鈍感で純粋だから尚更タチが悪いんですよね。
町で情報収集をしていた流牙とひよ子の前に竹中を知っているという謎の少女と出会った。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「こ、こんにちは」
少女のただならぬ雰囲気に流牙とひよ子は少し警戒しながら話す。
「君は?」
「詩乃と申します」
「詩乃ちゃんか。俺は流牙。こっちはひよ。よろしくね、詩乃ちゃん」
「どうも。……」
「ところで、教えてくれるってどういうこと?」
「教えることはあなた方が知りたがっている竹中さんのことです。竹中さんに城を落としましたが野心はありません。多分、馬鹿な人たちに馬鹿にされた事が、我慢できなかったんだと思います」
「つまり、その意趣返しに稲葉山城を落としたってこと?」
「難攻不落の城などというものは、この世に存在し得ません。敵は外にもあらず。内にもあり。……ということを仰っていました」
「なるほど。外が駄目なら内側から崩していくか。定跡だね」
流牙はうんうんと頷いて詩乃の話を聞いていく。
「その基本をやっただけです。と。竹中さんならばそう応えるでしょう」
「なるほど。詩乃ちゃんはよく知ってるんだな。竹中さんのこと」
「はい。……ちなみにお二人のことも。私は良くご存知ですよ」
自分たちの正体を知っていると分かり、流牙はフッと笑みを浮かべて腕を組む。
「よく見える眼とよく聞こえる耳を持っているね」
「光が強ければ遠くでも分かる。音が大きければ遠くでも聞こえる。ただそれだこのこと」
「なるほどね」
流牙は目を細め、これまでの数々の洗練された言葉で何となく詩乃が何者なのか理解できた。
「竹中さんはすごい人なんだね」
「そうでしょうか。きっと竹中さんならば。そんな事はないと仰る事でしょう。彼女はただ。美濃を愛するが故に行動を起こしたんだそうです。盛者必衰のことわりといえ。あまりにも酷すぎることがかなしいと……」
「愛故にか。良いね、俺は好きだよ、そういう考えは。誰かのためを想い、自分の心にある強い誇りを持っている人は俺は尊敬するよ」
流牙と詩乃の初めて会ったとは思えない会話をしていく。
そして、話をしてくれた詩乃に流牙はお礼がしたくなった。
「そうだ、詩乃ちゃんに竹中さんの事を話してくれたお礼をしたいんだけど」
「お礼なんていりません。私はあなたと話せてよかったですから」
「そんなことを言わないでさ。うーん、手持ちのお金はあまり無いから……あ、そうだ!」
流牙は魔法衣のポケットを探るとそこには二つ折りになった小さな鉄の棒を取り出した。
「何ですか、それは?」
「これはヘアピン、髪留めだよ」
「髪留め……?」
「そう、こうして使うんだ」
流牙は詩乃に近づいて目を覆い隠すような前髪に触れた。
「ひゃっ!?」
詩乃の前髪を掻き分けると、その素顔は美少女と言っても過言なぐらいの可愛さでその両目には綺麗な緑色の目が輝いていた。
「おっ!やっぱり……長い前髪で目元を隠していたけど、とっても可愛いよ!」
流牙は詩乃の前髪をヘアピンで留めながら可愛いと褒めた。
「か、可愛い?私がですか……?」
「ああ。それに、瞳の色が翡翠みたいに綺麗だし、詩乃ちゃんは前髪は短くするかこうやって髪留めで留めた方が絶対に似合うよ。ひよもそう思うよな?」
「へっ?そ、そうですね!詩乃さん、顔を隠さない方がとってもいいと思います!」
呆然としていたひよ子だが、流牙の言う通り本当に詩乃の素顔が可愛かったので同じように褒めた。
「は、初めてです……人から可愛いと言われたのは……」
可愛いと連呼され、顔を朱色に染めていき、ますます詩乃の可愛さが増していく。
「最後に詩乃ちゃん。竹中さんに会ったら伝えてくれないか?」
「伝言ですか?」
「ああ。俺は……必ず君を奪うからね」
「……っ!?」
流牙の突然の宣言に詩乃は言葉を失って息を呑み込んだ。
「稲葉山城を落としたんだ。竹中さんもきっとここにいられない。俺個人としては誇り高き心と素晴らしい知識を持っている人を失うのは惜しいし、君はもっと生きるべきだ。この世界の為にね、だから……」
流牙は詩乃に手を差し伸べ、真剣な眼差しをしながら言った。
「君が危機に会った時、必ず君を攫いに来るから……待っててね?」
最後に笑みを浮かべると詩乃は焦った様子で両手で顔を隠す。
「わ、私は竹中さんじゃないですよ!?」
「ふふっ、わかってるよ。それじゃあ伝言頼むよ、じゃあね。ひよ!行くよ!」
「へあ?あ、はい!!」
流牙はひよ子を連れて詩乃に手を振りながら別れた。
☆
流牙達と別れた詩乃は流牙と言葉を交わして胸が熱くなるのを感じていた。
「……あれが田楽狭間の天人、鬼狩りの剣神、金色の天狼、翡翠の火神……」
それらは流牙の事で各地で囁かれている数々の異名だった。
「黒俣の地で鬼を相手に無双の剣を振るい、天から光り輝く黄金の狼の鎧を纏い、空を切り裂く翡翠の炎を操る天人……道外流牙ですか。まさかあれほどの人物とは……」
流牙の事を初めから知っていた詩乃は流牙から言われた言葉や自分に向けられた笑顔に惹かれていた。
「ですが……あんなに激しく求められたのは生まれて初めてです。この……胸のときめきは、どういうことでしょう?トクントクンと心が痛くなってくる……だけどとても幸せな気分……」
詩乃は流牙に付けてもらったヘアピンに触れながら体全体に熱を帯びさせている心臓の鼓動を高める。
「流牙……さま」
今の詩乃の心を完全に支配していたのは紛れもなく流牙だった。
☆
「お頭。さっきの子誰ですか?」
ひよ子は詩乃の正体に気づいておらず、一人だけ気づいていた流牙はまっすぐ宿の方へ向かう。
「ひよは気づかなかったの?とりあえずすぐに尾張に帰って久遠に報告しなくちゃな」
「えっ!?帰るって、あの子が何者か分かったんですか!?」
「決まっているじゃないか、あの子こそ俺たちが探していた竹中半兵衛本人だよ」
「……ええーっ!!?」
その後、流牙とひよ子は尾張へ戻り、長屋に到着すると転子が出迎えてくれた。
ちなみに犬子は赤母衣衆筆頭なのに母衣衆を放置して美濃に来ていたらしく、帰ってからずっと壬月にお仕置きを受けているらしい。
後で何か差し入れを持っていくかと流牙は苦笑を浮かべ、ひよ子と転子と別れて一足先に久遠の屋敷へ向かった。
流牙は久遠に近々、竹中こと詩乃は後々のことを考えて手に入れた城を放棄する可能性がある。
そして、城主は見せしめの為に詩乃を切り捨てるだろう……。
一方、流牙達が旅立ったその頃に早馬が来て詩乃と共に城を奪った西美濃三人衆が高値で売るから買えと言ってきた。
詩乃の言う通り敵は外だけでなく内にも居る状況となった。
流牙の脳裏には詩乃の顔が思い浮かんでいた。
「久遠……」
「構わん。お前の好きにすれば良い。我はその考えを全力で支持してやる」
「ありがとう……すぐに行ってくるよ」
「それからこれを持っていけ」
久遠は小さな袋を流牙に渡した。
「我のへそくりだ。路銀の足しにしろ」
「良いの?久遠のなのに……」
「まとまった金は結菜が管理しているから使えんのだ。だからその金のことは結菜には内緒だぞ?」
「……分かった。二人だけの秘密だね」
「我にはこれぐらいしか出来ん。すまんな流牙」
「すまんって何のこと?」
「……初めの約束では、ただ横に座って後はお前の好きな事をさせようと思っていたのだが、いつのまにかこのような荒事に任せることになってしまった」
「俺はこの事が自分の無駄になるとは思ってないよ。久遠の元で動けば何か掴めると思っているからね」
「だが……出会って間もないのに、我はお前にどれだけ助けられただろうか……」
「お互い様だよ。久遠は俺の為にできる限りの事をしてくれている。ほら、一応夫婦の関係だからお互いを助け合いが大切でしょう?」
「そ、そうだが……それでもお前を縛り付けているのではないと思って……」
「俺はこの世界で久遠と出会い、こうやって一緒にいることが運命だと思っているんだ。だから、俺が鬼との戦いが終わるまで、久遠が天下を統一するまでは一緒にいるよ」
「……っ!?」
久遠は一緒にいると流牙から言われ、頬を赤く染めた。
「それじゃあ。竹中さんを攫いに行ってくるよ」
「……うむ。気をつけて。無事に帰ってこい」
「ああ!」
流牙は久遠の屋敷を後にしてひよ子と転子の元へ向かった。
☆
流牙が町を歩いていると黒俣近くで演習をしていた和奏が早馬の報せを久遠に伝えに行くところだった。
内容を教えてもらうと稲葉山城に龍興が戻ったらしく、城を占拠していた奴が返却したらしい。
流牙の予感が的中し、和奏から鉄砲槍に使う薬玉を貰ってひよ子と転子に美濃に行く準備をさせる。
二人は驚いていたが、詩乃を攫うために協力してくれてすぐに準備をしてくれた。
準備を整えて馬を引きながら町の出口に向かうと……。
「はぁ……おっそいわね。待ちくたびれたわよ」
なぜか旅支度をした帰蝶が待っていた。
「帰蝶さん?何で旅仕度なんかして……」
「私もついて行くのよ」
「…………ええっ!?」
「貴方たちと一緒に美濃に行くわ」
「……勘弁してくれ。俺たちは今から荒事に行くんだ。悪いことは言わない帰ってくれ」
「あら?どうしてかしら?」
「危ないからにきまっているだろ!それに……あまりこう言いたくはないけど、邪魔だ」
「な……!?」
「隠密行動になれていない足手まといを連れて行って、肝心の竹中さんを誘拐できなかったら、目も当てられない」
「……はっきり言ってくれるわね」
「生半可な気持ちでついてこられちゃたまらないからね。言う時に言わないと誰かが怪我をするかもしれない。下手したら命を失うかもしれない」
「いや。それでもついていくわ」
「どうして君はそこまで……」
「久遠のためよ」
「久遠の?」
「そうよ。……あなたを見極めるのは、久遠から命じられた私の役目。だから私は、駄目だって言われてもあなたについていく」
初めて出会った時から感じていた流牙の相棒と似た雰囲気の強い意志を持つまっすぐな視線に流牙は大きなため息を吐いた。
「はぁ……わかったよ。そこまで言うなら仕方ない。だけど、無茶はするなよ」
「ふん。ちゃんと母様から手ほどきは受けています。自分の身ぐらい守れなくては、久遠の妻なんて務まりませんから」
「分かった。よし……行こう!」
流牙隊と帰蝶は竹中……詩乃を攫うために再び美濃へと旅立った。
☆
美濃へ到着した流牙達は町民から情報を収集すると、詩乃は斉藤家に辞して逃げたけど追っ手がかかっているらしい。
そして、帰蝶は自分の母と姉が戦をしたという長良河畔合戦の事を話すと、流牙は手を強く握りしめて呟いた。
「気に入らないからって自分の家族と戦をするなんてふざけている……!」
この世界では当たり前の事の一つだが流牙にとっては狂っているものの一つだと感じ、強い怒りを持った。
そして、今の城主である龍興は結菜にとって姪御で力も人望もない人だった。
「帰蝶さん。辛い事を教えてくれてありがとう」
「……ふんっ」
「よし、状況が分かったから後は動くだけだ。二手に分かれよう西に向かっているから、ひよところさ南方から回り込む街道。俺と帰蝶さんはこのまま西を目指す」
「じゃあ菩提城近くで合流ってことですね」
「そうだけど、多分どちらかで竹中さんとかち合うこともある」
「やはり追っ手がついてくると?」
「確実にな。だからみんなにこれを渡しておく」
流牙は魔法衣から紐の付いた竹筒を取り出す。
「ほえ?なんですか?これ」
「簡易の信号弾……って言っても分からないか。和奏ちゃんの薬玉を使って、作ってみたんだ。この紐を――――」
「これ?えい!」
「お、おいっ!?」
帰蝶の持つ竹筒から派手な花火の音が上がり、流牙は頭を抱えた。
「何やってるんだよ……」
「ご……ごめん」
「なるほど。何かあった際にはこの紐を引いて、応急を報せる、という事ですね」
「そうだ。竹中さんを見つけらすぐに鳴らしてくれ。俺は耳がいいからすぐに反応して行動出来る」
「わっかりましたー!」
「ねぇ?なんだか人が集まってきてるわよ?」
「そりゃあ、町のど真ん中であんな派手な音を鳴らしたらそうなるよな。みんな早く行こう!」
「「はい!」」
「ちょ、こら!待ちなさいよぉー!」
井之口の町を出発した流牙たちは、途中で別れ、打ち合わせした通りの道を西へと進む。
「はぁ、はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと待って……少し休憩させて……」
「……あ、ごめん。歩くの早過ぎたね……」
流牙はいつも相棒と同じように歩いていたので帰蝶のペース配分をすっかり忘れていた。
帰蝶は今にも崩れ落ちそうだったので休憩させる事にした。
「分かった。少し休憩しよう。そっちの木陰に入ろう」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……お、おんぶして」
「はいはい……よっこらせ」
流牙はおんぶと言われたが帰蝶をお姫様抱っこで持ち上げた。
「ちょっ!?誰が持ち上げてって言ったのよ!?恥ずかしいでしょ!?」
「え?だってこっちの方が運びやすいから。ほら休むなら大人しくして」
帰蝶を木陰に連れていき、優しく下ろした。
「なんで裏に回るの?……ちょっと変な事考えてるんじゃないでしょうね?」
「変な事って何?どうせ休むなら木陰の涼しい方がいいし、あと稲葉山の連中に見つかりにくいようにしたんだけど……」
「あ、そっか」
「とりあえずゆっくり休んで。はい、竹筒」
「……ありがと」
帰蝶はぶっきらぼうにお礼を言うと、流牙から水の入った竹筒をかっさらって口をつけて水を飲む。
流牙は魔法衣の内ポケットから和紙に包まれた物を取り出した。
それは久遠から貰った砂糖を固めたお菓子である金平糖だった。
「何してるの?」
「久遠から貰ったんだ。疲れている時に甘いものはとても良いんだ。食べる?」
「うん。あ、でも……」
「あ、手が離せないか。じゃあ、口を開けて」
「え?」
「はい、あーん」
「う、うん。……あーん」
流牙は帰蝶に金平糖を食べさせる。
「……あ、美味しい」
「じゃあ俺も。んー!甘〜い!」
金平糖の甘さに二人はホッと息をつく。
「……ねぇ」
「ん?何?」
「質問をしてもいい?」
「質問?いいけど」
「……あなた、どうしてそこまで、久遠の為に何かをしようとするの?」
「久遠の為というか、俺は守りし者として戦っているだけだから」
「また守りし者……確かあなたの世界にいるホラーっていう鬼みたいな化け物から人を守る為に戦っているのよね?……もしかして、仮に悪人が化け物に襲われていたら助けるの?」
「そうだよ。たとえ悪人でもホラーに襲われていたら助けるよ。人間だからね……」
「難儀なものね。そこまで己を戒めながらよく今まで死なずに生きてこれたわね」
「俺は幼い頃から魔戒騎士に……黄金騎士になる為に修行をして、そして人を守る為にホラーを狩る旅をずっとしていたからね」
「はぁ……何があなたをそこまで動かすのかいまいち理解出来ないわ。平和に生きようとする民を守るならまだしも、悪人すら守ろうとするなんて……」
守りし者として戦う流牙にいまいち理解できない帰蝶に今度は流牙が質問をした。
「……ねえ、一つもしもの話をしていい?」
「何よ急に?」
「良いから。もしも帰蝶さんに自分のお腹を痛めて産んだ大切な子供がいるとするね」
「……ええ、とりあえず想像したわ」
「もしもその子供が敵に目を潰されたら自分の目を犠牲にしてでもその子供の目を元に戻したい?」
「……どうしてそんな突飛もない質問をするのか知らないけど、そうね……もしも子供の目が本当に元に戻るならこの目を犠牲にしても構わないわ」
「そう言うと思ったよ……実は俺の母さんはそれと同じ事をしたんだ」
「……はぁ!!?」
流牙は瞼に触れながら自分の目に何が起きたのかを帰蝶に話す。
「実はこの両目は一度、ある強大な敵にガロの鎧越しに剣で貫かれて、目を潰されて何も見えなくなったんだ」
「うっ、あっ……ね、ねえ!私の髪の色と目の色を答えなさい!」
「えっ?えっと……髪の色は茶色……いや、栗色かな?目の色はこの青空と同じ空色かな?」
しっかりと帰蝶の髪と目の色を答える流牙に帰蝶は流牙の顔に手を添えてじっくりとその潰されたと言う目を睨みつけるように見るがどこにも変なところは見当たらなかった。
「本当にあなたの目は潰されたの……?」
「ああ……あの時は想像を絶する痛みが走って、何も見えなくなって絶望と恐怖しかなかったよ。でも、俺は幼い頃に魔戒騎士を目指して修行をしていた頃を思い出し、牙狼剣から放たれた声を頼りに暗闇の中走り続けたんだ」
「目が見えないのにどうやって走れたのよ?」
「俺の耳が良いことは言ったよね?音を頼りにどこに何があるのか分かったんだ。そして、牙狼剣を取り戻してアジト……その当時に使っていた拠点に戻るとそこには死んだと思っていた母さんがいたんだ」
「死んだと、思っていた……?」
「母さんは俺が七歳の頃に修行に行った直後に亡くなったと師から教えられたが、実は邪悪な野心を持つ人間に囚われていたんだ。師が救い出し、俺と再会する十五年も長い間を……」
「じゅ、十五年……!?」
流牙の母が囚われたあまりにも長すぎる時間に帰蝶は驚愕して言葉を失った。
「母さんは俺に戦う決心と勇気を与えてくれた……そして、術で自分の目の力を代償に俺の目を元に戻してくれたんだ」
「そう言うことだったの……それで、流牙のお母様は……」
「俺と再会した時にはもう既に残りの時間が無くなっていた。最後に母さんは俺にこう言ったんだ。『何があっても生き抜いて。願いは一つ……この目にあなたの未来を……たくさんの笑顔を映して』って……最後は安らかに眠って行ったよ……」
「生き抜いて……あなたの未来を、たくさんの笑顔を映して……か。流牙のお母様は同じ女としても尊敬する素晴らしいお方ね」
流牙の母の強い不屈の心と息子への深い愛に帰蝶は尊敬の念を送った。
「俺の自慢の母さんだよ。俺は母さんの想いや今まで出会ってきた多くの人々を胸に守りし者として、魔戒騎士として、そして……黄金騎士ガロの称号を継承する者として今までも、そしてこれからも邪悪な存在から人間を守る為に戦い続けるんだ」
流牙の秘めた母の約束と願いを胸に戦うその想いに帰蝶も少しだけ理解する事ができた。
「少しだけ……あなたの事を理解できたわ。それにしても、そんな苦行な人生を送っていながら曲がることなくただ真っ直ぐ自分の道を歩くなんて凄いわね。久遠が気に入ったのも分かるわ」
「俺はまだまだだよ。それにこの世界に来たのには何か理由があると思う、だから久遠の元で自分の出来ることをするんだ。竹中さんに関しては単にあの子を助けたいと思ったからなんだ」
「やっぱりあなた、とんでもないお人好しね」
「よく言われるよ」
「……はぁ。もう良いわ、話してくれてありがとう。それより休憩は終わり!さっさと移動するわよ!」
「はいはい。承知しました」
帰蝶の行動にやれやれと思いながら荷物を纏めて向かおうとしたその時だった。
「合図!?南をちょっとか。全力で行けば間に合う!帰蝶さん!」
「分かってる!先に行って!私もすぐに追いかけるから!」
「信号弾は全部渡しておく、何かあったらすぐに連絡してくれ!」
「分かったわ!竹中さんを絶対に助けてあげて!」
「ああ!!」
流牙は守りし者としての表情を見せると風の如く全力疾走をし、南へと向かった。
☆
一方、斉藤飛騨と数人の足軽たちに詩乃は追い詰められていた。
詩乃は武の心得を持ってないので相手をする事はできず、体力も尽きようとしている。
そして、短刀を抜き、流牙から貰った髪留めと一緒に握りしめた。
「でもここが切所……!」
「ははなっ!抜いたな!上意討ちに逆らう反逆者として始末してやる!」
「くっ……!」
「最後に愚者の手などを借りず!雑兵に討たれる辱めを受けるのならば、自らの手でーーーー!」
「立ち腹など切らすな!さっさと殺せ!」
短刀を手に自ら腹を切ろうとしたその時だった。
キィン!!!グサッ!!!
詩乃の目の前に赤い柄に銀に煌めく刃をもつ剣が地面に突き刺さり、それに驚いた詩乃と斉藤たちが驚いていると詩乃の背後に黒い影が降り立った。
「この剣は……?」
「全く……こんな危ないものを持って」
「あ、あなたは……!」
「言ったよね?君が危機に会った時、必ず君を攫いに来るから。ってね」
流牙は刀を逆手に持って自ら腹を貫こうとした詩乃の腕を掴み、間一髪で自決を止めた。
「まさか……本当に……っ?」
「ああ、詩乃ちゃん。約束通り、君を攫いに来たよ。今までよく頑張ったね」
詩乃の短刀を鞘に収めると、流牙は詩乃をあやすように優しく頭を撫でる。
「流、牙、さまぁ……」
詩乃は今まで溜まっていたものが溢れるかのように涙を流し、流牙に抱きついた。
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弱き者に忍び寄る邪悪なる魔の手。
不安と絶望に打ちひしがれる。
しかし、いつでも希望の光はすぐ傍にある。
次回『守 〜Gard〜』
約束する、必ず君を守る。
.