。つまりは私達が今いるこの都を警備するために作られた組織でその業務は主に帝都の治安維持や警邏活動。その中には当然違法取引の取り締まりなどが該当する。

 

「――――。――――」

 

「―――――? ――――!?」

 

 若干の時間差で商人側にも通訳を通して状況が伝わったらしく、やや青ざめた顔で私に「どうする?」と問いかけてくる。

 つい先程まで私を船に連れ込んでどうこうしようとしていた相手の言葉とは思えないが、大した武装もしていないし当然か。ま、武装していても同じことなのだが。

 

 私の在籍する国――――ヤマトはこの大陸でも最大の勢力を持つと言われている。

 しかし、国土や人員と言った面では周囲が氷山地帯や荒野と隣接しているせいでお世辞にも好条件とは言えず、帝都だってなんでこんなところに建てたんだと学者達の間では長年の謎となっているほど。言ってしまえば、もっと条件が良くて人口も多い国はいくらでもある。その中で何故このヤマトが最大と呼ばれているのか。

 

「逃げましょう。勝ち目はありません。予定通り囮班は数名足の速いものを。一応この出来の悪い贋作を持たせてください。残った者は商品とこちらの方々を安全な場所まで運んでもらいます。――――こうなっては仕方がありません。料金は緊急事態ですし、後日でもいいですよね?」

 

「――――。――――!!」

 

 理由は単純に強いから。

 ヤマトの兵は装備は当然として、一人一人の質がすごい。

 一騎当千とはいかないが、連携次第では一人当たり百人前後を相手に出来る練度があり、その中でも国の最大重要拠点であるこの帝都を守護する検非違使隊は国内だけならず遠く離れた異国の地にもその武勇が伝わっている。

 

 商人達も相当焦っているのか私の言葉など聞かず、商品を放り出す勢いで逃げる準備を進め始めている。

 

 ……そりゃあ、そうですよね。

 この国の法律じゃ密輸は重罪。過去に違法生物の取引で大きな被害を被ってからは非常に重い罰を課せられます。私達なら運が良ければ裏から手を回してもらって何とかならない事も無いですが、少なくとも異国の者であり、現状何の後ろ盾も無い彼らは良くて一生檻の中と言ったところでしょう。

 

「安心してください。貴方方の安全は我々が責任を以て確保します。―――――商売というのは()()()()が大切ですからね?」

 

 

  




 はじめまして。

 原作やアニメなどで無能として描かれているデコポンポがもし他の八柱将やオシュトル達と張り合えたらと考えて書いてみました。

 結果としてデコポンポを有能にするのは無理だったので周りを固める事にしました。

 無能な私を許してくれ……

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