まあこの後に越後の後継者争いに甲斐の武田、上洛編などまだまだ書くことがたくさんあるんですよね。
今年で書き終えないのは確かですが引き続きこのペースを保てるよう頑張ります。
流牙が空と愛菜を助けると美空たちに約束した数日後、美空たちの陣に向かった。
「美空と秋子さんにちょっとお願いがあるんだけど……」
「お願い?」
流牙の顔は秋子に殴られた時の赤みや腫れはすぐに冷やした事と魔戒騎士としての優れた自己治癒で既に引いており、いつも通りだった。
そんな流牙が二人に頼んだ願いは……。
「二人に空ちゃんと愛菜ちゃんに向けての手紙を書いて欲しいんだ」
「「手紙?」」
何故手紙を書くのかと美空と秋子はきょとんとして頭に疑問符を浮かべる。
「今回の救出作戦は美空たちが暴れて相手の注意を引きつけている間に二人を春日山城から奪還するけど、それには迅速で的確に行動しなくちゃならない」
「そうね。人質救出はそれが基本ね」
「ここで一つ大きな問題がある。春日山城に無事に侵入出来たとして、その後に大変なのが空ちゃんと愛菜ちゃんを連れて行く時だ。長尾の顔見知りならともかく、二人はもちろん俺の事を知らない。突然見知らぬ男がやって来て、君たちのお母さんのところに連れて行くから一緒に行こう……なーんて言っても、素直にうんって頷く訳じゃないだろ?」
「そうですね……愛菜なら不審者と思って空さまをお守りするために大騒ぎしますね」
「無理やり連れて行こうとして怪我をさせるのは嫌だし、そこで二人に俺が味方だも信じさせるために美空と秋子さんの手紙が必要なんだ。娘さんならお母さんの字を知っているはずだし、疑いも無く、騒ぎを立てる事なく信じてくれると思うんだ」
「なるほどね……空なら私の字をよく知ってるし、そう簡単に真似できるものじゃないわ。いいわ、すぐに書いてあげる。秋子も書きなさい」
「はい!」
すぐに紙と筆を用意し、二人は流れるような筆でサラサラと紙に文字を書いていく。
流牙には達筆過ぎる二人の文字に読めないと驚きながら待つと、一足先に書き終わって手紙を乾かしている美空はある事を考える。
「手紙はこれで良いわ。後はそうね、二人の信憑性を増すために、もうひと押し欲しいわね……」
手紙だけでなく流牙が空と愛菜の味方という事を証明できる物を考えていると、美空はいつもツインテールで止めている黒い髪留めを解いて流牙に渡した。
「美空?」
髪留めを解いた美空の綺麗な髪が下ろされ、いつもと少し違った雰囲気を出していた。
「流牙、それを持って行きなさい。それを見せればあなたを私が『信頼している』味方だと空なら分かるはずよ。この髪留めは私がいつも使っている一番のお気に入りだからね。ほら、秋子も何か流牙に渡しなさい」
「え?あ、はい!えっと……じゃあ、これを!」
秋子はいつも髪に差している短剣のような簪を抜いて流牙に渡した。
「越後の当主と家老の身に付けているものを二つも持っているんだもん。これで二人はあなたのことを信用してくれるはずよ」
「なるほど、私達の手紙と身に付けている物……これを託されたとなれば、愛菜も信じてくれますね」
念には念を入れての作戦に流牙は二人から預かった髪留めと簪、そして二通の手紙を魔法衣に入れてそのまま仕舞う。
「うん、確かに預かったよ」
「決行は五日後……今日また会議をするからちゃんと出てね」
「分かった。じゃあまた後で」
流牙が陣を後にしようとしたその時、言い忘れた事を思い出して踵を返した。
「あっ!そうだ……忘れるところだった。美空、聞いて欲しいことがあるんだけど」
「聞いて欲しいこと?」
「まあいずれバレると思うから予め言うんだけどね。明日一日、俺は絶対に動くことが出来ないから」
「絶対に動くことが出来ない?何でよ」
「新月の日にザルバに俺の一日分の命を喰わせているからその間は仮死状態で動けないんだ」
「「…………はぁ???」」
あまりにも突飛すぎる流牙の発言に美空と秋子のきょとんとした声が重なり、再び疑問符を頭に浮かべた。
流牙はザルバとの契約で新月の日に一日分の命を喰わせ、その間は仮死状態となり動くことができないことを美空と秋子に説明した。
「あまりにもこの短期間で驚きの連続があったからすっかり忘れていたけど、そう言えばザルバも異形の存在だったわね」
「ザルバさんは異形とはいえ比較的人には友好的……不思議な存在ですね」
「でも、いいの?そんな重要な事を話して……」
「え?何で?」
「何でって、新月の日にザルバに命を喰わせているときはあなたは動くことが出来ない、つまりは完全なる無防備であなたの最大の弱点とも言えるのよ?それを簡単に話していいの?」
流牙の世界の魔戒騎士たちは一昔前なら契約したホラーの魂が宿った魔導具を身につけていたが、ある時仲間から今時魔導輪かよと言われるぐらいだった。
流牙は絶望から諦めずに這い上がったことで未熟な小僧から黄金騎士としてザルバに認められた。
ザルバに認められたことを流牙は心の底から喜んでいた、だからこそ共に戦うザルバとの契約を大切にしている。
そして、流牙にとって最大の弱点を美空と秋子に明かしたことを流牙は笑みを浮かべながら答える。
「良いんだよ、だって……俺は美空と秋子さんを信頼しているし」
「えっ……?」
「私達を、信頼……?」
「もちろん、柘榴と松葉も信頼しているよ。俺たちは仲間じゃないか」
「……まだ私達はあんたの仲間に……同盟に加わってないわよ」
「そうだけど、俺個人としてはもう美空たちは大切な仲間だ。信頼しているから知ってもらいたいんだ」
流牙の何が何でも美空たちを信頼すると言う言葉に美空と秋子は絶句した。
しかし、結菜と一葉からの流牙と波奏の話を思い出してすぐに納得してしまった。
母の一生分の愛情を受けたからこそ、他人に対する深い優しさがあるのだと。
「じゃあ、そう言うことだからね」
流牙は手を振りながら今度こそ陣を後にした。
去っていくその背中を見て美空と秋子は思った。
「本当に馬鹿ね」
「ええ、大馬鹿者です」
お人好しすぎるというか優しすぎるというか、流牙の性格に二人は大きなため息がついた。
「でも、そんな馬鹿だからこそあれだけ周りに沢山の笑顔が集まっているのよね」
「そうですね。歪むことなく、あそこまで立派に成長出来たのは波奏様の子への愛情のお陰ですね」
「そうね……ああもう、無性に空に会いたくなったわ」
「私もです……なんだかんだで、私たちも一人の母親ですね」
「早いところ、流牙に二人を取り戻してもらわないとね」
流牙に望みを託した美空と秋子は囮役として春日山城の近くで一戦を交えるので、自分たちのやるべき事を成し遂げるために戦の準備をする。
☆
翌朝、新月の日。
流牙は陣を張っている屋敷の一室で布団の上で眠って……否、ザルバに命を喰わせて仮死状態となっていた。
黒の魔法衣は脱いでおり、いつもの赤いTシャツと防護服とズボンを着用していた。
左手を胸の上に置き、ザルバは紫色に怪しく輝いていた。
そして、流牙の周りには一葉を筆頭に手が空いている妻たちが見守っていた。
何度も仮死状態の流牙を見てきて分かってはいるのだが、大切な夫のそんな姿を見て平気でいられるわけがなく少し不安な表情をしていた。
このまま二度と目を覚まさないのではないかと……縁起でもない不安が頭を過る。
そんな時、一人の客人が来た。
「へぇー……本当にザルバに命を喰わせて、死んでいるのね……」
仮死状態の流牙の隣に座り、ペタペタと体を触るのは自分の仕事を終えてやって来た美空だった。
「美空……あまり流牙を触るでない。何しに来た?」
「見舞いよ。こいつの『仲間』として来たのよ。結菜、はいこれ」
一葉が注意すると、美空は少し大きめの包み紙を取り出して結菜に渡した。
包み紙を解くと中には籠に入った卵や梅干しが入っていた。
「それを明日の朝、流牙が目を覚ましたら食べさせなさい。万全の状態で動けなくて空と愛菜を助けられなかったら嫌だもの」
「こんなに良いものを……はい。ありがとうございます、美空様」
「ほほぅ……やりますな、美空殿」
見舞いの品である梅干しを見て幽はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「な、何よ、気持ち悪いわね……」
「いやはや、まさか美空殿がそこまで流牙様を大切に思っていたとは……」
幽の爆弾発言が投下され、全員の視線が一斉に美空に向けられる。
「はぁ!?い、いきなり何を言いだすのよ!?」
「確か美空殿は梅干しが大好物なはず。自分の好物を流牙様に贈るとは……越後の龍と恐れられているお方が、中々のお淑やかでございますな〜」
「ちちち、違うわよ!梅干しは体にいいから贈っただけで、他意なんてないわ!!こいつにはこれから私の為に頑張ってもらわなきゃならないし、命を喰われてヘロヘロになっていると思うから……そ、そう!な、情けをかけただけよ!!」
「ほぅ……なら美空よ、その真っ赤な顔はなんじゃ?」
「なっ!!?」
幽に続いて一葉も援護をするようにニヤニヤと笑みを浮かべて指摘した。
今の美空の顔は誰が見ても恥ずかしさから真っ赤になっており、否定しているとは思えないものとなっていた。
これを見た結菜たちはすぐに察し、全員はこう思った。
(((あっ、これは完全に美空様は流牙(様)に惹かれている……)))
そう思うと美空を見てニヤニヤする者から、また妻が増えるのかとため息をする者など様々な思いが交錯する中、益々美空の顔が赤く染まり、やがて体がプルプルと震えていた。
「ち、違う……私がこいつを、こいつなんかを……」
流牙のことを考えれば考えるほど顔が熱くなり、そんな自分を否定しようとする。
「違ーうっ!!絶対に違ぁあああああうっ!!!」
そして美空は脱兎のように陣から飛び出して逃げ出すのだった。
美空の意外な一面が見られて笑う結菜たちはそう遠くない未来に、流牙と共に日の本を守る為に戦う仲間になる……そう確信するのだった。
☆
新月の日の翌朝。
流牙は一日分の命を捧げ終わると仮死状態から体全身に生気が戻り、肉体の機能が復活して何事も無かったかのように目を覚ました。
目を覚まし、みんなが安心すると結菜が美空から貰った卵と梅干しをふんだんに使った朝食を食べ、英気を養うと美空たちと最後の打ち合わせを行い、いよいよ空と愛菜の救出作戦が始まる。
作戦は美空たちが囮役となって春日山城近くで戦を起こし、敵の注意を引きつけている間に流牙達が春日山城の背後の崖から侵入し、囚われている空と愛菜を連れ出して春日山城から脱出し、美空たちの元へ戻る。
言葉にすれば簡単だが、作戦で春日山城に侵入するのが一番の難所である。
しかし、流牙には秘策……というか既にこの戦国の世の数々の城を侵入する際に使った技を使うだけである。
流牙は小波、ひよ子、転子、綾那、歌夜を連れ、合流地点で待つ一葉たちと別れて春日山城へ向かった。
一日近くの時間をかけて春日山城の背後に到着した。
春日山城の背後の崖は一言で表すならば断崖絶壁、とても人が登れそうにないほぼ垂直の崖だった。
周囲に見張りがいないか確認するが、こんな場所から侵入する者がいないと思い込んでいる城側の兵士たちは見張りを立てずにいた。
すぐに撤退できるように準備をしていると、遠くの空から鉄砲の音が響き渡った。
「始まった……」
美空達が囮となって戦を起こし、春日山城にいる兵の注意が引きつけられている。
「さぁて……作戦開始の準備とするか」
流牙は魔法衣から矢筒と長い紐を取り出した。
矢筒の中に入っていたのはただの矢ではなく、流牙が城の侵入のために特別に作らせていた物で、本来なら木で作られる矢の胴体が鉄の棒で作られており、とても重いものとなっている。
これを普通の弓で射つ事は弦をよほど強く張ってないと射てないが、流牙には弓は必要無い。
矢尻に紐を解けないようにしっかりと括り付け、紐の端を丈夫な木にしっかりと縛り付けて矢を右手で持つ。
「はあっ!!!」
そして、気合を発すると同時に鉄の矢を投げ飛ばし、一直線に飛んだ矢は春日山城の城壁に思いっきり突き刺さり、見事な紐の道が出来上がった。
「よし……まずは俺が行く。春日山城に侵入出来たら、小波と綾那が続いてくれ」
「はっ!」
「わかったです!」
以前まで侵入のための綱渡りは流牙しか出来なかったが、小波は観音寺城の一件から流牙の役に立つために密かに綱渡りの訓練をしていた。
綾那は持ち前の身体能力からあっさりと綱渡りが出来るので、救出作戦に採用した。
流牙は紐を近くの木にしっかりと括り付けて縛り、解けないようにする。
流牙は軽く息を整えてから紐の道を一気に渡っていく。
そして、抜群なバランス力で難なく綱を渡りきり、春日山城へ侵入を成功した。
難攻不落の堅城として名高い春日山城……それがたった今、流牙のとんでもない手によって侵入されてしまうのだった。
「お見事!」
「流石です!」
春日山城に侵入し、周囲を見渡すと美空達が囮になっている事と背後が断崖絶壁の崖になっている事が重なり、見張りはいないも同然の状況だった。
流牙は地上にいる小波と綾那に来いとジェスチャーをする。
「綾那様!流牙様の合図です!」
「小波、流牙様に続くです!」
「はい!」
小波と綾那は流牙に続いて綱を渡り、一気に春日山城へと侵入した。
「作戦通り、俺が空ちゃんと愛菜ちゃんを連れて来る。二人は周囲の警戒と降下用の縄の準備を頼む」
「お任せください!」
「綾那達に任せるです!」
これで作戦の第一段階が無事に完了した。
この場を二人に任せ、流牙は空と愛菜がいる直江屋敷へと忍び込む。
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親と子の再会の時は近づく。
喜びに溢れ、再会の涙を流す。
心には亡き母の姿が思い浮かぶ。
次回『奪 〜Recovery〜』
それは彼が待ち望んだ幸福な光景。
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